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魔王の指輪と壊れゆく世界  作者: 鶴見丈太郎
第4章 タイタニア
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94. 曲がる癖毛と伸びる才能


 一級市民達が必ず騎士として叙任されるのは理由がある。

 それは、一級市民の大半を占めるイエソド人は武勇を尊ぶ民なので、必ず自身の家族親族で自前の騎士団を作って王家の要請に応えるからだ。

 また、新規で一級市民となるイエソド人の多くは持てる人々。つまりは、なんらかの資産を持っている。彼らも騎士となった以上必ず傭兵を率いて王家の旗の下に集うか多額の献金や物資を納入して後方支援をするのである。

 では、何故一級市民達はわざわざ王家の元に自家の子息を派遣して修行させるのか? これはイエソド人の古い慣習で有力な一族は王に数年若者を差し出して王の手足となる親衛隊を形成する古い盟約がある事が理由にあげられる。此の世界で王とは本来其の地でもっとも強い男であり、神から選ばれた祭祀者だ。だからイエソド人で一番強い男に跡取り息子を差し出すのだ。

 現実的な面でも若い時に厳しい修行に出すのは意味があるし、王への忠誠を誓う人質としての側面もある。

 だが、もっと重要な意味、最大の理由がある。

 将来の一族の長となる若者を集めて、強力な人脈を形成する必要があるのだ。

 ルキアノス山脈の片隅に住むイエソド人をタイタニア帝国が丁重に扱っていた理由は唯一つ。彼らが強力な魔法特性を持つ一族だったからだ。

 つまり、強いのだ。その彼らを同じ仲間、一族として繋ぐ絆が、イエソドの古い盟約なのである。

 そして、新規で入った一級市民達には新参者を売り込む絶好の場所にもなる。

 例えば、富裕層の若者が将来、ツェルブルク軍の中枢に昇るであろうグスタフのような人材とパイプを繋いでおくのだ。

 そして、彼らは時期がくれば王宮の職を辞して家を継ぐ。

 彼らは家業や領地で問題が起これば、できるだけ自力で解決するが手に負えない場合もある。その為の王宮とのパイプだ。

 だから利害を共にする彼らは、ツェルブルクに事が起これば自前の手勢を率いて馳せ参じるのである。



 ヒィィィーン。

 魔道具の作動音が試合場に響く。

 その中央に魔法光の青い燐光を帯びた二人の選手が進む。

 彼らが身に着けている魔道具、つまり試合用の鎧兜が魔力というエネルギーを消費している音と光である。

 鎧兜は対物理の魔法を全身の29ヶ所に展開し装備者を守る。その対物理攻撃への盾は相応の打撃を受けるとそのダメージを吸収して壊れる。その為、どの部位に攻撃を受けたのが一目で分かるので、勝敗の基準としても有効なのだ。

 

 鎧兜を身につけた上、物理盾の魔法が全身を覆っているので選手の姿は判然としないが体格でどちらが少女であるかは一目でわかる。

 そして、ヒヨコ達の優劣も分かった。対峙しているのを見ただけで武芸の熟練者のグスタフ・ブルークマンの目には明らかなのだ。

 明らかに力が入りすぎて逸っている青年に比べて、少女の構えは日向に生えるクリプトメリアの様に真っ直ぐに立っている。緩み無く槍を構えた少女の姿勢はバランスが良く明らかな才能をブルークマンは感じた。


「向かい合ったまま動きませんね、副団長」

 明るい声でグスタフに声を掛けたのは、コモンのパウルだ。彼の補佐役で、実務を手伝っている騎士だ。


「うむ」

 試合を見ながら短く答えるグスタフ。

 彼には向き合っている青年の焦りが手に取るように分かった。選手二人は共に半身になって基本となる左中段に槍を構えている。

 真っ直ぐ立つミリアに比べて、青年はやや前屈姿勢で今にも攻撃を加えそうなのだが、先ほどから足が動かない。

 それは、青年にはミリアの位置が遠く感じられているからだ。

 両者は一足一刀の間合の位置に居るが青年はミリアの穂先に圧を受けている。

 ただ真っ直ぐ立っているだけに見えるミリアの穂先は正確に青年の動きの中心を捉えている。彼は穂先に噛み付かれそうで迂闊に動けないのだ。


「珍しいですね。カールは積極的な攻めが持ち味なんですよ」

 実家が鉱山経営者のお坊ちゃん騎士であるパウロは見習い騎士達の真剣勝負が大好きなので、よく試合を見学しているのだ。

 

「前回の、ああっ!」

 が、彼の台詞が終わる前に、彼のが驚きの声をあげる前に決着はついた。

「なにやってるんだ、カールの奴。前回の武芸大会の準優勝者なのに、、、」

 

 パウロの嘆きをよそに試合場は決着に盛り上がっている。

 負けたカール青年を取り巻く込まれた着古した配給装備を身に着けている無念の青年達とミリアの勝利を称える金ぴかで豪華な新品装備を身に着けている少数の良家の子女達。残酷なくらいの差が眼下に有った。

 カール青年が逸っていたのも今日負けたら明日が無いかもしれない後ろ盾の無い境遇だからかもしれない。対して泰然と構えていたミリアは勝とうが負けようが将来の騎士が約束されている。


