02
時を遡る。
王都の宿屋の一室に四人の男女が集っていた。
「辺境ぅ?」
そう嫌そうに言ったのはマリーだった。
赤みの入った金色の髪と、冒険者だと言うのに荒れていない手入れされた綺麗な肌、ふっくらとした瑞々しい唇に少し勝気に吊りあがった緋色の瞳を持った彼女は何処かの貴族令嬢と言われても納得できるような姿をしている。
とは言え、それはそこまで間違いではなく、貧乏男爵家の三女ではあった。
過去形なので今は貴族ではないが、かつては貴族令嬢であったのだ。
貧乏とは言え貴族である。
マリーは辺境にあまり良いイメージを抱いていない。
「それって道も整備されてなくて、食事も料理って言うよりは素材そのままで、暗くなれば寝て、明るくなれば畑を耕しているような場所にこれから行くってことでしょ!?」
「いや、それは流石に偏見が過ぎるだろ……」
マリーの辺境の酷い言いようにセドリックが呆れた様に溜め息をつきながらたしなめた。
セドリックは王都生まれの平民だ。優男風に顔は異性には好評である。また、王都の剣術大会の上位10位以内に入った実力は本物で、巷では剣の貴公子と言って騒がれている。だが平民だ。
とはいえ、セドリックも辺境に行くのは余り乗り気ではない様子である。辺境では彼も剣の貴公子と女の子に騒がれることはないからだと思われる。
「二人とも、レオンが辺境に行くと言いだしたのも何か意味があるはずです。それを聞いてから文句を言いましょう」
「……文句を言うのは決まってるんだなあ」
「当たり前でしょう、レオン」
ニッコリと有無を言わさない圧力を持った笑顔を向けてくるのは男の持つ綺麗で優しいお姉さんのイメージがそのまま抜け出してきたかのような人物であるセレーネさん。
マリーと比べて豊満な胸に視線が行きそうになるのをぐっと堪えた。
堪えたところで女性は視線に敏感らしいので気付かれているみたいだが……。
マリーが恐ろしい形相で睨んでいるのを感じつつ、本題へと入る。
「俺達の今後を考えたからこそ辺境に行こうと思ってるんだ」
「今後……ですか?」
「ああ」
魔術師のマリー、重戦士のセドリック、治癒術師のセレーネ。
そして俺、魔法剣士のレオン。
この四人のパーティーが俺達、『獅子のたてがみ』だ。
パーティーとしてのランクは最近になって中位冒険者の仲間入り、といったところだ。
「辺境に行ったからって私たちの今後にどう関わってくるのよ」
「まあ、王都周辺でも十分やってけるよな」
否定的なのはマリーとセドリック。
二人は現状でも満足といった様子である。
「まあ、確かに冒険者として名を売るのなら辺境の方がいいんですけどね」
「どういうことよ!」
「あー、確かにそう聞くけどなあ」
その後に続くセレーネの言葉で二人の反応は別のものになる。
マリーは知らなかったようだが、セドリックは聞いたことはあるのだろう。
「王都周辺の魔物は弱いんだよ。辺境と比べるとずっと」
「それは当たり前でしょ?」
「おそらく、マリーが思っているのとは違いますよ」
「はあ? どういうことよ?」
「辺境みたいな魔物の領域が近い場所には強い種の魔物が住んでいる。マリーはそう思ってるんだろ?」
「違うの?」
マリーは元々貧乏男爵の三女だから世間知らずのところがある。
いや、冒険者の全てが知っているわけではないだろう。
レオンは辺境出身だからこそ知っている。そして、王都には辺境出身の冒険者も少なくない。
そんな彼等と仲を深めていれば図らずとも耳にすることになる噂がある。
それが。
「辺境の魔物は王都の魔物に比べて強い。同じ魔物だとしてもだ」
「はあ?」
「分かりやすく言えば、同じゴブリンでも王都に近い位置よりも辺境のゴブリンの方が手強いってことだ。
そして王都のギルドでも高ランクの奴らは辺境出身だったり、辺境経験者がほとんどってわけだ」
「ふーん、じゃあなに? あいつらに私たちは舐められてたってわけ?」
マリーは理解したようだ。
彼女の言う通り、王都の冒険者は辺境の冒険者たちよりも弱いと思われている。
それは同じ冒険者としては屈辱以外の何物でもない。
そして、それはレオンにとっては何よりも耐え難いことである。
「そう、だから俺達は辺境に行く」
「いいわ、辺境の奴らに教えてあげなきゃならないもの。田舎の世間知らずが、王都の魔術アカデミーの学徒を馬鹿にするとか片腹痛いもの。セドリックもそうでしょ?」
「まあ、王都の剣術大会のランカーを自分達より弱いと思われるのは癪ではあるしなあ」
セドリックとマリーは辺境行きに納得してくれたようだ。
冒険者としての意地を刺激された二人とは対象的に、心配そうな表情を浮かべているのはセレーネさんである。
二人には聞えない程度に声を潜めた。
「レオン、それだけでは、ないのでしょう?」
「……セレーネさんには隠せませんか」
レオンはあの時の光景を思い出す。
両親を殺した、あの魔物たちの姿を。
師匠に拾われたのは幸運以外の何物でもない。
こうして力をつけて、あの地の魔物をこの手で殺せるのだから。
「俺は辺境の魔物を出来る限り殺してやりたいんです。それだけを目標に生きてきました」
「レオン……」
「でも……」
レオンは一度自分の胸の内に深く潜る。
今でも憎悪は、怒りは渦巻いている。
だが、今はそれ以外の想いもこの胸の内にある。
「今は大切な仲間がいますからね」
「あー、レオンが何か臭いこと言ってる!!」
「やめてやれマリー。今いい雰囲気だっただろ!」
一気に騒がしくなったところでレオンはセレーネを見る。
先ほどまでの心配そうな雰囲気は霧散して、今は仕方がないと言わんばかりの表情を浮かべている。
そんな雰囲気の中、レオンは『獅子のたてがみ』の今後の動きを口にした。
「それじゃあ、俺達は辺境の街レフィーティアを今後の拠点にする!!」
レオンが拳を振り上げるが、誰も追従してくれなかった。