フィオナの出した課題
「姉さん、直ぐ人で暖を取ろうとしない」
「だって寒いし疲れたのよ」
「そんな薄着でボタン開いてれば寒くもなる。そう言うゆるい格好は家のベッドの中だけっていつも言ってるでしょ」
ケビンは一体なにをしているんだとブツブツ文句を言いながら第1ボタンをしめて乱れたスカートを治すエレナに首元が息苦しいと不満を零すフィオナ。
そして覆面が用意した紅茶を飲みながらそんな2人を見守るキース達は現在監督生専用部屋でくつろいでいた。。
「そうだ、聞いてエレナ。ケビンったら酷いのよ?貴方の様子見に行きたいって言ったら何て言ったと思う?エレナの邪魔をしたらいけないよ、ですって!酷いと思わない?」
フィオナ以外の2人、ケビンの優しさと不憫さに涙した。
キースにはわからない。わかるわけがない。
この2人どんな気持ちで自分をの人生を殺して
お互いの人生を歩んできたのかなんて。
「フィオナ、ケビンの元に早く帰ってあげた方がいい。きっと心配している」
「ほんとそれ。早く服着替えて帰らないとケビンの屋敷のメイドが今頃1人泣いてるよ」
「これ私のよ?ケビンが買ってくれたの」
「は?フィオナを召使い扱いしてるってこと?」
一瞬で纏う空気を絶対零度まで落としたエレナにキースが多分違う、とフォローした。
なぜならキースにも彼の気持ちがよくわかったから。
「大丈夫よ。ケビンは私の事とっても大事にしてくれているわ」
「ならいいけど」
「さて、フィオナ。
君の第1ボタンが締まったところで報告をしてもいいかな」
「あらキースったら。
でもさっきエレナが殆ど種明かししちゃったわ」
「約束は約束だ」
突然訳のわからない会話を始めた2人にエレナだけがついていけずぽかんとしている。
そんなエレナに紅茶を進めつつキースは2人をソファに座らせるとゆっくりと話を始めた
「まず結論から言おう。
今プリフェクトの制服を着ている貴方が正真正銘ハーツフォーン子爵家の長女フィオナ=バート。
そしてメイド服を着ている君がハーツフォーン子爵家の次女エレナ=バートだ」
「そうよ。正解だわ」
フィオナがエレナにしなだれ掛かりながら面白そうに相槌を打つ
「幼少期にフィオナの体が弱い事を知った両親は当時母親の体調が芳しくなかった事も相まって長女を騎士として教育しハーツフォーン子爵家の当主とする事に決めた。
だが病弱なフィオナには勿論そんな事は求められない。
ところが当時の法律では騎士として当主となれるのはその家の正当な血筋を引く長女のみ。
そこで両親はフィオナが7歳の騎士団入団の年齢になる前に君達2人を入れ替えた。」
そしてフィオナは騎士団とパブリックスクールを同時に通いながら当主として世間に通用する様徹底的に厳しく育てられ、
対して次女となったフィオナはパブリックスクールにもいくのを断念し家でひたすら治療に専念するした。
キースも当時騎士団とパブリックスクールでひと学年上のエレナの活躍は耳にしていた。
やがてキースは騎士団の中でも実践には出ない第1部隊副隊長に配属されるが、
第7部隊隊長を務めるエレナと何度か顔を合わせる機会が増えた。
エレナは常に次女の為に医者を探しておりキースにも誰か良い医者を知らないかと尋ねてきたことがある。
妹思いの良い姉くらいにしか当時は捉えていなかったが。
そんな中で事件が起きる。
パブリックスクールに侵入した男がランカスター公爵キース=ハドソンを有ろう事か学園内で襲ったのだ。
結局犯人には逃げられてしまったがその時に身を呈してキースを守り大怪我を負ったのがエレナだった。
これによりエレナは騎士として一気に評価され騎士団の中でも実力のある者が配属される第4部隊への転属が確定していた。
だがその最中に長男サイラスがハーツフォーン子爵家に誕生すると一気に事情が変わってくる。
またキースが紹介した医師の家系であるアディントン伯爵が病弱だったフィオナを見事に健康体へと戻していた。
