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推薦状

「座れ」


 コヴァルスキ大将は娘のドミニカに座るように促した。


「……」


 押し黙ったまま、ドミニカは軍刀を外すと来客用のソファに座り、隣に自分の軍刀と書類鞄を置いた。

 第1軍隷下の部隊ではなく、国防総省勤務のドミニカはコヴァルスキ大将の部下ではない。そのドミニカがいきなり訪ねて来たのだ。ハイムの事もあり、コヴァルスキ大将は警戒した。


「何しに来た?」


 能面の様に無表情なドミニカだったが、胸の内に凄まじい怒気を孕んでいるのはコヴァルスキ大将にも判った。


「……ハイムを軍法会議に掛けると?」

「そうだ」


 予想通り、ハイムの話だったのでコヴァルスキ大将は短く答えた。

 大方、国防総省の誰かか聞いたのだろう。来ることは予想していたが、思いの外早かったのは意外だった。


「取り下げるつもりは?」

「無か」

「どうしても?」

「お(まん)が知ることで無か」


 食い下がるドミニカに対し、大将は短く答えた。

 ハイムの処分は国防総省に関わらせず、第1軍内で既成事実として軍法会議を行い、結果だけを追認させるつもりでいる。

 娘や国防総省が騒いだ所で、それは変わらなかった。


「理由は?」

「……奴が命令を無視して突出した。見逃すわけにはいかん」


 一方のドミニカも父親が簡単に考えを翻すとは思っていなかった。

 転生後、一緒にクシラ騎士団で活動していて判ったが、兎に角頑固で面倒臭い父親だった。


 自分とハイムの事を中々認めないばかりか、前世から親交が有った人物と距離を置きたがる。

 今でこそ大将に収まっているが、魔王や他の将官から強く推されたからで、本人は大将の位と軍司令官の役職は望んでいなかった。


 そこが厄介な所であった。


 ハイムの処分をゴリ押し出来ないなら、軍を去る可能性も有るが、コヴァルスキ大将の代わりに軍司令官を後任できる高級将校が居ないのだ。

 師団の指揮を執る中将、少将クラスの将官も足りず。連隊長を務めている大佐クラスの何人かを“准将”に昇格させ指揮を執らせる事も検討されていた。


 その状況下で複数の師団を束ねる軍司令官が辞任すればどうなるか?


 コヴァルスキ大将はそれを理解した上で処分を押し通すつもりでいた。


「ニュクス中将から国防総省にハイムを表彰したいと推薦状が届いてる」

「それがどうした?」


 軍で兵士を表彰する時は、直属の上司から順に最終的には魔王まで書類が回される。

 だが、コヴァルスキ大将が書類に署名をせねば容易に阻止することが出来た。


「前々から検討されていた名誉勲章の第1号にハイムを推薦すると」

「下らんな」


 何かと思えば、ハイムに勲章を与える話だったのでコヴァルスキ大将は即座に否定した。おまけに、転生したアメリカ人達が作ろうとしている名誉勲章が授与されるのは気に障った。


「ハイムに勲章が与えられるのを拒むと?」

「奴はそれに見合った働きをして無か。そんな奴に名誉勲章を与えると?」

「1人で敵の攻撃を防いだ武勲は?」

「あんなのは武勲で無か!」


 コヴァルスキ大将が声を荒げたので、ドミニカは耳を2、3度動かした。


「何が不満と?」


 普段ならコヴァルスキ大将が怒り出すまで食い下がる事は無く父親の顔を立てて来たが、今回ばかりはドミニカは全く退かなかった。


「父上がハイムの事を認めんから、あんのは(あいつ)が…」

「お(まん)等の事を認められるかっ!」


 コヴァルスキ大将が怒鳴り声と一緒に握りしめた拳をデスクに叩き付けドミニカの話を遮った。


「お(まん)等は何も判って無か!何が武勲だ!何が名誉だ!指揮に従わん兵など軍には要らん!」

「父上、お言葉ですがっ!」


「黙れ!お(まん)等は軍が何なのか知らん!」


 再び怒気を強め叫ぶのでドミニカは無意識の内に圧倒され、両手を強く握りしめた。


 正直、怖いのだ。


 父親がここまで感情を露わにする事自体初めてだが、人を斬る時の様に豹変するとは流石に思っていなかった。


「軍は暴力装置だ!部下や自分を殺して敵も殺す究極の暴力装置だ!部下を何人犠牲にするか妥協点を見い出しつつ勝利を目指す。そんな都合が良い考えで士官などやっていいと思ってるのか!?」


