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魔王の指輪と壊れゆく世界  作者: 鶴見丈太郎
第4章 タイタニア
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92. ベルム・ホムの住人達


 ベルム・ホムがすっかり銀世界になった頃、ナガマサはそれなりに忙しい日々を送っていた。彼の疲れが取れたと見たクリスがまた戦闘訓練を再開したのに加え春に向けての出発準備を始めていたからだ。

 ゴブリン達もナガマサに協力してくれている。なにかとアイテムを用意してくれるのだ。

 例えば先日、ナガマサがネルトウスに持って行った帯剣はをゴブリンに作ってもらったものだ。一度も使う機会は無かったが特産のマナタイトを利用して作った希少金属イサク鉄を使用した高価なものである。

 今回も防寒具など含めたアイテムの用意に世話になっている。



 ベルム・ホムのゴブリン達はセフィロスでツェルブルクの元王妃のラルンダに長年世話になっている。その彼女の意向がナガマサへの協力なのだ。だからゴブリン達はナガマサの世話をしてくれる。

 ツェルブルクの英雄である長壁王ベルトルド。その王妃でありセフィロスのラルンダはツェルブルク王家に強い影響力がある。そのラルンダあってのゴブリン保護区だ。彼女のおかげで広大な保護区が設定された。それはラルンダの持つ権益である領地そのものなのだが、その中でゴブリン達は安全に住んでいるのだ。

 セフィロスとして200年以上生きてきたラルンダはマキナ山に住むゴブリン達に多大な貢献と干渉をしてきた。中でも女ゴブリン保護を目的とした男女隔離政策はラルンダによるゴブリン支配を強化させた。それまで男ゴブリンの所有物でしかなかった女ゴブリンを隔離する事で保護しその後ろ盾になる事で彼女達を自身の味方にしたのだ。

 もっとも、当時ツェルブルクの王妃であったラルンダにとってゴブリンのコロニーなど何の価値も無い存在である。現在のように価値を生むようになったの意図しない結果だった。

 では何故それに介入したか? それは単に彼女の気まぐれだった。その発端はたまたま目にした事実。物扱いされ、殴られている女ゴブリンの境遇にラルンダが激怒したからに他ならない。

 彼女は女を殴る男が大嫌いなのだ。

 そして、マキナ山に住むゴブリンコロニーに介入し女ゴブリンの発言力を強化させた。大婆という女ゴブリンの代表を作り女ゴブリンの権限を認めさせ彼女達の手で彼女達を守らせる事に成功したのだ。

 その気になれば気に入らない男ゴブリンなど皆殺しにできる権力をもっていたラルンダだが、彼女は暴力的な手段は取らなかった。その代わり女ゴブリンを纏め上げ性行為を管理して、その決定権を女ゴブリンに握らせる。その為の男女隔離政策である。アルケニーであるラルンダらしい手段で彼女はマキノ山のゴブリンの常識を変えた。

 当然、反発して出て行くゴブリン達も多数いたが、女ゴブリンが安全に暮らせるマキナ山には多数の女ゴブリンが残った。女ゴブリンが残れば男ゴブリンだって多くが残る。

 何といってもラルンダの影響力により広大で資源が豊富な縄張と安全な住処、そしてラルンダから下賜される人間の文化は多くのゴブリンを魅了した。

 そして、安全に生活できる環境があれば個体数は増えるし、傘下にはいりたがるゴブリンコロニーも多数いた。

 セフィロスであるラルンダの長い治世期間にマキノ山のゴブリンコロニーは巨大化し、その住処は拡張と建設を繰り返してゴブリン都市ベルム・ホムとなった。

 この地に住むゴブリンにとって、ラルンダは現人神そのものである。



 ナガマサは男ゴブリンの食堂でゴブリン達と会話をしていた。

 手渡された服を着て見せながら、向かい合っている筋肉の塊のような大男に話しかける。様々な意匠の刺繍が服全体にバランスよく入った見事なものだ。

「ありがとうな。防寒具だけじゃなく、また俺の服を作ってくれたの?」

 逞しい肉体を誇る土ゴブリンの中でも特に優れた肉体を持つ目の前のゴブリンの名前はルーム。ベルム・ホムの被服部の長である。通常は女ゴブリンの職種のトップに男ゴブリンが座るのはかなり異例である。


