開店休業
〈誰も来ないな〉
バターの香りが広がる店内で、暇を持て余してたエドは商品の玩具で遊んでいた。
裏の厨房でビリーが手際よくパイや菓子類を焼いてくれたが、客として見込んでいた兵士が全く現れないのだ。
〈まだ、ゴールに着かないのか?〉
隣で新聞を読んでいたジョージが呆れたように質問してきた。
木の盤面に造られた迷路に空いた穴を避け、ゴールまで金属製の弾を転がす玩具だったが、エドは1時間近く遊んでいた。
〈もう少しだ……あー……〉
最後の穴を避けたかと思ったが、うっかり傾けてしまい穴に落としてしまった。
〈しっかし、誰も来ないな〉
ライネに指示され、軍の施設の前で店を開いた訳だが、こうも暇だとは思わなかった。
〈オッサンが店番してる店に来たいと思うか?〉
そう言い放ったジョージの顔をエドが覗き込んだ。
〈オッサンはお前だけだろ?〉
ジョージは今世で28だが、エドは未だ20だった。
〈変わりゃしないだろ?じきに、またお前も〉
〈屋台だ!急いで用意しろ!〉
乱暴に店の扉を開けて、ライネが入ってきたので2人は大慌てで立ち上がった。
〈屋台ですか?〉
〈そうだ。ヴィルク王国が攻めて来たとかで、兵士が殆ど出てったそうだ。外に出てみろ。砲撃の音が偶に聞こえてくる〉
ライネがアルター側が人狼達の事を指して呼称する“ヴィルク王国”の名前を出したので2人は驚いた。
現在、アルターと対峙しているのは魔王の妹のニュクスが指揮する第2師団だが、てっきり撤退したものだと考えていた。
〈確かですか?〉
ジョージの質問に、ライネはイライラした様子だった。
〈駐屯地の門番に聞いたが、総攻撃だそうだ。師団長も司令部に缶詰だから今日のパーティーもなしだ〉
駐留する人民軍の指揮を執る師団長の家で、ティルブルク市の名士や党関係者が集まるパーティーが催される予定だったが、肝心の師団長が出てこれないのではパーティーは中止だった。
せっかく、師団長本人と婦人の為にプレゼントを用意したが。
〈それで、屋台でどうするんで?〉
お盆に菓子類が入った籠を載せ、屋台に積む準備を手伝い始めたエドの質問にもライネは不機嫌だった。
〈明日まで持たないからな。公営団地で叩き売る〉
砲兵隊の一斉砲撃でA中隊に制圧射撃を浴びせていた機銃が沈黙したので少尉が叫んだ!
「ジェイソン!前進だ!」
万が一、少尉が戦死した際に代わりに指揮を執る軍曹は渡されていたホイッスルで“長一声”の号笛を吹いた。
「Let's move!Let's move! Let's move!」
少尉も叫んだので、伏せていたA中隊の全員が人民軍の陣地へ突撃を再開した。
「Feuer frei!」
塹壕に籠もっていて、榴弾砲の砲撃で盛大に土を浴びた人民軍の兵士達は突撃してくる第2師団の兵士に向け射撃を開始した。
人民軍の兵士達は第2師団の兵士達と同じくボルトアクションライフルを装備し、更に塹壕隠れているので身体を殆ど晒していない状態だった。
1000人規模で突撃してくる第2師団の先鋒を200人弱の人民軍の兵士が跳ね除ける事は十分可能だった。
身体を晒して突撃してくる第2師団の兵士を狙うのは300メートル先からでも十分だが、頭しか見えない人民軍の兵士を走りながら狙うのは不可能だった。
第2師団の兵士は中腰姿勢になり、畑を区切っていた石壁や倒れた木立などの遮蔽物に隠れながら接近した、
「うげっ……」
「隠れろ!」
何処の誰だか判らないが、少尉は足元で跳ねた銃弾に脚を取られた兵士を崩れた石壁に引き込んだ。
「ジャック!」
少尉の姿に気付いた軍曹が後ろから声を掛けてきた。
「オートマタだ!奥から出て来た」
「何処だ!?」
軍曹は右手の五指を正面に向けた。
「奥のバンカーからだ。あー!来やがった!」
「うっ!」
「あぁー!」
