表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/235

信号弾

「無事か!?」


 人民軍の陣地からの機銃掃射が止んだ、一瞬のタイミングを利用し、軍曹達が隠れている穴に誰かが滑り込んできた。


「カーター少尉!ハンソン大尉が戦死した!」

 現れたのが小隊長だったので、軍曹は自分達が所属するA(エイブル)中隊の中隊長が戦死したことを報告した。


「何だって!?他に死傷者は?」

 伏せていたカーター少尉のヘルメットに跳弾して来た機銃の破片が音を立てて跳ね返ったので少尉は更に身体を縮ませた。


「この調子ですよ!敵の機銃に釘付けにされてるんで、他がどういう状況か確認すらできませんよ!」

「砲撃だ!」


 近くの穴から、誰かが叫んだので少尉が耳を澄ますと砲弾が飛んでくる時の風切り音が相手の陣地側から聞こえて来た。

 遥か遠くの砲兵隊陣地から、突撃してきた第2師団の勢いを削ぐために放たれた物だった。


「……生兵ー!」

衛生兵(Medic)!」


 近くに砲弾が落ちた影響で、少尉は一時的に音が聞こえ無くなったが、直ぐに周囲から助けを求める兵士達の声が聞こえて来た。


「おい!ハンソンは何処で戦死した!?」

はい(Pardon)!?」

 まだ耳がよく聞こえない軍曹は、少尉の声を聞き取れ無かったので聞き返した。


「ハンソンだ!」

 少尉は直ぐに軍曹の傍まで這い寄り、顔をビンタした。


「ハンソンは何処で撃たれた!?」

「すぐ近くです!ほんの10ヤード先ですよ!」


 軍曹が穴の外を指差したので、少尉は穴から一瞬だけ顔を出し、誰か倒れていないか確認した。


「見えたが、クソ。脚しか見えない。埋まってるな」

 ゲートルが巻かれ、軍靴を履いた右脚が地面から伸びていた。さっきの砲撃で撒き散らされた土で埋まったのだ。


「大尉がどうかしたんですか!?」

「信号弾だ!砲兵隊に攻撃目標を知らせる信号弾を回収しないと」


 人民軍の陣地から、野戦砲の直射砲撃が飛んできたので少尉は慌てて頭を下げた。


「取りに行くぞ」

「はい!?」

 少尉がガスマスクや手榴弾等を入れている雑嚢を腰から外し、穴の一番深い場所に投げた。


B中隊(ベイカー)C中隊(チャーリー)の連中が後ろに控えてるんだ。今すぐ敵の銃座を黙らせる必要がある」

 各中隊が突撃を開始するタイミングがズレたせいもあるが、大隊全体がA中隊を凸型の頂点に置く形で人民軍の陣地に殺到したので、先頭を行くA中隊が止まった事で全体の身動きが出来ない状態になっていた。


「そんなのは砲兵の連中がじきに……」

「5マイル後ろの観測所からは俺らが何をやってるか見えやしない。……ジェイソン、俺が信号弾を撃ったら前進の合図を出せ。それと、死んだら代わりに指揮執れ」

 少尉が胸ポケットからホイッスルを取り出し、首に掛けるのに使っていた掛け紐を外すと、軍曹に投げ渡した。


「お、おい。ジャック!待て!」

 カーター少尉のファーストネームを叫んで止めようとしたが、少尉は既に穴の外に飛び出していた。




「ッ!」

 右手でボルトアクションライフルを掴みながら外に飛び出た少尉は早速後悔していた。


 早々に、倒れた木の陰に隠れると地面を這いながら戦死した大尉の脚の位置を確認した。


(遠いな、おい)

 隠れている倒木の枝が機銃で吹き飛んだので、少尉は反射的に頭を下げた。

 少尉の姿を見て狙い撃っているのではなく、左右に機銃を振り掃射しているだけだが、稀に近くに弾が当たるので生きた心地はしなかった。


 ズボンの中にしまっている尻尾が縮み股間に巻き付いているのが判る。


(身体は正直ってか?畜生!)

