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魔王の指輪と壊れゆく世界  作者: 鶴見丈太郎
第3章 探索
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82. コルディスでの受難


 フラクス川を越えて、街道を外れて牛車でトコトコと進むと昼頃にはコルディスという小さな丘陵部に着く。そこそこ中央部に面積2k㎡の湖と大きな森がある。その湖の周囲にガイア平原では数少ない落葉樹が群生していて晩秋のこの季節には美しい紅葉が見れる。珍しいスポットではあるが、この異世界では落葉を愛でる習慣は無い。


「紅葉って、見た事ないのか?」


「ありませんわ。ツェルブルクでは黄色とか褐色とかですわね」


「ある事はあるっすよ。でも、イザベラさんの言う通りで赤くなる葉は少ないっす。おいらのご先祖様が住んでたオルティス山地なら沢山あるらしいすけど」

 ベルム・ホムで薬師部だったヤンスは野山を歩き回っているので、イエソドの街育ちのイザベラとは比較にならないほど植物に詳しい。


「あの、今日の集まりは葉っぱを見に行くんですか?」

 クランツ少年がナガマサを見つめて質問する。その目は疑問でいっぱいだ。


「そうなのかな? 今日の企画はヤンスだから」


「そうすね。ノンビリ遊ぶのが目的っすね。優雅っすよ。紅葉狩りって言うんすよね? あ、湖があるから魚釣りの用意もちゃんとしてるっすよ」


「紅葉、、、狩り?」

 なんとなく、言葉がしっくり来ないクランツ少年だが、ナガマサはあえて無視する。クランツ少年の疑問はわかる。

 何を疑問に思っているか、よく分かるナガマサだが、そこはあえて無視した。

 ナガマサだって、紅葉を観賞する事を何故『狩り』と称するかは知らないのだ。


「えらい! ヤンスは本当にできるゴブリンだよ」

 その為、不自然にヤンスを絶賛してしまう。

 ナガマサは元々インドア派だったので、紅葉狩りも釣りもやった事がない。なので、正直どっちも期待していない。だが、勤労はさらに肌合わない体質なのでサボれるのは楽しいのだ。


 ノンビリと移動する牛車は緩やかな谷間を進んでいく。

 それは中央部の湖に到達する一本道である。

 紅葉になど興味がないネルトウスの民は収穫期に重なる時期にはこの場所には来ない。故に地元民にもあまり知られていないが、この丘陵部は午前と午後で風向きが変わる。ナガマサ達が湖に着く頃、向かい風から追い風へと変化する地形なのだ。その風は目的地の湖に到達する。

 一本道は湖の辺で終わっていた。そこからは牛車や馬車では進めない。


「わぁ、綺麗、、、」

 死霊であった頃のように素直な感想を述べるイザベラ。

 水面に生える紅葉は確かに綺麗で、ナガマサはヤンスの心づくしが嬉しい。紅葉狩りなどした事も無いのになんとなく日本を感じる。

 が、イザベラ以外の人は特に感想は無い。 

 クリスは行人草を用意しテントの準備を始めているし、マーセラはさっそく食事の用意に動き、アンヌがそれを手伝っている。

 そんななか、ずっとモロクの御者をしていたヤンスがはしゃぎ出した。荷物から数本の釣竿を取り出す。

「フェーべの釣り人はレベル高いっすよ。道具が凄い精巧なんすよ。ほら!」

 目的地の湖畔でヤンスは自慢気に釣り針を示した。それはきっちり焼き入れが入った金属製で、細く強くしっかり返しが入っている。

 ちなみに、この世界でも釣りは普遍的な存在だ。ヤンスたちベルム・ホムのゴブリン達も同都市に住む人間から教わっているので常識である。


「うん、ちょっと待て。俺、今行人草でテントを作ってるから」

 空気を呼んでクリスの手伝いをしているナガマサなのだ。


「じゃ、おいら先行ってるっす!」


「待て! ヤンス! 先にカマド作って行け!」

 だが、ナガマサが声をかけた時は既にヤンスの駆け出していた。


「私が作ります。たまには彼も遊びたいのでしょう」

 クリスはナガマサと行人草でテントを作っていたのだが、スコップを手にとってヤンスを庇った。実はヤンスはナガマサ一行の最年少。少年、少年と言われているクランツよりも年少の15歳なのだ。


