ライネ・ビスカ大佐
「歩哨だ、3人。オートマタの脇」
大森林を越えた先にある、人間の入植地を魔王の妹ニュクスが指揮する第2師団の斥候達が偵察していた。
「街ってところか」
木で出来た外壁の内側に不釣り合いなコンクリート製の建物に電柱等が見え、外の農地では大型の耕運機を着けたトラクター型オートマタが広大な麦畑を耕していた。
「さっさと、忍び込むぞ」
斥候の中で、若い兵士が半自動小銃を他の兵士に渡すと、外套を脱いで普段着姿になった。
「軍と党の建物の場所、それと抑留者が居るかどうか……。あの門は此処だな」
若い兵士は街の建物が簡単に書かれただけの白地図を取り出し、他の兵士3人は若い兵士が指差した門と地図を見比べた。
「よし、行くぞ」
「Nächster!」
門の外、駐屯する人民軍の兵士が出入りする住民を調べるために置いた検問所で4人は偽物の身分証と通行許可証を出した。
〈転生者ですか〉
人狼の4人は転生者の商人のフリをしていた。
荷物も怪しまれないように、人間の経済圏で手に入るありふれた品や菓子類、薬に民生品の護身用拳銃ぐらいしか持っていなかった。
〈ビトゥフの出身だよ、その前はマクデブルグ出身だ〉
一番若い少年がそう言ったので、兵士は身分証に括弧書きされた前世の年齢を確認した。
〈60……この街は初めてのようですが、滞在目的は?〉
メンバーの中で一番年長者だと判り、兵士は少年の方に質問をした。
〈行商だよ、鉄道が通ってないこの辺は未だ仕事が有るんでね〉
質問の答えをしている間に、街の住民と思われる人狼と人猫の女性が3人、門を通って街に入っていった。
〈あの娘らは?〉
〈……ん?ああ、地元の人ですよ。……普段はどちらでお仕事を?〉
かつての旧神聖王国は2年前にアルター民主共和国として、王制から社会主義国家へ変貌していた。
アデルハルト王と神殿の神官や僧侶達を中心に社会党を結成し、アデルハルト王を元首である国家評議会議長に据え社会党を中心にした一党独裁体制になっていた。
そして、社会主義国家に移行する前にアデルハルト王と神殿は“平等な社会の実現”を標榜し、奴隷として虐げられていた人間以外の人種に市民権を与えていた。
その政策は人間の転生者達に好評で、彼等の支持と神殿の謀略を背景に、今まで神聖王国に影響力を持っていた有力貴族を次々に粛清していた。
〈通行許可証の通りです。エーベルブルグからファレスキを経由してこの街まで〉
アルター民主共和国発行の身分証と一緒に出された通行許可証を眺め、不備がないか兵士はチェックしていた。
今まで無かった通行許可証が無いと遠出は出来ないが、住民達は「魔王軍との戦争の為なら多少の不便はしょうがない」と納得していた。
〈入門を許可します〉
兵士は4人の通行許可証を捲り、今まで経由して来た街の判子が押されたページも捲り、新しい新しいページにこの街の判を捺した。
〈ありがとう〉
4人は身分証と通行許可証を受け取り検問所を後にしようとした。
「お気をつけて」
去り際に、人狼が話す言葉で話し掛けられ、少年は嫌そうな顔をして振り返った。
「Ich hasse Polnisch」
少年は吐き捨てるようにそう言うと、街に入って行った。
「ふーっ……」
「未だ気を抜くな」
門を通り過ぎ、路地に入った所で仲間達が気を緩めたので注意した。
「はい、大佐」
「ビリー……」
階級を言われた少年が睨んできたので、仲間の1人は慌てて「失礼しました」と謝った。
この4人は今世では16歳のライネ・ビスカを中心とした潜入チームだった。
前線から離れたこの街に在る筈の司令部と物資の貯蔵庫を破壊しに来たのだ。
「いい加減馴れろ……。二手に分かれる、ビリーと私はヨハンの見舞いに行ってくる。ジョージとエドは宿の確保だ」
「ういーっす」
