討論会での乱闘騒ぎ
何故、討論会に出ていたデイブ達が陸軍病院に運ばれてきたのか?
話は少し前に遡る。
「次の質問です。2年前、魔王様が奴隷解放へと大きく舵を切りましたが、奴隷だった非人狼の人々への差別が多く残っております。この件につきましてラスカー候補、お考えをお願いします」
ラジオの人気司会者に質問され、元部族議会議員のラスカー候補が発言を始めた。
「奴隷解放は部族議会でも賛成の立場でして」
正直なところ、奴隷制度は“非常に邪魔”な悪政だった。
旧ヴィルク王国の住民である人狼自体が多産で労働力方だった。その状況下で人口に対し少ない仕事を奴隷に割り振られていたのだ。
おまけに、奴隷の維持。彼等の食事や衣服、医療も持ち主が負担していたのだった。
その日1日だけ雇う日雇い労働者や雇用契約を結んだ一般労働者と違い、衣食住を全部面倒をみる奴隷は金銭的に負担が大きくなっていた。
2年前の内戦の原因になった奴隷の酷使も、“荒鷲の騎士団”や奴隷を扱う商人達が少しでも儲けを出そうとした結果起きていた。
「ですが、奴隷として身分を保証されていた彼等が急に市民権を獲たことで日々の生活すら困窮する有様です。また、貧困から犯罪に手を染めたり差別から職を得られないのが現状です」
一応、衣食住の保証から税金から給付金や公的支援が有るが、失業率が依然として高い中、奴隷への手厚い保護は人狼の中で不評なのも事実だった。
「税制改革で成果が見えており、さらなる公共投資をこれからも行う予定です。失業率と労働環境の改善によってこの問題は解決できると私は信じております」
「具体策は無いのか?」
ハスマン候補がヤジを飛ばした。
「元奴隷を特別扱いする気は有りません。共和国建国の際に全員にチャンスが回るようにさえすれば良いのです」
ラスカー候補がそう答えると、ハスマン候補は短く笑った。
「そりゃあ良い。奴隷だった事を理由にそこの黒人みたいに医者になられちゃたまらん」
「……!?Excuse me?」
急に前世がアフリカ系だった事を持ち出され、デイブは思わず英語で聞き返した。
「こちとら迷惑してたんだ。差別是正措置だが何だか知らないが、奴隷だった出来の悪い黒人が特別扱いされて俺達が割りを食ってた」
会場に居た一部の観客がハスマン候補に対しブーイングを始めたので、司会者は手で「短くブーイングをしなさい」と促した。
「同じ条件、同じ働きに対し不当に評価を点けられてる横でお前らは笑ってれば良いもんな」
「言っておきますが差別是正措置に関しては……」
正直言うと、デイブ本人が前世において差別是正措置で医療免許を獲得できたのかは本人も判らなかった。
だが、チャンスすら与えられない時代があった。
アフリカ系の住民がレストランのカウンターに座り料理を注文することすら出来ず、トイレや店の入口まで有色人種専用の物を使わなければいけない時代すら有った。
幸い、旧ヴィルク王国ではそこまでの差別が無いので、デイブは差別是正措置を行う必要は無いと考えてはいたが。
「どうせやるんだろ?お前達***は狡賢い……」
ハスマン候補がアフリカ系を侮辱する言葉をいった途端、観客の何人かが立ち上がった。
「おい、止せ!」
慌ててデイブが制止しようと右手を伸ばしたが、観客の1人がハスマン候補の顔面を殴り、ハスマン候補は倒れた。
「おい、止すんだ!」
1人の観客が馬乗りになり、ハスマン候補の顔面を何度も殴るのでデイブが大慌てで駆け寄った。観客が振り上げた右腕を掴んだが、そのまま観客が空いた左腕でデイブを押し倒した。
「で、乱闘になって。酷い事になった……」
陸軍病院近くのレストランで事の顛末を説明したデイブは疲れ切った様子だった。
倒れた際に腰を打ったので、念の為陸軍病院に運ばれてきたが、打撲程度で済んだ。
だが、ラジオで生放送で行っていた討論会でこの様な大失敗になるとは夢にも思っていなかった。
「その……災難だったなあ」
ショーンもなんて言ったら良いのか判らず、苦虫を噛んだような顔でコーヒーを口につけた。
まさか、前世のアメリカで行われていた差別是正措置で乱闘騒ぎになるとは。
「この後はどうする?予定が無くなったんだろ?」
「いや、ロビイストが医師会との会談を設定してくれたからそっちに行くよ。医師免許の取得制度とか話し合うんだ」
「そうか」
選挙戦は始まったばかりだ。今回のトラブルで立ち止まっている場合ではなかった。
「ところで勝てそうか?」
「さあな。今日の件でどうなるか判らないし。まあ、うちの選挙区は転生者が多いからその分、支持者も多い。ただ、そのせいで票が分散してるんだ。部族議会議員だったラスカー氏も人気があるし」
少し疲れた様子でコーヒに口をつけたデイブをショーンは心配していた。
前世の事で何かしらの中傷は受けるとは思っていたが、今回の騒動は全く予想だにしていなかった事だった。
まさか、前世の肌の色を引き合いに出し、それが原因でラジオの公開収録に来ていた観客と候補者の1人が殴り合いの大喧嘩になるとは。
「多分、ハスマン候補を殴った人は元アフリカ系だったんだろうな」
「ああ、そうだな」
ショーンの一言をデイブは力なく肯定した。
デイブ本人も前世では色々と苦労していた。高校卒業後、大学へ行き医学生になろうとしたが、高額の授業料が払えず、そうこうしている内にベトナム戦争が起きた。
国の為に何かをすれば認められる気がし、陸軍に志願。衛生兵として従軍したが、そこでも差別された。
「汚い手で触るな」
「病気が伝染る」
南部出身者を中心に、アフリカ系であることを理由に治療を拒まれた。
だが、前世のアルトゥル……ロナルド・ハーバー大佐やジェームズの様に自分を認め、信頼してくれる人達が居たお陰で復員後に医者になることが出来た。
「あー、居た居た。タッカー候補、よろしいですかな?」
急に名前を呼ばれ、振り向くとハスマン候補を殴った人狼の男性が居た。
「先程は失礼しました。私、パターソン・ヒルともうします」
名刺を一枚差し出され、デイブが一目名刺を見たが、証券会社の社長の名刺だった。
「ハスマン候補の後援をするつもりでしたが、気が変わりました。貴方の応援をさせて下さい」
まさかの証券会社社長からの申し出にデイブは驚いた。
「私をですか?」
「ええ、それだけの価値がある人物だとお見受けしました。……会社で使っているCM枠と新聞雑誌の広告枠を合衆国党に融通します」
「そんなにですか!?」
初対面の相手にそこまで申し出るのか?
デイブは驚いた。
「ええ、見たくなったんですよ。ハスマンのクソ野郎が落選する姿を」