 人間だった頃は勇気を振り絞って死地に飛び込んで見せたが、今世では尻尾が有るせいなのか、寸での所で身体が縮込み一歩踏み出すことが出来なかった。



「簡単だろ?2,3歩跳んだらすぐだ……」

 自分に言い聞かせる様に独り言を呟いたが、無鉄砲だった前世と違い一歩が踏み出せなかった。


「少尉!」

「うわっ!?」

 急に左肩を叩かれ少尉は我に返った。


「アレン一等兵か!?何してる!」

 同じ小隊で唯一転生者ではない、新兵のコリー・アレン一等兵が少尉の後を追って来たのだ。


「閉所恐怖症なんですよ。なんで、外の空気を吸いに」


 2人の頭上を轟音を立てながら幾つもロケット砲弾が通り過ぎて行った。


「師団付きの砲兵大隊の8インチロケット砲だ。……敵の砲兵陣地を狙っている筈だ」

 一瞬、少尉は歩兵隊を釘付けにしている陣地を狙った火力支援かと期待したが、全く見当違いの方向に消え去った。


「大尉の信号弾を急いで……」

「少尉、脚が」

 不意にアレン一等兵に指摘され、少尉は顔を背けたまま左手を自身の脚に伸ばすと左の太ももに血が着いていた。

「なんてこった」


 道理で脚が前に出ない筈だった。気が昂ぶっていて痛みを感じていなかったのだ。


「失礼」

 アレン一等兵がズボンに空いた穴に手を突っ込み、少尉の傷口に触れたのだが。


「うっぎゃああああああああ!!!」

 今まで全く痛くなかった筈の傷口が猛烈に痛み、更にこむら返りを起こした時のように傷口周辺の筋肉が収縮した。


「何したんだ!?」

「治したんですよ。これで良いはずです」

 未だ少し、まるで長時間走ったような疲れが左の太もも周辺に残っていたが、脚が動くようになっていた。


「魔法か?何処で習った?」

「お袋が薬草師なんで、教えてもらってたんですよ」

「ああ、そう言えばそうだったな」

 アレン一等兵の人事文書に、そんな事を書いているのは目にしていたが、正直興味がなくて流し読みしていた。

 治癒魔法が使えるなら衛生兵に回されると、先入観が有ったからだ。


「まあ、お陰で助かったが……。次に射撃が止んだら飛び出るぞ」

「了解」




〈曲がり始めたぞ!〉

〈交換するぞ!援護射撃!〉

 A中隊を牽制していた4連装機銃の中に、銃身寿命を迎え弾丸が真っ直ぐ進まなくなる物が出始め、交換する必要があった。


 銃身交換時に機銃が無防備になり、人狼側の歩兵に接近されるのを防ぐために、指揮官の指示で前線側に在る塹壕に援護射撃をするように電話員が指示を伝達し。暫くすると、塹壕に居る人民軍の兵士達がボルトアクションライフルで制圧射撃を始めた。


〈よし、抜けた〉

 膨張していたせいで銃身を回してネジ穴から抜く作業に手間取りつつも、人民軍の兵士はものの数秒で真っ赤に灼けた古い銃身を外し、新品の銃身を手早く取り付けてみせた。




「歩兵が進んでいないな」

 A中隊が前に進めず、攻撃に出た大隊全体が身動き取れていない事は、師団司令部でも気付いていた。


「支援要請は?」

「来ていません」

 敵の陣地から幾つも曳光弾が伸びているので、激しい抵抗に有っているのは判るが、どういう状況か判らないので動きようがなかった。


「砲兵に敵陣地の機関銃座を狙うように指示。ただし、発砲はさせないように」

 歩兵が陣地に肉薄しており、砲兵隊の攻撃に巻き込む事も予想されたので迂闊に攻撃できなかった。




「今だ!」

 小銃弾が途切れ、連装機銃が射撃を再開するホンの数秒の間に、少尉達は戦死した大尉の近くに移動することが出来た。


「何処だ……」

 スコップで土を退かしたが、ハンソン大尉の身体に信号弾は見当たらなかった。


「まさか、吹き飛んだんじゃ?」

「だったら辺り一面掘り返すまでだ。……あった!」


 少尉は半分本気だったが、幸いな事にすぐ近くの地面に拳銃型の信号弾発射機と弾が入った雑嚢が埋まっていた。




「来ました!砲撃支援の要請です!」

 空に白い煙を曳きながら信号弾が打ち上がったので、観測手が大声を上げた。


(Now)!」

 既に榴弾砲は陣地を指向していたので、砲兵隊指揮官が砲撃開始を指示した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