第三話 アラサーだけど美少女令嬢になりすますことを決心しました
「・・・・・へ?」
私がなんたら公爵の娘?で、そっちがなんとか王国のなんちゃら王子?
どんなおとぎ話よ?
最近のテレビはマネージャーにまで手の込んだドッキリをするようになったの?
理解の範疇を超えた言葉に動揺し、周りの反応を確かめる。
でも、看護師さんはすごくまじめな表情を浮かべているし、他の三人も気づかわしげに私の様子を伺っている。
・・・冗談やドッキリの可能性はなさそうね。
一目で高級品とわかる調度品たち。
絢爛豪華な室内。
美しく気品あふれる異国の人々。
アイドルやスマホを知らないといった発言。
さっきから違和感のあった幼い声。
自分のものと思えない、白くて細い手足。
冷静になったことで、さっきから目に入っていた物の一つ一つが、看護師さんの言葉が事実に違いないと告げていると気づく。
「あの、鏡を貸してくれませんか?」
そう看護師さんに尋ねると、すぐに真っ赤な宝石が嵌め込まれた金色の手鏡を渡してくれた。
おそるおそる鏡を覗き込む。
「・・・うそ」
そこには、三十二年間慣れ親しんだ日本人女性、坂下育子の顔ではなく、
「私、超美少女なんですけど」
まだ十代の外国人美少女がいた。
栗色のロングヘアに柔らかそうな白い肌。
つんと尖った鼻にアヒル口気味の唇。
すっぴんだというのに頬は自然に上気している。
少しつり目気味の瞳は印象的なピンク色で、キラキラと輝いている。
本当に自分なのか確かめようと、口を大きく開けてみる。
鏡の中の美少女も豪快に口を開ける。
続いて眉根を寄せて睨みつけると、美少女もこっちを睨んでくる。
うん、怒った顔もかわいいな。
よし、次はウィンクでも・・・・
「あの・・・お嬢さま、何を?」
看護師さんがおずおずと声をかけてきて、ハッと我に返る。
あぶない、状況を忘れて美形を堪能してしまうところだった。
どうやら、本当に私は別世界、別時代の赤の他人に生まれ変わってしまったらしい。
こういうのって、転生?とか、入れ替わりっていうの?
以前にヤスが声優を担当した映画に、田舎の女子高生と都会の男子高生が夢の中で入れ替わる物語があった。
あんな感じのことが現実に起こったのだろうか。
「・・・あなたは?看護師さんではないのよね?」
「はい、私はイザベル様の専属メイド、ハンナと申します」
看護師さん、いや、ハンナさんは答えた。
うーん、どうしよう。
正直に話すべきだろうか。
実は私、アイドルのマネージャーやってたアラサー女なんです。あなた方のお嬢さんや婚約者はどこにいってしまったのかはわかりませんって?
仮に信じてもらえたとしてどうなる?
見た所この家はかなりの実力者らしい。
王子と婚約している大事な一人娘が正体不明の女と入れ替わったと知ったら、間違いなく私は追い出されるか、元に戻るまで監禁されるかするだろう。
王子はどうやら他国の王子らしいし、外交問題に発展する可能性もある。
この世界のことは全く分からないけど、色々めんどくさそうだ。
逆に、信じてもらえなかったとしたら?
正気を失ったと思われ、この場合も自宅で軟禁されるか病院送りだ。
窓の外を眺めながら部屋で孤独に元の世界に戻れる日を待つ自分を想像する。
・・・絶対に嫌だ。
現状、彼らは私がイザベルであることは疑っていないが、毒の影響で記憶が曖昧だと考えている。
ここは、彼らの考えに乗っかって、記憶を失ったお嬢様として振る舞うことが最善策だろう。
この結論に達するまで時間にして約2秒。
不測の事態に対する咄嗟の対処は私の得意技の一つだ。
伊達に仕事に捧げて年食ってきたわけじゃないのよ。
私は早速、口を開いた。
「さっきから色々と変なことを言ってごめんなさい。
私、なんだか色々と混乱してしまっているみたいで・・・私自身のことも、皆さんのことも、記憶がはっきりしていないんです」
申し訳なさげにそう言うと、ハンナさんと、イザベルの両親はショックを受けた表情を浮かべた。
「ああ、イザベル・・・なんてことなの・・・」
「アナスタシア、一番辛いのはイザベルだ。それに、命があっただけ良かったじゃないか」
泣き崩れるイザベルの母の肩を、父が抱いて慰める。
私は結婚も子どもも考えることすらなく生きてきたけど、周りの友人は親になっている者も多い。
もしも自分の子どもが自分たちのことを忘れてしまったらどれだけの悲しみと絶望を感じるか、想像することぐらいはできる。
ましてや、もう本当の娘は帰ってこない可能性すらあると知ったら。
・・・ごめんなさい。
罪悪感が山のようにつのるけど、こっちも自分の身を守るのに必死だから許してほしい。
「イザベルさん、本当に何も思い出せないのですか?」
ずっと黙っていた王子が声をかけてくる。
「ええ、残念ながら」
「そうですか・・・では先ほどの言葉の意味は?」
いきなり痛いところ突いてくるわね。
まぁあれだけ熱烈に勧誘してたらそりゃ気になるか。
「さっきは色々と混乱してしまっていて・・・眠っている間に見た夢と現実が混ざってしまったんだと思います」
「・・・・そう、なんですね」
うう、我ながら苦しい言い訳だけどこれで通すしかない。
しかし、王子がそれ以上追及することはなく、私はハンナさんの助言で再びベッドに入り、彼らは部屋を後にした。