表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王の指輪と壊れゆく世界  作者: 鶴見丈太郎
第3章 探索
87/110

86. はぐれ者の仕事

 

 アンヌは嬰児の頃にアマトリリア聖堂に捨てられていた。

 その黒い毛並みからマオ族の赤ん坊であろうと推測されたが確証は無い。

 実はフェーべにもマオ族は多数住んでいる。ただ、その大半は奴隷だ。彼らが被差別民である事に加え、マオ族はあまり都市生活を好まないからだ。

 マオ族は猫族とも称され、時折生まれる人間よりの個体『猫耳』は大きな眼をした愛らしい美形が多く人気があるのだ。

 猫耳と人間の間にも子供は生まれる。大抵はさらに人間よりの個体が出産される事が多い。ただ、先祖がえりの様に全身に豊かな毛並みに覆われた個体が生まれる時がある。その個体はマオ族の特性である高い能力を持って生まれてくる事が多いのだが、フェーべで歓迎される事はない。

 生まれてきた赤ん坊が毛むくじゃらであった場合、その嬰児の将来は暗い、というか死産とされるケースだってある。もし、子供を愛おしく思う母親がその境遇におかれた場合、彼女の取れるケースは少ない。その数少ないケースがアマトリリア聖堂なのだ。

 ちなみに、異世界では時折、異形の子が生まれる。魔境の影響で成人が形態変化する事もあるので、そういった子供達に対するこの世界の人々の対応は冷徹なものになる。

 




「ラルバルさん達がコッチに来まーす!」

 後片付けをしていたマーセラが突然大声を出した。

 彼女の鼻は優秀で人間の姿をしている時でも高い能力を発揮する。


「あれ? おかしいっすね。打ち合わせでは、アマトリリス聖堂で落ち合うはずなんすけど?」

 今回の遠足イベントはヤンスが発案したものだ。ナガマサを付け狙う密偵を捕らえる為に地元の冒険者であるラルバル達と相談して計画を立てている。地元の彼らの知識により、湖への一本道であるコルディスを目的地に選んだのだ。当然、ヤンスは彼らに正当な依頼料を支払って密偵捕獲を依頼している。

 

 その疑問はラルバルが仲間を引き連れてやって来た時に判明した。

 彼らはちょっとやらかしてしまったのだ。

「すまねえ。密偵の一人が逃げようとしてよ。殺しちまった」


「ええ?! ちゃんと捕まえたっすよね?」


「ああ、しっかり身体検査して拘束してたんだけどよ。隠し武器を持ってやがった。縛めを解いて逃げようってな」


「まだ、虫の息だが生きてるみたいだぞ? それに3人いる」

 ナガマサが尋ねたのはラルバル達が3人の怪我人を担いできたからだ。


「ああ、逃げようとしているのを気付いた仲間を襲ったんだ。それで、此処に来たのは申し訳無いが仲間の命を救って欲しい。頼む」

 ラルバルはしわがれ声を擦れさせナガマサに頭を下げた。

 ナガマサの助けまで借りて捕獲した密偵を逃がした上に殺してしまった。その上で、怪我した仲間の治療まで頼むのだから、ラルバルは土下座せんばかりである。

 つまり、殺害した密偵と重傷の冒険者2名というわけだ。


「あら、大失態ですわね」


「すまねえ。依頼料は全額返すからよ。なんとか仲間の命を救ってくれ」


「わかった金はいいよ。すぐ診よう。3人とも切創、じゃないな。刺されてるのか?」

 ナガマサは依頼料の返還は断ったが、診察は承知した。さすがに死にそうな人間を放置する事はできない。ラルバルには世話になっているからなどではない。彼も医師になってきたのだ。


「ああ、斬られてるのは密偵だ。仲間は刺された。手当てしたんだけどよ。なんか毒物があるみたいでな」

 ラルバル達冒険者は当然、外傷には慣れているので応急治療は得意だ。また、簡易的な治療魔法も常用しているので、そこらの医師より巧い者も多い。

 だが、その彼らが手におえない状態になっているのだ。


「毒薬のせいか? じゃ、解毒剤も持ち歩いてるだろ。毒使いは必ず持ってるはずだぞ?」


「いや、それがわからねぇ。密偵を斬りつけちまって、死にそうだからよ」

 逃げ出そうと暴れる密偵を咄嗟に斬りつけてしまったらしい。結果、情報は何も聞き出せてない。ラルバルが依頼料の返還を申し出る訳である。


「毒だとすると厄介だ。どの毒か分からないと危ない。下手にクリアランスしたら、患者を殺してしまう」


「すまねえ。なんとか仲間を救って欲しい」

 ラルバル達はひたすら頭を下げるだけだ。

 一口に毒と言っても種類は多岐にわたる。解毒魔法によっては効果が無かったり悪化する事すらありうる。

 魔物の毒なら冒険者であるラルバル達の方が詳しく、また魔物の形状により推測も立て易い。それが不可能だから、彼らはナガマサを頼ってきているのだ。

 

