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EとFの違いは線一本  作者: HSI
2/11

キースという男

見慣れた寮の門をくぐって寮母がいないことを確認すると、こっそり管理部屋に忍び込む。


全生徒の部屋割りが書かれた書類を手に取って

エレナ=バートと書かれた部屋を確認すると思わず吹き出してしまった。


どうやらあの子はこの学園で相当やらかしたらしい。


寮でも北側、かつ最も古い建物の西向き屋根裏部屋とはなかなかに居心地がよさそうじゃないか。

極寒になること間違いなしの劣等生専用部屋でよくこの冬を乗り切ったものだ。


体が弱かったあの子が実家でそんな部屋におかれた試しはない。

頑丈になったなぁと感慨にひたりつつ、

よほどこの学園に魅力的な男がいたのだろうことは容易に想像がついた。


あの子は色々な物への興味が尽きることがない。

特に異性への興味はひとしおだった。


屋根裏に続く細い階段を登れば埃っぽい独特の香りが鼻を突いた。

すぐに窓を開ければ新鮮な空気と共に室内よよどんだ空気が出ていく。


「掃除くらいしてからでてこい」


世間は冬休み。

家族の基に帰るものが殆どで寮にはほとんど人影はなかった。


これ幸いと半年ぶりの学園の散策に出たかったが

既に日も暮れたため大人しく大食堂へと足を運んだ。


流石に大食堂にはまばらに人があつまっていて

各々グループを作ってテーブルをにぎやかに囲んでいる。


もってきたお金は僅かだがここでの代金など貴族が金銭感覚を学ぶためのお遊びにすぎない。

一番安いワンディッシュの食事を頼むとさっさか端の席へと腰かけた。


周りからは好機の目と明らかな嘲笑、囁き声が聞こえてくる。


「ご覧になりまして?恥知らずの鼠があんな質素な食事をなさっているわ」


「ついにハーツフォン家の財産も底をついたのかしら?」


「リタ様をあれだけ怒らせたんですもの、まだこの学園に居座ってることが不思議ですわ」


いったいあの子は何をしでかしたのかな…


女性の黄色い声というのは本当によく通る。

ましてまばらな食堂で本人たちが隠す気もなければなおさら。


しかし今の自分にとってはありがたいことこの上ない。


とりあえずこの学園での私は浪費家で家の財産を食いつぶしながら

リタという人物をキレさせたアホだということがわかったのだ。


食事という名の事前学習を終えて食器を片そうと歩いていると突如後から体を小突かれた。

まあ小突いてくるんだろうな、と予想していたのでなんともないが。


「なにか?」


私がそのまま転ぶと思っていた相手は全く微動だにせずむしろ声をかけられて狼狽している。


「え、あ、いや」


「…用もなく不用意に女性の背中に触れるのはよくない噂を立てかねないぞ」


小声でそう注意をするとその場をあとにした。

嫌がらせだかなんだかしらないがあいにくそんな甘っちょろい不意打ちなんぞ訓練にもならない。


まあ今までのエレナなら転んでいたかもしれないが、

多少人格が変わったところで周りはそこまで気にしないものだ。


ましてハーツフォン家が破産するかもなんて噂が流れているのなら

親に言われて改心しましたとかいくらでも言い訳は効く。


あの子がこの学園で作り上げたハーツフォン子爵家の次女がどんなものかは知らないが

私が入れ替わったのならもう私が全て。のびのび自由にやらせていただきましょう。





「ごきげんよう」「ごきげんよう」「冬休みはいかがでしたか?」


様々な会話が飛び交う中でエレナは一人ポツネンと机で本を読んでいた。


いや、正確には本を読むふりをして全神経を耳に研ぎ澄ませていた。


「ご覧になって。エレナ様が机に座って本を読んでらっしゃるわ」


「気味が悪いわね。まあリタ様をあれだけ怒らせたんですもの。

さすがに反省されたのかした」


本を読むだけで反省していることになるって…普段何してたんだ。


「いつもならそこらの殿方に手当たり次第に媚を売っている時間よ」


なるほど。媚を販売していたなら本を読む暇はないわ


そんなことを話していると先生が入ってきて授業が始まる。

エレナが去年受けた教師とは別だから気づかれることはないだろう。


そもそも目立つようなことをしなければ覚えられることもないのだが…


「前々から話していた通り今日のテストによってクラスが決定する。心してかかるように」


そんなものがあったのか。

クラス替えが始まる前に婚約が決まって退学をしたのでこの制度は知らなかった。

冬休み中暇を持て余して復習しておいてよかったと胸をなでおろす。


図書館で勉強しながら可愛らしいお嬢様方の噂話に耳を傾けていたのが案外無駄にもならなかったようだ。


ぼんやり考えながらもよどみなく解答用紙を埋め続けるのを教師が驚いたように見てくる。


試験中に解答用紙を埋めて驚かれることに驚きだ。








「カンニングなんて恥ずかしいとは思いませんの?」


無事にクラス替えが終わったその日、数人のご令嬢に詰め寄られた。


中央奥に見事なブロンドの髪をたなびかせた優しそうな少女がおどおどと立っていて

その前に4人のご令嬢が立ちはだかっている。


制服が同じなので何とも言えないが、おそらく奥の少女がボスなのだろうとすぐにわかった。


「カンニング、ですか」


「ろくに勉強もしないでキース様とリタ様の中を邪魔するような恥知らずがこのクラスに

入れるわけないでしょう」


「今度はどの殿方を利用したか知りませんけれど

こんなことをして無事に卒業できるとお思いなのかしら?」


