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魔王の指輪と壊れゆく世界  作者: 鶴見丈太郎
第3章 探索
88/110

87. 落魄のフランシス


 人間が人間足りえる要素は幾つあるだろうか。

 その中でも虚構を愛するというのは他の動物には無い特長だ。

 端的に言うと人間だけが神・神話を信じて語り継いでいる。おそらく他の動物は神の概念はないだろう。私は動物語が喋れないので推測に過ぎないが。

 それは文明が始まる遥か前の時代かららしく、石器時代の人類の遺構からは宗教的な意味を持つと推測される像や構造物が発見されているのだ。

 つまり、私達人類は創世記から神や精霊の存在を信じてきた。

 例え、魔法という神の奇跡は使えなくてもだ。


 だが、この異世界では太古から少数の魔法を使える人間がいた。

 神の啓示を受け、その奇跡を体現する人間が現実に世界に存在していた。

 例えば、生命の木の実の与えられたとされる超人がいる。二百年をゆうに超える長寿と絶大な魔力を誇るセフィロスだ。その存在は神の恩恵そのものであり、それは生きて目にし続ける奇跡だ。

 魔法のスクロールが一般化し、誰もが魔法を使える時代になっても、その神聖性は揺るがない。むしろ、人間の枠を明らかに超えて神へ近づくセフィロスの神話は強化されてきた。

 その者が一国の元王妃であり、著名なミフラ神殿の神官長を兼ねる場合、その権威は絶大なものになる。タイタニアの文化圏内ではその者ラルンダの名は知れ渡っていた。それは小国であったツェルブルクには有効なカードの一つになった。

 その後、夫である長壁王ベルトルドの死後は彼女自身が自分の意思で行動するようになる。

 本来、ラルンダは極めて行動的な女性なのだ。

 その彼女が欲した配下が『アームズ』で文字通り彼女の右腕である。そうそう本国を離れる事ができない彼女に代わって活動する機関だ。

 その活動は公然であったり内密であったり様々だ。

 当然、情報収集も任務の一つだが、その内容は多岐に渡る。




「だいたい私はナガマサ様の味方ですよ。支援者側ですよ。なんでこんなに扱いが悪いんですか?」

 自らの不満を隠す気配もなく密偵は喋りまくる。

 

「少し静かにしろ」

 すぐ近くでは、まだクランツとマーセラがエリナと別れを惜しんでいるのだ。


「うら若い乙女が油まみれなんですよ?何故沐浴も許されないのですか?」

 だが、ナガマサの制止も効果が無い。何故彼女が猿轡をされたままだったのか、納得するナガマサ達だった。

 

「本当に図々しいっすよね」

「油まみれは自業自得だろ?少し黙ってろ」


「それだって、命令でやったんです! 絶対発見されるなって厳命だったの! 大体、なんで幻獣の皮と油を使ったのに場所が分かったんですか?絶対見つからないはずだったのに、ずるいですよ!」


「何言ってる? 生命探知使ったら一発でバレルだろ?」


「バレるか! 見つかるわけない!」


「煩い! おい、もう一回猿轡しろ!」

 ついにナガマサの怒りに触れた密偵だが、彼女の言い分には少し理由がある。

 彼女は幻獣のように姿を消し、触手植物であるヒドラの群生地に潜んでいたのだ。スニーキングスキルを駆使し、危険を冒してヒドラの巣に潜めば生命探知でも発見される可能性は極少ない。げんに、ナガマサの助けを借りるまで彼女を発見する事は出来なかった。

 つまり、ナガマサの魔法が一段と精度が上がっている事を意味しているのだが、この時点ではナガマサはそれに気がついていない。


「待って! 待ってって! ナガマサ様が知りたい情報も持ってますよ。しかも、2つあるの。話すから猿轡は止めて」


「はあ?」

 訝しがるナガマサ。


 それを見たヤンスは猿轡をする手を止める。

「静かにその話しをするっすか?」

 と、ちらりとナガマサの目を見るヤンス


 だが、密偵はその空気を読まないし、ナガマサの返事を待たない。

「するする。するよ。私はご近所じゃ清楚なお嬢様なんだから」


「・・・・・・」

「どんな密偵だよ」

 図々しいが同時にタフな密偵に言葉少なくなるナガマサとヤンス。

 そして、密偵の言葉の奔流はとめどない。


「ちょっと待って。『アームズ』はただの諜報機関じゃないよ。確かに情報は集めるけどね。セフィロス様の為に働く組織で、仕事は色々あるの、それに、私にはウー・ユイランって名前が有る。密偵って呼ばないで」


