国交樹立の準備
「杉平幕府から正式に“アメリカ合衆国”との国交樹立についての打診が有りました」
自分の執務室で国務長官から報告を受けた魔王は黙って聞いていた。
アメリカ合衆国のロサンゼルス級原子力潜水艦、USSアンヴィルが国交樹立の為に動いた。
ヴィルク共和国に取って見れば渡りに船だった。
友好国である、北のコシュカ王国と異世界との転移門を共同管理しているが、コシュカ王国の方針で異世界との交流は行わないことになっていたのだ。
だが、アルター人民共和国やマルキ・ソビエトがソ連の援助を一方的に受けている状況は変わらなかった。
コシュカ王国と共同で、転移門が開かないように妨害していたが、妨害の範囲外で転移門を開いて人的・物的交流を行っているのだ。
ヴィルク共和国政府内で、その状況に対し議論が巻き上がっていた。
ヴィルク共和国も異世界……。特にアメリカ合衆国を筆頭とした西側諸国と国交を樹立し軍事協力をしてもらうか、それともアルター人民共和国やマルキ・ソビエトが完全に転移門を使えないように妨害を強化するか。
前者は異世界との交流に消極的なコシュカ王国との関係を害してまで、使節団を異世界に送るのか?ヴィルク共和国と西側諸国との間で国交が樹立し交流が始まれば、アルター人民共和国とマルキ・ソビエトも東側との交流を強化し、さらなる軍事援助を受けることとなる。それで良いのか?と議論が巻き上がった。
逆に転移門を完全に閉じる事に関しては、転移門の妨害に用いる経済的資源の問題と、現状のパワーバランスがアルター人民共和国とマルキ・ソビエトに有利な状況で完全に異世界と隔離されて安全なのか?と言った問題が有った。
異世界との転移の可能性について、アメリカ合衆国は国際連合の場を使ってまでソ連を牽制しているのだ。
この世界でマルキ・ソビエトが全面的な攻勢に出ないのは、アメリカ合衆国が異世界からこの世界の推移を見守りソ連に釘を差しているのも理由の一つだった。
もしも、異世界との転移門が完全に閉じマルキ・ソビエトが完全に孤立した際、全面戦争になる可能性が大きかった。
「……こちらから使節団を送る必要が出てきた訳か」
「はい、魔王様が任命した特使を派遣する必要がございます」
現状での国交樹立。
転移を制限し、人的・物的交流が制限された状況下での国交樹立で有れば、一気にパワーバランスを崩すことは無いだろう。
魔王も前向きにアメリカ合衆国との国交樹立を考えていたが……。
「しかし、誰を派遣するかな」
派遣する特使の人選が少々問題だった。
「イシス様……。という訳には行きませんですからね」
「うむ」
普段であれば、魔王の同い年の妹であるイシスを派遣してしまうのだが時期が悪かった。
「アルター側には特使のリストを渡した後だもんな」
「ええ、間が悪いことに」
アルター人民共和国とヴィルク共和国との間で結ばれる停戦協定。それの使節団にイシスとヴィルク共和国議会の議員が名を連ねていた。
使節団の派遣は明日の朝。
アンヴィルにイシス達を派遣するのは不可能だった。
「と、なると。ニュクス……と言う訳にもいかんしな」
もう一人の同い年の妹であるニュクスはヴィルク共和国陸軍の第2師団長を努めており、外交任務を担当するのは不可能だった。
「私が出るのも……な」
魔王本人がアンヴィルに赴く事も一瞬考えたが、そこ迄するべきか?
「流石に魔王様が御出になるのは」
そうなって来ると、他に適任なのは?
(アルトゥルは……。第3師団長だし、あまり動かせんものな)
まず最初にアルトゥルの顔が浮かんだが、魔王は即座に除外した。
妹のニュクスと同じく、師団長の職務があるし、核開発計画を任せている手前、これ以上負担を強いる訳にはいかなかった。
(ライネは……。第2師団と共同で諜報活動中だから動かせんし)
次に、アルター人民共和国に潜入中であるライネの顔が浮かんだが、コレも除外した。
他人になりすまし潜入中のライネを呼び戻すのは不可能だった。
(トマシュは……。子供だから無理か)
次に、イシスの護衛を任せていたトマシュの顔が浮かんだがそれも除外した。
まだ、15歳という年齢もそうだが、ガイウス・マリウス軍学校への入学を控えているので時期的に忙しい。
(参ったな)
魔王と念話で話せるメンバーで適任者が居ないことに気付いた。
「……マリウシュは」
「議長を行かせるので有れば、上院議員の誰かを特使として派遣しても良いかもしれません。事前に議会を通していれば議会での承認もスムーズに進むでしょう」
「上院議員の誰かか……あ!」
魔王は閃いた。
「デイビット・タッカー上院議員が適任ではないか?元アメリカ人だし」
「なる程、それは良いですな」
合衆国党の上院議員で転生者のデイビット・タッカー議員が適任では無いか?
魔王の思い付きに国務長官も納得した。
「では、この件はタッカー上院議員に任せるとするか」




