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原子炉


「本日稼働する原子炉は……」


 前世で物理学者だったエドガー・コーエン博士が魔王や軍関係者に対して原子炉の説明をしていた。

 場所はニューレキシントンから東に30キロ離れた核実験施設。大森林の南部に在る露天掘りの鉄鉱石鉱山の近くに建てられていた。


「燃料には天然の2酸化ウランを用い、減速材には黒鉛を使用する黒鉛炉であり」


 現在、コーエン博士が行っている報告会には多くの転生者が参加して居た。年齢も子供から老人とバラバラで、人狼以外にも人馬、人猫、人熊、果ては髷を結ったドワーフや人間等、幅広い人種が集まっていた。


サイクロトロン(加速器)でウラン238に中性子を照射して製造した物と違い、原子炉で生産されるプルトニウムには核兵器の原料となるプルトニウム239が更に中性子を浴びて生成される放射性同位体のプルトニウム240を多く含んでおり……」



「ちょっと良いかい?」

 その魔王の右隣に座るアルトゥルが手を上げコーエン博士に質問をしようとした。


「どうぞ、ハーバー将軍」

 ”ハーバー将軍”と前世の名前で呼ばれたアルトゥルは質問を始めた。


「プルトニウム239の臨界質量は25ポンド(約11キログラム)だったと記憶しているんだが、その量のプルトニウムの生産にどの程度時間がかかる?」


 アルトゥルの質問にコーエン博士は胃が痛くなった。


 2年前、魔王が召喚された直後に神聖王国側の破壊工作員にコーエン博士が拉致される事件があった。

 幸い、コーエン博士の身柄が神聖王国に移される前に救出されたのだが、その時アルトゥルに正体を明かしたのは失敗だったと、後から後悔することになった。


 アルトゥル将軍は前世でアメリカ陸軍少将まで上り詰め、その後上院議員になっていたが国防委員会に参加しているタカ派として知られていた。

 核兵器にも詳しく、話を誤魔化すことは出来いないのだ。


「……計算してませんが恐らく……数百年は掛かるかと」

「……ん?」


 アルトゥルの右耳が少し立った。


「今回の原子炉はあくまで“臨界実験”の為の原子炉だそうだ」

 隣に居る魔王に言われ、アルトゥルは驚いたような顔をした。


「ウラン燃料を覆うアルミ被膜の開発に時間が掛かっています。そのため、今回の黒鉛炉は空冷式の低出力の物です」


 技術的な問題ももちろん有るが、今回の原子炉はあくまで理論の検証、それも異世界で実際に臨界状態に出来るかの実験だった。

 鉄や銅など、前世の世界と同じ物質がこの異世界にも有るが果たしてウランなども同じ性質なのか実験してみる必要があった。


「まあ、心配するな。神聖王国も同じ問題で原子炉の建設に手を焼いているそうだ」


 魔王の説明に安心したのか、アルトゥルの耳は少し元の位置に戻った……眉間にシワは寄っているが。


「他に質問は?」

「……いや、結構」




「何時知ったんだい?」

 コーエン博士の報告会を終え、参加者達が退出するのを見計らって、アルトゥルは魔王に尋ねた。


「最初に私に報告があった時に言われたぞ」

「……」

 アルトゥルは目を細め、右手の人差指を伸ばし一瞬考えを纏め始めた。


「それ、意味判ってんの?」

「天然ウランの中に何%ウラン235と238が在るか判らんのにいきなりプルトニウムの生産なぞ出来んだろ?」


 アルトゥルやコーエン博士が居た異世界では、天然のウラン鉱石に含まれるウラン238は99.7%ウラン235は0.3%の比率になっていた。

 その内、中性子を吸収し核分裂反応を起こすのが僅か0.3%しか無いウラン235でウラン238は核分裂で生じた中性子を吸収して連鎖核反応……臨界状態を阻害してしまう。


 天然のウランを用いる原子炉は、黒鉛や水(軽水・重水)を中性子の減速材として用い、核分裂反応で生じた中性子をウラン235が吸収しやすい速度まで下げ、僅か0.3%のウラン235が臨界状態を維持するのを促していた。


 もしもこの世界の天然ウランに含まれるウラン235の割合が低ければ、減速材を用いた方法では臨界状態を維持できず、逆に高ければ容易に臨界状態を容易に維持することが出来た。


「臨界が起きなければ、サイクロトロンを建設する必要があるが。そんな物、造れないだろ?」

 大量に電力と資材を使うイオン加速器など、造ろうものなら国が傾くのは目に見えていた。


「魔法で造れねえの?」

「……まあ、造れないことはないが」

「え!?」


 まさかの返事にアルトゥルは驚いた。


「ただし、動かせるか判らんぞ。実物を見たことは無いから事故が起きないとも限らんがな」


 席を立ち、魔王は書類を纏めると鞄に入れた。


「私は実験に立ち会うが、アルトゥルはどうする?」

(おいら)も見てくよ」





「落ち着いた?」

 リーゼは列車に残り、顔面蒼白のエミリアを介抱していた。


「うん……」

「はい、ジンジャー入の紅茶」


 ショーンが駅舎の給湯室を借りて、酔止めの紅茶を持ってきた。


「乗ったのは今日が初めて?」

「……3度目です」


 鉄道がドワーフ領の吉田からケシェフまで開通した時に、魔王と一緒にケシェフと南東の街ビトゥフまで乗ったのが1度目。2度目は3ヶ月前に夫のカミルとニューレキシントンに旅行に行くので乗っていた。


「何時もは平気なんですけど……」

 馬車や船などに乗って乗り物酔いをした経験は今までに無く、エミリアは今日の体調不良の原因が判らなかった。


「何か食べたかい?」

「家を出る前に軽くサンドイッチを……」


 食べすぎが原因か、それとも食中毒か……ショーンは考えた。


「ねえ、最近仕事中に間食が多いけど、なんか有った?」

「うっ……」


 リーゼから急に言われたくないことを言われ、エミリアは固まった。


「間食が……多い?」

「ええ、今までも休憩中にお菓子を食べてはいたのですが、此処数ヶ月回数が多いのと量が増えたなあと」


 ショーンはエミリアの顔を見てから身体を見たが特に太った様子はなかった。

「太ったりしてませんよ!」

「あ、ゴメン」


 ショーンは目を逸した。


「リーゼも!もう、言いふらさないでよ!」

「だって、多いわよ。昨日もケーキを2切れも食べてたじゃない」

「な、なんでわかったの?」


 エミリアは仕事中にコッソリと抜け出し、近所のカフェでケーキを食べに行っていたのだが、何故かリーゼにバレていた。


「妖精さんが教えてくれたの。全く、それでいて夕食もあんなに食べてるんだから」

「だってぇ……」


(もしかして……)

 ふと、ショーンはエミリアのお腹を見た。


(でも普通判る……よな?)

 ショーンはそう思ったが、エミリアが天然だという事をショーンは失念していた。

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