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魔王の指輪と壊れゆく世界  作者: 鶴見丈太郎
第4章 タイタニア
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95. 魔術師の紋章


 タイタニア暦958年4月。

 ナガマサ一行はベルム・ホムからゼーフェンに向けて出発していた。

 レダの主張する大量の荷物はナガマサが冥府に収納する形で持っていく事になった。ナガマサが冥府に所有する馬車と馬が数頭あるので馬車のほうにスペースがあったからである。というか、ゾンビ馬が動かす馬車はレダ専用の荷馬車になった。かって6名のゴロツキを載せた荷台は彼女の荷物で満載となっている。

 さらに、ゼーフェンまで移動する為だけの大型馬車は完成した。

 今、ナガマサ一行はそれに乗車している。

 つまり、ナガマサにレダの説得はできなかったのだ。そもそも、レダの資産を同使おうが彼女の自由なのでナガマサがどうこう言う権利は無い。


 そして、この大型馬車。馬車と名が付いてはいるが全長10メートル、車幅3メートル、車高3.8メートルの巨大な物。8頭引きでも動かすのは難しいのだが、この巨大な貨車部分を反魔法を使用して重量を打ち消しているのだ。

 言ってみれば氷の上に巨大な貨車を載せて、それを動かす動力が8頭の馬なのである。一応車輪は付いているが、常時マナタイトを消費して動かす豪華な馬車なのだ。当然、御者だけでなく魔道具を操作する技師も同乗する。彼らはナガマサ一行をゼーフェンまで送ると、今度は空になった馬車をまたベルム・ホムに帰す。片道3~4日だけの為に作られたのだ。

 ちなみに、この馬車は2階建てで上層はレダのスペースだ。ナガマサは此処に招待されているが、主人はあくまでレダである。残りのナガマサ一行とレダの侍女は全員下層の席にいる。

 唯一、ナガマサの意見を取り入れたのは足弱な侍女ではルキアノス山脈を越えられないという点だ。

 その為、レダの御付の女官は4名となった。彼女達は世話係りの侍女兼、護衛だ。レダのお目に適った見た目の美しさと強さを兼ね備えた人選に変更されたのだ。彼女達は鍛え上げられた騎士なので山道でも問題ない。ナガマサにも反対する理由は無くなったのである。

 



「うん! それでいいよ。これなら自分の体重を支えられるから!」

 広い広い馬車の上層でナガマサとレダは並んでベッドに座っている。

 そこはレダのプライベートルームのような物なので、豪華な見晴らしの良いリビングに大きなベッドのある寝室、さらにバスルームも完備されている。


「ふぅ。魔法で糸を作るの難しいな。これを自分の体を包む魔法のハーネスに繋ぐんだよな?」

 ナガマサは魔法の糸を作る訓練をしている。ナガマサがレダに習っている糸とは魔力を物質変換して作り出したものだ。かなり多様な用途に用いるだけあって糸にも種類がある。今、練習している物は糸といっても自分の体重を余裕で支えられる強度を持つ物だ。

 ナガマサがよく使っているのは細く弱い糸だ。が、術者に感覚を伝える性質を持っている。本来の用途は外敵を警戒するセンサーとして糸である。

 それをナガマサは診療に使用している。彼の相性とあったのか、訓練により診察と治療を複数の同時に行えるスキルとなった。その結果、複数の視点・複数の箇所を同時に診察・治療できるオリジナルスキルとなっている。


「そうだよ、そのハーネスが何か知らないけどね! 私達はそういうの自然にできるけど、自分の体を包む魔力と連動させるのは難しいよ。でも、できたら私みたいに糸で上下動できるようになるからね」

 レダの魔法スキルはアルケニーが生まれ持つ技術なので、彼女の魔法理論は感覚派そのものである。それをナガマサが身につけようとすれば、レダが使っている魔法技術を見覚えて自分で理解して訓練するしかない。

 どれほど魔力素養に恵まれていようが、どれほど莫大な魔力総量を身に宿していようが、訓練せずに技術は身に付かない。当然ながら、アルケニーの魔法の糸のようなオリジナルスキルには魔法のスクロールのような便利アイテムは無いからだ。


