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報告会

 第3師団の司令部が在るニューレキシントンから南西のカエサリアに在る総司令部に向かう4人乗りの馬車の中で、第3師団長のアルトゥル・カミンスキーは昨日の第2師団の動きについて部下達から報告を受けていた。


 同乗しているのは人猫の若い男、パオロ・グエラ大佐。人狼の軍医のショーン。人狼の女性のジェームズ・ケイマン少佐の3人だった。


 毎週火曜日に魔王を交えて、各師団長や指揮官達とで行っている定期の報告会に参加するためだが、片道1時間も掛かるため普段は内々の報告をしつつ何を話題にするか話し合っていた。


「第2師団は陣地を4つ落とした後に援軍に来た人民軍と交戦したそうだ」


 だが、今日に限っては第3師団内に作られた情報保全隊(INSCOM)の指揮官、パオロ・グエラ大佐が第2師団の動向について掻き集めた情報を他のメンバーに話す場になっていた。


「ニュクスは消極的だった筈だけど、なんで攻撃を?」


 アルトゥルの質問にグエラ大佐は首を捻った。

「それは俺も聞いていた。一昨日までは後方へ撤退する準備をしていたみたいだが、現在は歩兵だけで6個大隊(5千人)も前線へ送り込んでいるんだ」


「人民軍の隙きを見て攻勢に出た可能性は?」

 アルトゥルの隣に座るジェームズの質問にパオロは写真を一枚出した。


「そう思って先週撮られた航空写真を見直してたけど、第2師団は比較的防御が整ってる場所を攻撃してる。それも一斉にだ」


 弱い一点に攻撃の重心を置き、前線を突破した後に敵部隊を各個包囲する機動戦をニュクスが好む事はこの場に居る全員が知っていたが。


「北上してる……が、最初の攻撃以降、途中の防御陣地を無視してる?」

 第2師団は西北西のティルブルクに向かわず、ジュブレ川に向かい真っ直ぐ北へ20キロ以上も前進をしていた。

「まるでソ連軍の縦深攻撃だな」


 アルトゥルの何気ない一言に、同席していた軍医のショーンが反応した。


「実際そうじゃないかな?ここでジュブレ川まで到達すれば、東側の人民軍の陣地や入植地は孤立するから、それを狙ってるんじゃ?」

「……無えんじゃね?いくらなんでも徒歩の歩兵や騎兵だけじゃ30マイルもある突出部を守り切れねえよ」


 前後を人民軍に挟まれた状態で第2師団が戦えるか疑問だった。逆に狭い突出部を抜かれ逆包囲されかねなかった。


「ドミニカは知ってるんじゃ?」

 不意に馬車の外から声がし、手が伸びてきた。


「なんで?」

 4人は馴れてるのか、声の主である人馬のリー少佐の方を見た。

 人馬故に身体が大きく、馬車に乗れないのでリーは小1時間近く馬車に並走しながら会話を聞くのが当たり前になっていた。


「ほら、これ。クシラ騎士団だろ?ロンの奥さんが居た」

 リーはアルトゥルの前世のあだ名を呼びながら写真を1枚指差した。

 パオロが持っていた写真の中に、金棒を持った騎士のハイムが写った物が1枚有ったのだ。


「知る筈ないよ、騎士団を離れてもう2年経つんだ。それに、アイツは知ってても教えてくれねえよ」


「後方へ出した補給申請の電信を傍受出来たからリスト化したが、砲弾が多い。25ポンド、8インチロケット……。第2師団で事前に持ってた分の2倍もだ」

 A4用紙を6枚渡され、アルトゥルは中身を確認した。


「……参ったな。1ヵ月分の生産量より多くないか?」

「3ヶ月分だ。軍全体で砲弾が欠乏するぞ」

 パオロは苦い顔をしながら左手を額に当てた。


「……ニュクスちゃんと魔王が喧嘩したって可能性無い?」

 ショーンが思い付きで言ったが、全員目線を交わした。


「ありえますな」