「うむ」

 何をやっているも何も、カール青年は全力を尽くしていたのをグスタフは理解していた。

 不利を悟って体勢を立て直そうと僅かに緩めた瞬間にミリアの突きが決まったのだ。正直、本格的に武芸を始めたばかりのヒヨコにしては悪くない出来だ。

 騎士団を預かる身としては中々の育成ぶりだが、そもそもグスタフが観覧していたのは視察が目的ではない。


「パウロ、強い方の選手について何か聞いているか?」


「ああ、カールですか? 猛烈な攻めが得意な3年目の見習いですよ。今年の武芸大会の優勝候補です。勝って今年こそ騎士になりたいと願っているそうです」

 熱を込めて語るパウロは主観が邪魔して正確な答えができていない。

 どうもパウロはカール青年の贔屓らしい。

 三年目のカール青年はそろそろ真剣に叙任したいだろうが2位では難しいだろう。だが、騎士になれなくてもパウロの従者として就職できるかもしれない。


「・・・・・・いや、今勝った方だ。見ると分限者のようだが?」

 

「ああ、あれは市民に成り上がったばかりのゾンビ屋の娘です」

 パウロの実家も王家にへつらって成り上がった商会で、彼はそこの息子なのだ。言っている本人は突き刺さったブーメランに気が付かないものである。


「ふむ、何故ゾンビ屋が一級市民になった?」


「それが謎なんです。噂では父親がタイタニアの名門の生まれだからとか、お亡くなりなった御先代のマキノ公とのコネじゃないかと言われています。当代の強い御推薦があったらしいですから」

 パウロの実家もそもそもラルンダに世話になっているので、先代のマキノ公の悪口は絶対言わない。


「ふむ」

 グスタフは次ぎ選手の為に場所を空け、鎧兜を外しているミリアを見下ろしながらパウロに応えた。

 情報通のパウロもグスタフが知りたいミリアの裏の事情は知らない。其の程度の情報はグスタフでも知っているのだ。

 グスタフは南丘派の武人だ。王宮を牛耳るアルケニーの娘は大嫌いなのだ。そのマキノ公の肝煎りで一級市民入りしたゾンビ屋の娘の噂はかなり前にグスタフの耳に入っていた。その不自然は昇格は無骨な彼を少々不快にしていた。

 だが、その娘は自身の実力を示して見せた。一年目の新米としては申し分の無い業前だ。グスタフが無意識に持っていたミリアへのわだかまりは消えていった。

 本来彼は公正な人物だ。完全に王宮派であるパウロでも、実力を認めて使っている。パウロは武芸はさっぱりだが、商会の息子らしく会計には強く組織の人間関係を円滑にする術を心得ている。多数の人間の集合体である軍隊には必須の人材なのである。




「ちょっ! さっきから副団長がミリアを見ているよ!」

 装備を外して、金髪の癖毛を気にしているミリアに同期のエリザベートが囁いた。同期で女性は彼女達二人だけだ。さらに二人とも一級市民の子弟なのも同じだ。おかげですぐに仲良くなった友人だ。

 ただし、幼少から武芸を嗜み少々お転婆なエリザベートはアレスタット総督の娘なのだ。だから本物の上流階級のお嬢様ではあるが。


「え! うそ!」

 慌てて中庭を見下ろしているグスタフに頭を下げるミリア。

 試合に集中していた彼女はグスタフの視線に気が付いていなかった。


「ヤバイ。なんか変じゃなかった?」

 ミリアは祖父デボルトから受け継いだ癖毛を気にしているが、グスタフや周囲が見ているのは、やはり祖父似と母から言われている運動能力の方である。


「大丈夫だよ、安定の癖毛だしね」

 そう言って笑うエリザベートの視線の先にグスタフが映る。ミリアより頭一つ背の低い彼女はミリアと話すと自然と視線は上を向く、もう次の試合が始まっているのにまだミリアを見ているグスタフが視界の端に見えているのだ。


「もう!」

 少し膨れるミリアだが、実際彼女の癖毛を欠点と思っているのは本人だけだ。

 この城にいる見習い騎士で女子は4名。

 ミリアの他はエリザベートほどではないが、本当のお嬢様ばかりで全て既に婚約者がいる。彼女達はすぐに叙任して退官して結婚する。やはり、良家のお嬢様は御家の都合で此処にいる者が多い。

 だから、健康的な美少女のミリアは密かに大人気だ。彼女に熱い視線が注がれるのは珍しい事ではないし、彼女の癖毛だってむしろ好印象となっている。

 恋愛に疎いミリアが気が付かないだけだ。


「だから、いつも言ってるでしょ。全然変じゃないから。副団長だって髪型なんて見てないから」


「そうかな?」

 確かに、冷静になってみると試合の内容を見ていたのだろうと分かる。

 だけど、それはそれで、そう言われるとちょっとむかつくミリアとそれを感じ取るエリザベート。


「うんうん、そうだよね。モテモテのミリアだもん。きっと副団長もミリアの美貌に夢中だったんだよ」


「ちょっと、やめてよ!」


「しょっちゅうラブレターもらってるもんね。副団長って、まだ独身だから、むしろ嫁候補として見てたんじゃない?」


「もう! やめてってば!」

 まだ他の選手の試合は続いてるのに、会場の隅っこでキャキャしてる女子二人。

 

 去年の今頃は突然現われた異界人のせいで、ちょっと嫌な思いもしたミリアだが、今は完全に忘れ去っていた。


 ミリア・アクィナスは現在16歳。

 見習い騎士としての猛訓練は彼女の天性の才能を開花させた。

 ミリアは仕事も好調で、結婚適齢期真っ只中の彼女はモテ期のど真ん中でもある。彼女は今、色々と絶頂期だった。




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