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EとFの違いは線一本  作者: HSI
4/11

だからパーティなんて嫌いなんだ

「ああー助かった!これで大丈夫!」


「えぇーこれ地味じゃない?こっちの方が可愛いわ」


「地味でいい。壁の花とか勘弁。壁のシミになりたい」


「私と同じ顔してそれは無理だと思うけれど…」


「それより伯爵はどう?」


「すっごい優しくて楽しいわ。色々な事を教えてくれるし、好きな物買ってくれるの!」


「何が優しくて何を教えてくれるかは言わなくていいからね」


「えーつまんなーい」


「とりあえず上手くやれてるならそれでいいです」


「そっちはどーお?」


「居心地のいい屋根裏部屋とご親切に紅茶をぶっかけてくれるお友達のお陰で良い具合に退屈してないよ」


「紅茶?そんなの涙目になって肩を軽くはだけさせたらすぐ優しい男の子が庇ってくれるわよ?」


「何してんの!?それでピンポイントに腕狙ってきたのか!」


「だって女の子はみんな冷たいんだもの」


「そこら中の男子の腕に絡みついてたらそうなるわ…」


まるで鏡でも映したように同じ顔をした二人は夕刻の馬車のなかでお互いの近況を報告しあう。


片方は黒にふちを白いラインで彩った地味な制服。

片方は薄桃色に華やかなフリルをあしらった軽やかなドレス。


やがて来た時と同じ馬車にそれぞれ乗り込むと二人は一度も後方を振り返ることなく

正反対の道を進み始めた。








「今日はホールにいるんだね」


「は?」


見知らぬ青年によくわからない言葉を投げかけられて睨みながら答えると

そんなに怖い顔しないでよ、となだめられた。


養成所時代に最初に覚えたことはまずなめられない威嚇の仕方なのだから仕方ない。


「いつもはすぐ適当な男とテラスに消えるかランカスター公爵のご子息にちょっかい出すかなのに。

今日は何もしないでぼーっとしてるから気になっちゃってさ。」


心を入れ替えたって本当だったんだねとケラケラ笑っている青年をしり目にエレナは頭痛を覚えていた。


まずテラスに未婚の男女が二人で消えたらそういう関係だと宣言したようなものだし

公式のパーティで身分が下の令嬢がその会場の最高クラスの爵位の、それも婚約者がいる男性に

声をかけるなんて非常識のオンパレード。


もはや地雷原をタップダンスふみながら駆けずり回るレベルである。


はい一面焼け野原。


「顔色悪いけど大丈夫?」


「…過去の自分に呆れてものが言えないだけなのでお気遣いなく」


「えー?俺はかわいいなぁと思ってみてたけどね。前みたいに可愛いドレス着てよ」


すぐ手が出せると思って見てたの間違いだろう。


いい加減色々な方面に嫌気がさしてきて、手洗いに行くふりをしてその場から離脱した。


時間を延ばしたくて敢えて会場から遠目の手洗い所に向かい、

人気の少ない渡り廊下を進んでいるとかすかに人の声が聞こえた。


どうも男女がもめているようで、女性の細い金切り声と焦ったような男の声が飛び交っている。

やばそうだと判断して近づくと草むらの陰にひっそりと佇むガゼボで、もみ合う二つの影が見えた。


「やめて!あなたと結婚なんて死んでもいや!」


「愛してるって言ったじゃないか!」


「愛人ならよ!結婚なんてありえない!」


こんな物語みたいな展開本当にあるんだと思わず見入ってしまった。

かなり堂々と登場したつもりなのだが二人とも興奮して全く気付いていない。


と、男が自身の懐に手を入れた。


意図を察して飛び出すと男の横っ腹を蹴り飛ばす。

予想通り男の手には小型のナイフが握られていた。


「か弱いご令嬢相手にそんな物騒な物を持ち出すのかな?」


「…邪魔するな!」


もはや突然の乱入者が誰なのかも判断する余裕がないのだろう。


そのままの勢いで飛びかかってくるが、怒りに支配された刃先など容易に避けられる。

あっさり避けると顔面に拳を叩き込んだ。

痛みで目が覚めたのだろうか、大きく後ろに後退した男は一瞬こちらを驚いたように見つめると

こんなのあんまりだ、とつぶやいて後の林に向かって走り出す。


「待て!」


逃げられると追いたくなるのが騎士の性。

背後で事の顛末をふるえながら見守る少女などそっちのけで自身も走り出した。


普段は走りなれていないのだろう、ドレス姿のエレナでも余裕で追いついてしまい

そのまま地面に押し倒してマウントをとった。


「諦めろ。今後はもう少し普段から体を鍛えておくんだな」


「リタと同じようなことを言うな!!どうせ俺はキースみたいにはなれないよ!」


「は?」


予想していなかった聞き馴染んだ名前に思わず虚を突かれてしまった。

激昂した男が馬鹿力で体をねじるとナイフで顔面に切り付けてくるのを

かろうじて避けるが頬の一部が鋭く熱を持つ。


大きく後ずさると今度こそ男は暗闇の中へ体を躍り込ませた。


エレナはもう後は追わなかった。

深く追及すると色々と面倒なことになること山の如しである。







乱れた衣服を整えて会場に戻ると既にちょっとした騒ぎになっていた。


「エレナよ」


誰かがそう声を上げた瞬間一斉に群衆の目がこちらに向いた。


はいエレナでございます



