アンヴィルの浮上
「艦長、全周目標なし」
潜望鏡を覗く副長のハーバー少佐が報告を上げると、艦長が命令を下令した。
「よし、浮き上がれ」
「浮き上がれ了解」
『浮き上がれ、浮き上がれ、浮き上がれ』
アンヴィルの艦内に浮上を告げる一斉放送が流れ、乗員達は浮上作業を始めた。
「メインタンクブロー」
「メインタンクブロー」
メインバラストタンクに高圧空気が放出される音が艦内に響き渡り、アンヴィルの船体は徐々に浮き上がった。
「見張員上がります」
「よし、上がれ」
完全に浮上し、安全が確認されたので、見張員が艦橋セイルへと上がり始めた。
「っと」
最初に艦橋セイルに上ろうとした見張員がハッチを開けると、海水が少し垂れて来た。
「大分時間が経ったな」
アンヴィルの艦長は杉平幕府海軍から渡された海図を眺めながらボヤいた。
ソ連の対潜哨戒機が通り過ぎたので、全没して隠れている間に時間は正午を迎えていた。
「何とか夕方には入れそうですが」
ハーバー少佐はデバイダーで距離を測りながら呟いた。
「しかし、日が落ちてから入港した方が良いだろうな」
アンヴィルの艦長はアンヴィルが入港する際に目立つ事を心配していた。
日が落ちた後なら人目につかないと考えて入港時間を日の入り後にすることを考えていた。
「副長、杉平幕府海軍に“日の入り後に入港したい”と連絡してくれ」
「了解、艦長」
「司令長官、アンヴィルから電報です」
アンヴィルが打った電報は直ぐに海野大将の元に届いた。
「ああ、ありがとう」
副官にそう言うと、海野大将は板ばさみに挟まれた電報に目を通した。
「……うーん」
「どうした?」
電報を読み終えた海野大将が唸ったので、アルトゥルが質問した。
「いや、アンヴィルが日の入り後に入港したいと」
「あー……」
日の入り後となると問題だった。
アルトゥル達3人が杉平領に滞在できる時間が限られているからだ。
コヴァルスキ大将は第1軍司令官、アルトゥルは第3師団長、ドミニカは第7連隊長。3人共、軍の指揮官で長い事、部隊を離れる訳にはいかなかった。
出来れば今日中にヴィルク共和国に戻らなければいけないが、アンヴィルの入港が日の入り後となれば、滞在期間がそれだけ伸びることになる。
「明日、帰るわけにはいかねえし、参ったな」
杉平幕府で起きたクーデター事件の余波も有り、可能なら今日中に帰りたいのが本音だった。
「入港を急かす訳にもいかんしな……」
どうにか出来ないか?
4人は暫く黙り込んだ。
「夜中に駆竜艇で飛んで帰るしかねえか?」
アルトゥルの言う通り、息子のドナルドを一目見た後、駆竜艇で直帰する方法しかないように思われた。
『沈んだアクラ級原子力潜水艦のサルベージですか?』
「ああ、可能かどうか検討したい」
海軍作戦部長との電話で魔王はサルベージの件を切り出した。
『水深5000フィートも有る海域ですので、困難かと。飽和潜水をするにも』
「いや、私が海を割る」
海軍作戦部長は飽和潜水士を潜らせ作業させるのは不可能に近いと考えていたが、魔王からのまさかの提案に驚いた。
『割る……!?』
「海面から海底まで海を割ってみようかと」
規模の大きい話に、海軍作戦部長は思わず失笑した。
『本気ですか?』
「ええ、何度かやったことが有るので。割った海面に飛行艦を飛ばしてサルベージできないかと」
海軍作戦部長は「いやはや」と呟いた。
『クレーンを装備した回収艦を派遣する事は可能かと思いますが、原子炉からの放射性物質の漏洩状況によっては難しいかと、それと……』
海軍作戦部長はわざわざ前置きを置いてから話を続けた。
『海底への衝突で船体が破断していることを想定する必要があります。沈降速度が速かった場合、船体が潰れている可能性もありますし』
「結局は、見てみないと判らないと?」
『ええ、ソーナーである程度は判るとは思いますが、実際に姿を見てみないことには詳しい状況は判らないかと。後、海を割るとの事ですが、どれ程の範囲を割れますか?』
魔王は暫く考えてから答えた。
「そうだな、縦500ヤード横100ヤードと言ったところかの。深さは……まあ、大丈夫だろう」
正直、5000フィートの深さの割れ目は作ったことは無いので何とも言えなかった。
最悪、トンネル状に水中に空気の空間を作ることを魔王は考えていた。
『回収艦を入れられますな……。判りました、後はこちらで作業を検討します』
「ああ、頼む」
『艦長、レーダーに感あり。正面、0−1−0方向から小型船が2隻来ます』
「艦長了解」
艦橋セイルに上り、指揮を取っていたアンヴィルの艦長に副長から報告が上がった。
「発令所、艦長。杉平幕府からの返信は届いたか?」
『艦長、発令所。まだ、返信は有りません』
日の入り後に長浜へ入港したいと連絡して2時間近く経とうとしていたが、未だに入港についての返信が届かないでいた。
その状況下で正面から小型艇が接近しているのは少々気がかりだった。
「目標視認、正面から高速で接近する飛行物有り!」
「杉平幕府の飛行物体だ」
正面から低空飛行する駆竜艇が1隻近付いて来たので見張員達は驚いた。
ヘリコプターの様に回転翼を持たず、更には飛行機の様に主翼を持たないにも関わらず空を飛ぶ駆竜艇を見て各々声を上げた。
「アレは、将官旗か?」
駆竜艇の小さいマストに放射線状の将官旗が翻っているのをアンヴィルの艦長は気付いた。
「見えっか?」
「よくわからないわね」
駆竜艇に乗り込んでいたアルトゥルとドミニカは双眼鏡を窓から覗き込みながらアンヴィルの艦橋セイルを注意深く観察していた。
「居るかね?」
後ろに控えて居たコヴァルスキ大将が質問したがドミニカは肩をすくめた。
「ちょっと判らないわね」
「おーい、もう少し近付いてくれ!」
海野大将は艇長に叫んだ。
「了解しました」
アルトゥル達4人は話し合った結果、駆竜艇に乗り込んで艦橋セイルに“居る”かも知れないドナルドを一目見る作戦に打って出た。
だが、艦橋セイルに立つ乗員達の顔が今一判別がつかないで居た。
「距離100メートルまで近付きます!」
段々と距離を詰めつつ有るが海野大将が有ることに気付いた。
「ん?ドニー君がそもそも艦橋セイルに居ないぞ」
副長のドナルドが艦橋セイルに立っていなかったのだ。
目当てのドナルドが居ないのではどうしようもなかった。まさか、無線で顔を出せと呼び出す訳にもいかないので、海野大将は渋々指示を出した。
「しょうがない、戻ろう」
「そうだな」
駆竜艇はアンヴィルの周囲を2周回った後、針路を北に取りその場を離れた。