高さ3メートルも有る人型のオートマタは塹壕を一足飛びで越えると、一気に第2師団の兵士達に向かって走り、左腕で兵士2人を殴り飛ばした。
人民軍が運用する装甲人形。
4年前から人民軍で運用が開始したが、15ミリ機関銃を右手に持ち、力が強いので厄介な相手だった。
「対装甲擲弾筒は?」
「バーンズ!出番だ!」
軍曹が呼ぶと、後ろから擲弾筒を担いだバーンズ伍長が現れた。
「正面、オートマタだ」
「了解」
なにを血迷ったのか、オートマタ対策の為に造られた擲弾筒は、戦時中にイギリス軍で使っていたバネと火薬で擲弾を発射するPIATをそのままコピーした物だった。非転生者の多い第1師団や元アメリカ人が多い第3師団では、奇抜なこの対装甲擲弾筒を嫌がり“魔法が使える者がオートマタをぶん殴る”という、酷く原始的な対処法を取っていた。
……一番の原因は人狼の女騎士ドミニカがオートマタを素手で殴り、撃破したからだが。
〈1号装甲人形、撃破されました〉
指揮所で装甲人形を遠隔監視していた操作員は中隊長に報告を上げた。
〈2号、3号を両翼から前へ〉
師団本部から無線で撤退の指示を受け、指揮所では暗号表や機密文書の焼却作業と負傷者の後送作業に取り掛かっていた。
装甲人形を逐次投入する形で時間稼ぎを始めたが、代償として貴重な装甲人形が各個撃破される形に無った。
〈2号、脚部損傷〉
操作員が見ている情報パネルに表示された装甲人形の全身図の右脚が赤く光り、隣に表示された装甲人形の視線カメラには、円錐状の爆弾を投げ付けて来る兵士の姿が見えた。
〈2号撃破されました〉
〈負傷兵の後送開始しました〉
軍医からの報告で中隊長は頃合いだと判断した。
〈歩兵を撤退させろ、装甲人形を全部出せ〉
〈了解〉
「ジャック!アイツら逃げるぞ!」
塹壕から顔を出していた人民軍の兵士達が塹壕の奥に引っ込むのが、軍曹の位置からもはっきり見えた。
「突っ込め!」
いつの間にか側面に回り込んでいたC中隊が塹壕に飛び込み逃げる人民軍の兵士を追い回し始めた。
「俺達も突っ込むぞ!」
少尉が鉄条網の切れ目から塹壕に飛び込み、軍曹達も滑り込んできた。
「掩蔽壕の入り口を探せ」
足元に倒れる人民軍兵士の首を触り、脈が有るか確かめながら少尉が叫んだ。
塹壕に残っているのは、運悪く戦死した兵士や壊れた機材程度で、動く物は無かった。
「コンクリート製の壕が在るな」
塹壕を奥に進むと視界が開け、その先に大きな八角形状の掩蔽壕の先端が地面のから出ているのが見えた。その横では機関銃を構えたオートマタがC中隊の兵士と派手に撃ち合っている。
半地下の指揮所だと情報部から聞いていたので、他の中隊もその壕へと殺到していたのだ。
「オートマタの奥。扉が在るな」
掩蔽壕に通じる、分厚い鋼鉄製の扉の奥には別のオートマタが出てくる様子が見て取れた。
「俺達も行くか?」
「いや、他に入り口が在るはずだ……塹壕を探すぞ」
「チェスか?」
塹壕の2重目に設けられた観測所の粗末な木のテーブルにプレイ中のチェス盤がそのままの状態で置いてあった。
「もう少しで勝敗が着く所だったみたいだな」
床に引かれた板を叩きながら軍曹は呟いた。
観測所の中は休憩室としても使われていたのか、ストーブや個人の荷物も散乱していてひどい有様だった。
「軍曹、隠し扉です!」
床に引き摺っった跡を発見したアレン一等兵が、目の前の木の板を引っ張ると簡単に開いた。
「深いな……」
蛍光灯が等間隔に設置されている、コンクリート製の通路が指揮所の方へと伸びていた。
「ジャックを……」
「呼んだか?」
少尉を呼ぼうとしたが、既に真後ろに立っていた。
「血が落ちてるな。負傷者の後送に使ったな」
床に落ちた血をブーツが踏んだ後が幾つも在った。
「後を追う、部下を集めろ」