「1、…、1、…、1、2、1!」
ライネとビリーが街の中心に近い場所を歩いていると、歩調を取る声と兵士の足音が響き始めた。
アルター民主共和国の兵士達が、来週の建国記念日に合わせてパレードの練習をしているのだ。
「ヨハンが寝てるのは此処ですかね?」
ビリーは声と足音が聞こえる方角に建っている、3階建ての建物に目線を送った。
「いや、アイツなら持っと良い所に住んでるだろう」
ライネは通りに地元の人が居ないか視線を移した。
「アレが良い……」
ライネは3階建ての建物の近くで談笑している2人組の兵士の方へと歩いて行った。
「……マジか」
〈兵隊さん、ちょっと良いかい?〉
背負っていたリュックを降ろし、体の前に持ち直しながらライネは話し掛けた。
〈どうかしましたか?〉
道でも尋ねられるのかと、兵士は近付いてくるライネに一瞥した。
〈薬や菓子は要らんかい?安くしとくよ?〉
ライネが広げた鞄の中には小さい箪笥型の商品棚が入っており、ライネが片手で一番上の段を手前に引くと4つの段が一斉に動いた。あっと言う間に商品の名前と値段が書いてある札が結び付いた小瓶や、袋が幾つも目の前に広げられた。
〈すげぇ〉
姉が使ってる化粧箱を勝手に持ち出して、アルトゥルの弟のアルベルトに商品棚として使えるように改造して貰ったものだったが、眼の前でイキナリ甘い菓子や日用雑貨に薬が現れたので兵士は驚いた。
〈菓子は全部5マルク、チョコ、キャラメル、クッキー、プレッツェル、キャンディー何でも有るよ。薬もおすすめだ、水虫やシラミで痒くてしょうがない?大手の製薬会社に勤めてた転生者が作った特効薬で、使った直後から効果てきめん。ささ、コレは虫刺され薬の試供品だよお試しあれ。こちらは1瓶で1月分、それがたったの10マルクだよ〉
試供品と称して小さい小瓶を渡され兵士達は、試しに開封して刺された場所に薬を擦り込み始めた。
〈ハッカ?〉
〈スースーするだろ?じきに痒みも引くよ〉
確かに、心無しか痒みが引き始めたような気がし、兵士達は商品を吟味し始めた。
〈じゃあ、チョコと水虫の薬と……虫刺され薬と砥石くれ!〉
〈俺は、菓子類1個づつ!〉
ライネの狙い通り、兵士2人は甘い物や生活雑貨に餓えていた。
前線に近い街にいきなり大勢の兵士が駐屯すれば途端に物資が足りなくなるし、仕事中に飲酒が出来ない兵士は甘い物を欲しがる傾向にあった。
〈兵隊さんはあれかい?どっかに家を借りてるのかい?〉
〈いや、僕達は此処の宿舎に住んでるよ〉
雑談しつつ情報を聞こうとライネが話し掛けると、先程ビリーが指差した3階建ての建物を指差した。
〈へぇ、そうなると大人数だね〉
〈ええ、一個連隊が住んでます。南の魔王軍を叩くんで先週来たんですよ〉
口が軽そうだと判断したライネはココで仕掛けてみることにした。
〈へえ、それは大変ですね。では、オマケにコレどうぞ。休憩中にでも……〉
商品の中からチョコとキャラメルの袋を取り、兵士に渡した。
〈え、良いんですか?〉
〈良いんだ、俺も前世は兵士だったから兵隊さんの苦労が判るんだよ〉
兵士2人は喜び、ライネにお礼を言った。
〈そう言えば、こっちの兵士も将校クラブは在るんかい?〉
〈ええ、司令部と同じ建物に〉
〈アレですよ、あのホテル〉
ライネは〈ほう、懐かしいね〉と言いながら指差したホテルを見た。
〈俺も人民軍に居た時は偶に飲みに行ってたよ。彼女を連れてな。受けが良いぞ。……そうだ、他に兵隊さんが集まる時間は何時だい?〉
〈1時間でパレードの練習が終わるんで人が出てきますよ〉
〈それに、明後日には別の連隊が街に来ますよ〉
(ようやるよ……)
ライネはあっと言う間に、兵から司令部の場所を聞き出した上に、駐屯兵やこれから街にやってくる連隊の情報まで聞き出してしまった。