よくある出来事
平和とは言えなかった。
それでも幸せはあったし、笑顔があった。
永遠に続くと思ってたし、自分もそれを願っていた。
やさしい人に囲まれて。
あたたかい幸せに包まれて。
ささやかながら家庭を持って。
そんな日常を過ごすものだと思っていた。
一夜にして灰になった。
優しかった母さんも。
寡黙で頼れる父さんも。
いつもお菓子をくれたロイ爺さんも。
すこし意地悪だった隣のミリィも。
綺麗で好きだったリーリャお姉ちゃんも。
僕の思い出がたくさん詰まったこの村も。
みんなみんな灰になった。
夜だというのに僕の視界は真っ赤に染まっていた。
赤い。
赤い。
空まで赤くなっていて僕は怖くて泣いた。
涙の跡には青い空と、灰色の塵と、僕だけが残された。
永遠に続くと思っていた。
幸せはあった、笑顔もあった。
やさしい人も、あたたかな温もりも。
ささやかな幸せの未来は奪われた。
「あ、ああ……、あああああああああああああああああ!!!!」
血を吐きだすかのように紡がれた叫びで声が枯れるまで慟哭した。
僕の唯一に誇れる力は、穴蔵を掘って隠れる程度の力しかなかった。
『すごいじゃない! 優しい貴方らしい誰も傷つけない力ね』
そう言ってくれたリーリャお姉ちゃんはもういない。
『土なんか弄れたって意味ないわ! そんなことよりパンが美味しく焼ける方が全然すごいわよ』
意地悪なミリィはやっぱり少し意地悪だったけど彼女の言うとおりだった。
ミリィが美味しいと言ってくれた僕の焼いたパンを、もう食べてくれることはない。
『壁に穴が空いたら坊主に頼むぞう。ほれ、お礼のお菓子をやろう。ミリィと仲良く食べるんだぞう』
もう優しいロイ爺さんの所に遊びに行くことも、お菓子を食べることもできない。
『もう、ミリィちゃんとまた喧嘩したの? ちゃんと仲直りしなさいね。明日ちゃんと謝れるように今日はお母さんの作った美味しいご飯を食べて寝なさい。……まったく誰に似たんだか』
『……女の子は泣かすなよ』
お母さんも、お父さんも、もう僕の事を叱ってもくれない。褒めてもくれない。
全て灰になった。
僕の幸せは灰になって、塵になって、僕だけは燃えカスのように生き残った。
――これは村が魔物によって滅ぼされた、そう珍しくも無いよくある出来事。
――少年の人生が狂っただけの、ありきたりな夜のことであった。