とんでもない言われようだが何分あの子があの子なだけに反論もしづらい。


どうしたものかとぼんやり考えていると面白い単語が一人の少女から飛び出した。


「リタ様もそう思いますでしょう?」


おっとぉ?これはまさかのリタ様がこの中にいたのか


「わ、私はその…」


驚いたことに奥でびくびくしている可憐な少女が冬休み前にエレナに怒った張本人らしい。

今にも泣きだしそうな顔でおびえる少女を怒らせるって本当に何したんだろうか


「きっと私が怒ってしまったせいで、エレナ様を追いつめてしまったのです。私がもっとエレナ様のお話を聞いていればエレナ様もこんなことはなさらなかったはずですわ」



零れ落ちそうに大きな青い瞳を潤ませてエレナを庇う少女に感心してしまった。


なかなか言うじゃないかこの子。

カンニングしたこと前提に話が進んでいて思わず吹き出しそうになる。


「何事だ」


突如この場にそぐわない重厚なテノールが上から降り注ぐ


「キース様!」


役者は揃った。

今背後に現れた男がキース。正面にリタ。そして邪魔者エレナ


さてどうなるのか。リタは中々に強かな女だが、果たしてその婚約者とはどんな男なのかと振りまけば

かっちりとしたタイから覗く肉付きの良い胸板が目の前にある。


身長はそれなりに高いだろうか。ただ体がかなりしまっているから軍人関係か、もしくはそれらの経験があるのだろうとわかる。


はてさてあの子がちょっかいを出したらしい男はどんな顔つきだろうと上を見上げてエレナは固まってしまった。


黄金の髪を襟足ほどまで伸ばし冷酷にも見えるほどに涼やかな目元には琥珀色の双眼が静かに長い睫毛に縁取られている。

キッチリと引き締められた薄い唇と筋のよく通った鼻、余りにも美しい相貌から黄金の狼とまで言わしめた男は見たものの記憶に強烈に残る。


エレナも彼の事はよく覚えていた。


まあ過去にこっ酷く振った男の顔は流石のエレナも忘れたりはしないというだけだが。


呆然と自分を見つめるエレナに何を思ったのかはわからないが

彼は静かにこの騒ぎはなんだ、と窘めてきた。


「キース様、エレナ様はカンニングをしてまでこのクラスに入り込んできたのです。

このまま放置すればこのクラスの、いえ、この学園の品位まで落としかねない行為ですわ」


「カンニングをしたと本人が言ったのか?」


ようやくエレナは覚醒した。そうだ。アレからもう何年も経っている。

当時の私と今の私が同一人物だと気づく人間などいない。


落ち着くんだエレナ。

この男は私を「エレナ」だと思っている。

バレるわけがないのだ。


1つ深呼吸をして落ち着くとエレナはキースに背を向けつつカウンターを放った。


「カンニングをしたかどうか?そもそもカンニングをしでかすような人間がハイそうですと自分の罪を粛々と自白するとお思いですか?もし私が不正を行ったと言うのであればまずはその根拠を提示すべきではありませんか。

ただ疑わしいだけで容疑者を糾弾して悪人が捕まえられるのであれば世の中苦労はしないのですよ。

証拠のない糾弾など時間の無駄です」


そう言い切ると目の前の少女達は一気に興奮して口々に子爵の癖に、コース料理も食べられない癖に、色目ばかり使った恥知らず、と叫び出す。


私のことみんなよく見てるな。みんな私大好きか。


と、遂に奥にいた可憐な少がその大きな瞳から大粒の涙をポロポロとこぼし始めた。


今ので泣く要素あった!?


「リタ、泣かないでくれ。君を疑った訳じゃない」


横をすり抜けたキースがリタの細い肩を優しく抱きしめた。


「でもでも、キース様はエレナ様を信じると仰るのでしょう?」


はあ成る程ね。キースが自分の意見を汲まなかったから泣いたと。

そりゃ泣くわ!婚約者と邪魔者で邪魔者のこと信じますって言われたら泣いていいわ。


思わず納得してほーと感嘆の声を漏らしてしまう。


「それに関しては調べがついている。

先ほど担当教員に確認を取ったが彼女は確かに不正は一切せずに自力で問題を解いていたらしい」


思わず吹いてしまった。

私の疑われ具合もここまで来るといっそ清々しい。


「…キース様もお調べくださったのですね」


「ああ。だからこの件に関しては彼女は潔白だ

…疑って済まなかった。エレナ殿」


この件に 関して は


一体あとどの件とどの件が疑わしいまま残っているのか教えて頂きたいものだ。

だが彼の効率主義かつ、生真面目な所は昔から変わっていないのだと、エレナは自然に頰が上がってしまった


「…私の普段の行いがここまでの混乱を招いた事は事実です。

リタ様、キース様、今までご迷惑をお掛けして申し訳ございませんでした。この冬休みの間様々に考えを巡らせ、こうして新たな学期に臨んだ次第でございます。…お二人方が幸せに手を取られることを心より祝福させていただきます。」


そう言ってドレスの裾を軽くつまんでお辞儀をすると後はさっさか退場した。


みんな一様にポカーンとしていたがまあこれで多少は落ち着くのではないかな、と思う。


幸いキースは昔の通りなら表面化で激闘するよりも水面下から徐々に侵略していくタイプ。つまり私が騒がなければアッチもわざわざ騒ごうとはしない筈なのだ。


今まで散々エレナがキースにちょっかい出していたのは冬休みの事前学習でよくわかっていた。逆に言えばちょっかいを出さなければそんなに問題児ではない事も。


さてさて明日かはもう少し穏やかに過ごしたいものだ、と

エレナは食堂に向かって軽やかに歩き出したのである。

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