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臨界実験

「ガイガーカウンターは?」

「準備出来てます」


 実験炉の各所に取り付けたガイガーカウンターをコーエン博士の研究チームがチェックして回っていた。


 不活性ガスが封入されている管の中を放射線が通ると電流が流れ、放射線の量を計測できる物だが、放射線の強さは判らない。それとは別に、3フッ化ボロンを用いいた中性子検出器も用意されていたが、1台しか用意できていないので、ガイガーカウンターも使っていた。


「制御棒は?」

「OK、問題ない」


 天井から伸びた4本のロープの先端には、カドミウムで造った制御棒が結ばれ原子炉に挿されていた。




「準備が出来ました」

 チームのメンバーが退出したのを確認したコーエン博士は見学に来ていた軍関係者に準備ができた事を告げた。


「既に中性子源は原子炉内に在ります。これから制御棒を抜いていき臨界状態まで持っていきます」


 ベリリウムとポロニウムを用いた中性子源から発生した中性子がウラン235に吸収され核分裂反応を起こすと平均して2.6個の中性子が発生する。

 この時発生した中性子は速度がバラバラで、速度が早すぎるとウラン235が中性子を吸収しにくい。そこで減速材で他のウランが吸収しやすい速度まで中性子の速度を下げ、連鎖核反応が起きるように促している。

 ただし、そのままでは連鎖核反応が一気に進み、大量の放射線と熱が発生し危険なので制御棒を原子炉に挿し、発生した中性子を吸収して連鎖核反応を阻害する必要があった。


「1番上げて」

 コーエン博士の指示で、制御棒に結び付けられたロープが引っ張り上げられた。


 中性子検出装器に接続された、グラフ紙に数値を記録するチャート・レコーダーを研究員達は注意深く確認した。


 前世の異世界の基準、ウラン235の割合が0.7%だったら、まだ中性子が一気に増える事はない筈だった。


「1番抜けました」

 1時間ほど掛けて完全に制御棒を抜いたが、中性子の量に大きな変化は無かった。


「3番上げて」

 連鎖核反応は始まらなかったので、コーエン博士は1番と対角線上に在る3番制御棒を上げるように指示を出した。


「3番抜けました」

 3番制御棒も抜かれたが、大きな変化は無かった。


「ふっー……」


 コーエン博士は深呼吸をした。

 設計上、ウラン235が0.7%なら次の制御棒を抜くと連鎖核反応、臨界が始める筈だった。


「ガイガーカウンターや中性子検出器は異常無いか?」





「慎重ですな」

 見学に来ていた軍関係者は2時間掛けて何も起きないので、ざわつき始めた。


「しょうがねえだろ、おんなじ条件で臨界状態になるか判んねえんだから」

 議員時代に一通り調べていたアルトゥルは辛抱強く見守っていたが、せっかちな将官達は痺れを切らし始めた。

「原子炉が溶けてスリーマイルの二の舞になったらどうしようもねえだろ?」


 将軍がスリーマイル島の原子力発電所事故を引き合いに出したので、将官達は黙った。



「何それ?」

 事故の内容を知らない魔王が質問してきた。


「ん?ああ、(おい)らの世界であった原子炉事故なんだけど。コレと違って水で冷やさないといけない高出力の原子炉で水が供給されない事故が発生したんだよ」

「……それ、どうなったの?」


 漠然と原子炉の危険性については聞いていたが、具体的な事故の内容は聞いた事が無かったので魔王は興味が湧いた。


「加圧水型原子炉っつってぇ、機関車のボイラーみたいに圧力を掛けた圧力容器の中に原子炉を閉じ込めた構造だったんよ。圧力が高えと100度以上でも沸騰しねえのは知ってるっしょ?」

 魔王は首を縦に振り「知ってる」と答えた。


「それで、その加圧容器の中に原子炉を組み込み、水を沸かして発電するのが加圧水型原子炉なんよ。スリーマイルの事故はその冷却水の循環が止まって、冷やされなくなって加圧容器の中で水が沸騰し始めたんだ。で、沸騰して圧力が上がったんで安全のために弁が開いたりもした。圧力が上がりすぎて爆発したら意味ねえから」


 アルトゥルは先程の報告会で配られた書類の裏に鉛筆でスケッチを始めた。


「最悪なのが、中の圧力が下がって安全になったのに弁が空いたままになって、水が沸騰し続けたせいでどんどん蒸発する。おまけに、水位計に蒸気が流れたせいで水位がわかんなくなって、燃料棒や制御棒……冷却水自体が減速材だから加圧水型の原子炉にはないけど」

 カプセル型の加圧容器の中に水面から頭を出している燃料棒と制御棒を描いたアルトゥルは説明を続けた。


「冷やされなくなった上の部分は燃料棒と制御棒が熱で溶け始めたんだ。燃料棒が核分裂した時に出る熱でな。こうなっちまったら簡単にゃ止められねえ。制御棒が溶けちまったからな。水で冷やすしかねえ。だけど、水位計は満水の位置だったから水が入れられなかった。後で、原子力発電所の職員が気付いて、大慌てで水を送り込んだから良かったけど。燃料の半分が溶けた後だった」


 説明が終わると、アルトゥルは両手で頭を抱えたカエルの絵を脇に描いた。


「目で見て判らなかったの?」

 見た目相応の少女のような口調なので、アルトゥルは魔王が本当に疑問に思っていることに気が付いた。


「いや、制御室と原子炉は離れてるんだ。此処みたいに薄い壁一枚で隔ててるわけじゃねえんだ」






「2番と4番を1インチ(2.5センチ)上げて」


 慎重に残った2本の制御棒が抜かれ始め、研究員達は固唾を呑んで中性子検出器の数値に注目し始めた。


「もう1インチ上げて」

 グラフ紙を読むと中性子の量が一定数増えたが、直ぐに頭打ちになったので、コーエン博士は再び1インチ上げるように指示を出した。


「もう1回」

 2回めも一定数増えた所で頭打ちになった。核分裂反応が持続すれば、グラフの数値は増え続ける。一定数増えて頭打ちになるのは中性子源から絶えず中性子が発生し、臨界状態に至らないまでも核分裂が起きているからだった。





「もう1回、だがゆっくり上げて」


 更に2時間経過し、軍関係者や魔王は研究員が用意した紅茶を立ち飲みしていた。


「もうそろそろ臨界です」

 いよいよ、数値が臨界に近付いたと判断したコーエン博士が軍関係者に声を掛けると、彼等はカップをテーブルを置くか手に持ったままの状態でグラフ紙の周囲に集まった。


 グラフ紙に印字される数値が少しずつ増え、頭打ちになる事は無く増え続けた。


「成功です。臨界状態に達しました」


 研究員達は歓声を上げ、直ぐに数値の記録を計算し始めた。


「概ね前世の世界と割合は変わりませんね」

「ああ……」


 成功を喜び合う研究員や軍関係者を尻目に、コーエン博士の気は晴れなかった。


(失敗してくれれば良かったが……)


 この世界でも核兵器の開発が出来る可能性が高くなった事をコーエン博士は憂いたが、最早どうすることは出来なかった。

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