「仕方ない。イザベラ、二人の延命を頼む。俺は斬られた密偵を蘇生させて情報を聞きだす」

 急がば回れである。ナガマサは死んだ密偵を蘇生する事にした。彼から毒物の情報を得られたら、確実に瀕死の冒険者2名を救う事が可能だからだ。



「しかし、よく密偵の死体まで運んできたっすね? 」

 ナガマサ達が魔法に専念しだしたので、邪魔にならないよう他の者は少し離れて待っている。そこでヤンスはラルバルに尋ねた。

 失態ではあるが、死体は普通喋らない。ナガマサのネクロマンサーとしての能力をラルバルは知らないはずなのだ。死霊術師としては知っているが。


「ああ、もう一人の密偵がな、ナガマサさんに見せろって煩くてよ。死体も運べってな」


「ああ、あのヒドラの中で幻獣の皮を被ってた奴っすね? そういや、なんか騒いでたっすね」


「おお、『私はナガマサ様の味方だ!』って煩いからな、猿轡してある」


「なるほど。じゃ、治療中っすから、おいらが話聞くっすよ」


「おお、いいのか?」


「ちょっと、今ややこしい情況なんすよ。時間が無いかもなんす」

 ヤンスはラルバルが捕らえている、もう一人の密偵と対話する事にした。

 ナガマサの負担を少しでも減らす、というより、彼は暇だったのだ。

 その密偵の服を良く見ると襟に蛇のような龍の紋章が刺繍されている。

 ヤンスは場所を特定した所で、大急ぎでナガマサの元に戻ったのでそれを知らなかった。






 頭が重い。

 体が動かない。

 俺はどうしたんだ?

 ここは何処だろう?


「やっぱ記憶は無いか。お前は斬られて死んだ。 ここはコルディスの森だよ」


 森?

 いや、花畑のようだが。

 というか、貴方は?


「お前を蘇生した者だ。お前の身体は俺が再生させた。死後間もないのに魂が消えかけてて苦労したぞ。でももう大丈夫だ。安心して目覚めろ」


 生き返った?

 私は死んだのか?

 

「そうだ。斬られて死んだ。何故無茶をした? 抵抗しなければ殺されなかったはずだぞ」


 光のお方。

 私は覚えていません。

 覚えていませんが、神の為なら何時でもこの身を差し出します。


「そうなのか。なんか君、神の話題になるとテンション上がるね」


 光のお方。

 貴方はアスラ様ですか?

 神々しい御柱ですが。


「そういう風に見えるらしいな。俺はお前の魂を呼び戻しに深く潜っている者だ、神様じゃない」


 お名前を教えてください。

 御柱様の。

 神の名前を


「だから俺は神じゃない。少し頼みがあるから起きてくれ。報酬はお前の命だ。悪い取引じゃないだろ?」


 私は神の国に招かれるのですか?

 何なりと御命じ下さい。

 常に我らを照らす気高きお方。


「あのな、俺はアスラ様じゃない。どっちかと言えばミフラ神寄りだ」


 ああ、尊き方。

 この世で最も古き神よ。

 アスラ教徒の私でよろしいのですか?

 私は神の使徒に命じられるのですか?


「んん? なんか誤解してるぞ。確かにミフラ神はそういう神様らしいけどさ」


(※ミフラ神は人種性別年齢社会的立場を一切考慮しない。人間であるかどうかも問わない。必要となるのは神との契約だけという雑というか大らかな神様。この異世界では最も古き神でもある。魔法を使えるこの異世界では、魔法はこの神様と太古の人間との契約により使えると考えられてきた。他にもドラゴンや魔獣などが魔法を使えるのも同様で、その契約によるものだと理由付けられているのだ。)



 身に余る光栄です。

 私はこの身を、この魂を御身に捧げます。

 私は御柱の僕です。

 私はブリュノ。真名はネトゥです。


「わかった。わかったよ。神じゃないけど俺もミフラ神の使徒だし、間接的にミフラ神との契約だしな。魔法契約を結ぼう。それでは、ネトゥ、我が僕に任ずる。さあ、目を覚ませ! ブリュノ!!」 

