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魔王の指輪と壊れゆく世界  作者: 鶴見丈太郎
第3章 探索
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78. ガイア人の特性


 現在ネルトウスをほぼ制圧するガイア平原の覇者は、フェーべを王城とするサリカ王家である。

 このフェーべの地はガイア平原のほぼ中央にあり、この地域の重要拠点なのだがタイタニアの代々の皇帝はこの地を軽視してきた。

 

 それには二つの理由がある。

 まず第一に自尊心が強い不羈の心を持つガイアの民が扱い難い事があった。

 その為、タイタニア帝国はガイア平原の土豪たちを分断し、特定の氏族を重用しながら彼らのパワーバランスを調整する事腐心した。その結果、タイタニア帝国にも従順とは言えないガイア貴族は互いに相争うようになった。

 彼らは不羈の民だからだ。

 常に小競り合いが起きるのはタイタニア帝国の想定通りであり、それを差し引いても豊かなガイア平原はタイタニア帝国内の穀倉地帯となった。

 フェーべの立ち位置は農業地帯の中心部である。その立ち位置は帝国内の流通の中継点に一つ過ぎない。


 そして、二つ目の理由はタイタニア帝国内でのガイア地方の意義だ。

 この地方はタイタニア帝国の北東部であり、帝国の力の及ぶ限界点だ。

 その先、東部には亜人の諸部族が盤踞する峻険なカマエル山地があり、北部はオルべ海に面しその先にはアガレスなどの諸外国が存在している。

 その為、タイタニア帝国はガイア平原の北東端のルカヌス半島の根元に大規模な殖民都市を建設した。天然の良港を持ち、オルベ海から大量の魔力が流れ込む港湾都市イオである。

 魔力の薄いガイア平原では突出して高い魔力濃度は安定した魔法技術の活用ができる。また、本来海国の民であり貿易を能くするタイタニア人には内陸のフェーべより貿易の利を楽しめるイオの方が性にあったのである。

 この街はガイア平原の抑えであり、さらなるタイタニア帝国の拡張の進出の橋頭堡である。

 ガイア地方はタイタニアの行政区分でネルトウスと名づけられた。現在ではガイア地方の国名のように扱われているが、その首府というべき都市はイオである。

 代々のタイタニアの属州総督もイオに赴任しており、当然タイタニア帝国が重視していた都市もフェーべではなく、イオとなっている。

 


 だが、そんな事は地元民であるガイアの民には関係がない。

 ガイア人であるサリカ王家が内乱を収めネルトウスを制圧した現在、彼らは此の地にいるタイタニアの残党を圧倒している。

 彼らにはタイタニア帝国の都合も行政区も何の意味もない。

 ナガマサがカレル浄人の診察に向かっている同じ時、フェーべの遥か西方ではサリカの王太子率いる大軍がイオへ侵攻中だ。

 晩秋でもあるので、雪が降る前に一稼ぎするのだ。

 弱いものが喰われるのは、どの世界でも同じ。

 領民や配下の貴族を喰わせるのは強い王の仕事だ。




 フィオニクス聖堂に到着した挨拶もそこそこに直さまナガマサはイテルツと共に聖堂へ入った。

 そこは狭義のフィオニクス聖堂の裏口に当たるのだが、どう考えても不必要に巨大な入り口を通るとナガマサにとって意味不明の絵画(おそらく宗教画)が広く高い天井に描かれている。

 そこを無言で歩くイテルツの後ろを歩くナガマサ。クリスは同行を許されなかった為、特に仲の良くないイテルツと二人で知らない場所にいる。気まずい情況なのだが、それより気になるのは行き交う僧達の視線だ。

 初めて来る場所、初対面の僧達なのだが、彼らの目の色はナガマサには不可解なものだった。イテルツに連れられているだけで、自分が誰であるか知られているとはナガマサは知らないのだ。


 そして、しばらく歩くと行き交う僧侶は誰もいなくなった。

 其処は特別な区域。フィオニクス派の領袖、カレル師の私室。正確には、その隣の部屋に案内された。カレル師が来客中だったからだ。

 