「じゃ、ウーさんて呼んだらいいすか?」


「うーん、マグノリアって呼んでくれたら嬉しいかな!」


「えっと、花の名前っすか?」


「そう。白くて綺麗で気品があって私に似合いだと思うの。ただ、誰もそう呼んでくれないのよ」


 囚われの身でありながら、マグノリアは自分の色を振りまいている。

 ただ、それをどう思うかどうか? までは全く考慮していない。

 できたら関わりたくない人種だが、話を聞かないわけにもいかない。どの世界にも付き合いたくないのに自分の周囲に居る人間というのは居るものだ。


「それで、何故早く通行許可証を届けてくれませんでしたの? おかげで私達は凄く苦労しましたのよ」

 イザベラがナガマサの元にちょうど戻ってきた。

 危篤状態になっていた冒険者2名は毒物と解毒剤の情報を得られた事で快方となっている。ただ念のために、体内の精密なクリアランスをイザベラが担当していたのだ。

 冒険者達は既に大丈夫だが一応安静にさせている。この建物に移動したのは人目に付かない為と彼らの治療のためだ。


「それは、想定外が起きまくったのよ。ナガマサさんが出国した前後に田中商会のハマダに接触したのは掴んでたの。だから、最初はしばらくベルカに遊びに行くのかなって、うちの上司たちは思ってたみたい。だから、ナガマサさんたちは放置されてたのよ。あそこなら、安全だし日本人街はあるし、田中商会の伝があれば入国は自由だよね」

 ツェルブルクと縁が深いベルカならナガマサの身柄は安全だと、アームズは判断していたと言う事だ。


「いや、ちょっと待て。という事はずっと俺は監視されていたのか? イエソドにいた時からずっと?」


「当たり前よ。ナガマサさんは誰のおかげでイエソドで診療の真似事ができたの?」

 ナガマサが最初に人間を診察したり、イザベラを再生した時にこの世界の医師に診察を受けている。

 確かにその実現にはラルンダに世話になっている。

 そして、実際にそのラルンダの命令を実行したのはアームズだったと言う事だ。 

「ちょっと言い過ぎたよ。監視ってほどじゃないよ。ただ、ナガマサさんのフォローは私達の仕事だったの。それが、こっちの予想を裏切ってリュナスで皆さんが降りちゃったでしょ? それに気が付くのが遅れたのよ」


「え~? それ、おかしくないすか? オイラたちあの時リュナスの町の外に一泊して、後はゆっくり牛車で移動してたんすよ。簡単に追いつけたっすよね?」


「だから、追いつけなかったの! ハマダもリュナスの役人もナガマサさんの情報を教えてくれなくて捜索に手間取ったの!!」


「もういい! 済んだ話はいい。お前が言ってた情報を話せ」


 彼女はナガマサが本格的に怒り始めた空気を悟って態度を変える。マグノリアは図々しく主張が強いが相手の機微を読めないわけではない。普段は読む努力をしていないだけだ。

 ただ、アームズがナガマサの足跡を一時見失ったのは事実で、できれば彼らはナガマサをネルトウスの貴族と接触させたくなかった。その事態を防ぐ為にも彼らも通行許可証を渡して堂々と入城させ、一旅行者として行動して欲しかったのだ。


「はい。ナガマサ様の影響らしいんですけど、急にサリカ王家の態度が変わったんですよ。なんか、ツェルブルクと友誼を結びたいとか」


「俺の影響? 」


「そうです。ラルンダ様から絶対にナガマサ様に伝えろって聞いています。あれ? 知りたい情報じゃなかったですか?」

 それは、ラルンダがナガマサに伝えたかった情報である。

 ナガマサのうかつな行動がどれだけの影響を世界に与えるか。

 それを知れ。 という事だ。

 ラルンダが本当に危惧しているナガマサの真価は、ネルトウス側に披露されていないが、彼の行動により実際沢山の人の運命が動いている。

 直接的には12人のゴロツキと2人の兄妹の運命は激変している。

 




 アンヌが地下墓所で仕事を終え地上に出ようとした時、彼女はフィオニクス大聖堂の常ならぬ様子に気が付いた。

 マオ族の優れた聴覚がもたらした情報は彼女を少し緊張させるが、それが杞憂である事を知っている。

 

 それはアスラ教の新入山者を迎える祭礼であった。見習いであった少年達がアスラ教の僧となる事を許される日である。所謂得度式だ。

 アスラ教にとっては重要儀式なのだが、アンヌにとっては自身が何の関与もしないイベントなので、特に雑用なども命じられる事もない。その為、儀式そのものを失念していたのだ。

 ちなみに、フィオニクス大聖堂で自派の入門者を迎えるかなり重要な儀式なのでカレルをはじめお偉方も参加する。カレルがナガマサの王城への診療を長引かせた口実がこのイベントだった。


