神父と戦士
寂れた片田舎の町の中心に建つ小さな教会、その教会の屋根から伸びた先には、この教会の主神である【セルベト】の聖印が飾られていた。
そんな町の住人ぐらいしか通う者も今では居なくなってしまった教会のドアを一人の男が、軋む音を響かせながら、開き中へと入って行った。
教会の内部の装飾は、今ではすっかり時代遅れになってしまった装飾品で飾られていたが、それはこの教会の持つ長い歴史の証人でもあるかのようにこの教会には似合っていた。
男はコツコツと靴音を教会の中を進み、正面に厳かに奉られている、セルベト神の聖印である【トライアド】の正面に両方の膝を床に着き、両手を重ねた後ゆっくりと瞳を閉じた。
神に祈る男の姿は、敬虔な信者のようでもあり、赦しを請う罪人のようでもあった。
何時までも身じろぎすらせずに、ひたすら神へ祈りを捧げる男であったが、カツカツと新たに聞こえて来た靴の音に反応するかのように、静かに閉じていた瞳を開く。
『失礼、祈りの邪魔をしてしまいましたかな?』
男が声のする方へと首を回すとそこには、聖職者のローブを纏った初老の男性が立っていた。
男は立ち上がり、声を掛けてきたこの教会の司祭であろう初老の男性に挨拶をした。
「邪魔等ととんでもないですよ神父様」
そう言って神父に向き合った男の姿を見て、神父と呼ばれた初老の男性は男の姿を少し驚きの混じった表情で眺めた。
男の首には、銀製の大きなトライアドの聖印を型どったネックレスが掛けられており、随所随所に綻びのある革の上下の服を着ている。数多の激戦を潜り抜け、生き残って来た強者だけが見せる、雰囲気を全身から発していた。腰には、こちらも銀でコーティングを施されているであろう一振りの長剣を佩いていた。
神父は男の出で立ちと雰囲気を見て、男が何者であるかを察した。
男は、おのれの人生を神に捧げ、神の敵と戦う事を選んだ戦士であった。
『このような寂れた片田舎の教会に今日はどんな御用件で?』
神父の問い掛けに男は、背中に背負っていた背嚢を下ろし、中から小振りな純銀製の小瓶を三本取り出した。
「これに聖水を分けて貰えませんか?」
神父は男の言葉に頷き、男から小瓶を受け取ると、神への祈りを一つ捧げた後に、小瓶の中に聖水を注いでいく。
三本とも聖水で満たされた小瓶を神父から受け取ると、神父に礼を言った後、懐から金色に輝く硬貨を二枚程取り出し神父へと渡そうとした。
しかし、神父は男からの御布施を受け取ろうとはしなかった。
手のひらの上に金貨を乗せて神父に向けて差し出されている男の手を、神父は慈しむように優しく両方の手で包み、優しく男の手のひらを握らせながら、静かに首を左右に振った。
『神に全てを捧げた神の戦士である、貴方から御布施等は貰えません、むしろ私の方が貴方に何か施しをしなければいけないぐらいなのですから』
男は神父の言葉を聞いて黙って差し出していた金貨を自分の懐に戻して、神父に微笑み掛けた。
その笑顔は、神の敵を一度前にしたら自分が【人】である事すら忘れ、自分の命すら省みずに、命の灯が消えるまで戦い続ける戦士にしては、とても優しい瞳をしていた。
『よろしかったら、今晩はこの神の家に泊まっていかれますか? 貴方なら歓迎致しますよ』
神父の好意は男にとっても非常にありがたい申し出ではあったが、男には、やるべき事があった。
「神父様の御厚意は嬉しいですが、先を急ぎますので」
男は、教会の中に来た時と同じように、コツコツと靴音を響かせ、教会から出て行った。
残された神父は、二股に先が分かれたセルベト神の聖印に向け祈りを捧げる。
『神よどうか、あの神の僕である戦士の男に、吸血鬼に負けない強い力と勇気を、お与え下さい』
神父は、見ず知らずの一人のヴァンパイアハンターの無事と勝利をいつまでもいつまでも神に祈っていた……
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