「ハイムの気持ちも知らんで。あんのは(あいつ)は父上達に認めてもらえればそれで」


「敵さ見れば突っ込む(わろ)を認めれるか。命令も聞かん、判断も出来ん(わろ)が……。ハイムは除隊させる。それだけの処分で済むだけでも有り難いと思え」


 完全に取り付く島がないが、ドミニカは諦めるつもりはなかった。持参した書類鞄から推薦状を取り出すと大将のデスクの上にそれを置いた。


「既に魔王()まで御決裁頂いておりもす」


 本来ならば上司が決裁済みの書類を下に回すのは禁じ手だが、こうなった以上はしょうがなかった。既に、自分以外の全員が決裁している書類が渡されれば、諦めるだろうとドミニカが用意したのだ。


「本日中に魔王()の公邸まで届けるようにと」


 公文書として決裁されており、日付も今日、“1989年1月4日”と印字してあった。

 “今、この場所で決裁しろ”と国家元首から迫られた形になった。


 先に表彰されれば、軍法会議で処分を言い渡すことなど出来ない。

 コヴァルスキ大将もそれを理解し、目の前の文書を隅々まで目を通した。


「ハイムが命令を無視した事実は国防総省も重く見ておりもす。表彰後は前線ではなく、後方へ配置しもうす」

「……」


 書類を机に置くと、コヴァルスキ大将はペンを取り、自分の名前を書類に書き加えた。


(いくさ)なんぞに名誉なぞ無か。有るのは人の醜悪だけじゃ。勲章なんぞ、大した意味も無か」


 名前を書き終え、ペンを横に置いた大将は忌々しそうに言い放った。


「それは私も知ってもす。父上が戦死した後、ハイムも母上も死んだ頃には街が焼かれもした。戦が終わってアメリカへ渡った後も方々で戦が有りもうした。何十年経とうと、戦は変わりもさん」

「……お(まん)は何で戦に出た?」


「帰りを待つんに疲れもうした」


 父親達は出征先から帰ってこず、夫も出征しては家をよく留守にしていた。


 単純に待つのに疲れたのだ。


 アメリカに渡った後も、夫の知り合いがある日突然戦死し、遺族が悲しみに暮れるのを何度も見てきた。

 自身も夫の部隊が激戦地に派遣される度に、散々神経をすり減らしてきた。その生活を再びするのは耐えられなかった。


「ハイムが抜けて騎士団はどうする?」

「名前を残して師団隷下の騎兵部隊として残しもす。他の騎士団員も配置転換措置をとると。人事は父上が動かして良いと」


 ハイムの一件以外は軍司令官の裁量を任す。

 これ以上、ゴネなければ問題にしないとの魔王からのメッセージだった。





「本当にやるの?」

 営倉が在る建物の外を歩く女兵士の1人が他の2人に声を掛けた。


「やれって言われたでしょ」


 3人はドミニカの部下で、ドミニカがクシラ騎士団に居た時から仕えていた従士だった。


「裏口から入らないで大丈夫かな?」

「大丈夫だって」

 一番背の高いルジャはそう言うと、建物の入口から中の様子を見た。


「私が受付で話してる間にリリアが営倉に忍び込んで、ゲルベアは地下の配管用通路の鍵を開けて」


 万が一、ドミニカが大将の説得に失敗した時はハイムを連れ出す手筈だが、先走って連れ出そうとしていたのだ。


「ねえ、営倉に居なかったら?」

「その時は……。その時でしょ」

「あのねえ」

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