 

「よく来てくれたのう」

 禿頭の小柄なおじさんがナガマサを迎えてくれた。笑顔で挨拶している彼だが、その眼つきの鋭さはナガマサをたじろがせた。

 もう老人と言ってもよい干からびた小男。だが彼がフィオニクス派の学僧を仕切るカルデナルだ。カレル師の側近の神学者である。ただ学問より政争を得意とする男で、この聖堂の治療僧も彼の支配下にある。

「師の医師達も此の部屋に控えておる。紹介しよう。是非ともイエソド流の実力を発揮してくれ」

 カルデナルがナガマサに気持ち悪いくらい親切なのは、以前から噂のあったイエソド流を見てみたかったからだ。

 頭脳明晰な彼だが、医学そのものは門外漢である。


 控え室というには広く落ち着いた室内にはカルデナルの他に、3名の人間がいた。椅子を離れ既にカルデナルのすぐ後ろに控えているモミアゲが特徴的な中年男と一歩離れた所にいる長身髭面の男性と頭巾とマスクをしている年齢不詳の女性がいる。


「こちらがブロカ先生。魔法医じゃ。あと2名いるが今日は彼の治療日でな。奥の女性が召喚師のリュエル先生、男性が薬師のデレーユじゃの」


「よろしくお願いします」


「いやいや、硬くならんでいいよ。私が色々教えてあげよう」

 薄くなった頭髪に反してもこもこのモミアゲが強烈な個性を発揮しているブロカ医師がナガマサに話しかけてきた。ナガマサはテカテカと脂ぎった彼が40歳か50歳だか分からなかった。理解できたのは、働き盛りのブロカ氏の圧力だ。言葉は親切だがオブラートに包まれた彼の敵意のようなものが理解できた。


「君はアマトリリアで奉仕をしていたそうだが、ガイア人は診たかな?」


「――?」

 ナガマサがアマトリリアで診た患者の数は数十名。

 新米の彼が時間をかけながら必死で施術した人たちである。それをブロカ氏は知っているようだが?

 ナガマサは問いかけの意味が分からない。


「ああ、つまりガイア人の特長が強い人たちの事だ。カレル様は貴人の生まれだから、ガイア人そのものだからね」


 つまり、ツェルブルクにおける一級市民たちのような存在である。土属性魔法を得意とし身体硬化と怪力の特性を持つ人たち。彼らがイエソド人と呼ばれているように、ガイア地方に住む秀抜な人たちをガイア人と呼称されている。

 そして、ツェルブルク同様に彼らの多くは支配者階級に存在している。

 魔力の少ない此の地方では、薄い魔力濃度に適応したのか優れたガイア人は先天的に戦士型の魔法使用を行っている。イエソド人が生まれ付き硬化能力を持っているようにガイア人は必要に応じて自律的に魔法で身体強化を行い超人的な運動能力、その持続力を得る。

 戦士タイプの人間の多くの魔力総量が少ないように、ガイア人達も総じて魔力総量は少ない。だが、それが魔力の薄い地域で適応しているのだ。ガイア人の魔力使用量はその効果に比べて少なく、長時間ガイア人を超人化させる。身体に適応した魔力は絶妙に身体の強化とエネルギーとなる。さらに消費した魔力も、此の地の薄い魔力でも十分その回復が図れるサイクルとなっているのだ。

 ガイア人とは、この地域に適応したエコな能力者達を指すのである。

 そして、かなり数が多い能力者達でもある。元々人口も多いが、秀抜とされるガイア人の生まれる割合は他人種に比べ、タイタニア帝国内でも飛びぬけて高い。

 ちなみに、ナガマサは患者としてはガイア人は診ていない。アマトリリア聖堂にくる患者のほとんどは、元難民のつまり外国人の庶民階級ばかりだからだ。

 ただ、ガイア人を見ていないかというとそうではない。

 覚者イテルツが、出色のガイア人である。

 彼は飛びぬけた運動能力に長年積み重ねた武芸の才を加え、常人並みの聴視覚を真眼という身体改造により補っている僧兵なのだ。

 そして、貴種僧カレルも王族。この世界では血統書付きのガイア人だ。


「その運動能力に秀でた気質が問題でもあるのですか?」


「うむ、カレル様も優秀なお方なのだ。そして、ガイア人の能力は自立型でな、王族の中でも一部のお方は再生能力まであるのだ」

 