「あ、あの、その、イ、イシュマールの微笑みがありますように、、、」


「うん? ああ、ありがとう」


「なはは。ルームさんハッキリ言わないとナガマサさんに分からないよ。その真中の刺繍がイシュマールです。幸運を呼ぶ神様ですよ」

 ルームの隣に座る背の高い痩せたゴブリンが甲高い声で口を挟んだ。

 ゴブリンにしては珍しい長身でナガマサより背が高く、イザベラ並みに痩せた男である。彼の名はチュカ。


 彼は正確にはゴブリンではなくゴブリンハーフだ。それは人間とゴブリンの混血児の意味で、またそのゴブリンハーフ同士の子供の事も指す。ラルンダのベルム・ホムでの政策は結果的に大成功を収めたが、失敗したものもある。

 その一つが人間とゴブリンの融和。正確に言うと人間とゴブリンの混血を作りゴブリンへの批判をかわそうとしたのだが、人間もゴブリンも互いに相手を性交渉の相手と認識する事はなかった。

 その為、強引に子作りするように仕組み混血児を生み出す実験をしたのだが、生まれた子供達はゴブリンにしてはひ弱で、人間にしてあまりに異相だった。

 それなりに優秀な子供も生まれたのだが、大抵はゴブリンより力で見劣りし、ゴブリンよりは高い魔力的素養も人間と比べると見るべきものが無い。そして、見栄えは悪くベルム・ホムでも、人間の難民村でもその存在は馴染めないものになってしまった。

 ただ、人間とゴブリンの共通の特徴であるタフさや生殖能力は受け継いだ。その為、実験を終えてもゴブリンハーフたちの数は減らない。

 その為、ラルンダは彼らを引き取った。彼らの大半は面垂れをつけてマキノ山のミフラ神殿で神官をしている。

 その狭い世界で生まれたのがチュカだ。彼は神官として庇護されて生きるのを拒否してベルム・ホムに来た。

 チュカは異相を嘲られながら、自らの頭脳と行動力でベルム・ホムの鍛冶部の一人として認められるようになっている。

 ゴブリンハーフには神官以外の道は少ない。そこそこ魔法的素養が高い者がベルム・ホムで働いているくらいなのだ。



「この真ん中の鳥みたいのがイシュマール?」

 ナガマサが手渡された服の中央に施された物がそれらしい。


 ルームは赤面しながら何度も肯く。ちなみ彼の年齢はアラフォーである。


「そうです。それだけ見事な刺繍を縫えるのはルームさんだけなんですよ。服もロウハリア産の山羊の毛織物だし、売ればかなりの値がつきますよ」

 チュカが彼なりの言い方でルームを応援しているのは、彼を嘲らない唯一の部門長がルームだからだ。

 

「そうか、あの蜘蛛糸の服も立派な刺繍してくれてたもんな。あれ、あちこちで羨ましがられたよ」


 ルームが嬉しそうに無言で微笑む。

 いかついゴブリンのおっさんの笑顔なのだが、日本人のナガマサは最初にこのルームに会った時から彼の立場がなんとなく理解できた。そして、彼の高い技術も理解できた。特に最初に会ったのはこの世界に来たばかりの時なのでナガマサは彼の技術に驚き高く評価している。


 ゴブリン社会はマッチョ主義だ。ベルム・ホムでもそれは変わらない。

 男の価値は強さ、勇敢さ、逞しさだ。

 ナガマサがヤンスから聞いた話では、ルームは先の大婆の息子らしい。男女隔離政策を採っているベルム・ホムでは母系は極めて重要だ。ルームは屈強な肉体を持って良家に生まれついた、いわばエスタブリッシュメントだったのだ。

 だが、ルームの人間性は長じるにつれて『弱い』と評価されるようになった。

 ベルム・ホムでは春になるとやってくる飛竜や魔物を狩り、時折ゴブリンコロニー同士の小競り合いや、その仲介などそれなりに戦闘がある。ルームは戦闘能力は高いのに優しすぎた。彼は戦えなかった。敵を殺せなかったのだ。

 彼の優しさは全く評価されない。それがゴブリン社会の価値観だ。

 そもそも彼が女ゴブリンの仕事である被服部の長なのも、最初は女々しい態度が目に余る彼への罰であったらしい。だが、皮肉にもそこでルームは才能を発揮してその立場になった。

