04
デウィスリの街門は早朝だと言うのに人の姿はまばらであった。
この時間帯の街門は商人や護衛の人間で込み合うのが普通なのだが、それだけ辺境方面に向かう者が少ないと言うことが嫌でも分かる。
「今回は護衛依頼を受けて頂きありがとうございます」
「こちらこそ渡りに船だった」
そう言って右手を差し出してきたのは今回、辺境側へ販路を広げようと考えた行商人のサーライ。
眉尻が下がり、少し草臥れた旅装に身を包む彼はやり手の商人、と言うには抵抗がある。
人の良さそうな彼は苦笑が似合いそうだ。差し出されたその手を握ると、意外にもがっしりとしていたことに少し驚く。
印象とは少し違うが、彼も彼なりに苦労しているのを感じ取れた。
「商売下手そうね……」
「ははは……良く言われます。お前は腹の探り合いには向いてないって師匠からため息交じりに言われたものですよ」
「お、おう……」
マリーの歯に衣着せぬ物言いにも怒ることもせず、苦笑を浮かべて返答に困る内容を言った。
思った通り苦笑が様になっていた。彼はこうして何時も笑っているのだろう。
だが、苦笑の似合う彼は、事実は腹の探り合いには向いていないのだろうが、商人には向いていないということはないのではないだろうか。
「私は行商人としては未熟ですが、これでも人を見る目はあると思っています。貴方達は中央の冒険者とも、辺境の冒険者とも違う何かがある。私はそう思っていますよ」
俺に視線を向けてサーライは言う。
元々辺境出身だと言うことは『獅子のたてがみ』のメンバーか師匠くらいしか知らない情報だ。
だと言うのに俺を見てそう言うサーライは腹の探り合いは下手かもしれないが、人を見る能力があると言うのは本当なのだろう。
そして、彼の言葉は不思議と嫌みを感じない。
商人特有の装飾過剰な言葉の裏に隠されたものがないように思える。
「そう言ってもらえるのはお世辞でも悪くはないな」
「いえ、お世辞ではなく本心からの言葉ですよ」
「普通商人に言われたら大抵はお世辞だって思うのに、あんたが言うと不思議とお世辞に聞えないわね」
「マリー、それはサーライさんの人柄でしょう。それといきなりあんた呼ばわりは失礼ですよ」
「いえ、お気になさらず」
「ほら、こいつもこう言ってるんだからいいじゃない」
「お前が元令嬢ってのは何時も首を傾げるが、元貴族だってのはこういうときに実感するわ……」
「どういうことよッ!!」
「二人とも少し静かにしましょう?」
「「はい」」
「ははは……賑やかですねえ」
セレーネさんの笑顔の裏にある怒気でセドリックとマリーがまるで示し合わせたかのように黙る。俺もセレーネさんの後ろにオーガの姿が見えた気がしたくらいだ。二人はそれ以上の圧力、いや威圧を感じただろう。
その様子を苦笑して見ているサーライはもう俺達『獅子のたてがみ』に馴染んでいた。
この、他人の懐にするりと入り込む能力もまた彼が商人として生きていくのに向いている能力だと思う。
「さて、こうして交流を深めるのも私としてはいいのですが、商人として、そして貴方達も冒険者としてはそろそろ出発したほうがいいでしょう。時は金なり。それは商人にも冒険者にも通じる言葉ですからね」
「ああ、こっちも準備は大丈夫だ」
「もしものときは頼りにしてますよ」
「任せときなさい! あんたは大船に乗ったつもりで構えていればいいのよ」
「マリーがいうのはアレだが、任せといてくれ」
「ちょっとっ!!」
「もう、二人とも……、騒がしくてすみません」
「ははは、いえ、私もこの様子なら安心できます」
そして俺達はようやくデウィスリの街を発った。
次の目的地である地方都市ワルフランを目指して。