「はあ、魔法の練習も大変だよな」

 と言いながら、ナガマサは真面目に練習している。

 この自身の魔力を魔法の糸状にするスキルをナガマサはとても気に入っているからだ。近距離では安定しているが小さい魔力しか編めないナガマサにとって、糸を作る魔法はとても相性が良いのだ。

 彼はレダから魔法の糸を作るスキルを与えられた。アルケニーがこれと見込んだ男に一度だけ渡せる能力だという。この魔法スキルはタイタニア帝国もその存在は知っているが、詳しい情報は持っていない。

 ちなみに、魔法で物質変換して糸を作り出すのは誰でもできる。ただそれはある程度の長さを限定しての物で作り続けるのは難しい。また、作るのは誰で出来るがその強さや太さ、その均質さについては訓練次第になる。

 例えば現実の蜘蛛はその体内にあるたんぱく質の液体が体外に排出された際に情況に応じて必要な糸を作り出す事ができる。それと同様に微細な魔力で継続して均質の糸を、それも場面によって多様に作り出す事は至難である。それを容易く行っているのがアルケニーという亜人なのだ。

 魔法の糸を様々に使いこなすの個人の工夫次第で、アルケニー以外の人種が使いたければ、さらに訓練を要するのだ。


 タイタニア帝国の傘下であったツェルブルク王妃のラルンダはタイタニア帝国からのアルケニーの魔法情報の開示の依頼を受けている。彼女の協力によりアルケニーの能力の詳細な情報をタイタニア帝国は獲得し、ラルンダとアルケニーという種族は亜人の地位を獲得した。

 ただ、詳細不明のままで調査を終えた能力もあった。その情報を渇望したタイタニアの調査官も、スキルの獲得の条件の説明を受ければ、そのスキルを使う事を強要する事はできない。この官吏にできたのはスキルの名前と概要を報告する事くらいだった。

☆ 



「ナガマサは真面目じゃの、さっきから魔法の練習ばっかりだよ」

 たまにラルンダの口調が出てしまうレダはすぐ隣に座るナガマサに不満気な顔を向ける。

 二人っきりなのに と、つまらないのだろう。

 だが、確かに此の場では二人きりだが、下の階には同行者が全員座席にいる。

 

「・・・・・・」

 レダに至近距離から見つめられ固まるナガマサ。こういった場面でどう対応したらいいのか分からない。長年の童貞臭はそう簡単に抜けないのだ。

 戸惑うナガマサと全く動じないレダ。

 生まれついての姫であるレダは周囲の人間に取り繕ったりはしない。

 彼女は自らの欲するままに捕食者としてナガマサを素早くベッドに押し倒すのみである。


「ちょ、待って、、、」


「大人しくするのじゃ!」

 リビングにソファーもあるのに寝室に招きいれられた事を疑わなかった時点でナガマサの負けである。

 素早く手足を魔法の糸で縛りつつナガマサを剥いていくレダ。

 魔法の使い方は本人次第なのだ。


「あら?」


「え、どしたの?」

 突然レダの手が止まったのだ。

 彼女はナガマサの露になった上半身を見ている。


「うん、タペストリーができてる。でも、まだ薄いなぁ」


「え? 何ができてるって?」

 ナガマサが自分の体を見ると左胸から左腕にかけて青黒い線が無数に浮き出ていた。その線は互いに交錯し編み物のようにも見えた。


「なんだよこれ? 俺なにか病気なのか?」


「違うよ。病気じゃなくて『魔術師の紋章』だよ。しかも、これ私の魔法のやつだよ。私の模様がでてるの!」


「なんだそれ?」


「でも、まだ薄いなあ。出来たてなのかな?」




 魔術師の紋章とは、日常的に継続して魔法を使用する職業の人によくみられる状態で刺青を彫ったように皮膚に濃紺や黒の線や図形が浮き出てくる症状である。

 魔力を魔法に変換する時に生じる魔法光と同じく、魔力が皮膚に影響を与える現象で、長年継続的に同系統の魔法を使用する術者に起き易い。

 健康面には何の問題も無い痣のようなものなのだが、見る人が其の刺青のような文様を見れば、それが魔術師であり、その術者がどの系統の魔法を得意としているか一目でわかる。