 ルームがナガマサの服を丁寧に作ってくれるのは、ラルンダへの尊敬と共に自分の価値を認めくれるナガマサへの感謝と期待がある。

 ナガマサが知る訳は無いが彼らが施す刺繍は魔除けの意味がある。

 ゴブリン達が人間から刺繍を教わる時にそう習ったからだ。ルームはナガマサの身の安全を祈り、自らの想いを込めて刺繍してくれているのである。

 もてない事を自認しているナガマサだが、彼だってチート能力の持ち主でミフラ神の使徒という名誉の誉れなのだ。

 たまにはモテる事もある。

 それがアラフォーのゴブリンのおっさんであると言うだけだ。

 別に最低な話でもない。

 想いを秘める控えめなゴブリンのおっさんはまだまだダメじゃない。少なくともルームはナガマサの邪魔は絶対しない。



「それでナガマサ様、イサク鉄で小刀を作って欲しいんですか?」


「うん、前作ってもらった帯剣なんだけど、あのサイズでも完全にオーバーキルなんだよ。まあ、訓練だけで一度も実戦じゃ使ってないけど」


 ナガマサがゴブリン達にもらった帯剣は魔力を蓄えるマナタイトの性質を利用して作られたイサク鉄という金属を使用している。

 サイズでいうとショートソード、脇差程度なのだが、金属の性質でナガマサが練る魔法を一つだけ蓄える事が出来る。一番単純な魔剣の形である。ただ、使っている材料が最高級なので効果が大きいのだ。

 ちなみに、人間の魔法工房ではもっと高度で複雑な魔剣が作られている。



「なるほど、ナガマサ様の魔力がデカイから、イサク鉄の限界まで魔法を吸収すると。それどのくらいの魔力を込めました?詳しく聞かしてもらっていいですか?」

 チュカはナガマサの訓練時の様子に目を輝かせる。


「どのくらいって、、、」

 ナガマサは魔力変換した膨大な水の量とそれを全て氷結させた事を話した。

 それにより、消費した魔力量が推測できるのだ。 


「ありがとうございます。参考になります。それで小型にして蓄える魔法を少なめな小刀が数本欲しいんですか?」


「うん、人数増えたから護身用に一本ずつ渡しておきたくてな」

 ナガマサが魔力を込めたらそれなりの威力になる。いわば小刀の形をした使い捨ての魔法だ。


「わかりました。じゃ、鏃も作っておきますか?」

 此の世界では鏃に魔法を込めて飛ばすのはスタンダートなのだ。ただ、普通の鉄や石に直接魔法を編むのが普通なので、大した威力にはならない。

 それを希少金属のイサク鉄を使ったら?

 効果は期待できるが、そんな金をどぶに捨てるような馬鹿な真似をする魔法工房はない。


「いや、それはいいよ。かなり高いんだろ? 」

 高価マナタイトを利用して作られた金属なので物凄く高い。


「高いですが、折角なんで作りましょう!」


「え? そう?」

 このイサク鉄やマナタイトの運用を担当しているのがチュカだ。

 担当というか、彼一人がそれを考えているし、魔剣なんかを作りたがっているのもチュカだ。さすがにラルンダが連れてきた技術者も魔剣の製造法までは教えてくれなかった。高度な術式を組み込んで剣という金属の固まりを魔剣という魔道具化するのはかなり技術的な難易度が高いからだ。

 魔法素養の低いゴブリンには魔剣の製造は厳しいのだ。だが、チュカはそれを諦めていない。だから、鍛冶部の下っ端に過ぎない立場なのに、ナガマサに積極的に関わっているのだ。

 彼は遠慮なく高価な新素材を使ったデータが欲しいのである。ナガマサが欲しがっているとなれば予算は考えなくていいし上司の意向を飛び越えて行動できるので、チュカにとってナガマサはありがたい存在なのである。


 チュカが営業マンのように甲高い声でナガマサに新しい魔剣のプレゼンをしていると久しぶりのユルングがやってきた。

 ナガマサに会いにベルム・ホムにやって来たユルングはラルンダの秘書官のような男である。彼もラルンダに忠誠を誓うゴブリンハーフの一員だが、彼は能力も高い上に見た目もかなり良い優秀な男である。