「そういえば、いつの間にかクランツも居ない」


「あ、お兄ちゃんは食べるもの探しに行ってます」

 この時期、森は山菜やキノコなど食べるものが豊富であり、地元のクランツ少年は食料採取が得意なのだという。


「そっか、じゃ仕方ないな」

 と、言ったナガマサだが周囲を見渡すと、キャンプの設営をしているナガマサとクリス。食事の用意をしているマーセラとアンヌ。

 そして、一人優雅に湖を愛でるイザベラ。

 

 なんとなく納得できないものがあるナガマサだが、この湖の辺は初めてなのに、なんとなく既視感がある。それはナガマサの記憶ではなくイザベラのそれだ。

 なので文句を言わず黙々と作業するナガマサである。

 といっても、野営するわけではないので大した作業ではなく、すぐ終わった。


「あれ、ヤンス何処行った?」

 ヤンスが用意した釣竿を手に取ったナガマサが湖を見渡してもヤンスの姿は無い。といっても、この湖は大小二つの楕円形がくっついたような形なのでナガマサが立っている位置からは全てを目視できないし、彼は視力が悪い。

 

 ナガマサは久しぶりに魔法で周囲を把握しようとしたが、最近手に入れたマジックアイテムを思い出した。オジスが作ってくれたアレである。

 なお、ナガマサの右手の指輪はナガマサの魔力が尽きない限り彼の周囲に自動的に周辺把握の魔法を行使しつづけているが、それは彼に取って知覚と変わらない感覚なので魔法を使っているとは思っていない。


「あれ、ヤンスのやつ湖の周囲にいないぞ」

 というか、面積2k㎡の湖の周囲にはナガマサ達以外の人がいない。

 ナガマサはアイテムの触手を全開に伸ばした。3メートルほどのナキカズラの縄はナガマサの纏う魔力に沿い効果的に探知魔法へと変換される。


「うん?」

 周辺探知の魔法と比べて詳しい情報は掴めないが魂の位置は正確に把握できる。

 ナガマサが国境の町リュナスで偶然発見した新手だ。

「なんだ? ヤンスとクランツが誰かを追いかけてるぞ」

 彼らが追っているのは2人。

 明らかに連携しているヤンス達と比べて、逃げる方には余裕が無い。追いかけているのはヤンス達だけではないからだ。この丘陵部に最初から潜んでいたのだろう。ナガマサが知らない魂が7つヤンス達と共同で逃亡者を追っているのだ。

 ようやくナガマサはこの遠足を企画したヤンスの真意を知った。

 わざわざ一本道の田舎に誰かを誘い出していたのだ。


「ナガマサ様! 沢山人が来ます!」

 突然マーセラが鍋を抱きしめながら悲鳴のような声を上げた。 


「人? どうした?」

 ナガマサがマーセラの方を見ると、彼女の形態変化が始まっていた。

 金髪の美しい少女の鼻が伸び口は頬まで裂けて牙が露になっていく。全身に剛毛を発し両手も爪で武装していた。本能的に自分の身を守っているのだ。

 クランツとマーセラの双子は必要に応じて形態変化を起こす亜人である。

 地域によっては狼人と呼ばれる一族で、魔境の拡大によって故郷を失った彼らはフェーべに流れてきた難民の子だ。

 フェーべは亜人には厳しい環境なので普段は人の形態をしている。当然ながら亜人の姿をしている時の方が優れた特長が幾つかある。

 その重要な一つが感覚器であり、運動能力の向上だ。

 マーセラは風に乗ってやって来た不穏な空気を感じ取ったのだ。

 ちなみに、双子ながら鼻はマーセラの方が数段利く。初めて冒険者ギルドを訪れた時にナガマサを不安させたのも、マーセラの探知能力だった。それはナガマサの周辺探知で探れない位置から一方的にナガマサの情報を掴んでいた。


