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魔王の指輪と壊れゆく世界  作者: 鶴見丈太郎
第4章 タイタニア
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96. 寒がりの木の商品化


 ナウル湖の辺にあるゼーフェンの街。その中心地は多数の店舗や工房が業種ごとに分けられ、それらが交錯する公園通り。

 その一等地、お城に向かう高台にミリアの行きつけのカフェがある。彼女の親友であるヨハンナ・オフスラの実家が経営する店舗だ。

 ここでミリアは親友で幼馴染のヨハンナとイレナ・ベルデンソンとコーヒーを嗜んでいる。実は既に三回目のお茶会である。ミリアの父ナザリオの出発予定日が延びている。予定日を過ぎているのにナガマサ一行が未だに到着しないのだ。その為、父親の見送りに来たミリアも余裕のある日を過ごしていた。


「うわぁ、綺麗だね」

 感嘆の声をあげるミリア。手には鮮やかに染色された衣服がある。


「えへへ。でしょ。ようやくヒツジアオイ製品が商品化できたのよ」

 嬉しそうなヨハンナがそれに答える。彼女の夫が手がける事業なのだ。彼女は幼馴染3人の中で真っ先に結婚している。そして、夫と共に経営にも尽力していた。ミリアが手にしている服のデザインは彼女の手によるものなのだ。この一年で成長したのはミリアだけではない。

 この勝ち組の一族は町の一等地でカフェを開業しているが、それはほんの片手間なのだ。彼らの本質は富農であり起業化であり経営者だ。大規模なヒツジアオイの農地と機織工場を持っている。


「うん。手触りもいいし、発色がいいよ。これって洗っても落ちないのか?」

 美少女の癖に男のような喋り方のイレナも評価している。彼女の台詞の内容が詳しいのは彼女の実家であるベルデンソン家もヒツジアオイを扱っているからだ。というか、ヒツジアオイは元々フレスベルクの産物だ。それをヨハンナの一族で扱っているのは、彼女達の親同士が提携しているからに他ならない。


「当然だよ。安くて手触りが良くて手軽に洗濯できるのがこの商品の強みだよ。簡単に色落ちしないもん!」

 自慢げに言うヨハンナだが、実は何度も洗濯すると薄っすらと色が落ちていく。まあ、それは現代日本でも同じだ。この世界では其の程度でクレームは来ない。


「さすがアレスタットの技術だよな。これでうちの親父も兄貴も喜ぶよ」

 

 アレスタットは元々エルライン同胞連合の一員で伝統的に高い技術力を持っている。そこに北方のフレスベルクの産物を持ち込み、付加価値を持った商品をベルデンソン商会が各地の売る。というのがイレナの父親の目論見なのだ。

 ベルデンソン商会がアレスタットのゼーフェンの町に進出をしてきたのは20年ほど前。つまりサロメの王城がイエソドの王家の軍門に下った直後だ。アレスタットがエルライン同胞連合からエルスタル同盟の傘下となった事で、北方の大国フレスベルクと南西の強国ツェルブルクが直接連絡できる形となったのだ。軍事的にも大きな意味を持つが、経済的な効果も大きな物となっている。


「お兄さんだけ? カミルさんも喜ぶんじゃないの?」

「違うよミリア、それだとイレナが喜んじゃうよ!」

 カミルとは簡単に言えばイレナ・ベルデンソンの二つ歳上の腹違いの叔父であり、ベルデンソン商会の隊商の一つを率いる頭目の一人である。つまり、資金と船とベルデンソン商会の看板を与えられた一族の若者でイレナに求婚している男子である。

 カミルは美貌の女奴隷の息子、つまり妾腹だ。その為ベルデンソン家の家名は名乗れない立場の男なのだが、奴隷の母親が祖父に気に入られている為にチャンスを得た男だ。

 もっともミリア達の関心はカミルの息を飲むほどの美男子ぶりにある。


「・・・・・・別に、俺は興味ないから」

 口調に勢いが無いイレナだが、その美男子が熱烈にアピールしているのが彼女だ。彼女にも、その父親にも堂々と申し入れている。

 もっともイレナの父親は許していない。というより相手にしていない。カミル青年がイレナを妻としたければ、一族内の序列を上げる必要がある。血統に頼れない彼の場合は実績であり、この新商品はその足懸かりとなる。

 

「あれ? 元気ないね」

「うん、イレナどうかしたの?」

 なのに、イレナは浮かれていない。

 幼馴染のミリアとヨハンナは知っている。気の無い振りをしているがイレナのカミルへの評価は満更でもないのだ。


「・・・・・・実はな、また見合いの話が来てな、、、」


「また?」

「凄いね、断ったばっかりなんでしょ?」

 新雪のような白い肌を持つ北方系の美女であるイレナは本人も美人だが、実家も魅力的なのだ。色々と噂は有ってもフレスベルクに強いパイプを持つ実力者とコネを持ちたい人間が次々縁談を持ってくるのだ。それは、彼女達が共に過ごしていた少女時代からなので、ミリア達も事情はよく知っている。


