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魔王の指輪と壊れゆく世界  作者: 鶴見丈太郎
第4章 タイタニア
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89. 世界樹の森の近く

 

 世界樹の森の近くに古都リーフ・ヘルウィムはある。

 ルキアノス山脈の南側、グノメ高原のほぼ中央部、タイタニアの頭部といわれる辺りである。

 その昔は天空神ヘルウィムを祭る神殿がある古い街だった伝えられている。そして、タイタニア帝国の元になる2つの都市と1つの民族の同盟が結ばれた場所だ。

 3勢力の同盟は成功し、その勢力は拡大し続ける事になる。当面の危機を脱する為だけのお互いの連携は、いつしか欠くことのできない存在となった。その為、互いの勢力の凌ぎあいもあり、由縁の街リーフ・ヘルウィムはタイタニア共和国の最初の首都となった。

 それはタイタニア暦206年まで続くことになる。

 その206年の遷都の時、タイタニア共和国は帝国と名を改め同盟を始めた当事者が思いもしないほどその版図は巨大となっていた。だがそれも、タイタニア帝国が真に飛躍する時代から考えると小さい。それはハトリエ海をめぐる都市国家の連合の覇権争いの時代に過ぎないからである。


 そして、それ以後この古い町はタイタニアの行政の中枢から離れ、現在は大学街となっている。

 この街ではタイタニア帝国のアカデミーが軒を連ね様々な事象が研究されている。言うまでもなく魔法技術や魔力についての研究も行われているし、それ以外の学問や研究も盛んに行われている。また、高等教育機関も置かれており学生街として栄えている。

 リーフ・ヘルウィムに点在する大学の中で最大のものタイタニア魔術学院だ。  タイタニア帝国の発展には他を圧する高度な魔法技術が常に有った。それは間断内ない研究と新たな魔法技術の開発無しでは考えられない。それをタイタニアの帝国の人間は常に理解してきた。いや、彼らの戦乱の歴史から実地で学んできていたのだ。


 だから、タイタニアでは魔法技術の研究・開発は古くから多額の費用を掛けて行われている。


 だから、タイタニアでは人種・性別・宗教・文化・民族・亜人での差別を認めない。わざわざ現在の首都ジュノーにあらゆる異民族の神像を立て祭礼を許しているのも、その表れだ。


 その理由は人権などではない。理由は魔法技術を他民族や亜人から学ぼうとすれば差別心など無用の長物だからだ。

 高度な魔法技術こそがタイタニアの力の源泉であり、彼らはその力の収集と研究に極めて貪欲であった。そして、他民族の魔法技術を学び研究すると不思議と民族的な理解も深まった。

 結果として、あらゆる人種・亜人が闊歩する自由な帝国、タイタニアが誕生した。そして、その民族宥和の姿勢こそが帝国の拡大の大きな力となったのである。

 


 その伝統ある魔術学院の学科の一つに死霊学がある。

 色々と問題のある学問ではあり、魔王禍により凄まじい批判が向けられたが、この大学では禁忌とせずに死霊学の研究を続けている。如何に社会的に問題があっても確立された魔法技術を研究せずに放置する事は、予見される危険に目を瞑るに等しいからである。



 タイタニア魔術学院の大講義棟は本日も学生の熱気でむせかっている。

 なにせ、この世界の大学は現代日本のそれとは違い、教授が勝手に休もうものなら学生につるし上げを食うほど真剣な学びの場なのだ。


 その大講義棟は大小5つの議場を持つ、かって国政を論じた大議事堂を改修したものだ。その議場はそれぞれ大小に分かれた講義室に造り変えられている。

 その小さな講義室の一つで死霊学の講義が行われている。

 学科全体で18名しかいない狭き門なのだが講義には他学部からも見学も認められているので講義はいつも盛況である。どの世界の大学でも面白い講義は人気があるのだ。やはり、金属の酸化を防ぐ為の魔術や毒性の高い水を安全な真水に変える物質転換などでは魔法技術の実用化的には重要だが他学部の聴講はあまりこない。