そうなると両親はこのまま2人を入れ替えて進むよりかは正しくサイラスに後を継がせ、2人を元に戻すべきだと結論づけた。
幸い事情を知っているアディントン伯爵はフィオナを娶りたいと申し出てくれたので元に戻ったフィオナを急遽嫁がせ、
1年下の学年からもう一度やり直す事にはなるがエレナはパブリックスクールに病気が治ったので編入すると言うシナリオを用意した。
だがまたここで入れ替わりが起きる。
フィオナが自分は全く世間を知らないからとパブリックスクールに通いたいとエレナに頼んできたのだ。
エレナも正直全く何も知らないまま嫁ぐよりかは多少荒療治にはなるがパブリックスクールにて実践で色々と学ぶ方がいいと判断をしたため、両親と伯爵に事情を話して最高学年に上がる前までという条件付きで再び入れ替わりを許可したのである。
「所がリタが思った以上に俺とフィオナが仲良くするのに過剰反応してね。
その嫌がらせに流石のフィオナも辟易として伯爵の元に戻ったという訳だ。どうかなフィオナ?」
淡々とハーツフォーン家が隠してきた事実を明瞭に述べてみせたキースにエレナは呆然とし、フィオナはほとんど正解ね、とアッサリ認めている。
「これでエレナを連れていく事は出来ないな?フィオナ。
いや、そもそも連れていく気もなかったろう。君はここにもう戻る気はなさそうだ」
「そうよ。でも期間までに答えが出せなかったらキースはやめておきなさいってエレナに言うつもりだったわ」
それは困るな、と笑うキース。
間に合ってよかったわね、と笑うフィオナ。
一人ついていけず、いや秘密が完全に漏れている事に衝撃を受けて魂が抜けているエレナ。
「ああ、随分日が出てきた。そろそろアディントン伯爵が君を迎えにくるんじゃないか?」
「そうねぇ。キース見てきてくれない?私エレナと服を交換しなきゃ」
俺を顎で使うのなんて君ぐらいだよ全く、と言いながらキースが部屋を後にすると残されたフィオナはさっさと服を脱ぎ始めた。
「全く話が見えないんだけどフィオナ、
なんでキースがウチの事情を全部知ってるの?」
「キースがどうしても諦められないって言うから」
「なにを」
「やーねぇ。エレナに決まってるでしょ」
フィオナが風邪を引かないよう急いで服を取り替えながら体を盗み見るが前よりも少し肉が付いていることにエレナは安堵した、
「私とキースのお喋りなんてエレナの事ばっかりよ。キースは私に優しく色々教えてくれたしお礼がわりにエレナを連れてきてあげるって言ったの」
「私は景品じゃないんだけどな」
「そうよ?だから期限を決めてね。次の冬休みまでに私と貴方の本当の名前を当てられなかったらまた連れ戻しちゃうわよって」
その時先日のキースの凶行がエレナの頭をかすめた。
冬休みまであと3ヶ月。お腹を膨らませて、と言っていたのは単なる脅し文句ではなく自信をフィオナだと認めないエレナに焦れた結果だったのだろう。
「ねえ、エレナはキースのことどう思ってるの?」
まるで普通の年頃の少女が話すような会話にエレナは固まって声が出せなくなってしまった。
フィオナは15の春を超えられないだろうと言われていた。
こんな普通の会話をこの歳でする事になるなんて予想もしていなかったのだ。
目線を落としてぼんやりとするエレナにフィオナが焦れて絡みついた。
「なぁに?お姉ちゃんには教えてくれないの?」
フィオナが人前でお姉ちゃんと言うようになれる日がいつか必ずくるとエレナはずっと信じていたし、祈っていた。
「キースはまあ、嫌いじゃないよ」
「曖昧ねぇ。好きなの?嫌いなの?」
「その2択しかないの?」
思わず苦笑する。
自分の人生の終わりが見えていた姉は物事の好き嫌いをハッキリといつも明言した。心残りがないように自分に正直に生きている姿はいつだって潔くてどうしようもなく儚かった。
「私はエレナはキースを好きなんだと思ってたわ。騎士団にいた頃によく彼の話をしてくれたじゃない」
「あの頃はね。今はもう違うよ」
「どうして?今も昔もエレナはエレナだしキースはキースよ?
