討論会準備
「相手候補は軍事費の無駄と社会保障について話すはずだ」
ラジオ局の控室で選挙対策のロビイストに資料を見せられたデイブは嫌そうに聞いていた。
コレから生放送で他の立候補者達と政治討論会を行うが、覚えることが多すぎて参っていたのだ。本職の外科医も大変なもんだが、相手の揚げ足取りもしないといけないので気が滅入った。
「それで、今朝の新聞に書いてあった第2師団の活躍を頭に入れておいた方が良い。特に、ハイム卿の活躍と軍の防御態勢と……」
「はいはい」
生返事をしながら、今朝の新聞に目を通し始めたが、それを見たロビイストの癇に障った。選挙前から他の立候補者の情報から、資金集めキャンペーンまで色々担当していたが、2日目にして早くも元気がないデイブの態度はひどく腹が立った。
「おい、なんだ一体?資金は潤沢だし、政権公約も君の経歴も問題無い。何がそんな不満なんだ?始まったばかりだぞ?」
緊張しているだけなのか。ロビイストはデイブを焚き付けてみたが、しばらく押し黙っていた。
「戦争の事ばっか強調して馬鹿らしくないか?」
「何が?」
「戦争よりも目の前の問題に目を向けるべきだろ?転生者が多いけど8割方は転生者じゃ無い。俺達に取っては当たり前の事が当たり前じゃないんだ」
「それがどうした?今は選挙だ、票にならない問題をぶち撒けて騒ぐのは放火魔と変わらないぞ」
急にデイブが不満を爆発させたが、ロビイストからすれば正直どうでも良い事だった。
選挙の争点にならない話題を有権者の前で口にしておいて、“議員在任中に何も出来なかった”では済まない。それこそ“無能”のレッテルを有権者に貼られる結果になる。
「票にはなるさ。殆んどの有権者は状況を判ってない。ただ、派手な選挙活動を見せ付けられて良さそうなイメージの所に票を入れる。後から入れたことに後悔するぞ。だから、ちゃんと目の前の問題から解決するべきだろ?オレはベトナムに行ったが、ろくなもんじゃなかったぞ。よく判ってない子供を戦地に送り込んでおきながら、政治家連中は知らん振りだし、俺達を戦地に送った連中が罵声を浴びせてくるんだ。戦争なんか結局行かない連中からすればどうでも良いんだよ。そんな事より、非転生者が置いてきぼりを食らってる事や弱者の問題を扱いたいんだ」
「例えば何だ?言ってみろ?」
殆ど受け身で、選挙活動に対してあまり熱意を見せていなかったデイブが持論を展開し始めたのでロビイストは更に焚き付けた。
変な事を言うようなら即効ロビイストを辞めてやるつもりだが、本音を聞いてみたかったのだ。
「医学書は何語で書かれてると思う?」
「そりゃ、ポーランド語だろ?」
人狼達はどういう訳かポーランド語を使っているため、ロビイストは当然医学書もポーランド語で書かれているものだと思い答えた。だが、デイブの答えは意外だった。
「英語、ドイツ語、フランス語、イタリア語、日本語、中国語、ロシア語。前世世界の文字の数だけ存在するし、英語に至ってはアメリカ英語とイギリス英語が混在する。転生者がバラバラに医学書を書いてるからな。更に言ってしまえば、転生者の生きてた年代別に治療法が違う。中には時代遅れの治療法も書いてある。そんな医学書で医者になりたい奴が勉強してるし、症状や病名が今使ってる言語に訳されてない。医者が使う変な言葉で病気の説明を受けて非転生者の患者が安心してると思うか?全くしてない。シャーマニズムや民間療法の延長線上か詐欺の類にしか思ってない。救急科に来て血やら何やら取られて、よく判らない治療を受ける。助かりゃ良いけど、そもそも手遅れの状態で来るから呪い殺されたと思う人も居るんだ」
メモにデイブの言った事を書き留めつつロビイストは言い放った。
「で、何がしたい?」
医者としてアイディアがあれば十分選挙のネタに出来る。ロビイストとしては使えるネタを用意しておきたかった。
「学校教育の整備が未だだし、科学と魔法の違いが曖昧だ。だが、それ以上居問題なのは、医者にも社会的に責任が無いし、社会も医者や患者に対して責任を取ろうとしない現状だ。無責任だ!アメリカで医者をしていた時は法的責任も有って、家庭環境に問題が有ればソーシャルワーカーが対応するし、伝染病の疑いが有れば保健所が対応する。どっちも医者に通報義務が有った。だが、今は報告義務はないし、報告しても役人連中は知らん顔だ!そんな状況で医者や役人の言う事を信用すると思うか?有るわけ無いだろ!権力者や金に尻尾振ってるクズだと本気で思ってる!道義的責任だけで社会的・法的責任を一切問われないからだ!法律を整理して司法や第3者がチェックする仕組みを作らないとドツボに嵌るぞ!」
「そうか分かった!」
ロビイストは討論会で使うはずだった資料と原稿をデイブの目の前でバラバラに引き裂いてみせた。
「その事をぶち撒けて来い。それで他の候補者を叩きのめして有権者に自分が正しいと知らしめろ!」
デイブ本人がやる気になった医療問題を討論会で扱う方が良かった。本人が医者で、何が問題か十分に理解しているし、何よりも本人のやる気が十二分に有るのが重要だった。
「そろそろ本番です」
ラジオ局の職員が討論会の開始を知らせに来たので、デイブは軽くステップを踏みながら控室を後にしようとした。
「良いか。今日はさっきの話を派手にぶち撒けろ!後の事は気にするな」
「ああ、判った」
まるでボクサーとトレーナーの様にロビイストに肩を叩かれたデイブが控室を出ると、ロビイストはラジオ局内の公衆電話に走った。
合衆国党の選挙担当者に電話し、前世世界の医療制度に詳しい人材と資料を集めさせる為だ。早ければ今日中に医療制度改革のキャンペーンをぶち上げて、他の候補者と差を作りたかった。
「身分証と車両証を」
軍司令部の正門でハイムを乗せた憲兵隊の馬車が止められ、警備隊が馬車の確認を始めた。
「なんだコレ?」
「女のサルマタ」
馬車に引っ掛かってたパンティーを手に持った警備隊の兵士に憲兵の御者は他のパンティーを投げ付けた。
「中に居るコヴァルスキ大尉の追っ掛けが投げ付けてきたんだ」
訳を知った警備隊の兵士は渡された身分証の1つに目をやると馬車の中に居るハイムと身分証を2度見した。
「コヴァルスキ大尉!?ニュースを見ました!1人でアルターを相手したなんて凄い!朝から貴方に会おうと人が詰めかけててすごい騒ぎで」
「伍長、通っていいか?追っ掛け連中が来た」
警備隊の兵士が興奮して話している間に駅前から女性ファンを乗せた馬車が真っ直ぐ正門に向かって来るのが見えた。
「ああ、どうぞ」
身分証と車両証が返されると憲兵隊の馬車は急いで正門を越えた。
後ろから追っ掛けの馬車と、野次馬が詰め掛けてきたので警備隊が慌てて正門のゲートを閉めたが、兵士達が揉みくちゃにされているのを憲兵隊の馬車からもはっきりと見えた。
「どうなってるんだ?」
軍法会議に掛けるハイムを護送しているはずが、駅前からの騒ぎに憲兵達は状況が飲み込めなかった。