「死霊は私達タイタニアの民と共にありました。好奇の目で私達を見るものは多いですが、諸君は本質をしっかりと学んで下さい。死霊学が希求するのは魂の真の姿です」

 御歳66歳のユニウス教授は朗々と学生達に語りかける。その張りのある声は自分の学生だけでなく、聴講に来た素人同然の学生にも優しい。


 魂が永遠不滅で在るか否かは、ユニウス教授は問わない。

 それは学生が自分で考えて答えを出す問題だからだ。


 魔王禍下での困難な時代を生き抜いてきた老教授は学生からの好感度にも手を抜かないのである。


「それでは、タイタニア帝国各地で見られる死霊儀式を見ていきましょう。特に太古から現在まで続いているものでは、ハトリエ海の島嶼国のものが有名ですね」

 タイタニア本国はルキアノス山脈とハトリエ海という豊かな魔力の供給源を二つも持っている。また、ハトリエ海は魔力だけではなく海の恵みも豊かなのだ。人口20万を超える島嶼国もストラス、ミトレス、カーシュと3つ存在している。


「ミクトラン島では10月の末から11月の頭にかけて10日ほど祭礼が行われます。先祖供養と収穫の感謝を祈る祭ですが、その最も大事な儀式が黄泉返りです。ご先祖を呼び戻し、一日歓待して共に過ごします。そこにあるのは亡くしてしまった肉親への親愛の情であり、決して非難して良いものではありません」

 これは二つ事を示している。

 タイタニアの民、特に海洋の民は古くから死者と親しんできた事。

 そして、彼らには魂呼せ、つまり降霊術が使える魔法技術者が居たという事だ。




 リーフ・ヘルウィムの南壁の正門尖塔からは、ハトリエ海が遠望できる。絶景である。なのでよく恋人達がやってくる人気のスポットだ。

 特に危険が無い今のリーフ・ヘルウィムでは市民が壁に上るのを黙認しているのである。


「お久しぶりです。サルティウス先生。まさか、旅先で変な趣味に目覚めたとかじゃないですよね?」

 背は低いが、浅黒い肌に筋骨逞しい若い男が長身の男に声をかける。


「元気そうでなによりだ、アクィナス。相変わらず生意気だな。変な趣味に目覚めたとしてもお前と恋仲にはなりたくないな」

 長身の男は日笠を頭から外しながら答えた。彼の旅行先は南海の島々だったので晩秋でも日笠を要したのだ。そして、彼は赤茶けた長髪を後ろで結んでいるが垢じみた風貌は長期の旅行から帰ったことを示している。


「そりゃ、こっちもです。それで、どうしたんですか? 折角、フィールド・ワークから帰って来たんでしょ? 先にゆっくり風呂に入ってくださいよ」

 アクィナス青年はタイタニア魔術学院の学生である。死霊学科の古株で学生というより研究員という立場だ。ただ、その彼も、若手教授(日本で言えば助教授クラスだが、この世界でもかなりの若さ)であるサルティウス先生が、街の入り口である南門に何故自分を呼び出しのかが分からない。

 彼は生徒の学習機会を無分別に奪うタイプではなかったはずなのだ。

 今の素人向けの授業なら、アクィナス青年は既に学習済みではあってもだ。


「ああ、ミミハウ島での死霊儀式は凄かったよ。彼らの肉体再生は興味深いな!最初からゾンビになる前提で行動しているというのは本当だった。それで、生前からミイラ化の準備を進めているんだ!」


「わかりました、わかりましたよ。俺ならいくらでも話しを聞きますから、まずはゆっくりして下さい。体も大事ですよ」 


「いや、それとは違う! 実はジュノーの港で大変な噂を聞いてな。直にその足で帰って来たんだ。同時に君への使い魔もだ」

 

「なるほど。って、いや確かに使い魔が飛んで来たから此処にやって来たんですが、朝港に着いて今って事ですか? ここグノメ高原ですよ。荷物は? いや、それよりどうして一人なんですか?」

 大学のフィールドワークのような情報収集で僻地の島に向かっていたサルティウス教授である。部下の助手や奴隷だって連れて行っている。


「そんなもの港に決まっているだろ! 助手のカトリーヌ君がなんとかしてるはずだ! それより、アクィナス。ナザリオ先輩の話は本当なのか?」


「ああ、やっと話がわかりました。ゼーフェンにいる親戚の話ですね」


「そうだ、君の親戚に養子に行ったナザリオ先輩がシャルロットを完成させたっていう噂を聞いたんだよ!!」


 ゼーフェン近郊のクルツ城に住むナザリオ・アクィナスがナガマサの助けを借りて死者再生の秘法シャルロットを完成させたのはタイタニア暦959年の夏。

 その後、何度か実験を重ね技法の完成を確信したナザリオはタイタニア魔術学院へ報告する。同年秋のことである。

 サルティウスは辺境の島々を巡りフィールドワークを重ねていたので、今日タイタニア本国へ帰還するまでそれを知らなかったのだ。


 そして、ナザリオは春にタイタニア魔術学院に来る事を約束していた。

 何故春か?

