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爆縮レンズ

「運び出すのはコレと、コレ……後は……」


 ヴィルク共和国の核兵器開発施設。その地下倉庫から2メートル四方は有る木箱が陸軍によって運び出されようとしているのを核開発責任者のコーエン博士が気付いた。


「何をしているんだ?」


 運び出されようとしている物品はとても重要なものだった。


「移送命令です」

 大尉の階級章を着けた指揮官と思しき軍人が答えた。

「聞いていないぞ、何処に運ぶんだ?」


 箱の中身は爆縮レンズ。原子爆弾を起爆するための心臓部で先週完成させたばかりだった。

 それを核兵器開発施設の外に運ぶなど、コーエン博士は一切聞いていなかった。


「それは極秘です」

「誰が命令を?」

「カミンスキー中将です」


 陸軍の開発責任者であるカミンスキー中将の名前が出てきたのでコーエン博士は驚愕した。


「命令書も有ります」

「み、見せてくれ」


 それはコーエン博士が責任者を務める核兵器開発施設から爆縮レンズと起爆に必要な装置一式をそれぞれ原子爆弾5発分運び出すように指示された書類だった。

 プルトニウム生産用の原子炉がミサイル攻撃を受け、稼働が遅れたが、爆縮レンズは先に完成していた。それを運び出す命令が急に出たことにコーエン博士は理解が及ばなかった。

 更に、行き先が不明なのも混乱に拍車をかけた。まさか、他の施設でウラン濃縮かプルトニウムの生産を行っていたのでは無いかと疑念が生まれた。


「よし、積み込め」


 倉庫に引き込まれた線路に入ってきた有蓋貨車に木箱が積み込まれるのを見ながらコーエン博士は手に持っていた書類を大尉に渡すと足早にその場を後にした。




「大量破壊兵器の使用禁止ではなく開発の禁止でもよろしかったのでは」


 休憩時間が開け、夕食会が始まるとアルター側から提案が有った。


「それにつきましては、マルキ・ソビエト領内に持ち込まれたであろう大量破壊兵器の廃絶が困難で……」


 イシスは先の交渉で発言した内容とほぼ同じ内容の発言を夕食会の場でもした。


〈私達はソ連から黒鉛原子炉の建設援助を受けております。完成すればプルトニウム型原爆の製造が可能となりますが〉


「私達はソ連から黒鉛原子炉の建設援助を受けております。完成すればプルトニウム型原爆の製造が可能となります」


 ラオトハイト首相が口を開き、通訳が翻訳するとイシスは発言の意味を理解しようと椅子に深く腰掛け考え込んだ。


『……って言ってるけど、どうする?』

 何度か逡巡したが良い答えが浮かばず、イシスは念話で魔王に相談した。


『別に構わないと言え』


「別に構いません」


 魔王がそう言ったのなら、そうなのだろうと、イシスは深く考えずに発言し、ナイフとフォークを手に取ると、皿に乗った肉を切り始めた。


「あなた方が核兵器を仮に持ったところで構いません」


 アルター側の通訳とアデルハルト国家評議会議長らが耳打ちし合った後、議長が口を開いた。


〈よろしいのですか?あなた達が核の脅威に晒されると思わないのですか?〉


 すぐさま、ヴィルク共和国側の通訳が翻訳し、イシスに伝えたが、イシスはのんびりと肉を口に運び飲み込んでから答えた。


「現状、ソ連からの核の脅威に晒されています。それが増えたところで……」


 実際問題、マルキ・ソビエトに駐留するソ連軍が核兵器を複数持ち込んだ可能性が高く、すでにヴィルク共和国は核の脅威に晒されていると言っても過言ではなかった。


 ヴィルク共和国とソ連の間では戦闘が発生していないので平穏が保たれているが、何時衝突が起きてもおかしくはなかった。

 ヴィルク共和国内に旧マルキ王国の王侯貴族が亡命しており、それが原因でマルキ・ソビエトと摩擦が起きているのは事実だった。


「それに、あなた方もソ連と問題を抱えておいでかと」


〈それは否定しませんが〉


 一方でアルター人民共和国もソ連と良好な関係を築いている訳ではなかった。

 同じ共産・社会主義系の国体であるにも関わらずだ。


 最初は良好な関係だったが、時間が経つにつれて、関係がこじれ始めたのだ。


 アルター人民共和国建国前、まだ神聖王国の時代にアデルハルト達、社会党はマルキ王国内の共産・社会主義者に援助していた。

 その後、彼等の保護を名目にマルキ王国を占領していたが、途中でソ連とマルキ王国内の革命分子が手を取りソビエト連邦に加盟したのだ。アルター側に説明が一切ない状態で。


 そして現在、ソ連は何かとアルター人民共和国に要求してくる目敏い存在で、当初結ばれていた開発・軍事援助も大半が打ち切られた。


 現在進行系の黒鉛原子炉建設計画も何時、援助が止まるか判らなかった。


 それを見越した上でのヴィルク共和国の態度なのか。





「出発だ」

 爆縮レンズ等を載せた有蓋貨車は機関車に牽かれ、核開発施設を後にした。

 通常の貨物列車に偽造するために、空の貨物車を何台か接続して。


「ふぅ……」


 その車列を施設の窓から見ていたコーエン博士はため息を吐いた。


 何処に向かうのか?

 軍事施設に直行するのか?

 それとも国境を越えるのか?


「コーエン博士、どちらへ?」


 コーエン博士は白衣を脱ぎ、春物のジャケットを羽織ると施設の外へと歩き始めた。


「少し出掛けてくる」

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