「ああ、確かに10、、、12名か。悪意を持った奴らが来るな」

 騎馬5人、後は馬車で接近してくる。一本道であり、他に人など来ない場所だ。そして、明確な悪意をナガマサは察知した。

「あれ、何でだ?。なんか狙いは俺っぽいな」

 ナガマサの心に疑問はあっても恐怖は無い。

 オジス製作のアイテムはナガマサに迫ってくる相手の力量をおぼろげに伝えていたし、何より彼には信頼できる護衛がいるからだ。


「あら、クリスさんの出番ですわね」

 

 言われるまでもなく愛剣を携え歩き出すクリス。

 敵が向かってくるであろう今来た道へ向かう。

「皆さんはここに居てください」

 

「あいよ」

 返事をしたナガマサがいる場所は湖の辺。

 行き止まりであり、牛車や馬車でこれ以上進む事はできない。

 窮地のようだがナガマサはまだ余裕だ。切り札も残っている。

 当然、開けた空間なので、例えば巨大な竜を召喚しても何の問題もない。

 ただ、それが誇り高い飛竜なら彼は招来された途端に湖の水に落ちて激怒するかもしれない。

 その怒りを鎮めるのが、少し面倒くさいナガマサではある。


 そんな平然とした態度のナガマサ一行を見て、マーセラは一人焦っていた。

 彼女の常識では事態は最悪なのだ。

 なのに、ナガマサ達は何もしようとしない。

 この異世界は基本的に自力救済の世界だ。豊かなネルトウスでもそれは例外ではない。伊達に誰も彼もが腰に剣を吊っているのではない。自分の身は自分で守るのが当然だから帯剣しているのだ。

 マーセラの鼻は接近してくる男達の興奮を感じ取っている。こんな人里はなれた場所で武装したならず者の理性を期待できる訳が無い。

 まして、亜人の彼女は酷い目に遭う可能性が高い。

 そして、武装した12名を相手にこちらは、頼りなりそうなのはクリス一人。

 

