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EとFの違いは線一本  作者: HSI
5/11

傷のひとつやふたつでぐちぐち言わない

場所は医務室に移って、先程の教師と保健医にリタとキース、そしてエレナがそろっていた。


「再度確認するがリタ、本当に手袋をしていた理由はわからない、でいいね?」


そう念を押すキースにリタは明らかに狼狽しながらも大人しくわかりませんと答えた。


「エレナ、君が嫌なのは重々承知した上でお願いだ。

今この瞬間だけどうか手袋を外してもらえないだろうか」


キースが公爵とは思えない低姿勢な言葉で丁寧に懇願してくる。

だが対するエレナは一切迷うことなく憮然とした表情で一蹴した。


「いやです」


これにはキース以外のその場の全員があっけにとられる。


「君の潔白が証明されるんだぞ?」


「じゃあ証明されなくてもいいです」


「身に覚えのない罪に問われてもいいと」


「まだそっちの方がまし」


「じゃあちょっとだけでいい」


「2㎜位ならまあ」


「うーん、0.3m位めくってくれれば大丈夫」


「それもう全部めくれって言ってますよね」


「困ったな、その為にギャラリーの少ない個室に移動したんだが」


全然困ってなさそうな顔でやれやれと肩を竦めるキースと

そんなの知ったことではないとばかりに憮然としているエレナ。


「嫌なもんは嫌です」


「じゃあこうしよう。リタが殴られたっていう左手だけ。それならどうだ?」


「…まあ左だけなら」



目の前で繰り広げられる何とも奇妙なやりとりに

正直教師達はエレナはやっていないと感じ始めていた。


この学園最高クラスの地位を誇るランカスター公爵キース=ハドソンに

直接ここまで切願されてなおここまで粘るのだ。

手洗い場とは言え人がいる状況で堂々と手袋を外していたとは考えにくい。


そしてようやくしぶしぶ外された手袋から除いた、長い間日に当たっていなかったであろう左腕は

青白くはあったものの健康的な少女のそれだった。


「隠すような腕ではないでありませんか」


思わずリタが不満げに声を上げるがすぐにキースがそこじゃない、否定した。


「彼女が隠したいのは右腕だ。まあそれはおいておくとして。

リタ、君の右頬はとても痛々しいね。」


「ああ、そうだな。ひどい爪痕だ」


そういって保険医がリタの頬を再度眺めている。


「これはとてもではないが、無理だ」


「?」


保健医とリタが同時に振り向く。


「エレナ君のこの短い爪じゃあそんな深く爪痕はつかないよ」


「でしょうね。もう手袋をしていいよ」



目の前で勝手に導き出された結論にそれなら最初から左手を出させればいいじゃないかと

エレナは思わず突っ込みそうになったが面倒なのでやめた。


「先生もキース様もエレナ様を信じるとおっしゃるの…?」


まさかの展開に顔を青くして茫然とするリタ。

状況証拠がそろいすぎているため誰も彼女をフォローすることができない。


リタは名門レイノルズ侯爵の一人娘。

それがパブリックスクールとはいえこんな意図的に騒ぎを起こしたとあっては

彼女は勿論婚約者のランカスター公爵も含め多くの政界に影響がでる。


独立した軍事階級であるハーツフォーン子爵の娘が問題を起こすのとはわけが違うのだ。


仕方なしにエレナはさも今思い出したかのような顔をして声を出した。


「そういえばあの時たしかあそこの手洗い場、凄い照明の調子が悪くて

かなり暗かったんですよね。」


「え?そうなのかい」


「はい、たしか私が出るのと同時に誰かとすれ違った気がします。

だからリタはその人物を直前にあった私だと勘違いされたのでは?」


「リタ、そうなのか?」


キースに聞かれてリタかすれた声で言われてみればそうかもしれないと答えた。


「そ、そうだったのか。」


教師陣がホッとした顔をしている。そりゃそうだ。

こんなところで侯爵家に泥を塗るわけにもいかないだから。


「すみません、色々と驚いていて今の今まで忘れてました」


