ハイム護送中
『今こそ部族間の垣根を取り払い、団結する時です』
魔王は自分の執務室でラジオのチューナーを弄っていた。ハイムの事を何処かのニュース番組で扱わないかと思って周波数を弄っているが今の所、立候補者のインタビュー番組ぐらいしかやっていなかった。
『労働者の団結こそが……』
『此処はアメリカでは無い!』
『切傷、擦り傷にはオキシドール配合、カミンスキー製薬の』
「全く……」
マスメディアにはハイムの活躍を昨夜の内にリークしたが、朝のニュース番組で何処も扱っていなかった。
「魔王様、新聞をお持ちしました」
身の回りの世話を任せているリーゼが新聞を持って執務室に入って来た。
「ん、机に置いて。それとコーヒーおかわり」
2年前、アルターの破壊工作員としてケシェフ周辺に潜伏していたリーゼを捕虜にしてから手元に置いてきたが、特に裏切る様子もなかった。
神官になったエミリアがリーゼの前世の家族がどうなったか話したのが切っ掛けなのか。または、それほどアルターに恭順していなかったか。
破壊工作をしていた他の捕虜達も同様だった。FBIの監視下に置いているが、目立った動きはなくアルター側と接触を取っている様子も無く、新しい人生を謳歌していた。
「ふん〜ふんふん〜♪」
鼻歌混じりにコーヒーを入れてるリーゼを魔王は横目で眺めた。
周りからは当たり前だが、リーゼを手元に置くことは反対されていた。
魔王の手元に来る情報を全部アルター側に筒抜けになる可能性があったからだ。
だが、魔王としてはそんなリスクよりも。魔王の出身世界では殆ど存在しなかった金髪のリーゼを眺めて癒やされる方が重要だった。
一応、アルター側に意図的に情報を流せないかリーゼを試したことが有ったが、リーゼは裏切らなかった。
それでいてよく気が利き、仕事も難なくこなせるので魔王は色々と重宝していた。
「お、有った」
新聞の1面に政党の情報を纏めた記事が書かれていたが捲って2面を見ると、昨日アルターが攻めて来たことについての記事が書かれていた。
隣の3面には軍服を着たハイムの写真も載せられ、アルターの先鋒を壊滅させた活躍について淡々と書かれていた。
『えー、国防総省の発表によりますと。昨日、第2師団が守るレーヌス線に対し、アルター人民軍が総攻撃を行いました』
ラジオでも政見放送の合間に流れるニュースで取り上げ始めた。
「はぁ……」
軍が借り上げた列車に乗っていたハイムは深々とため息を吐いた。
昨日、防空陣地に居た人民軍兵士を全員取っ捕まえ、歩兵部隊が戻ってくるとクシラ騎士団全員に第2師団本部に出頭を命じられた。
何なのか判らず出頭すると、師団長のニュクスにこう告げられた。
「軍司令官から軍法会議に出廷せよと命令が出てる」
暗い顔をしたニュクスの一言に、最初は何を言われたのか判らなかった。頭が真っ白になり、気が付くと師団長の公室から廊下に出ていた。
暫く呆然としていると、ニュクスの副官をしてるランゲに話し掛けられた。
「ハイム、君のお父様は本気で君を軍法会議に掛けるつもりだ。命令不服従でだ。偵察任務なのに独断で攻撃したことを怒ってるんだ」
軍から派遣された憲兵が現れるとランゲは小声で話し始めた。
「上に掛け合って助ける。だから変な気を起こさないでくれ」
ランゲの話が終わると憲兵隊に身柄を拘束され、夜が明けると共にカエサリア行の列車に乗せられた。
本来なら一等客車として使われ、ハイムの給料3ヶ月分もする乗車賃を取られる豪華な車両だったが、乗っているのはハイムの他は憲兵2人だけで正直息が詰まりそうだった。
どうしてこうなったのか?
