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キーパッド

「あのー、すみません」


 軍司令部の建物に隣接している憲兵隊の建物に入ったルジャは受付の兵士に話しかけた。


「何でしょう?」

 カウンター越しに若い女性兵士が来たので、応対した憲兵はさっと居住まいを正した。


「国防総省から第2師団本部へ文書を届けに来たんですが、場所が判らなくて」

 憲兵はルジャの肩に幕僚が着ける飾緒(しょくちょ)をチラリと見た。


「えー、第2師団本部は基地の反対側で……」

 年下に見えたが、階級が少佐だったので憲兵は緊張し始めた。恐らく、転生者でそれが理由で階級が上なのだろうが、滅多に来ない位の士官に緊張し始めたのだ。


「地図有ります?」

「あ、はい。ちょっとお待ち下さい」


 相手が緊張してきたので、ルジャは地図が無いか尋ねると、予想通り憲兵は地図を取りにカウンターの奥に引っ込んだ。


(今よ)


 ルジャが合図すると妹のリリアとゲルベアが建物の入口から受付に入り、そのまま奥へ忍び込んだ。


 案外、部外者が受付から奥に居ても誰も気にしないものだし、軍服姿なら尚更だった。特に憲兵隊の建物なので毎日何かしらの用事で部外者が出入りするので2人が怪しまれる恐れは無かった。




「……」

 階段を地下1階に降り、廊下の先を見据えながらリリアは考えた。

 この先に営倉が有るが、普通に考えれば見張りが何人か居る筈だった。よく考えずに営倉からハイムを連れ出す役を買ったが、一番危険な役回りだった。


 今更ゲルベアに”代わって”と頼もうにも、ゲルベアは地下3階の暖房室へ降りて行ってしまったので代わりようがない。

 もう、諦めるしか無かった。リリアは意を決して廊下を足音を立てずに小走りで進み始めた。


(おっと!?)


 途中、集会室だろうか?

 扉が空いていたので、廊下から見えたが。だだっ広い板張りの空間に憲兵3人が新しい畳を敷く作業をしていた。


(切腹の準備か)


 介錯人が使う日本刀が部屋の隅に掛けてあり、切腹人本人が使う短刀が四方と呼ばれる台の上に既に載せられていた。


(てか、切腹するの?)


 転生者では無いリリアだったが、切腹の作法はドワーフの文献やクシラ騎士団で過去に腹を切った若い騎士が居たので漠然とは知っていた。

 だが今のご時世になって切腹をする人が居るのは俄に信じられなかった。


 しかし、ドワーフ領から態々輸入してきたのであろう、真新しい畳を敷き、これから介錯人を務めるであろう人物も元々クシラ騎士団に所属していた剣豪として有名な騎士だった。





「では、コレで帰りもうす」


 持って来た文書に父親が署名した墨が乾いたのを確認したドミニカは書類鞄に文書を入れると部屋から出ようとした。


「ところで、孫はまだか?」

「むっ!?」


 背後から父親にそんな事を言われ、ドミニカはドアノブを持ったまま硬直した。


「どうした?」


 特に深い考えが無く、娘に言葉を投げかけたが、尻尾まで硬直したのでコヴァルスキ大将は驚いた。

 もしや、夫婦仲に問題が有るのかと身構えた。


「またですか?」

「また、と言っても孫の顔を一度は見損ねとるんだ、見たくもなるは」


 ドミニカがアルトゥルと結婚して2年以上経つ。それなのに子供が出来無いので、親として少々心配になるのだ。

 2人共若いが、もし不妊症なら早めに治療せねばと。


 だが、ドミニカは来た時以上に仏頂面になるとゆっくりとソファに座り直した。


(あん人)が相手してくれん」

「……えぇ!?」


 まさかの返事に大将は驚いて首元を掻いた。


「何時からだ?」

「結婚してから一度も」

「……〜!?」


 予想外の連続に大将は口元を抑えてのけぞった。

 若いのにセックスレスだとは全く想像していなかったからだ。2人が再開した時はアルトゥルの方から唇を奪った程なので余計だった。


「前世は60過ぎてもしてたのに」

「……」


 特に聞きたくもない情報も聞かされたのでコヴァルスキ大将は黙り込んだ。





「何だあ!?コレ??」


 地下3階の暖房室の前まで来たゲルベラは扉の横に設置されたキーパッドを見て困惑していた。

 1から9まで数字が印字してあるキーパッドは初めて見た。扉には鍵穴も一応有るが、鍵を抉じ開けるのにすでに失敗しているので目の前のキーパッドを何とかする必要があった。


「そもそも、ノブが全然回らない!」


 普通の鍵なら鍵がかかっていても多少はノブが回るが、目の前の扉のノブは全く遊びが無く、ピクリとも動かなかった。

 通常の鍵よりも複雑な機械仕掛けなのか、それとも罠なのか。


 恐らく謎の数字が並ぶキーパッドが関係していると思うが、それをどうしたら良いのか?転生者ではないゲルベラには皆目見当がつかなかった。


「これ……、うわ!?」


 試しに数字の“5”を押したところ、電子(ビープ)音が鳴ったのでゲルベラは驚いて声を上げた。


「うわ、何だコレ!?」


 更にキーパッドの上部に今押した数字の“5”が表示されたのでいよいよ訳が判らなくなった。

 魔法の類かと思ったが、キーパッドの右下には“カミンスキー重工”と会社名とロゴが入っているので、魔法を使った物ではなく何かの機械なのは判った。



 だが何がどうして、押した数字と同じ番号がよく判らない灰色のガラスに表示されるのか?

 実はカミンスキー重工で試作した白黒液晶ディスプレイ付きの暗証番号システムなのだが、ゲルベラの居る部隊にはまだ設置されていなかった。


「えーっと。コードが扉に伸びてるし。切れば良いのかな?」


 懐からナイフを取り出し、試しにコードを切るか?それとも他の数字を押して見るか?


 なんとなく、数字の“3”を押したら別の電子音が鳴り、また“4”を押すと別の音が鳴った。


「……ん?“ソ”“ミ”“ファ”?音階になってる?」


 今度は“1”から順番に“9”まで押すと、“ド・レ・ミ・ファ・ソ・ラ・シ・ド・レ”と順番に音が鳴った。


「あ、なんか面白いかも」


 ちょっとした楽器のように演奏できると判ると、ゲルベラは流行りのレコードの曲やラジオドラマのオープニングテーマ曲まで適当に数字を押し演奏を始めた。


「あら?」


 探偵物のラジオドラマのオープニング曲を演奏すると“カチャ!”と扉が音を立てた。

 ゆっくりとドアノブを回してみると、今度はちゃんと回り、扉を開くことが出来た。


「……まあ、良いか」


 目当ての暖房室に入れたので、後は奥にある地下通路への入口と途中に扉がないか調べるだけだった。

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