外交使節団
「それで、私を派遣したいと?」
議会上院の国務委員会に出席したデイブは国務長官の一言に固まった。
「ええ、他に適任者がおらず。魔王様から直にご指名で」
デイブは思わず失笑し、口を右手で覆った。
アメリカ合衆国の原子力潜水艦、アンヴィルが異世界から転移してきたため外交使節を派遣する必要があるが、それに自分が選ばれた事に理解が追いつかなかった。
「可能でしたら今日中に汽車で長浜まで行ってもらいたく……」
「本気ですか!?」
「ええ」
杉平領の長浜まで丸一日以上掛かる。
いきなり行ってくれと言われても即答できなかった。
「新阜の大使館に居る要員で対処できないのですか?」
「それも検討しましたが、正式に議会・政府から使節を派遣し国交樹立まで行う事になりまして」
デイブは一瞬天を仰いだ。
今日は魔王の同い年の妹、イシスがアルター人民共和国との停戦交渉に出発するために開かれた国務委員会に出席するだけかと思っていたのに、いきなり大仕事を任されることになったからだ。
委員会に出席している他の委員がデイブに耳打ちした。
(行ってきたらどうです?イシス様を見送った後はしばらく委員会も開かれませんし)
確かにそうだった。
散々紛糾した、アルター人民共和国との停戦交渉の使節団が何とか議会の承認を受けた。今日イシスが出発すれば委員会は取り敢えずの所、何もすることはなくなる。
また、デイブが所属する上院でも一通りの議題が通過しており、暫くは時間的に余裕があった。
デイブが外交使節団の代表として派遣されても何ら問題はない。
「……判りました。受けましょう」
「有難うございます。では、イシス様への信任状授与式が終わり次第、タッカー上院議員への信任状授与式を行います」
議会で発行し、魔王が承認する信任状の授与式がこの後行われるが、自分も信任状を受け取る事となったのでデイブは内心震えた。
「魔王様入られます!」
委員会室に魔王が来ることを職員が告げると全員起立し魔王を迎えた。
「アメリカ合衆国との国交樹立……ですか」
次に国務長官は議長を務めるマリウシュ・レフの執務室を訪れた。
「はい、急でございますが。アメリカ合衆国の原子力潜水艦が長浜に入港したことにより、議会から外交使節団を派遣しようと思いまして。デイビット・タッカー上院議員に使節団長の就任を要請しております」
「なるほど」
議会の国務委員会が用意した信任状を手元に置かれたマリウシュは文面に軽く目を通した。
「判りました承認いたしましょう」
マリウシュはペンを取ると自身のサインを信任状に書き記した。
『今、イシス様が出てきました。イシス様を乗せた海軍の車列が議場を出発しました』
ヴィルク共和国のラジオ放送は外交使節として議場を出発したイシスの動向を生放送で伝えていた。
『デモ隊の脇を通り過ぎ、イシス様を乗せた車はカエサリアの空港に向かっています』
デモ隊を騎馬警官隊が制止するなか、イシスを乗せた車列は軍が管理するカエサリアの空港にゆっくりと向かっていた。
「停戦反対!」
「戦争継続!戦争継続!」
「戦争反対!」
議場の前では今日も停戦派と継戦派がデモを行っており、騒然とした雰囲気が漂っていた。
今回の外交使節団の派遣は正にギリギリでの承認だった。
外交を担当する国務委員会で昨年から繰り返し議論されていたが、3月に入り何とか反対派議員が賛成してくれたのだ。
賛成に回る見返りとして、さらなる軍拡。停戦後にも現在の予算規模以上の国防費を支出する事を停戦派に求めたのだ。
結果として、陸軍第2師団の自動車化の検討とイスカンデルに代わる新型飛行戦艦の建造を国防総省は始めた。
「……!止まれっ!」
継戦派のデモ隊から青年が一人、イシスの車列の前に飛び出た。
手には『戦争継続』と書かれたプラカードを掲げていた。
「退け!」
直ぐに沿道を警備していた人馬の警官1人と人狼の警官2人に取り押さえられ、沿道へと引っ張られていった。
「騒がしいわね」
その様子を車窓から眺めていたイシスは、つまらなそうに呟いた。
「デモ隊は空港まで居るそうです!ですが、憲兵隊と警官隊が警備しているので安全だそうです!」
同じ車の助手席に座っていたブレンヌスが大声で叫ぶのでイシスは耳を抑えた。
本当なら議会親衛隊が警護にあたる筈だったが、イシスが面倒くさがり、魔王の部下のブレンヌス達を引き連れての外交使節だったが、狭い車内で叫ぶのだけは考えていなかった。
取り敢えず、ブレンヌスは五月蝿いのだ。声が。
「停戦反対!戦争継続!」
イシスを乗せた車列が高速道路の入り口に差し掛かったが、デモ隊はそこにも待ち構えていた。
車両での妨害に備え、イシスを乗せた車列が通過する高速道路や一般道は全て軍と警察が封鎖しており。車列はバリケードの前を通過した。
『今、イシス様を乗せた車列は高速道路に入りました。速報です、イシス様を乗せた車列は高速道路に入り……』
「さて行くか」
一方で議場から駅に向かうデイブが乗るのは馬車だった。
「まあ、目立たなくていいかな……」
随行員もカエサリアの駅で待ち合わせの為、同行しておらず荷物も用意していないので手ぶらだった。
同じ外交使節なのに、随分と雰囲気が違うことにデイブは少々可笑しくなった。