 そして、そのクリスは愛用の剣を手に湖への道を平然と歩いていく。騎馬と馬車ならナガマサ達も通ったその道を通るしかないからだ。

 その道を歩くクリスは自然と湖への移動を防ぐ盾となる。

 一人で12名を相手にする無茶な対応だ。それを見たマーセラ耐えられず遠吠えをあげた。

 不安に耐えられない彼女は兄に助けを求めたのだ。

 亜人といっても、ただの女の子なのである。恐怖ですくんでいるので、鍋を抱きしめながらモロクの陰に隠れるくらいしかできない。


 マーセラが嗅ぎ付けたように、接近してくる男達は興奮していた。

 彼らはナガマサを害する事を依頼されたならず者達である。

 ただ、この時、フェーべには優秀な戦士、傭兵はいない。戦場を避けるごろつきが集められていた。

 彼らは、寄せ集めのならず者で半数以上が馬に乗る事も出来ないので、馬車を使っているのだ。よく街にいる弱いもの虐めを仕事にするごろつきだ。

 ただ、彼らが先を争ってナガマサを襲おうとしているのは、報酬だけでなく涎が出るような条件があるからだ。

 その為、女か弱者しか殴れないような輩が先を争って殺到しているのだ。


 そして、すぐに騎馬に乗った男達が姿を現した。

 彼らはクリスの姿を見て叫び出した。

「いたぞ! しかも、剣を持っているのは一人だけだ!」

 先頭の赤髪の男が後ろに怒鳴る。

「見ろ! 十字剣だ。話が本当ならエバートンの魔剣だ」


「おい! 約束を守れよ!」

「山分けだからな!」

 遅れてくる馬車の男達が怒鳴り返す。


「わかってる! 焦るなよ、魔剣マニアに人気のエバートンの『クリス』なら金貨100は固いぞ!」

 それに髭面の大男が答える。

 この男の大声に男達は沸き立つ。既に金貨の分け前に興奮しているのだ。

 この髭面が一応の首領である。この場限りのリーダーなので、男達の信用は全くない。言うまでもなく、相互の信用も無い。


 魔剣。正確には魔法付与剣。その形状は様々で付与されている魔法の種類や魔力も付与できる高価な素材を使った物などが有り千差万別。

 この世界の男達の心をくすぐりまくる存在。

 実際に戦闘にも役立つが、希少な魔剣はマニアの収集対象となるため高額で取引される。クリスが持つ十字剣は伝説の魔剣製作者エバートンの作。マニア垂涎の一品だが価値があるのは十字の形状を成す鍔と柄。刀身は磨耗するので取替え式。

☆ 


 圧倒的な有利を確信している男達は12名。

 全て武装しているが、槍や弓を持っている者は後続の馬車に乗っている。

 馬上槍や騎射が出来ないか不得手であるという事で、それは戦士として2流である事を意味している。

 そもそも、フェーべは現在、久しぶりの戦争中なのだ。だから、優秀な戦士ほど血と鉄の祭りに絶賛参加中だ。

 今、フェーべに残っている無頼漢にまともな戦士などいないのだ。


「アンヌさんも牛車の中にでも隠れててください。すぐ済みますよ」

 ナガマサは遠距離の探知に神経を使っていたので、自分の周囲の情況把握が抜けていた。

 マーセラはモロクの陰で震えているが、イザベラとアンヌさんは平静にクリスと男達を見ていた。

 クリスの実力を知っているイザベラはともかく、アンヌさんの冷静さがナガマサには意外だった。


「いえ、私が見届けないとナガマサさんが後で困るでしょう? 存分に検分しますのでご安心ください」


「検分?」

 何故、彼女がナガマサの看護人であり続けているのか? 

 ナガマサは知らないが、ヤンスはとっくにその答えを掴んでいた。

 だからヤンスは、この遠足にアンヌさんを同行するようにナガマサに進言していたのだ。


 ナガマサが話している間に、クリスはゴロツキ共に数メートル位置にいた。


 髭面の男は鷹揚に馬を進め、ゆっくり歩いてくるクリスに馬上から怒鳴る。

「おい! 大人しくしてたら命だけは助けてやる! 武器を捨てろ!」

 大嘘である。

 だが、その嘘が髭面の今際の際の言葉となった。

 彼はそれを理解できなかっただろう。クリスとの間合いは4メートルはあった。

 大剣とはいえ、剣の間合いではない。


 だが、クリスが放った剣は真っ直ぐ伸びた。

 ほんの一瞬、その剣尖は髭面の甲状軟骨と気管と頚動脈を寸断した。

 鮮血が噴出したが正確な一撃は髭面の肉体を馬上に留めた。

 血を流しながら落馬もせずに馬上で死んでいる。


 隣で全て見ていた赤髪の男は、一部始終見ていたのに何が起きたのか理解できなかった。

 理解する前に赤髪の男も同様に喉を疲れて即死する。

 どちらも身につけている甲冑の隙間を正確に突いたものである。


 道が狭いのに下馬もせずに後ろに控えていた3人目には髭面の陰から突然クリスの姿が映った。

 瞬時に彼は悟る。

 前の二人が殺された事に。

 だが、声を上げる間も無く彼もあっさり喉を突かれて即死する。


「親分がやられたぞ! やっちまえ!」

 3人目の男の左後ろにいた剣士が馬車の仲間に声を掛けながら腰の長剣を引き抜く。

 だが、3メートル以上離れた位置にいるクリスは彼の右腕の下から一撃を放つ。 それは剣を抜く瞬間にクリスが死角になった間である。

 彼も、甲冑の隙間、喉を突かれて即死した。

 一流の剣士であるクリスから見れば赤子の手の捻るが如しだ。

 ここまでの4人。

 案山子同然である。

 ごろつき達はクリスの強さを目の当たりにしながら、それを全く理解できない。

 

     





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