 ナガマサはもこもこのモミアゲの話を素直に聞き入っている。

 ブロカ氏は若いナガマサに自身の優位をカルデナル能人の前で示せて上機嫌で教えてくれる。


「ガイア人というのは、運動能力だけでなくスタミナや傷の治りが早いタフな人種なのだが、それが病気になると仇になる事もある」


「つまり、ガイア人の通弊となると?」


「その通りだ。癌も元気でな。潰して潰しても復活する。発見が遅れたら助からないのがほとんどだ」


 長所という物は、必ずと言っていいほど短所に通じる。

 ナガマサはそれをイエソド人で学んでいた。

 年を取り老化してくるとイエソド人は自分の硬化能力を制御しきれなくなる事がある。それが身体硬化症である。

 それと同様に、ガイア人にとって癌は悪弊だ。この魔法世界でもガイア人が癌にかかれば助からない。彼らの特筆すべき自立型能力によって、自らの癌も強化されてしまうからだ。


「・・・・・・癌に対するアプローチは成功していたのですか? いや、すいません失礼な事を言って」

 ナガマサはブロカ氏の敵視のようなものが、下手に対応した途端消えていくの感じたので、ますますへりくだっている。


「ああ、かまわんよ。癌は発見するのも難しいし、そこを狙うのも難しいからね。そもそも、癌を破壊しようと判断するのも勇気がいるからな。誰もが、決断できる事じゃないんだ。だけど、私が進言してね!」


「なるほど」


「カレル様の癌は発見が遅れたのだがね。積極的に癌を排除する手技が功を奏して全身への転移は比較的少なくて済んでいるだ。あの決断が無ければ病状がどれほど進行していたかわからないよ、君!」


「では、今の状態は良いのですか?」


「う、うむ。まあ、私がいるからね。全身の調和を保って病魔の侵攻を止めているんだよ。まあ、こう見えてもカレル様の侍医に指名されるほどだからね、私は!」

 一瞬緩んだが、モミアゲをもこもこさせてブロカ氏は上機嫌で自分の功績を吹きまくった。だが、彼の思わぬ所から横槍が入る。


「調和保持は私の仕事だ」

 突然、頭巾とマスクを着用している女性、リュエル召喚師が短刀のように鋭く短い言葉を放った。

 目だけ出しているその姿は白衣ではないが、日本のオペ中の医師や研究者を思わせた。ただ、その口出しをした女性のブロカ氏を見る目は冷たい。

 

「まあ待たんか。ブロカも少し待て。まだ、他の二人が話しとらん」

 ムッとしたブロカ氏が反論する前にカルデナルが咄嗟に口を挟んだ。ブロカ氏とリュエル氏の口論を封じたのだ。

 カルデナルはそのまま目線でリュエルへ発言を促す。


「別に私は余所者の異教徒と話したい訳ではありません。ただ、全身の調和の悪化を止めているのは召喚師である私と薬師であるデレーユの仕事です」

 召喚師リュエルは、ナガマサではなくカルデナルに話している。

 ナガマサは自分に反感を持っている人間がブロカ氏だけではない事とその理由を知った。日本ではまずお目にかかれない嫌われ方だ。

 正確にいうとナガマサはミフラ神ナガモリの使徒なので異教徒どころか、ミフラ神の走狗だ。その事実が知られたらリュエルさんの怒りはさらに燃え上がるだろう。宗教のややこしさはナガマサだって知っていた。 

 ミフラ神がかなり寛容な神様なので、ナガマサは此の世界で宗教的な違和感を感じた事はなかった。だが、神様の種類によると異教徒への苛烈さは半端ないものがあるくらいは彼でも常識として知っている。そして、医師として招かれているナガマサなのに熱心なアスラ教徒からは激しい敵意を向けられる事もあるのだ。