まあ、今の今に思いつきました。


「それならすぐにその人物の特定に急ごう。エレナ君、協力してくれるかな」


「もちろんです。でも今日は疲れたので明日でもよろしいですか?」


一晩かけて全て忘れたことにしますのでね


「エレナの傷は私の護衛に手当てをさせましょう。

猫に引っかかれたとあっては変な病気を持っているかもしれません。

適切な治療をした方がいい」


さあ後は部屋に戻ってシャワーを浴びてゆっくり眠ろうとしているエレナに

キースの有難すぎて涙が出る提案が投下された。


疲れたって今私言った気がするんだけどな。


「君の護衛は元軍医だったか。ではおまかせしよう。

専門医がいなくて申し訳ない。」


そしてこの男とんでもない護衛をつれている。

学園内でもきちんと護衛を付けるようになったことは

喜ばしいというべきかなんというか。


「いいですいいです。猫なんて四六時中引っかかれてますから

病気なんてまずないです。大丈夫です」


「だがエレナ君、君は昔は体も弱かったと聞く。きちんと見てもらった方がいい」


「もう死ぬほど頑丈になりましたから大丈夫です」


「傷の手当てをするだけさ。何も手袋をひん剥こうって言ってるわけじゃないんだ」



さっきまでの冷え切った表情はどこへやら。

にこりと微笑むその顔と不穏なセリフにエレナは悟った。


つまり断ったらこの場で手袋をひん剥かれるということを


「ではお言葉に甘えて…」


エレナは観念して白旗を上げた







「随分鋭利な爪痕ですねぇ」


あの後生徒会室に押し込まれたエレナはどこからか現れた

かつての覆面の男にいやいや治療を受けていた。


「冗談はそれくらいにして、男は捕まったのか」


「捕まえてますよ。あれどうするんですか」


「いずれしかるべき時に使うさ」


「どう使うんですかねぇ」


目の前でポンポンと交わされる会話を聞きながらエレナは

この護衛とキースが随分気のしれた仲なのだと理解した。


だが聞き逃せない会話でもある。

思わず会話に口を挟んでしまった。


「まった、男って」


「ああ、君が追いかけたリタの暇つぶし男」


とんでもない言われようである。

というか浮気ばれてたのかリタ。ドンマイだ。


「まあ綺麗に切れてるから傷も残らないでしょ」


はい終わり、と慣れた手つきで治療を終えた覆面に礼を述べると

傷が残っても気にしなさそうだね、と笑われた。


「生きてれば傷の1つや2つ付きますよ」


「だからって丸腰で刃物持った男に噛みつくのは危険じゃないかなぁ」


どうやら一部始終見られていたらしい。

あの失態を見られていたのでは言い訳も何もできない。


「虚を突かれたのは事実です。精進します」


潔く非を認めれば目の前の覆面は君ほんとドレス着せとくのもったいないねと吹き出し

それを横で見ていたキースは顔をしかめている。


どうもこの2人の主従関係は友達のような感覚に近そうである。



静かに覆面が退席をして二人きりになると疲れたようにため息をついた

キースは今後の対応について思案しているようであった。


まあ婚約者とはいえ確かにエレナもちょっとあのリタの行動はどうかな、とは思う。


「流石に今回のリタには参った」


「まあ大騒ぎになっちゃいましたからね。」


「元々君は数々の嫌がらせに睨み返すだけでそれ以上は動かなかったろう?

それが急に手を挙げたという話自体不自然なんだ。

頬に深い爪痕を付けて犯人はいつも手袋をしている人物だというし。

抵抗した時に相手の頬をひっかいたというから見てみればどう見ても刃物で切られた傷。

むしろ刃物をリタが持っていたのかと疑われるレベルだ」


「あ、これ以上かばえないっていってたのって…」


「かばえると思うか?」



いやいやもみ消せばいいじゃないですかと訴えれば

あからさまに顔をしかめて来る。

あまり普段そんなに嫌悪感をあらわにしない彼にしては珍しい。


「この鳥かごのような練習用の社交界で

人目も憚らず大泣きしたうえあんないい加減なウソで

大騒ぎを引き起こすようなご令嬢の失態をもみ消せと?