 その忙しい彼がナガマサにやって来たのは、報告がある為だ。


「8頭立ての馬車? ってそんなあるのか?」

 ナガマサはこの世界に来てよく馬車を見ているが、普通は1頭か2頭引き。時たま4頭引きの大型馬車は見た事はあるが、8頭ってのは見た事が無い。


「はい、昨日私も知ったのですが特注品です。車両全体に彫刻を施し金箔と宝石彩られた豪華な馬車だそうです」

 久しぶりに会ったユルングは苦虫を噛み潰したような顔をしている。


「あれ? 確かゼーフェンから峠道を通ってルキアノス山脈を越えてタイタニアに入るんだよな? そんなデカイ馬車って使えるのか?」


「そうですね。ゼーフェンの街までは使えるかと、、、」


 ユルングに遠慮して誰も口を挟まない。

 が、言うまでもなく誰もが結論は分かっている。

 使えない。

 そんな大型馬車が通れる道なら新しい大動脈となってタイタニア本国とアレスタットを繋いでいる。魔境でオルティウス山地の街道が使えない関係でゼーフェンの街は今とは比較にならない交易の拠点となっていただろう。


「なんで、そんな無駄な馬車を注文したんだ?」


「その、レダ様がどうしても必要だと、、、」


「なんでよ?」


「・・・・・・レダ様と侍女6名と御着替えやお道具などが必要だと、もちろん事情が分かってすぐに御止めしたのですが、、、それですぐに参りました」

 ナガマサはユルングの言いたい事を理解した。

 レダはタイタニアの旅行を勘違いしているのだ。生まれてからマキノ山とイエソドのしか知らないレダに無理ないかもしれないが、決して快適な旅行ではない。

 ルキアノス山脈の主峰テラ・タヌスとエポナという高山の間の峠道をひたすら進む厳しい山道なのだ。

 それを、ナガマサがレダに理解させて欲しいとユルングは言いに来たのだ。

 確かに、ナガマサが適任ではあるし、言わないといけない立場だ。

 なにしろ、本当にそれが出来たら一番困るのはナガマサだからだ。

 ナガマサが行く旅程は侍女を伴う人間が行く道ではない。それもはっきりレダに納得させないといけないだろう。

 だが、正直気が重い。

 生まれついてのお嬢様に説明するのはめっちゃ面倒くさいのだ。



 ユルングと侍女の必要性を論じていると、さらに人がやってきた。

 赤眼白皙の美青年ブリュノである。


「久しぶりだな! よく雪の中ここまで来れたな。無理しなくても置いて行ったりはしないぞ」


「はは!」

 ナガマサに跪き主君への礼を尽くすブリュノはナガマサに報告する。


「申し訳ありません。文書の件ですが、やはり解読に役立つ資料はなかなかありませんでした」


「うん。元々都合の良い物があるかどうかも分からないからな。気にしなくていいよ。ブリュノも少しゆっくりしてくれ」

 ナガモリ文書の英文?の解読に役立つといえば英和辞書か当該アプリが入っているスマホくらいだが、どっちも現物が市場に出回る事すら少ないのだ。

 最初から分かっていた事なのだが、この美青年は自分の足で探し回っていたらしい。派手に動けない身の上なのにだ。


「ありがとうございます。ただ此の地に参りましたのは報告すべき事件があったからです」


「報告すべき事件?」


「はい。アールセンをトルディス家が単独で落としたようです」


 アールセン、てなんだっけ? とナガマサが思った。かなり前に何度か聞いた街の名前など覚えていなかった。

 メリクリウスの首都で、かってはラスナンティアの至宝と言われた豊穣の都。

 現在は死者の都と言われている魔境の中心部にある都市である。


「トルディス家の手勢は王城を攻略し、王冠と王笏を持ち帰ったそうです」

 

「ほう?」

 と言われても、ナガマサには何の話かわからない。


「信じ難いことですが、アールセンの魔風の影響が少ない短時間を狙って行動したと。その上で王城を攻略し立ち去ったという事です。しかも、トルディス家単独で、です」


「ふーん」

 ナガマサも周囲のゴブリンもあまりピンと来てない。

 彼らにタイタニア帝国内の政治状況などわかるはずもないのだ。

 まあ、ラーテルたちベルム・ホムの長老達ならブリュノの話を理解できるが。


 ナガマサがあまり関心を示さないので、ブリュノは報告の続きを言うのを少し躊躇った。彼がわざわざ雪の中ベルム・ホムに帰還したのは、それが重大事件だからに他ならない。


 トルディス家当主のローディアスが配下の異界人部隊を率いて王冠と王笏を持ち帰った事には意味があるのだ。





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