政党
「いやー、なんか凄いことになっちゃったぞ」
ハイムを乗せると慌てて立ち去った憲兵隊の馬車を群衆が追い掛けるのを見ながらショーンは呟いた。
「何か、俺らが集めた数より多くないか?」
「ああ、多いな」
2000人もサクラを集めたが、目の前に居る群衆はそれよりも多かった。
新聞記者も何社も集まっており、自社の馬車で憲兵隊の後を追っている新聞記者もいた。
「ま、いっか。師団に戻ろうぜ。もう10時になる」
腕時計で時間を確かめたアルトゥルは隣町のニューレキシントンに戻ることにした。午前中は私用で休暇を取ってる事にしているが、そろそろ戻らないと遅刻しかねない。
昨日の第2師団への攻撃で、予備兵力として待機している第3師団が駆り出される可能性も有るので何時までも不在に出来なかった。
「あ、私は午後も休みなので」
「俺も」
ジェームズとショーンは戻らないと聞いてアルトゥルは考えた。変な組み合わせだが。
「陸軍病院にだ」
「ああ、そうか」
ジェームズの娘2人が陸軍病院に入院している。
ショーンも治療を受ける必要がある為、定期的に通っていた。
「んじゃ、また明日」
「またな」
アルトゥル達と別れると、ショーン達は大通りの方へ歩き始めた。
「500人ねえ」
ジェームズが集めたサクラの数を思い出し、ショーンは笑い出した。
「よく集めたね」
「みんな、子供が多いから直ぐに集まったのよ。あと、友人に小学校の教師がいるんだけど、話したら生徒に行かせるって」
「それにしても、多くない?」
老若男女、集まっては居たが、それにしては多い気がした。
「そんな事無いって。私達ぐらいの歳じゃ、子供が20人ぐらい居る人が殆んどなんだし。まあ、私は12人だけだけど」
「そうだけどさ」
この2人は30歳をとうに過ぎており、未婚のショーンは片耳が痛かった。別段、興味がない訳ではないが、どうも家庭を持つ気にはなれ無かった。
「師団長は兄弟姉妹が多いけど、別に居ないわけじゃないわけだし」
「そう言えば、また増えたんだっけ?ご両親、俺らと同い年だよね」
アルトゥルは48人兄弟の長男だが、油断すると弟や妹が増えてる大家族だった。避妊具等が無いので、それだけの大家族は居ないわけではないが……。
そんなアルトゥルの両親と自分達の歳が近い事に、ショーンは軽い目眩を覚えた。
「私の姉だって13で妊娠して、40人以上子供が居るらしいし。さっさと結婚しろって空気だし。そもそも、学校で子供に性教育なんてしてないし」
「いや、そうだけどさ……」
何時もは冷静なジェームズが珍しく苛ついてるのでショーンは驚いた。
「何かあったの?」
「何が?」
「いや、機嫌悪そうだから」
「別に……」
ジェームズとは2年程度しか付き合いがないが、今までに無い反応なので心配になってきた。前世の記憶に引っ張られてか、男口調で指示を飛ばすが、何時もは冷静沈着で信頼できた。
夫婦仲も良好で、娘2人がこれから行く陸軍病院に入院してる以外は特に問題は無いはずだった。
「サラとルーシーの事なら相談に乗るし、他の事も。誰にも口外しないよ」
これでも軍医で、師団員の健康管理も仕事の内だった。
ましてや、娘達の事なら相談に乗れない事はない。
「……ジョシュの恋人が妊娠した」
予想外の返答にショーンは呆気に取られた。
「えー、ああ長男だっけ?」
陸軍学校の1年生で、まだ16歳だが。
「相手もまだ学生なのに……」
そうは言うが、ジェームズは14の時にジョシュとジョージを産んでいる事をショーンは指摘仕掛けたが、寸での所で思いとどまった。
「で、結婚するんだろ?もちろん」
「そうする気らしいけど。既成事実を作れば反対されないって思ったそうよ。まったく、こっちの気も知らないで」
不意に、選挙用に政党名と候補者の名前が書かれた大型馬車が横を通った。
合衆国党と同じく転生者達が作った進歩党という政党の馬車だったが、それをジェームズは見つめていた。
最低結婚年齢の設定や基礎教育など、青少年保護に関する法律の制定に力を入れていた。その政治公約を読んでいたのだ。
「合衆国党は子供の問題に取り組んでないわよね?」
「何を!?」
急に話題が変わったのでショーンは言葉を上ずりながら聞き返した。
「家庭を持てない、稼ぎがない子供が子供を作ってるんだよ?異常よ」
「おいおい、そんな事言うとロンだって引っ掛かるし、君も引っ掛かるだろ?君もロンも結婚したのは14かそこらだろ?それに、俺達は今は人間じゃなくて人狼なんだ。身体の造りが違うし、人間のルールを当て嵌める訳には行かないだろ」
人狼は産まれた時は小さいが、思春期を過ぎると女性でも身長2メートル前後は有る。基本的に人に比べると早熟の傾向に有るようだが。
……そう考えると、身長149センチの魔王は子供にしか見えないが。本人曰く、「お前らがデカイ」そうだ。
「私はちゃんと猟で稼いでたし、サムだって銃を売ってたんだよ。学生には何があんの?勉強しなきゃいけない時期に休学しないといけないし」
「望まぬ妊娠をする学生は前世でも居たろ……」
「ちゃんと啓蒙活動や教育をしてる訳じゃないでしょ?」
「いやま、そうだけどさ」
〈攻撃は失敗に終わりました〉
党から派遣された政治将校に、自動車化狙撃兵師団の師団長はそう告げた。
今回の攻撃は、選挙が始まったヴィルク王国で厭戦感情を焚き付けるのを目的に行ったが、予想より早く攻勢が削がれてしまった。
本来ならヴィルク王国の陣地に食い込み、ダラダラと戦闘を続ける筈だった。
だが、橋頭堡確保の為に突入した先鋒部隊が壊滅し、遅れて突入するはずだった歩兵を敵陣地に送り込めなかった。態勢を立て直したヴィルク王国の兵士達の抵抗で前線を突破出来ず、一晩粘ってみたが攻勢発起点に引き揚げざるを得なかったのだ。
昨年、ヴィルク王国の第2師団に一方的に攻撃された事も有り、今回の攻撃は社会党本部から注目されている。そのため、本国から自動車化狙撃兵師団が派遣されて来たが、文字通り追い返された。
攻撃の指揮を執っていた師団長の大佐は攻撃中止を決断し、部下達が後退したのを確認すると指揮所から出て行った。
〈記録をまとめてくれ〉
政治将校の一人が、戦闘記録と通信記録の写しを集める様に指示し、しばらくすると銃声が響いた。
〈なんだ!?〉
政治将校が外に出ると師団長が倒れており、兵士達が集まっていた。
傍らには拳銃が落ちており、拳銃自殺を図ったのは明白だった。
〈何事ですか!?〉
〈大佐が頭を撃った……。記録は私が取る〉
党への報告は、師団長の指揮能力について、責任を追求する物では無かった。
大きな失態は無く、状況の変化にも的確に対応していた。
にもかかわらず、師団長は自殺を図った。
政治将校が軍の動向を党へ報告するのは事実だが、それが党員では無い師団長には重圧だったのだ。