 といっても、長年アマトリリス聖堂に住んでいるアンヌである。

 情況さえ理解できれば何の問題もない。

 儀式が行われる場所は知っているので、人が来ない廊下を通ってフィオニクス大聖堂の裏手に抜ける。その先はアマトリリス聖堂だ。

 ただし、今日はアンヌはアマトリリスには戻らない。

 このまま城外に出てナガマサに合流する予定なのだ。

なのだが、予定は常に未定。

 アンヌは思わぬ人物と再会する事になった。


「久しぶりだね。アンヌ。ここで会えるとは思わなかったよ」

 アンヌはアマトリリア聖堂にいる。ここはフィオニクス大聖堂、普段の彼女には用がない場所だ。


「――お久しぶりですジョゼフィーヌ様」

 驚きで一瞬返答が遅れたアンヌ。相手はここにいるはずがない人物だったのだ。


「もう、二人だけなんだから昔みたいにジョゼって呼んでよ」


「・・・・・・」

 驚きが去ると懐かしい思いがアンヌの心を占める。

 確かに3歳の時から長い時間を一緒に過ごした仲間、黒い毛玉のようだったアンヌを無条件で愛してくれた友人で、もう会えないはずの人とも思っていた。


 彼女とアンヌが始めて会ったのは3歳の時。彼女は父親が消息不明、母親がそれを探しに出奔。結果的に彼女は孤児同然の身の上となった。

 そして、ジョゼフィーヌはアマトリリスの孤児院にやってきたのだ。

 父親と関係の深いルキウス師により引き取られ養女扱いとなったが多忙なルキウス浄人には子供の世話が出来なかったからである。

 その後、ルキウス師の世話により有力貴族ベルナー家当主の甥の後添いとなる幸運を掴んで貴族の一員となった。

 現在のベルナー家は、一族の姫が産んだ王太子の第一子の後見役となっている。つまり、閨閥である。その一族の中でジョゼフィーヌの役割はネルトウス王の孫の世話係りである。

 この閨閥の為に働いている女性の旧姓はジョゼフィーヌ・ヴォーゼル。

 父親とは全く似ていないが、クリスの一人娘である。

 イテルツはクリスの詳しい情報を伏せているので、アンヌはジョゼとクリスの関係は知らない。



「緊張しないでよ、アンヌ。本当にあなたに会いに来たの」


「私に、でございますか?」


「うん、少し時間ができたからね。ここは懐かしい場所だもん。それと敬語やめてちゃんと話そうよ」


 アンヌは目の前の旧友を改めて見る。心にやましさがある今のアンヌは幼馴染をにきちんと目線を向ける事が難しかったのだ。

 棒切れのように痩せた少女だったジョゼは、豊かな金髪と豊満と痩身の二律背反を満たす均整の取れた体型、全身に身に付けた豪華な衣装を身にまとうジョゼフィーヌ様へと変貌している。

 そして、二人の立場も天と地ほども変わっている。社会的地位だけでなく、夫と二人の子もいるジョゼフィーヌと未だ独り身のアンヌ。

 ジョゼが変わらないのは自信に満ちた明るい笑顔だけだ。

 アンヌにとって、屈託なく笑う彼女は昔のジョゼで、彼女にそんな笑顔を何の打算も無く向けてくれる相手はそうはいなかった。

 だから、彼女はジョゼフィーヌの笑顔の違和感にすぐに気が付いた。


「どうしたの、ジョゼ?」


「へへ、やっと敬語やめてくれたね。実はさ、急に決まった話なんだけね。私の若様がアスラ教に入山する事になったのよ」


「ええ!? 王太子のお孫さんがですか? まだ11歳では?」


「そうなのよ。突然だよ。世話役の私も知ったのは昨日だもん。しかも、王族なのにフィオニクス大聖堂で得度って変でしょ? 何か変事があったのかな。アンヌ知らない?」


「知らないわ。でも、もう王族からはフランシス様が入山されてる。今の得度式だってカレル様に代わって僧律の宝珠を授けているはずでしょ?」


「アンヌは本当に何も知らないみたいだね」

 少しがっかりした様子をジョゼは隠さない。

 その表裏の無い態度は、アンヌが好きだったジョゼだ。

「フランシス様は、もうフェーべに居ないよ。今朝ツェルブルクに出発したの。よくわからない話なんだけどさ、何でもツェルブルクと仲良くなって医学者を招聘したいらしいよ」


「初耳だわ。でも、フランシス様が、、、」

 アンヌは当惑した。

 フランシスこそ、カレルの次のボスになるだろうと思われていた。フィオニクス派の領袖の大本命だ。

  