「うん、ただ今回のは大物でさ、断れない感じなんだよな」


「ええ?!」

「誰なの?」


「メイゲン鉱山公社のハルトマン卿だよ」


「「・・・・・・」」

 あまりに想定外の名前に言葉をなくすミリアとヨハンナ。

 いや、よく知っている名前ではあるのだ。


「――ゲオルグ・ハルトマン卿?」


「うん。ほかのハルトマン卿いないよな」


「でも、でも、確かハルトマン卿って50歳くらいじゃなかった?」


「今、48歳だと。奥さんが5年前に亡くなったんだって」

 この世界では金持ちのオッサンに若い娘が嫁入りする事はよくある。イレナの実家のような金持ちの娘でも条件次第で有り得る話だ。

 ゲオルグ・ハルトマンはメイゲン鉱山公社のトップである。言うまでもなく一級市民であり、マキナ公に忠誠を尽くす有力者なのだ。同じ一級市民でも成り立てのアクィナス家とは大違いの大物である。

 メイゲン鉱山公社とは、一年ほど前に噂になっていた鉱山が実現したものだ。そこは広大なゴブリン保護区内にある鉱山であり、マキナ公の許可を得て設立された公社により運営されている。その大事業には利権を求めてツェルブルク中の金持ち達が群がっていた。

 当然、地元のゼーフェンも例外ではない。というか、3人娘の実家もそれぞれ関わっており、いずれも多大な利益を得ている。


「そんな、イレナはそれでもいいの?」

 思わず聞かなくてもいい事を聞いてしまったミリア。


「・・・・・・」

 それに無言と諦観の笑みで答えるイレナ。

 フレスベルクでは娘の結婚相手は父親が決める。当然、ベルデンソン家もそうだ。今は商会を名乗っているが、彼らベルデンソン家の本質はガイツの入り江にある拠点とラフマンツ島を本拠とする豪族だ。当主の言う事は絶対で、イレナの父親はこの縁談に乗り気なのだ。

 イレナには断る権利は無い。


 ミリアは言葉を無くしてヨハンナは目を伏せた。

 イレナがこの話をどう思っているかなんて、聞く必要がない事だ。

 彼女達には答えが分かっているからだ。

 そして、自分達にはどうする事も出来ない事実も。


 少女達に沈黙が訪れていた時、遠くから怒号が聞こえてくる。それは次第に大きくなっていった。

 ミリア達は騒ぎの聞こえる方に視線を送る。

 彼女達の居る席は例によって見晴らしの良い一等席なので視界が広いのだ。


「何?!」

「大きいのが近づいてくるね」


 彼女達の目には巨大な何かが正門の方から、お城の方に移動してくるのが見える。つまり、正門から家屋のような物がどんどんミリア達の居る方に迫ってきているのである。


「馬車?!」

 ヨハンナが呆気にとられた声をあげる。

 ようやく広場に差し掛かったそれは全貌を現したのだ。


「馬車みたいだね、、、」

「てか、凄いデカイな」

 ミリアとイレナも呆れた声を出した。

 

 その巨大な馬車は公園通りを真っ直ぐ突っ切ってくる。

 怒号の正体はその道を空ける為、衛兵達が周囲の市民に警告を促す大声だ。

 ゼーフェンの市民は突然現れた異様な馬車の前から慌てて逃げ出しているが、それを見る野次馬も大量に集まってきていた。

 ただ、その傍若無人さに抗議する声は全く聞こえてこない。

 市民達はその馬車が誰のものなのか、一目で理解しているからである。


 それはようやく到着したレダ所有の大型馬車だ。

 通常、ベルム・ホムからゼーフェンまで普通の馬車ならゆっくり移動しても3日もあれば余裕で到着するのだが、この馬車はデカ過ぎだった。この巨大な馬車はゼーフェンの正門をギリギリ通れる大きさに作ってある為、それ以外の場所でトラブルと頻発させ予定の到着日時から大幅に遅れたのである。


 その巨大馬車はミリア達が座るカフェの目の前を抜けてお城へと移動していく。

 その馬車に描かれた紋章、天空に浮かぶ巨大な単眼とその下にある8本のライン。それを支えるようにも求めるようにも見えるその意匠はマキナ公の紋章だ。

 ツェルブルクに住む人間なら誰でも知っている。


 そして、それを見たミリアは去年の記憶が蘇った。

 彼女は詳しい事情は聞かされていないが、ナガマサとレダの関係は知っている。

 彼女にはマキナ公に直接会えるコネがあるのである。それを使えば親友イレナの窮地を救えるかもしれないのだ。

 





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