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空襲警報

〈おや、市長。お一人とは珍しいですね〉

 まだ月曜日の、陽が落ちたホテルのバーに市長が1人で現れたのでバーテンは驚いた。


 普段は週末に婦人とレストランで食事をした後に寄るか、たまに水曜日に師団長と待ち合わせて2人で飲んでいるぐらいだった。


〈妻の調子が悪くてね。昼の騒ぎで空襲警報が鳴っただろ?〉

 人狼が攻めて来た騒ぎに前後して。13時頃には南の大森林を越え、ドワーフの飛行艦が5隻飛来したと空襲警報のサイレンが1度鳴っていた。


〈そうでしたね……。どうぞ〉

 バーテンはショットグラスに入ったジンと、つまみとしてソーセージを市長に出した。


〈ああ、ありがとう〉

 婦人はサイレンの音が苦手で、市が行った避難訓練にも参加していないのはバーテンも知っていた。

 党本部に知られれば良い顔はされないが、婦人のようにサイレンにトラウマが有り訓練に参加していない人は多かった。


〈しかしだ……美味いビールが飲みたいな〉

 度数の高いジンを呷りながら市長は嫌そうにボヤいた。

 この世界ではアルター民主共和国を始め、人間の国ではウオッカやジンといった度数が高い蒸留酒が歴史的に好まれていた。


〈軍が接収した人狼の醸造所は?〉

 その一方で、人狼の領地では転生者達が幾つも醸造所を作っており、ファレスキ周辺の醸造所は人民軍が確保していた。


〈こちらの転生者が入って製造をしてるとケヴィンが言ってたが、殆ど党の幹部に配ってるそうだよ〉

 市長と師団長は社会党結党前の神殿組織時代からの付き合いだったので、互いに名前で呼び合っていた。


〈勿体ない話しですな。……大佐はやはり?〉

〈ああ、基地から出てこないそうだ〉


 市長が残りの酒を一気に呷ると、外から警報が鳴る音が聞こえて来た。


〈訓練か?〉

 市長とバーテンは慌ててバーの壁に掛けてある鳩時計に目をやった。

〈本物です〉

 バーテンは慌ててラジオのスイッチを入れると緊急放送が流れていた。


『……ファレスキ南西方。トビー山脈方面から飛行艦襲来』

〈ドワーフか〉

 緊急放送の内容が、昼に侵入してきたドワーフの飛行艦が夜になって再び飛来して来たことを告げる内容だったため、市長とバーテンはホテルの地下壕へ移動を始めた。





「〜〜〜〜〜〜…………っっっ!!!!!」

 ライネが尻尾を膨らまし、苦虫を噛んだような顔をしたので、ビリーは天井を仰いだ。


「なんたって、飛行艦が飛んでくるんだ!」


 現地で雇った従業員は帰ったので、ライネは人狼の言葉で文句を言い始めた。

 これから外に出掛けるライネと偶々店の1階で出くわしたのだが、間が悪かった。


「海軍の巡洋艦は動かせない筈なのに……」

 昼も屋台で商品を売っている途中で警報が鳴り、売り子をしていたエドと一緒に公営団地の防空壕に避難していた。


「でもそのお陰で全部売れたんでしょう?っおぅ!」

 防空壕に避難していて夕食の準備を出来なかった主婦相手に屋台のパイ等が完売したことをビリーが指摘したが、ライネに脇腹をどつかれた。 


「トビー山脈を越えてきたので、昼と同じでドワーフの海軍のようです」


 避難しようと階段を降りて来たエドは、変な顔をしているビリーに気付いたが、“いつもの事だと”思い特に聞かなかった。


「ジョージは?」

「トイレです。後で来ますよ」




〈K-5監視所の報告では巡洋艦2隻、駆逐艦6隻、駆竜艇4隻の編隊だそうです〉

 ティルブルク地下の師団司令部の中に設けられた防空指揮所では大森林近くの防空監視所からの報告が引っ切り無しに届いていた。


〈多いぞ!どうなってる?〉

 各監視所から報告される飛行艦の数が多いので担当の防空幕僚が叫んだ。


 壁に描かれたジュブレ川河口地域の大地図には既に巡洋艦10隻、駆逐艦30隻以上の大艦隊が表示されていた。


〈艦型は?〉

 情報幕僚が監視所の一つと電話で確認する作業に追われていたが、要領を得なかった。


『大型艦2隻は4本煙突、小型艦4隻は2本煙突としか判りませんでした。高速で北上していたので』

 真夜中だったので何が飛んでいたか目視できた兵士は殆ど居なかった。

 石炭を燃やした時の火の粉が煙突から吹き上がったので何とか煙突の数を確認できたが、艦容までははっきりと判らなかったからだ。


〈時間と距離は?〉

『19時37分に西方とだけしか』

〈判った、また何か有ったら連絡する〉


〈K−2監視所、19時37分に西方に北上するグループ(アントン)


