総員離艦
「3番、破壊されました!」
衝撃波が響くアンヴィル艦内で水雷士が叫んだ。
「2番の魚雷はどうだ!?」
相手のアクラ級原子力潜水艦にロックオンした筈の2番魚雷の状況をアンヴィルの艦長は気にかけていた。
「ロックが外れました!現在、捜索モードへ移行。アクラ級を追うために上昇中!」
艦長の指示で、水雷士が魚雷の操作端末を操作し2番魚雷を浮かび上がらせていた。
誘導用のワイヤーケーブルが繋がっている間は、魚雷を細かく誘導する事が出来る。
「1本目の魚雷、浮き上がってきます!」
カサートカのソーナー員が報告を上げた直後、魚雷からのアクティブソーナーが艦内に響いた。
「1本目の魚雷、左回りに旋回しながら上昇中!方位1−0−5!」
カサートカの艦長は艦の進んでいる方位を端末で確認してから指示を出した。
「戻せ!」
「戻せ!」
「戻せ!……舵中央。方位3−4−4宜候!」
魚雷の居ない方向へ舵を回し、なるべく離隔しようと試みたのだ。
(ログ速36ノット……射つには速すぎる……)
水中ミサイル、シクヴァルを射つことも考えたが、カサートカの速度が速すぎた。発射管を開くことが出来ない速度だった。
「艦長!3本目の魚雷も向かってきます!方位1−6−8、距離4千ヤード!」
「ソーナー!ロサンゼルス級の居る方位は!?」
「方位1−7−2です!1本目の魚雷、本艦を指向!ロックオンされました!距離500ヤード!」
「面舵一杯!」
「面舵一杯!」
「面舵一杯!……面舵20度!」
「欺瞞剤射出!戻せ!取舵一杯、急げ!」
「欺瞞剤射出!戻せ!取舵一杯、急げ!」
「欺瞞剤射出!」
「戻せ!取舵一杯!」
カサートカの艦長は大きく右へと曲がった後、一気に左へと舵を切りつつ、欺瞞剤を海中に放出させた。
「1本目の魚雷、欺瞞剤を追っています!」
「……針路1−7−2!」
「針路1−7−2!」
「針路1−7−2、宜候!」
魚雷が欺瞞剤を追っているのを確認してからカサートカの艦長は艦首をロサンゼルス級原子力潜水艦に向けるように指示を出した。
「後進一杯、用意!」
「後進一杯、用意!」
そして、スクリューを後進一杯で回す準備をするように指示を出した。
針路が定まり次第、全力で後進し、艦速を落とすために。
「宜候、1−7−2!」
「後進一杯!4番、次に射つ!」
「後進一杯!4番、次に射つ!」
「1本目の魚雷、欺瞞剤を逸れました!ハイドップラー上がる傾向!左旋回中です!」
4番発射管。
水中ミサイル、シクヴァルが装填された発射管を射つように指示を出している間に、1本目の魚雷がカサートカに向かって来る事をソーナー員が報告した。
「目標、ロサンゼルス級原子力潜水艦!」
「目標、ロサンゼルス級原子力潜水艦!」
1本目の魚雷が放つアクティブソーナーの間隔が段々と狭まってきた。
「……4番発射用意よし!」
刻一刻と1本目の魚雷が接近してくるが、カサートカの艦長は回避行動を取ろうとしなかった。
それよりも、刺し違える覚悟で攻撃をするつもりだった。
「……4番射て!」
ログ速が十分に落ちたのを確認すると、カサートカの艦長は発射を命じた。
「4番射て!」
「4番射出!航走中!」
「前進一杯、急げ!」
「前進一杯!」
シクヴァルを発射後、カサートカの艦長は前進一杯を下令したが、間に合わなかった。
1本目の魚雷は艦の後部。原子炉区画の真下で炸裂した。
「2番起爆しました!命中です!」
アクラ級原子力潜水艦に魚雷が命中したとソーナー員が叫ぶと、アンヴィルの発令所内に歓声が巻き起こった。
しかし、ソーナー員が次の報告をすると発令所内に緊張が走った。
「……!水中ミサイルです!3−5−5方向より水中ミサイルの航走音です!」
アクラ級原子力潜水艦がギリギリのタイミングで放った水中ミサイルの航走音が魚雷の爆発音に混じり、聴こえてきたのだ。
「前進一杯!面舵一杯!深さ1500に着け!」
「前進一杯!面舵一杯!深さ1500に着け!」
「前進一杯!」
「面舵一杯!」
「下げ舵20度!」
アンヴィルの艦長は爆圧を避けるために深場へ行くように指示を出した。
水中で爆発が起きると、威力は水圧の低い上部へと逃げるためだ。
「艦長!3番のワイヤーケーブル、切れました!」
ここで、急速な深度速度変換で魚雷のワイヤーケーブルが切れてしまった。
「面舵20度!」
「艦長了解!……戻せ!」
「戻せ!……舵中央!」
「水中ミサイルの到達まで、残り30秒!」
ソーナー員が到達までの時間を読み上げる。
「深さ550!……深さ600!」
「残り20秒!」
「深さ650!……深さ700!」
「残り10秒!」
「深さ750!」
「残り5秒!4、3、2、1……」
数秒遅れ、爆発の衝撃波がアンヴィルに襲いかかってきた。
終末誘導が無いとは言え、近傍で爆発したため衝撃波は凄まじく。船体は激しく揺れ動いた。
『浸水!浸水!原子炉区画浸水!』
カサートカは完全に推進力を失い、海中を漂流していた。
「艦長!原子炉緊急停止しました!バッテリーに切り替わります!」
消えていた電灯の明かりが付き、発令所の機械類は再び動き出したが、原子炉が止まった以上何も出来なかった。
「モーター推進に切り替えろ」
「機械室!モーター推進に切り替えろ!」
『こちら機械室、モーターに電圧来ません!電路が切断された模様!』
緊急用の電動機を作動させようとしたが、原子炉区画に受けたダメージの影響で電動機に電気が行かなくなったのだ。
「艦長……深さ300……沈降中です」
深度計を確かめた船務士が力のない声で報告した。
船体が沈み始め、その速度は徐々に加速し始めたのだ。
「深さ350!なおも沈降中」
「サーシャ、最早ここまでだ」
政治将校がアンヴィルの艦長を愛称で呼んだ。
「もう十分だ……」
「致し方なしか……」
「押さえろーーー!」
原子炉区画では破孔部から吹き出す海水に、乗員達が立ち向かっていた。
身体を破孔部に密着させ少しでも浸水を和らげようとしているのだ。
「材木と毛布もってこい!」
「ドレンポンプ起動!排水しろ!」
既に足首まで水に使っているが、乗員達は諦めていなかった。皆必死に、艦を守るために浸水を止めようとしていた。
『浮き上がれ!浮き上がれ!浮き上がれ!』
「!?」
突然、浮上を告げる艦内放送が流れ、メインバラストタンク内に高圧空気が吹き出す音が響いた。
「浮上するのか!?」
原子炉区画に居た機関長は上を見ながら叫んだ。
「艦長、浮き上がっています!現在、深さ400!」
「……サーシャ、艦を棄てよう」
「……判ってる、ミーシャ」
政治将校にそう言うと、カサートカの艦長は艦内放送用のマイクを手に取った。
『こちら艦長。皆よく闘ってくれた』
カサートカの艦内で緊急処置に追われている乗員達全員が、艦長の放送を固唾を呑んで聞き耳を立てつつ、作業を続けた。
『我々はコレから……艦を放棄し投降する……。総員離艦部署発令!作業終了後、レスキュー・チェンバーに移動しろ』