突如集められた熱烈(?)な視線に驚いていると大勢に取り囲まれた一群から人を割るようにして

ここ数カ月で見慣れた男が険しい顔つきで現れた。


「エレナ、その顔の切り傷はどうしたんだ?」



問いかけながら値被いてくるキースに対するエレナも返事に窮した。


さてどう答えたものか。

貴方の婚約者の浮気相手と乱闘した際についた傷ですよとここでいうのは非常にまずい。


「猫にひっかかれました」


我ながら酷い言い訳だ。


「猫…ほう」


琥珀色の瞳が真意を探るように眇められた。


「猫は猫です。あしからず」


ここで真実を言わないだけマシだとご理解いただきたい。


しばらく無言で睨み合っていたが、やがてキースはあきらめたように視線をそらすと

とりあえず医務室で手当てを受けてくださいと退席を促してきた。


「キース様!?」


「その乱暴者を許すのですか!」


「ですから最初に申し上げたではありませんか!

こんな非常識で恥知らずな女などこの学園から追放すべきだと!」


周りから一斉に上がる非難の声に思わず耳を塞ぎたくなる。

私の鼓膜はそんな高音を大容量で受け止められるほど分厚くないのですよ。


「よくもまあぬけぬけと会場に戻ってこれたものね!」


「リタ様のようなか弱い女性に襲い掛かるなんて

同じ人間とは思えませんわ!」


今日は驚くことばかりだ。

助けた筈の女性に襲われたと告発されるとは流石のエレナも予想していなかった。


「私がリタに襲い掛かったと」


思わず声に出して復唱すると、キースはそのようだな

と顔色一つ変えずに答えた。


婚約者が襲われたんならもう少し慌てた方がいいんじゃないか

さっきまでの険しいお顔はどうした


「わ、私が怒らせてしまったからいけないのですわ」


入り口近くのカウチにもたれかかって涙をポロポロと零すリタは

先ほどの乱闘の威勢は嘘のように消え失せ今にも気絶しそうなほどに青白い顔をしている。


まあ目の前でナイフを突きつけられれば血の気も引くだろう。


その愛らしい白い右頬は赤く腫れ上がり、痛々しい爪痕が残っていた。


頰を叩く音は聞こえなかったが、もしかしたらエレナが駆けつける前に既に手を上げられていたのかもしれない。


「リタ君、確かにその頰はエレナ君に殴られてついた傷なんだね?」


側にいた教師が再度確認を取ると震える声でハイ、と答えるリタにエレナは感心してしまった


立ち直りが早いと言うか、強かというか。

感心して顎に手を添えながらほぉーと頷いていると傍に立っていたキースが

ボソリと聞こえるか聞こえないかの小さな声で不穏なセリフを吐いた。


「流石に庇えんな」







まあハーツフォーンはそもそも軍人の家系だから実力、名声が全て。

パブリックスクールで起きたことなんて大した評価にもならないしそこまで痛手でもない。


むしろキースがエレナを庇おうという気があったことに驚いた。


確かに最近やたらと話しかけて来るので多少気がしれた中ではあると思っていたが

まさか婚約者と天秤にかけられる日がこようとは誰が想像しただろうか。


まあだがこの状況では流石にキースもエレナは庇えないし庇わない方がいい。

エレナは腹をくくるとこの騒動の行く末を傍観することに決め、成り行きを見守った。


「確認しますが、エレナは正面から思いっきりリタの右頬に平手打ちを食らわせた事になりますね?」


キースがまるで探偵宜しく状況確認をするとリタはええ、と答える。


その解答に教師はうーんと頭を捻った。


「そうなるねぇ」


「リタ、その時エレナは手袋をしたままだったか?」


その言葉にリタははっと気づいたようだった。

まあ手袋をして爪痕は付けづらいよね。


「し、していなかったと思いますわ」


「それは不思議だな。彼女は冬休み明けから今日に至るまで例え淹れたての熱い紅茶をかぶせられようと

意地でも手袋を外さなかった。何故急に外したのだろう?」


「な、殴りやすいよう…とかではありませんか?」


横にいた女生徒が助け舟を出す


「それだけ確固たる意志を持って殴ろうとしたのであれば

利き手で殴るのが自然じゃないか?エレナ殿の利き手は右手。

リタの右頬が腫れているのは不自然だ。」


「お、お手洗い場でしたから…」


いつの間にか私とリタの出会いの場はお手洗い場になっていたらしい。

というかなぜキースは私ではなく婚約者を尋問しているんだ?


どうもおかしな方向に流れつつある展開にギャラリーも私もリタもあれ?という顔になる。


「つまりリタ、君は手洗い場でエレナの手袋をしていない両腕を確かに見たと」


「見ましたわ。それがなにか?」


「なら彼女が何を隠したくて手袋をしていたか分かったのではないか?」


「え?」


これにはリタも狼狽をあらわにする。まさかキースが自分を追いつめるような発言を

するとは思ってもみなかったのだろう。というかその場の誰もがそう思っていた。


「…わからないのか?」


明らかにリタを見下ろすキースの視線は冷えっ切っており、とてもではないが

傷ついて涙を流す婚約者に向ける表情ではなかった。


「キース君、どういう意味かな」


教師もこれには不思議な顔をしている。


「…場所を変えましょうか。」


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