 生まれて初めての、不可解な敵意を受けたナガマサ。

 その圧力を肌で感じて、理不尽さを知る。 

 それと、彼女が珍しい職種である医療系の召喚師である事が分かった。

 精霊を召喚し、体力が落ちた患者に快適な空間を作り出したり、病魔の活動を抑える魔法を使う。


 ナガマサは機嫌を取るように話しかける。

「珍しいですね。精霊療法を見るのは初めてです」


「・・・・・・」

 空気を読んだナガマサだが何の効果も無かった。リュエル氏はナガマサの言葉に目を逸らして返事もしないし、ブロカ氏もモミアゲ同様に膨れている。


「いや、ははは。イエソドでは見ないでしょうが、この地方だとかなり居るんですよ。私の薬師という職業もね」

 返事をしてくれたのは、長身髭面のデレーユ氏だ。

 ナガマサは離れているのでよく見えていなかったが、痩身でもあるデレーユ氏はまだ30前のかなりのイケメンである。

 彼の薬師という職業は、ゴブリン達のそれと違って薬という触媒を使っての医療魔法を専門とする魔法医である。

 精霊療法と同じく、珍しい。少なくともイエソドにはいない。

 薬を触媒とする魔法は、魔法医のスタンダートな治療の一つなのだが、それを専門にするのは他の地域にはあまりいない。専門にする必要性が全く無いからだ。

 精霊の力を借りる精霊療法と同じく大量の魔力を必要としないので、魔力の薄いガイア地方では相性がよく、癌の療法にも有効なので此の地方には昔から少なからず有る職種である。


 一人穏やかなデレーユは、敵意は無いが、代わりのものがある。

「イエソド流には昔から興味があったのですよ。残念ながらアスラ教徒の私は学ぶ事ができませんが」


「ん? 学ぶ事ができない?」


「何を白々しい。狭量なバルトロメオ・ベネトはカルデナル様の招聘を断ったはずだ!今更、弟子をフェーべに送り込むとはどんなつもりだ!」

 リュエル氏が初めてナガマサを見据える。そして、その敵意の理由をナガマサは知る事になる。


 また、医療界の事情を知らない者がもう一人いた。

「事情がわからん。どういう意味だ?」

 イテルツの低い声が部屋に響く。

 彼の言葉はカルデナルでさえ軽んじる事はできない。また、ナガマサの扱いは場合によってはイテルツへの攻撃となる。

 覚者は説明を求めた。

 ナガマサと共に来たイテルツは事情を知らないのだ。

 

「ああ、実はベネト氏は熱心なミフラ教徒だからの。アスラ教は嫌いなんじゃ。だから、浄人からナガマサ殿の話を聞いて驚いての」

 その為、カルデナルの話は初耳な二人だ。


 イザベラの師匠にして、イエソド流の創設者であるバルトロメオ・ベネト先生は熱心なミフラ教徒の上にタイタニア人である。

 彼は排他的なアスラ教徒は大嫌いだし、魔王禍に乗じて大恩ある(とタイタニア人は思っている)タイタニア帝国に反逆し、タイタニア人の入植者を迫害するネルトウスとその国教であるアスラ教の招聘など絶対受けない。

 その為、大国であるネルトウスの誘いを蹴った。その後、田舎の小国であるツェルブルク王家がのバルトロメオに依頼を出したのだ。

 ツェルブルクは古くからのミフラ神殿であるマキナ山がある。

 また、セフィロスである元王妃がその神殿の長だ。田舎とはいえバルトロメオは快くイエソドでの教授を引き受けたのだ。

 その事情を知る者はツェルブルクにはほとんど居ない。もちろんイザベラも知らない。ナガマサが知っている訳が無いのだった。


 バルトロメオが独自の治療法を研究してる段階から、もっとも早くその治療法に注目していたのは、ネルトウスの医学界だった。

 その治療法がガイア人への癌治療に役立つのでは と期待されていたからだ。

 新米医師のナガマサが治療を初めてわずか2日でカレル師への治療に呼ばれたのは彼の治療が評判を取っただけではなかったのだ。







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