目の前に手柄が転がっていたから、飛びついただけだ。それなのに、この仕打なのは納得いかなかった。
ハイムは前世、日本の陸軍幼年学校に在学中、米軍機の銃撃で命を落としていた。
その事が有ってか、手柄になりそうな物を見付けては我先にと突っ込んでいた。
反対方向、第2師団の前線方向へと向かう列車とすれ違った。
前線に動員される兵員を乗せているため、客車だけでなく有蓋貨物車にも兵士が寿司詰め状態で、後部には155ミリ榴弾砲を乗せた無蓋貨物車が15両続いていた。
「この男の人が出て来たら派手に黄色い声を挙げながらサインをねだってくれ」
カエサリアの中央駅近くの公園で私服姿のパオロは少女達に銀貨を渡しながら説明をしていた。
アルトゥルの案で、サクラの女の子達にハイムを出迎えさせて処分しにくい雰囲気を作ることになったのだ。
「これ本物?」
「本物だよ、本物」
ハイムが一等客車用のホームから出て、駅前で憲兵の馬車に乗ることは、そっちの伝手を使って調べてあった。
後は、アルトゥルのポケットマネーでアルバイトの女子大生達を雇い、ロック・スターよろしく派手に出迎えさせればよかった。
何だかんだで200〜300人近く集まったので、十分な数だった。
「そんじゃ、あと10分ぐらいだから行ってくれ」
「首尾は?」
私服姿で集まっていたアルトゥルとショーン、ジェームズと合流すると、開口一番にアルトゥルに聞かれた。
「300人弱は集めた。そっちは?」
「知り合い中心に100人」
「私は500人位」
ショーンは冒険者時代の知り合いに掛け合ってなんとか100人集めたのだが、ジェームズは500人も集めて来た。
「すげえな」
アルトゥルは思わず声を出した。100人集まれば儲け物だと思っていたが、まさか500人も集めるとは思ってなかった。
「どうやったの?」
「子供達の友達とか、ママ友仲間とか」
「ママ友……」
前世は男だったが、何だかんだジェームズも子供が大勢居る。ママ友とか伝手が有るのは当たり前だったが、改めて聞くとパオロは複雑な気分になった。
「みんな、そんなもんか」
アルトゥルがそんな事を呟くのでパオロが聞き返した。
「なんだよ、ロン。お前は何人集めたんだ?」
「1000人」
「はあ!?」
「え!?」
「だから1000人」
パオロとショーンが聞き返してきたので、アルトゥルは言い直した。
「妹達が通ってる学校とか、ビアンカのやってる製薬会社の社員とかアルベルトの会社の社員とか、掻き集めるだけ集めたんだよ」
アルトゥルはそう言ったが、パオロとショーンは少し納得出来なかった。
「なあ、俺らが苦労して人集めた意味は?」
「そうそう」
「いや、若い子が居るか判んねえからよ」
「「「キャーーーー!!」」」
「お、来たな」
駅前に出たハイムと憲兵は呆気に取られた。
老若男女、大勢の群衆が集まり。ハイムの名前を叫んでいたのだ。
「え……何?」
状況が飲み込めないハイムに若い女学生や少年らが詰め掛け一斉にサインをねだり始めた。
「馬車に移動を」
「道開けて!」
憲兵2人は何とか群衆を掻き分けながら進み、ハイムもサインに応えながら馬車に何とか乗り込んだ。
「カエサリア・タイムズ誌です!コヴァルスキ大尉!今回の活躍について一言!一言だけお願いします!」
馬車の扉を閉めようとしたら、新聞記者が扉の間に身体を捻り込みインタビューして来た。
「え、あの……」
「公務で移動中です!取材はご遠慮を!」
憲兵が叫んでる間に、女物のパンティーが投げ込まれた。
「一言!一言でいいので!」
そうこうしている間に馬車の周囲にキスマーク付きのラブレターを貼り付けたり、下着を投げ付けられた。
「自分は出来ると思ったことをやっただけで……」
「出せ!」
馬車が進み始め、記者が車外に転げ落ちたが、群衆は馬車を走って追い掛けたり。タクシー(馬車)を慌てて止めて追い掛けてきた。
「えー」
「何これ……」
こんな事になったので憲兵達はただ呆然と、追い掛けてくる群衆を眺めていた。