俺は彼女専属の執事じゃないんだぞ」


いつもはもっと簡潔に少しジョークを交えながら話すキースの

この怒涛のお喋りにエレナはようやくさっきから感じていた違和感に気付いた。


「もしかて結構怒ってます?」


「君が最後にリタを庇わなかったらあの場で婚約解消を宣言していた」


浮気は絶対ダメとは上流貴族ではなかなか珍しい。


「まあ、誰にでも気の迷いとかフラッとしちゃう時とか有るじゃないですか。

浮気の1つや2つ若いうちはほら、あるでしょ」


「リタの男遊びなんて今に始まったことじゃない。

そんなのはどうでもいい」


「今に始まったことじゃない、どうでもいい」


思わず復唱して上流階級の闇に若干自分の顔がひきつっているのがわかる。


エレナの反応にキースはしまったという顔してすぐに

いや別に浮気がいいと言っているわけじゃないぞ、と訂正してきた。


「いや、そういうのは個人の感覚なんで別に…あの、そろそろ寮にもどりますね」



あまりこの件に関して議論をしても碌なことにならないと早々にソファから立ち上がると

焦った顔つきのキースが先に入り口前に立ちはだかった。


「待て待て待て待て。一番誤解されたくない相手に一番誤解されたくない分野を

誤解されてこのまま帰せるか」


「いやいやこっち来ないでください。私はそういう分野は、あの本当ちょっと無理なんで」


「おい何でソファの後ろに回り込む」


「なんでこっちにくるんですか。あの本当に無理なんで。無理なものは無理です」


「ちょっと無理無理言い過ぎじゃないか。地味に傷つくんだが」


なんだかこの間の水道近くの時みたいだな、

と思い返しているうちにとうとう部屋の隅に追いつめられてしまった。


エレナは標準より身長は低めで小柄。対してキースは高めで体格にも恵まれている。

壁に追いつめられると威圧感がとんでもないことが今回よくわかった。


「未婚の女性に密室でこんなに接近していいと思ってます!?」


何とかこの場から逃げようと声をあげるが既にパーティはお開きになり生徒は全員

寮に戻っている。エレナの哀れな悲鳴を耳に入れる救世主は存在しなかった。


「…君は未婚じゃないだろう、フィオナ」


予想外に驚くほど苦しげにつぶやかれた声が頭上から響く。

そんなになるなら言うなよと言いかけたタイミングで急に強く抱きしめられた。


「一瞬でいなくなってしまったじゃないか」


「エレナですって」


キースの長い腕がエレナを囲って尚、両腕をきつく握りしめてくる。

流石にここまで拘束されてしまうと抜け出すのが難しい。


「いや、君は間違いなくハーツフォーン子爵家の長女フィオナだ。

私を庇って腕に大けがを負った、負けん気の強い女生徒だよ」


腕を握りしめていた大きな手がエレナの右腕を覆う長い手袋のレースにかかる。


そのまま差し込まれた長い指と共にするりと紺のベールがすべりおちれば

そこには随分と薄くはなったものの、

長い大きな切り傷が肘から手首にかけて一直線に引かれていた。


「この傷を理由に君に迫ったら、すげなく断られたのが忘れられない」


「あたりまえでしょう。

怪我させたから結婚とか意味が分からない」


「それ結構プロポーズでは普通にあるんだけどな」


「ご令嬢相手なら、でしょう。騎士を目指している相手にいうことじゃない。

 馬鹿にしてるんですか」


「馬鹿にはしていなかったが、当時見くびっていたのは認める。

君相手にそんな理由で色よい返事が貰える訳がない。」


思い出して懐かしむようにキースは笑った。


「なあ、頼むから伯爵の元には帰らないでくれないか?

いつまた"エレナ"に君が戻ってしまうのかと俺は不安でたまらない」


ピクリとエレナが反応し、キースを引き剥がした。

キースは特に抵抗しなかった。


「あの子が嫌いですか?」


「いや?あの子は確かに無知なところは、まあ否めないが、愚かではないだろう。この半年よく話をしたよ。中々面白かった」


ケロリと話すキースにホッとした。

なぜホッとしたのかわからないが、

キースにあの子が嫌われるのは嫌だった、


だが同時にわかったことがある。


「リタ様が不安定なのってそのせいなんじゃないですか?」


「彼女の事はよく知らないな。半年前に自暴自棄になって適当に選んだ婚約者だから。まあ今回で色々わかったが」


この男…


「クズを見るみたいな目で見ないでくれないか」


「善処します」



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