 





 アンヌは蘇生された密偵を伴いアマトリリア聖堂の坊舎に帰還していた。

 この密偵ブリュノはアンヌの顔見知りだった。お互い口を聞いた事は無いが同僚だったからだ。


「おお、アンヌも無事だったか。心配したぞ」


「・・・・・・」

 アンヌは憂い顔のおじさんを無言で険しい目を向ける。


「お前にも内密だったのは謝る。なにぶん内々でとの御下命でな。知っているのは俺とブリュノだけなんだ」


「イテルツ様にも、ですか?」


「ん? んん。浄人様はこういう仕事はお嫌いだ。汚れ仕事は俺がやればいい」

 薄く笑うこのおじさんは、アマトリリアの古参僧兵だ。その笑いには諦観がある。この汚れ仕事こそアマトリリアの本来の役割なのだ。それをこの膝に矢を受けた元戦士は知っている。

 そして、アンヌはこの事件の黒幕が誰かを確信した。

 イテルツを飛び越えてアマトリリアの僧兵を動かせる人間など一人しかいないからだ。そして、それは想定通りでもあった。ナガマサがブリュノを蘇生させて聞き出した情報で分かっていたのだ。

 見た目は分からないが、密偵ブリュノはナガマサにより死者から復活している。この奇跡により彼はナガマサの僕へと変化していた。


「それで、ごろつき共はどうしている?」

 ベテラン僧兵は手際をブリュノに質問した。アンヌと密偵兼見届け役のブリュノが戻ってきたと言う事は、ナガマサを始末する仕事が終わった事を意味しているからだ。

 ブリュノと呼ばれた赤眼白皙の美青年は平静な声で情況を説明する。

「分け前を巡って争っています。魔剣だけでなく、かなり高価な品が牛車に山積みになってましたから」


「仲間割れか、まったく。長引きそうだったか?」


「はい。女の取り合いもしてましたし、下手すると殺し合いになりそうでした」


「ゴロツキ共だからな、やむを得ないか」

 今回の仕事は彼らが直接手を出すわけにはいかなかったのだ。だから、ゴロツキ共に任せた。多少のゴタゴタは想定の範囲内だ。強欲な連中のほうが仕事熱心なものだ。それに放って置いても用が済むまで遊べば全員始末してくれるのだ。


「私はすぐ戻って奴らの監視に戻ります」

 密偵ブリュノの申し出をベテラン僧兵はすぐさま了承した。

 別に彼らの身を案じている訳ではないのは言うまでもない。

 ナガマサの知名度はアマトリリア聖堂がある東地区はもちろんフェーべの地に浸透している。彼らがいきなり姿を消したとなっては騒動が起きかねない。少なくとも噂が飛び交う事になるだろう。

 火消しの用意は必要なのだ。

 ゴロツキ達は大事な犯人だ。主犯も既に用意してある。

 その為にわざわざ有名な料亭で会合を仕組んでいたのだ。長年闇に携わった男の仕事なのだ。そつが無い。


「あの、ナガマサさんと従者の方のお弔いをしてよいですか?」

 

「ん、そうだな。アンヌには辛い思いをさせたな」

 ベテラン僧兵はアンヌを気遣った。この作戦が成功したのも彼女の情報が事前に入っていたからだ。それは、彼女がナガマサ達と上手く人間関係を築けていたからだ。そして、それは上手くいけばいくほどアンヌへの精神的なダメージとなる。それを、このおじさんは分かっている。

「分かった。形見は持ってきたのか?」


「はい、頭髪を少し」

 

「わかった。慰霊に行きなさい」

 アスラ教も信者の葬儀は重要視している。この東地区では、その為の重要施設はフィオニクス大聖堂の地下墓所だ。アンヌは今、その場所への立ち入り許可をもらったのだ。そんな物がなくてもアマトリリア聖堂の一員であるアンヌは、大抵の場所は入れるのだが、やはり理由は必要だ。