「うん、それでうちの若様がね、、、って噂なのよ」





 農家のあばら家ではイザベラがお茶を淹れてくれたが、あまりリラックスした雰囲気にはならなかった。


「それで、それが俺とどう関係あるんだよ」

 ナガマサは温かいお茶を飲んでも、いらつきを隠せない。

 マグノリアの話には、彼の利点が全く見えないのだ。そして、それを彼女は全く気にせずマイペースで話しまくっている。


「ありますよ。ネルトウス側が急にナガマサ様の情報をガードしだすし、本国もあからさまにナガマサ様に接触するなって指令が来るしで大変ですよ」


「質問と答えがズレてるっすけど、カレル様が若返ったから後継者が変わったって意味っすか?」

 ヤンスがなんとか内容をフォローする。それでも、ナガマサの意図は違っているのだが。

 ちなみに、ヤンスが言った内容をマグノリアは全く話していない。


「そうよ。さっきからそう言ってますよ。ナガマサさんのおかげでコッチは振り回されてますよ」


「・・・・・・」


「あれ? なんで機嫌が悪いんですか? フランシスってのは早死にしたネルトウスの第一王子の子なんです。正直影響力の薄い男なの。だけど、カレルのおっさんはもう死にそうだから我慢して使ってたんですよ。それがナガマサさんのせいでお払い箱。可哀想ですね」

 フランシスはカレルから見ると死んだ甥の子。兄王が長く在位している原因の一つが後継者争いであった。フランシスは負け組みの子だ。だからこそ、フィオニクス派の後継者を志願するフランシスと死期を悟ったカレルとの利害が一致していたのだ。だが、ナガマサの為に情況は変わった。


「あのな、、、それが事実として俺に言ってどうする? つか、どこが俺が知りたい情報なんだよ」


「ふう、、、わからない? フランシスはツェルブルクに留学って名目で追い出されるんですよ。しかも、今朝です」


「・・・・・・」

 無言で気持ちを表すナガマサだが、マグノリアには通じない。何となく何故彼女が密偵役なのか理解できたナガマサである。ラルンダの手の者とは何人かと会った事がある彼だが、こんな人間はいなかった。全てまともな会話できる、こちらの意図を推し量ってくれる人たちばかりだった。

 逆に言えば、マグノリアは性格に難があっても使われるほど優秀な能力を持っているのだ。それには対象の監視や追跡の技術面であり密偵にはうってつけなのだ。なにせ普通密偵は監視対象と会話しないからだ。


「フランシスは明日か明後日にはカリクロの町に到着するよ」

 カリクロとはフラクス側の河口にある港町である。コルディスからは少し離れているが、夜通し牛車に乗れば明日の朝には到着できる距離だ。

「そこにちょうどウチラの船があるの。それでフランシスをツェルブルクを運ぶんですよ。私の口利きがあればそれに乗れますよ。大事な情報でしょ?」


「そうか? その許可証があればどの船でも乗れるだろ?」


「何言ってるの? ナガマサさんが生きてるのが分かったら、すぐ追っ手が来るよ。客船だと無理やり停船させられて逮捕されますよ」


「つまり、マグノリアさんを大事に扱えって事っすか?」


「そう! ゴブリンくんは賢いね! 私、私の命は大事ですよ! 大切に扱ってください。アームズのコネで安全にこの国から脱出できるのですよ」


「それは、俺が知りたい情報じゃない。お前が知らせたい情報だよな?」

 というか、既にマグノリアに関わりたくない気分のナガマサである。

 と言ってもリーダーである限り彼が聞いて判断しなければならない。


「何故? 命の危険があったでしょ? いや、今もその危機は終わってないですよ。この広いネルトウスの中央部に私達はいます。脱出は簡単じゃないですよ!」


「分かった。もういいよ。臭いから水浴びしろ」


「ここで、ですか?! 私の裸が見たいですね? 見ようとしてるでしょ? ダメですよ。私が好きならちゃんとそう言って下さい。あ、でもいきなり裸はダメですよ。私はそんな子じゃないんです!」

 ギャグではなく本気で言ってるマグノリア。

 彼女の自己評価はいつでも最高点なのだ。


「心配するな。俺は水魔法は得意だ。それなりに使える魔法の種類も増えたしな。クリス、ヤンス、その辺の樽か何かにソイツを入れてくれ」

 

 その後、保存用の樽に押し込まれたマグノリアはナガマサが魔法で生み出したお湯によって着衣のまま入浴する事になった。

 戒めもそのままに、一人熱湯風呂であった。

 どれだけ我慢しても彼女のアピールタイムは一秒も与えられないが。





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