 その為、夏場でも長袖の間深いローブを着用したり長い手袋を愛用する術者も多いのだが、荒事とは関係ない職業魔術師には関係ない話である。



「なるほどな、今日はずっと糸の魔法の訓練をしてたもんな」

 納得するナガマサだが、彼に出来た模様は薄く範囲も小さかった。


「まだまだ薄いよ。薄すぎだし小さい!ベルトルドのタペストリーなんて胸全体と両肩に出来てたんだよ!」

 

「いや、ほら、普段は弱い糸しか使ってないからさ」

 突然機嫌が悪くなったレダ。

 ナガマサは意味不明の言い訳をしながら察していた。どうやら、この刺青みたいな痣の大きさと愛情が比例するとレダが考えていると。

「あのさ、これって個人差があるんじゃないか? 俺はフェーべでは毎日死ぬほど患者診てたけどそんな痣は出来てないぞ? な?」

               

「あ、本当だね。何処にも『水の王冠』が出来てない。最初から手や顔には出てないもんね」

 そう言いつつ、レダはナガマサの衣服に隠されていた胸や腹を観察している。


「ん? 『うぉーたーくらうん』って何だ?」

 レダの怒りが少し逸れたのを見てナガマサは話を繋ぐ。


「水属性の魔術師の紋章だよ。医療魔法って水属性が基本なんでしょ?」

 水の王冠とは、太めの短い線の上に大小数個の円状の図形が浮かぶ紋章。水の王冠と言われているが、正直のところ王冠に見えるかどうかは見る人次第。


「そうだよ。って事は俺は紋章が出来にくいタイプなんじゃないか?」


「ええ? そうかなぁ?」

 レダはなんとなく納得いかない。確かに、個人差があり、必ずできるものでもない。だがナガマサが強度の強い糸の訓練を本格的にしたのは今日が最初なのだ。

 数時間で紋章が出来始めているのに? 


 と、ナガマサの上に跨りながら考えていたレダの眼前で変化が起きた。


「あれ? なんか薄くなってきてない?」


「そうかもな。こんなに何度もこの魔法を使ったのは今日だけだし」


「ダメ! もっと練習して私の紋章を付けて!!」

 

「・・・・・・」


 さっきまで練習していたのを無理やり襲われて裸に剥かれたナガマサは、縛めを解かれてもう一度魔法の訓練をする羽目になった。

 まだまだゼーフェンには着かないので練習する時間はたっぷりあるのだ。




 アレスタットにある大きな湖であるナウル湖は、この地域の生命線だ。

 農業や漁業はもちろん、この内海のおかげで物流も盛んだ。水運により安価で大量の荷物を運べるし、当然人の移動にも便利だ。


 そのナウル湖に面したサロメの港でミリアは定期船に乗り込もうとしていた。

「じゃあ、ちょっと行って来るね。見送りありがとう」


「気をつけてね。ってそれはミリアのお父さんか」

 エリザベートが休暇を取ってしばらく帰郷するミリアを見送りにきているのだ。

 だが、その日に焼けた笑顔は曇り勝ちだ。

 ミリアの父ナザリオがルキアノス山脈を越えてタイタニア本国に行く事は以前から決まっていた。その為、この休暇はかなり前から申告され受理されていた。


「アハハ。そだね。ここからゼーフェンなら半日もかからないもん」

 ミリアが実家に帰るのは父の見送りに他ならない。

 此の世界で長期の旅行に出ると言う事は、そのまま死に別れる可能性が少なからずがあるのだ。日本でも中世ではそれが常識だったし、まして此の世界は洒落にならない危険が多い。


「まあ、久しぶりにノンビリしてきなよ。次の武術大会まで時間あるしね」

 現代日本と違って休みなど滅多にもらえないのだ。いや、現代日本でも滅多に有給なんて取れないが。


「もう大人だし、そんなにノンビリしないよ。すぐ帰ってくる」

 唯一の女友達がいなくなるエリザベートの方がかなり寂しい。

 普段は快活なエリザベートだが、父親の威光が邪魔して友達は元々少ない。だからミリアは彼女にとって本当に貴重な友人なのだ。


「あ、順番だし、もう行くね。お土産買ってくるから!!」

 ミリアは明るい声をエリザベートに残して駆け出した。彼女は船のタラップをあっという間に駆け上がる。

 彼女には、懐かしい家族と友人達との再会が待っているのだ。







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