 ナガマサの一年間人前に出ないというミフラ神からの指令に配慮したからだ。

 だから、来春ナザリオのタイタニアへの旅にナガマサが同道する。

 言うまでもなく、ナガマサも同意している。                      




 ゴブリンの都市、ベルム・ホム。

 その下層部にある集積場・倉庫にナガマサは在った。

 そこは巨大な半地下の空間で地上とは天然の窓で繋がっている。行人草に類する植物で擬装された空気孔兼明り取りの穴である。それと荷車で外に出庫できるようにゴブリン達が作り上げた出入り口もある。

 天然の巨大な空間はベルム・ホムの特産品やマナタイトような鉱石、食料に燃料、生活必需品などが整理して置かれている。

 また、ベルム・ホムの最下層で鉱夫として働く死人達の保管場所もこの場所にあった。ヤンスやヴァレンが働いている死人番の詰め所が在るのである。

 そこにナガマサはいた。というか、作業をしている。


「よーし、これでいい。どうだ、ナナロー? 」


「はい、手首の具合いいです」


「うん。ハチローとクロウの首はどうだ?」


「良いです」

「違和感ないです」


 ナガマサを襲ったゴロツキどもも、ベルム・ホムでは冥界から開放されている。自由に死人を歩き回らせるとゴブリン達から苦情が来るのでナガマサについて歩く以外は、ここ死人番の詰め所で待機ではあるが。


「いや~ナガマサの旦那。見事な腕前ですね。あっという間にゾンビを修理しちまいやしたね。うちのゾンビまでついでに見てもらっちまって、すいやせん」

 ナガマサはゴロツキども12名のメンテナンスをするついでに、ベルム・ホムのゾンビも整備している。彼に取っては朝飯前の作業だ。少なくとも生きている人間の診察と治療に比べれば、緊張感が出なくて困るほどである。

 そのうち、この3名は少し派手にクリスにやられたのでナガマサが重点的にメンテナンスしているのだ。後は、クランツとヤンスが壊したダースの修理のみである。腕前に差がある為と得物の違いがあるのでダースの破壊度合いが一番酷いので後回しにしているのでだ。


「どって事無いよ。ヘンデには何時も世話になっているからな」


 ヘンデはベルム・ホムの死人番の頭格である。

 ナガマサとは以前からの知り合いだ。彼の膝を治療した事もある。

 そして、ナガマサは人間の街で散々な目に遭って来たのでこのベルム・ホムが以前よりずっと落ち着くのだ。何といってもゴブリン達はそれほどナガマサに興味を持っていない。それが彼をリラックスさせるのだ。


「よし、ダースこっちに来い。うわっ、心臓がズタズタだ。これは大動脈弓だよな、こっちは何だ?」  

 ナガマサはゴロツキの修理をした後、少し彼らの機能強化もするつもりだ。

 クリスほど手を掛ける気はないが、一応は戦力である。

 というか、少しゾンビ製作が楽しくなってきているのだ。

 もしも、ナガマサが履歴書を書いたら趣味の欄にゾンビと書いてしまいそうなくらいに余暇として楽しんでいるが本当の所だった。


 ただ、ナガマサは既に残念な高校生ではない。

 すでに一つの集団のボスだ。それも、多少なりとも世界に影響力を持つ人間。

 日本ではリーダーシップなんて概念はドラゴンより魔法より遠い存在の少年であったが、ここでは18歳の彼は既に立派な大人だ。同年代では子持ちが普通の年代でもある。そして、彼がボスである。

 つまり、ナガマサが余暇に浸れる時間も場所もどんどん減ってくるのである。

 ここベルム・ホムはその数少ない場所なのだ。

 




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