 情報幕僚が監視所の一つから聞き出した正確な情報を叫ぶと部下達は地図上にグループAと書かれた矢印と時間を赤いチョークで書き加えた。


〈K−7と確認が取れました。19時40分に北方を西進するグループAを目撃しています〉

 他の監視所に連絡していた兵士が叫んだ内容は、同じ編成の艦隊が別方向に飛んでいる事を示す内容だった。


〈欺瞞作戦だと?〉

 徐々に時系列が明らかになり、全容が把握できるようになったので、防空幕僚が情報幕僚に耳打ちした。

〈恐らくは〉


 大森林沿いの複数の監視所でドワーフの物と思われる飛行艦が目撃されたが、正確な航跡を地図に描くと8の字状に飛行しているのが判った。


〈これでは、今何処にいるか判らないな〉

 飛行艦の迎撃を担当する防空幕僚からすれば大迷惑だった。

 最新の報告を元に160ミリ榴弾砲で飛行艦を迎撃しようにも、何処に動かせば良いのか見当がつかないのだ。 


〈敵の艦隊は!?〉

 野戦指揮所に居た師団長が報告を聞くために現れたので、防空指揮所に緊張が走った。


〈敵のドワーフの艦隊は“吾妻(あづま)”級巡洋艦2隻、“早雲(はやぐも)”級駆逐艦6隻、“白鷹(しらたか)”級駆竜艇4隻の計12隻と思われます〉

挿絵(By みてみん)

 情報幕僚は最後に目撃された監視所の情報を師団長に報告した。


〈K−5監視所で北上するのが19時44分に目撃されたのを最後に目撃情報は途絶えています。しかし、(ドーラ)-4、(グスタフ)−4、G−6監視所で北方へ離隔する敵艦隊の飛行音を断続的に探知しています〉

〈榴弾砲は動かしたか?〉


 師団長の質問に、情報幕僚の隣に居た防空幕僚が慌てて口を開いた。


〈榴弾砲は陣地に留まっていますが、何時でも移動可能です〉

〈いや、そのまま待機だ〉

 時速400キロ近い速度で高高度を飛ぶ飛行艦がティルブルクや軽便鉄道に近づくのを警戒して、師団長は待機を指示した。


〈それよりも、援軍に近づく兆候はあるか?〉

 情報幕僚と防空幕僚は暫く押し黙った。



〈敵艦隊の意図は判断しかねます。ファレスキから正確な位置情報を得られれば……〉

 ファレスキにソ連軍の警戒レーダーが置かれているが、アルター民主共和国側には通報義務がなかった。せめて、おおよその場所でも良いのでソ連軍から知らせて貰えれば、対応を指示できるのだが。


〈師団長!援軍に出た第32連隊から緊急連絡。敵の奇襲です!〉





(いま)っ)


 大型の差込式迫撃砲が一斉に発射され、街道脇に伏せていた人民軍の兵士は空を見上げた。

 飛行艦の襲来で、街道脇の林に隠れていたが、いきなり側面から敵が突撃をしてきたので状況の把握も出来なかった。


〈敵は!?〉

 人民軍側が迫撃砲から打ち上げた照明弾の灯りで、一瞬、八条旭日旗が見えた。


〈敵はクシラ騎士団!クシラ騎士団の夜襲です!〉


 人狼側で数ある騎士団の中でも精鋭揃いとして知られるクシラ騎士団の攻撃に人民軍の兵士達は態勢を立て直す事が出来ずに逃げ出すものが続出した。



「きぃあああ゛あ゛あ゛!!!」

 2メートルは有りそうな金棒を振り上げた騎士が大声で“猿叫”と呼ばれる示現流の叫び声を上げた。


〈ぁあ……〉

 まるで化け物のような騎士に驚き、兵士は腰を抜かした状態で気絶した。


「ハイム殿(どん)コンワロ(こやつら)逃ぐっど!」

 いきなり騎士に斬り掛かられれば当然の反応だった。相手に都合がいい状態で戦うのではなく、態勢を立て直そうとするのが普通だった。


「女々しか奴らだ!うっかけ(追うぞ)!」

 

 逃げようとするする人民軍の兵士の1人が首根っこを掴まれ、仲間に連れ去られるのを横目にハイムは仲間と逃げる兵士を追った。


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