 魔王と妹のニュクスは見た目どおり気分屋で、まれに意見が衝突するのはジェームズも知っていた。

「でもなぁ、あの2人は部下の命を張るような真似はしねえぞ」

「アルベルトから何か聞いてないのか?」

「あ゛?」


 パオロの一言にアルトゥルは固まった。


「先週も魔王と一緒に食事してたぞ」

「……マジ?」





「ビトゥフを拠点に活動していたアルターの諜報員は……」

 冒険者ギルドを束ねるゲルダ・エーベル女史が摘発したスパイの情報を報告しているが、アルトゥルは横目で魔王の方を見ていた。

 彼女の前にも、元CIAや元FBI出身の転生者達がスパイの活動状況やアルター側から盗んだ(・・・)情報について報告していたが、アルトゥルの耳には入ってなかった。


(付き合ってるのか?)

 同い年の弟のアルベルトと魔王が親しいのは聞いていたが、毎週末会っているのは知らなかった。

 パオロに詳しく聞いたが、国内の情報機関の間では結構有名な話で、てっきり知っているものだと言われた。


(そもそも、魔王(カエ)は男だし、妻子持ちだろ!?)

 背が低く華奢なので少女と良く間違えられるが、魔王は既婚者で異世界に妻と息子が2人居るのだ。

 魔王本人もその事を逆手に取ってか、使用で外出する時は女装しているが、弟と変な事になっていないか気が気じゃなかった。


「報告は以上です」



(ロン!)

 自分の順番になってもアルトゥルがボーッとしていたので、ショーンがアルトゥルの脇を突いた。


(わりぃ)

 アルトゥルは机の上に出していた原稿を手に取った。

「……。第3師団は来週、訓練期を終え作戦可能状態になります」





(ボーッとしすぎだよ、どうしたの?)

「16インチ連装砲を搭載した新型飛行艦の建造状況は……」

 一昨日、魔王に報告したのと同じ内容の報告をまた発表しただけだが、アルトゥルは背中まで汗をかいているのに気付いた。


(いや、何でもねえ)


 自分達、元アメリカ陸軍の転生者だけでなく、元米海軍や元イギリス軍、果ては元モサドまで予算獲得の為に神経を尖らせている場で雑念だらけなのもどうかと思ったが、やはり気になった。


(この後、空いてるか?)

(何て?)

 ショーンは左耳を倒した。


(報告会が終わったらカエと会うぞ。スケジュールは空いてるか?)

(あのさ、)

(開けてある、大丈夫だ)

 ショーンが返事をしようとしたがパオロが遮った。





「あのさ、本気?」

 総軍司令部から魔王の邸宅まで伸びる地下通路を歩きながらショーンはアルトゥルに尋ねた。

 報告会が終わり、早々に魔王が席を外したのでアルトゥルは魔王を追い始めたのだ。


「何が?」

「アポ無いでしょ?」

 ショーンの質問に答えず、アルトゥルは階段を駆け上がった。


「うわ、面倒くさい……」

「アイツ、割とあんなだぞ」

 第2時大戦が終わって除隊したショーンと違い、軍に残って居たパオロは馴れた様子だった。

 ショーンを追い越すと、パオロまでそそくさと階段を駆け上がった。

「焚き付けといてよく言うよ、全く」



「あれ?アルトゥルどうしたの?」

 ショーンが追いつくと、アルトゥルは邸宅の1階エントランスでエミリアと出会していた。


「カエに会いに来たんだ。奥かい?」

 アルトゥルは北に在る魔王の執務室を指差した。


「居るけど、今は会わない方が……あー……」

 エミリアの話を最後まで聞かずに、アルトゥルはズカズカと奥へ進み始めた。



(そもそも、ロン本人も魔王と愛称で呼び合う仲だろ)

 アルトゥルが執務室の扉に手を掛けるのを見つつ、ショーンは心の中でボヤいた。

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