第五話 突然ですが、一週間後結婚するそうです
この一か月、自分が巻き込まれた状況を理解し、元の世界へ帰るという目標があったからこそ、そのことだけを集中することが出来た。
しかし、この世界の仕組みを大まかに理解し、元の世界へと戻るヒントは現状無いことがわかった今、考えないようにしてきたことが嫌でも頭をもたげてくる。
元の世界の私はどうなっているのか。
死んでしまっているのなら、両親や友人、”天下統一”の三人はどうしているのか。
そして、この身体の本来の持ち主、イザベルはどうなったのか。
考えても何もわからないことはわかってしまったのに、考えずにはいられない。
せめて、あの子達のドームツアーは見届けたかったなぁ・・・・
私がいなくても現場は回るようにしてあったし、もし元の世界で坂下育子が死亡していたとしても、その動揺をコンサートで表に出すようなアイドルには育てていない。
きっと、ツアーは大成功に終わったことだろう。
それでも、立ち会いたかったという気持ちはどうしようもない。
チクショウ、あの時通り魔にさえ遭わなければ。
今日も、自室で一人、そんなことを考えては地団駄を踏んでいると、
「イザベル、入っていいかい?」
ドアの外からイザベルの父、エドワードの声がした。
「久しぶりだね、イザベル。元気にしてたかい?」
エドワードに会うのは数週間ぶりだ。
お母様、アナスタシアからエムロード王国へ長期出張に行っていると聞いていたけど、戻ってきていたのか。
「お久しぶりです、お父様。おかげ様で体調はすっかり良くなりました」
「そうかそうか、それは良かった。あとは、その・・・記憶の方はどうかな?何か思い出したかな?」
私の記憶が戻っていないことは既に聞いているだろうに、一縷の望みにすがりたいといった表情に胸が痛む。
「記憶は・・・ごめんなさい。まだ戻っていないんです」
そう答えると、エドワードは慌てて笑顔で首を振った。
「いや、イザベルが謝ることじゃない。これからゆっくり思い出していけばいいよ。ただ、今日はイザベルに一つ伝えなくてはいけないことがあるんだ」
「伝えたいこと?」
「アラン王子との婚約のことなんだが、」
エドワードはそう言って一息ついた。
なにやら言いよどんでいる様子に悪い予感がする。
なに?もしかして婚約解消?
たしかに、自分のことをすっかり忘れた婚約者なんて嫌だよね。
しかも私「アイドルにならない?」とかだいぶ、いやかなり失礼なこと言っちゃったし。
にしても、ちょっと薄情じゃない?
そもそもイザベルが毒殺されかけたのはアラン王子との婚約が原因でしょ?
少なくとも直接謝罪ぐらいあってもいいんじゃないの?
あと、そんな一方的な感情で婚約破棄とか王族としての責任感に欠けると思うんだけど。
アラサー社会人としてはちょっと色々物申したくなるぞ。
「結婚を早めることにした。今晩この家を発ち、一週間後にはエムロード王国で結婚式を行う」
あーはいはい、やっぱり。結婚を早めるのね・・・って、え?
「お父様、今、なんて?」
「一週間後、アラン王子との結婚式だ」
「えええええええええ!?!?!?!?」
屋敷中に私の絶叫が響き渡った。
「驚かせてすまないね。でも、ここ数週間私がエムロード王国へ行っていたのはこのためなんだ」
興奮冷めやらぬ私に、エドワードは落ち着いて言った。
「結婚を早めるために、エムロード王国へ?」
「そうだ。婚約者という中途半端な立場では、またいつ命を狙われるかわからない。
こうなる前からすぐに結婚させるつもりではあったが、今回のことでなるべく挙式を早めようということになってね。アラン王子も了承してくれている」
ん?エドワードがエムロード王国へ向かったのは私がこの世界にやってきてすぐのことだったような?
その段階で、結婚を早めるつもりだったってこと?
娘の記憶も戻ってないのに?
段々と落ち着きを取り戻して冷静になってきた。
薄々感じていたことだが、この世界は私のいた世界と比べ、とても女性の地位が低い。
高貴な貴族の令嬢とはいえ、いやだからこそ、女性には政治の駒以外の価値はないとされる向きがある。
記憶を失った娘を思ってあえて伝えなかった親心もあるだろうが、これを機会に結婚を確定事項にすることを最優先にした結果、私への説明を後回しにしていた面も否定できない。
「・・・つまり、式を早めることは私以外の関係者はみんな知っていたんですね?」
「あ、ああ。実はそうなんだ。伝えるのが直前になってしまって、すまないね」
うーん、なんだかなあ。
直接父親が説明にきただけ良心的なのかもしれないけど、まだ14歳の女の子に「一週間後に結婚しろ」だなんて乱暴じゃない?
いま、私だけが蚊帳の外だった事実を指摘しただけで、エドワードは大分驚いていた。
理想的な令嬢だったイザベルは、父親の言うことは黙って従ってきたのだろう。
それが、この世界の令嬢としての正しい在り方なんだろうし、エドワードの言動も、この世界の貴族の父親としてはおかしいものじゃないんだろう。
うーん、モヤモヤするけど、ここで駄々をこねて怒らせるのも賢い策とは言えないよなあ。
「お父様のお話しはわかりました。それでは、すぐに支度をします」
そう言うと、エドワードはあからさまにほっとした表情で頷いた。
「ああ、もう召使には準備をするよう言ってある。夕方には出かけられるはずだ」
「わかりました」
こうして、だいぶ不承不承ではあるものの、私は結婚式のため、屋敷を離れエムロード王国へと向かうこととなった。
残念なのは、この時の私には、イザベルの境遇を不憫に思うあまり、これからあの王子と結婚するのも、王妃になるのも、他でもない自分自身である、という実感がほとんどなかったということである。
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