それにキースを見る限り貴方の事を今も好きみたいだけど」
その言葉を強く否定する事は流石にエレナにはできない。まだ手首を縛られた感覚が彼女には鮮明に残っていた。
あれは恋なのか。執着なのか。
いずれにせよキースがエレナに抱いている感情はエレナがキースに抱いている感情とは全く違うものだ。
エレナは結局いい答えを出すことができないまま弱ったように微笑んでかぶりを振る事しか出来なかった。
そんなエレナの頰を優しく包むフィオナの小さな手は今日は少し冷えている。
「エレナ、欲しいものはちゃんと欲しいって言わなきゃダメよ。
私は貴方に居場所を奪われたなんて思ってないの。
貴方がフィオナとして頑張ってくれたから今こうして生きていられるんだもの」
キースが欲しいなら、そばにいたいなら好きって言っていいのよ、
と囁かれるがエレナがうなずく事はついぞ出来なかった。
だが強く否定する事もできない程度にはこの姉には嘘が通せない事も分かっていた。
普段の毅然とした態度嘘のように消え失せ悲しげに力なく姉に擦り寄る妹をフィオナ以外は誰も知らない。
やがてアディントン伯爵の馬車を見つけたとキースが戻ってくるまでフィオナはただ1人の大切な妹を大事に抱きしめていた。
「エレナに何をしたの?」
「なに、とは」
フィオナはエレナより歩くのがずっと遅い。
キースは普段よりずっとゆっくりと歩調を合わせながらアディントン伯爵の馬車までフィオナをエスコートしていた。
騎士団で鍛えられた脚力と比べる方がおかしいとはわかってはいるがが日常のふとした瞬間からもキースはエレナの事を思い出してしまう。
子爵ながら伯爵家、侯爵家を隊員に据えても一切怯む事なく隊長を務める彼女は彼らの立場を考慮しながらも隊長としての立場を譲る事はなかった。
当時別部隊とはいえ副隊長だった自分にも彼女は上司として当たり前に自分を呼び捨てにしてきたし、その顔が親しげに崩れる様はついぞ見なかったがいつも歯がゆかった。
だがそれも致し方ないとはわかっているから無理にそれを剥がそうともしなかった。
彼女の微笑みは男ばかりの騎士団の中で、どうしても可憐に愛らしく映ってしまうことをよくわかっていたからだ。
それでも彼女が喜ぶ顔を見たくて、持てる人脈を使い尽くしてアディントン伯爵に引き合わせた事が
まさか後々死ぬほど後悔することになるとは思っていなかったが。
「あの子、貴方が自分を好きだって事を否定しなかったわ。
よっぽど情熱的に迫ったんでしょう?教えてよ」
焦れたように腕に絡みついてくる細い腕に
先日初めて味わった彼女の肌を思い出してしまった。
「まあそれなりにね。反応は悪くなかったが…少し様子見かな」
あれ以来エレナは嫌悪感こそ出さないものの明らかにキースに警戒している。
やった事が事だけにキースも強くはでれず
ここ数日はお互い膠着状態に陥っていた。
「エレナはね、昔から私に逆らえないの。なんでかわかる?」
「俺は姉妹愛も入れ替わりも経験した事がない」
キースの家にも兄弟は多くいるし仲も悪くはないが、彼女達のように体を寄り添わせて頰を温め合うような仲ではないのだ。
「私の居場所を奪ってしまったと思っているからよ。
もう全て元に戻ったのにね。」
「君と入れ替わったのはエレナの意思ではないだろう」
「あの子にそれが通用すると思う?
ねえエレナの事が本当に好きなら、中途半端な事はしないでね」
「どういう意味だ」
「そのままよ。簡単に諦めるなら始めっから近寄らないでって事」
「それならアディントン伯爵家に嫁いだ時点でとうの昔に諦めてるだろ。
それでも諦めきれないと言ったから君は連れてきてくれたんじゃないのか?」
馬車を見つけてここまででいいわ、と言ったフィオナは面白そうにこちらを振り向いた。
「そうよ。あの子は私に執着してるけど
貴方の執着はそれ以上に見えたから」
「エレナの君に対する愛情は今日よくわかったよ」
「あの子に私じゃなく貴方の手を取らせる事が出来るかしら。
…楽しみにしているわねぇ」
キースの返事を聞く気はないのか、それとも分かっているのか
小走りで馬車に向かっていったフィオナを
馬車の中からアディントン伯爵が出てきて出迎えている。
自身が危惧していた事をあっさりと突き付けられたキースは日が高く登り始めた学園の庭を見ながら
人がいないのをいい事に盛大にため息をついた。
今日図書館での会話からエレナがフィオナに対して負い目を持っている事は明白だった。
きっと彼女はこれからもそれを背負いながら生きていくだろう。
その人生の中でエレナがキースを隣に置く事は恐らく難しい。
彼女は爵位の重さをよくわかっているし、誰よりもそこに関わる人生だった。
だからこそフィオナが伯爵家に嫁いだ以上それより上の爵位に嫁ぐのはあまり良しとしなさそうだ。
いや、そもそも嫁ぐ気すらない可能性もある。
今回の学園内の入れ替わりのように、エレナは常にフィオナの影となる事を望んでいるように見えた。
厄介この上ない事情を持つ少女に、しかしどうしようもなく惹かれる自分のこの感情はもはや妄執なのか。
少なくとも昔のような綺麗な恋心からは変わっている気もする。
それでもエレナの笑顔も泣き顔も、全ての行動がどうしようもなくキースを惹き付けるのだから仕方がない。
騎士団で剣を交えた時から続くこの感覚は一生消えないだろう。
なら他の男にそれを見せるより側に置いてしまったほうが余程キースの心の平穏が保てると言うものである。