アルター側の様子
〈我々の情報が筒抜けになってないか?〉
自分たちの控室に戻るなり、アデルハルト国家評議会議長は口を開いた。
ヴィルク共和国の交渉団。その代表を務めるイシスからの停戦交渉の場で数々の“提案”がされたが、その内容はアルター人民共和国側が事前に定めた妥協点と全く同じだった。
〈すぐに調べさせる〉
交渉の場に出席していた人民軍地上軍大将のシュルペは部下を呼び寄せ耳打ちした。
〈国家保安部に強力を仰いでくれ〉
〈わかりました〉
部下が退出し、暫く経つとシュルペが口を開いた。
〈漏れた訳では無いんじゃないか?我々の要求が予想された範囲内だっただけじゃないか?〉
同じく出席していた、ラオトハイト首相も同じ意見だった。
〈可能性は有るだろうな。前回の会談で私達が妥協しなかった範囲の話では有る訳だ〉
今回イシスが話題にしたのは……
・停戦期間中の国境線について
・大量破壊兵器について
・戦時捕虜交換
の3点が主だった。
いずれも、昨年開かれた4者会談で話し合われた内容で、アルター側とヴィルク側双方が一切妥協しなかった。
〈だが、そうだとしても我々の要求が向こうの提案ですべて通るのは可怪しい。こちらから要求することが一切ないまま条約締結をすることになるぞ〉
4者会談時時と比べ、ヴィルク共和国の変わりようにアデルハルト国家評議会議長は気になったのだ。
前回の4者会談では、此処に居ないポーレ族部族長で共和国議長でも有るマリウシュが一切妥協せず議論が先送りになっていた。
ジュブル川南岸地域、アルター側の呼称でヒンター・ウィーゼを東西に分け、東をアルター人民共和国、西をヴィルク共和国の領域にする。
この内容で前回提案したのだが、ヴィルク共和国の議長であるマリウシュが頑なに拒否した。
だが、どうだろうか。
今回は同じ条件で提案したらイシス側が即同意した。
正直な所、これが原因で今回の条約締結はお流れになることを覚悟していただけに拍子抜けだった。
ヴィルク共和国国内の世論的に、アルター人民共和国に妥協すること事態、有ってはならないものなので、厳しいやり取りが行われると覚悟していたのだ。
2つ目の大量破壊兵器については……。
前回の会談で概ね同意した内容を再確認しただけに等しい内容だったが、それでもアルター側で事前に取り決めようとした内容と同じだった。
相変わらず、“開発”については言及していないのが気になるが。使用禁止についてはヴィルク共和国側は乗り気なようだった。
3つ目の戦時捕虜交換については……。
ポーレ族の前部族長、マイヤー・レフの身柄引き渡しについて、アルター側が要求しようとした内容でイシスから提案が有った。
『“大量破壊兵器の使用禁止について”の条約発効後の身柄引き渡しで構いません』
即時の身柄引き渡しを要求されると思ったが、ヴィルク共和国からは“大量破壊兵器の使用禁止”条約の発効後に身柄を引き渡すで構わないと提案を受けた。
そもそも、この戦争が起きた原因。“旧ヴィルク王国内での核兵器開発”を主導した張本人で危険人物だった。
戦争犯罪人として裁判にかける事も検討されていたが、今回の捕虜交換でそれは無くなるだろう。
そしてそこまではアルター側も妥協できた。
予想では、ヴィルク共和国側が今回の会談でマイヤー・レフを始めとした捕虜となった首脳部を連れ帰るとゴネると思われたが、それが一切なかったのだ。
アルター側のやりたいように、“大量破壊兵器の使用禁止”条約発効まで身柄をアルターに預ける事をヴィルク共和国側、イシスは提案してきたのだ。
〈……それにしても都合が良すぎる〉
〈確かにそうだが〉
「うわぁ……」
ニュクスは魔王の執務室で頭を抱えていた。
「どうした?」
「イシスがやらかした。本当にアルターが求める内容を提案したみたい」
イシスには“アルター側の求める内容で合意しろ”と確かに伝えてあったが、それは交渉を長引かせた上で妥協した結果という形を取れという意味だった。
それが、どうだろうか。
イシスから一方的にアルターが欲しい条件を提示し、交渉を終えてしまったことにニュクスは頭を抱えたのだ。
「アルター側、スパイを疑ってるわよ。情報を漏らした人が居るんじゃないかって」
「バレんだろ」
「万が一バレたら面倒でしょ。……もう」
ニュクスは思案し始めた。アルターの中枢に送り込んだスパイの存在を疑われ始めた状況はまずい。何か手を打たねばと。
「イシスが提示した条件はある程度、アルター側が提示してくると予想されていた内容でも有るんだ。イシスが気紛れで提示したか……。まあ、私がそう指示したとマスコミに言えばいいだろう。“アルターの要求する通りに事を運んだと”」
「……継戦派が激怒しかねないけど良いの?」
「致し方ないだろ?」
交渉らしい交渉が一切行われなかった現状、もう仕方ないと魔王は考えていた。
停戦に関する条約をイシスが調印し、それを持って帰ってくる。
その後、議会で採決されるように可能な限り根回しをする必要が有るが。はてさて、どうするか……。
「追い出されない?」
「まあ、あり得るな」
魔王追放。その可能性についてニュクスが言及したが、有り得る話だった。
ヴィルク共和国の憲法で、魔王の追放について条文が有るのだ。
議会の3分の2が賛成し、国民の半分が賛成すれば魔王は廃止される、と。
「その場合どうなるの?」
「私達は一介の軍人になるわけだが、イシスは……どうだろうな」
魔王は海軍大将、妹のニュクスは陸軍中将の役職についているが、イシスについては無役だった。
本人に一切の軍才が無いのと、気紛れな性格ゆえに今回のようなトラブルを恐れ、無役にしていたのだ。
「部屋住みか?」
「……どっかに遣らない?トマシュと同じ軍学校とか」
「うーん、……そうだな」
冗談交じりに魔王は答えたが、本人は色々と考えを巡らせていた。
どうやって議会の継戦派と世論を宥めるか……。
魔王としては、小競り合いで住んでいる現状のまま停戦し、平和条約を締結したのが本心だった。
両軍が本気を出し総力戦となればどれほどの被害になるか?
魔王はそれを念頭に動いているが、継戦派達はそれを厭わない考えなのだ。