 だが、今回はこの事情の為大手を振って地下墓所に入る事ができた。


 そこは聖人ナガモリの墓もあり、遺品も納められているのだ。




 コルディスの森から少し離れた場所に立つあばら家。其処にナガマサ達は移動していた。この場所でアンヌが合流するのを待っている。

 それは冒険者達がよく使う拠点だ。

 収穫期には農家が共同で使用する建物で、季節労働者の宿舎や倉庫代わりにもなる。それを顔の広いラルバルが借りた物だ。


「今までありがとう猫婆」

「ああ、元気で行っといで」

 クランツとマーセラが猫婆ことギルド長のエリナに別れの挨拶をしている。

 幼い頃に保護者を亡くした二人にとってエリナは親代わりだ。恩人そのものである。彼らは突然この地を離れる事になった。長旅である。

 長旅に出るという事は今生の別れになる可能性が高い。旅行とは決して安全でも快適でもない異世界での話なのだ。


 それを眺めているナガマサは少々複雑な心境だ。

 そんなに別れが辛いなら、旅など止めて残ればよいのに、とも思う。思うがそれを口にはできない。何故なら彼らが本当にフェーべを離れるのはナガマサの事情に巻き込まれたからなのだ。

 クランツとマーセラはナガマサ軍団に入りたいとか口走っていたが、もちろん真剣は話ではない。

 彼らはナガマサ達と共に始末される予定であった事が、密偵ブリュノによって判明したからだ。アマトリリア聖堂に目を付けられたからには、彼らが生きている事を誤魔化すのは難しい。彼らがこの地に留まる事はナガマサ暗殺の失敗を示す何よりの証拠に他ならないからだ。

 この冒険者ギルドは当然仲間を守る。アスラ教と密接な関係を持っているが、成員に危害を加えられたら黙ってはいない。

 ただ、カレル浄人は相手が悪すぎる。

 ナガマサにはブリュノや12人のごろつきという証人を握っているが、それが何になる?

 このネルトウスは主権在民の日本ではない。

 王の弟でありアスラ教の高僧であるカレルを罰する人間は何処にいる?

 ナガマサの訴えに耳を貸して協力してくれる実力者などいないのだ。


 また、仲間の危機には一致団結する冒険者ギルドではあるが、本気でカレルと争うのはあまりにも無謀であるのは火を見るより明かだ。

 クランツとマーセラはナガマサに同道し出国する事を選んだ。言うまでもなく恩人であるエリナ達に迷惑を掛けたくないからだ。

 ナガマサ達だってさすがにクランツ兄妹を置いていく事はできない。

 だけど、彼らにアンヌとブリュノを加えるとナガマサ一行は8名。仮にブリュノは残っても安全だから置いてく行くにしても、7名にもなる。クリスを冥界に収納してもアナンケに乗ってさっさと逃げ出すのはちょっと無理だ。


 奥の手を使いづらくなったナガマサだが、思わぬ手段が手に入っている。


「よく感謝するといいよ。ナガマサ様と一緒ならどの国でも入れるよ! このツェルブルク政府発行の通行許可証があるからね」

 突然、涙の別れのシーンに空気を読まない大声が響く。


「なに? 何でそんな目で見るの? この竜の紋章が見えませんか? 私はラルンダ様の手の者ですよ」

 そこには長髪のゴン・フリークスのような東洋人風の女性が縛めを受けて座らされている。態度はデカイが異様な体臭を放つもう一人の密偵だ。

 彼女の立場は正確にはツェルブルクの元王妃ラルンダの家臣のその家来である。


「そりゃ見るっすよ」

 問題は彼女の身分ではないからだ。


「体中カピカピで臭いっすよ」

「アニメかゲームのキャラみたいな髪になってるしな」


 彼女は追っ手の捜索を逃れる為に幻獣の皮を被って周囲に同化していたのだが、その技能を使う手段として幻獣の油にまみれる必要が有った。結果的に彼女は全身油まみれであり、その油は異臭を生みワックスのように彼女の髪を尖らせている。 


「ブリュノと同じ密偵とは思えないよな。自分から喋りすぎだ」

 

「ナガマサ様の言う通りっすよ。おいら、こんなに堂々と命乞いする人、初めて見たっすよ」

  

「当たり前ですよ。どんな時でも生き残るのが仕事よ。死んだら働けないでしょ?情報だって伝えられないですよ」

 ナガマサとヤンスに呆れられても、彼女は全く動じない。

 自分の命をなにより優先するのが彼女やり方なのだ。

 


 ナガマサを監視していた密偵は二組。

 一つはアマトリリアの影。ブリュノ。

 もう一つがこの空気を読めない女である。

 セフィロスの王妃の闇の手。『アームズ』の一員だ。

 彼らは、突然イエソドを出たナガマサをずっと監視していたのである。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