77.碾き臼小屋の近くで
ガイア平原に広く群生する一年草リリス。
夏に赤、紫、青、空色など、多彩な花を咲かせ平原を彩るこの地方を代表する植物だ。
ガイア人達は身近な植物であるリリスを生活の友として来た。その美しさ愛でるだけでなく、その種子は食用や油にもなるのだ。長年地元民に愛されている低価格な食料だ。
リリスの実は硬い殻に覆われているので人間が利用するには碾き臼が必要になる。この臼は高価であり、多くの町や村では領主などが独占し領民から使用料を徴収している。だが、フェーべではアスラ教徒なら誰でもタダで使える碾き臼がアマトリリア聖堂に設置されており、毎朝沢山の信者のお母さん達がリリスの実を籠にいれて集まっている。
なお、このリリスの実から油を抽出した残りかすをリリアという。通常は家畜の餌にするものだが、タダ同然なので貧民が食料にしていたりもする。また、アマトリリア聖堂では貧民への施しをよくするが、その食事にはこのリリアを使った料理がよく振舞われている。
☆
朝のアマトリリア聖堂の碾き臼小屋近くで、ナガマサとクリスは中年の女性と面会していた。
彼女の名はパメラ。かってのクリスの仲間であり、共に壊滅したパーティのメンバーであるエクス・リケティの妻。
エクスはクリスと長くコンビを組んでいた男で、当然パメラもクリスと旧知の仲。エクスの役割は主に盾役。彼がマキナ山の地下でゴブリン達の攻撃を引き付けたのだが、その分ゴブリン達の使う猛毒に犯された。
優秀という触れ込みで臨時参加した回復役はその複合毒を解呪できず、エクスは戦闘不能となり、次第にパーティは追い込まれ壊滅となっていた。
パーティにとって不運だったのは、長年回復役を務めていたパメラはその時、第3子を懐妊していた。その為、クエストに参加できなかったのだ。
「久しぶりね、クリス。ラルバルから話を聞いた時はびっくりしたわ」
「すまない、、、あわせる顔などないのにな」
「・・・・・・」
パメラはそれに答えず、クリスの話を待った。
イテルツの突然の命令により急な予定変更を余儀なくされたナガマサ達は、クランツに頼んで急いで段取りを変えてもらったのだ。その為、パメラの希望により、朝一に会う運びとなっていた。
その際、冒険者ギルドのラルバルおじさんが口を利いてくれたのだが、彼は事情まで話してしまっていた。遺族でもあり、ある意味、クリスのパーティの唯一の生き残りなのだから、と勝手に判断したのだ。
その為、パメラは20年前と変わらぬ姿のクリスと対面している。
クリスから見れば、仲間を守れず一人オメオメと遺族の前に顔を曝しているのだ。ラルバルの判断は大きなお世話である。が、確かに、パメラにはクリスの口から説明するのが、妥当でもある。
普段無口なクリスではあるが、丁寧にエクスの最後を伝えた。話せない事もあり、彼の性格上話を盛るとかはできない。ただ、エクスが常の如く徒党に尽くした事、そして、パーティは彼の献身に応える事ができず、彼の解毒に失敗した事は伝えた。
クリスは口にはしなかったが、準備に怠りがあったわけではない。ただ、ベルム・ホムのゴブリン達はマキノ山に土着していた土ゴブリンを中心に複数のゴブリンの部族の集合体で、ヤンスの祖先のように森ゴブリンも多数いる。彼らの使う複合毒は冒険者に知られていなかったのだ。
話を聞き終えたパメラは顔を少しだけ上に向けて目を閉じた。
彼女は私がいれば夫を救えた とは言わなかった。
ただ、目を閉じて空に浮かぶアスラ神へと祈っている。
その顔はクリスの記憶より20年の年輪を経ている。外道となりこの世の輪廻から外れた彼には決して得られないものだ。
人はそれを老いとも積み重ねともいう。
若くして夫を亡くしたパメラには3人の幼子を抱えての人生が待っていた。その後再婚し、さらに子供を授かった彼女にクリスがかける言葉など無いのだ。
わざわざ、朝一番の碾き臼小屋の近くを面会場所に指定したのも、彼女の家庭の事情だろう。20年は一人の人生には長すぎる。
「それでさ、最後に何か言ってたかい? 子供達にとかさ?」
「・・・・・・わからない」
「そう、、、」
分かる訳が無い。
今日はほとんど立っているだけのナガマサは思った。
彼ははクリスに会った大広間を、異世界に転移してきた日を思い出してた。
クリスは、仲間を守る為一人、粗末な橋を守っていた。その橋を渡った先に仲間の遺体が固まっていた。その中の一つがエクスなんだろう。つまり、クリスは一人仲間と離れた位置に居たのだ。
「クリスは少しを記憶を失ってるんだ。だから、その辺りの記憶は無いんだ」
「ふうん?」
ナガマサは思わず怯んだ。
パメラが彼を見る目が思いかけず冷たいものだったのだ。
「あんたが死霊術師かい? お医者さんでもあるそうだね?」
「ああ、まあね」
ナガマサは意外だった。こんな冷たい視線は異世界に来て初めてかもしれない。
彼はこの町で医者として、かなり評判が良い。人々が彼を見る目は好意的な視線ばかりだった。ただ、イテルツもラルバルもナガマサが医師である事は口外しているが、死霊術師である事は明かしていない。
パメラがそれを知っているのは、ラルバルの彼女への信頼だ。彼女がイテルツや冒険者ギルドの不利益を行うはずがないと信じているのだ。
言い換えれば、ナガマサが死霊術師だと知れると、街の人たちからそれまでの親しみは消え去るという事だ。普通の町でもその傾向は強いので、イエソドでもナガマサが死霊術師であると知る街の人たちはいなかった。だからこそナガマサはクリスの外観に拘っていたのだ。決してゾンビと見破られないように。
分かってていても、実際冷たい視線を受けると怯み、その後むかつく。
「あんたが、人様の役に立っているのは知っている。でも、私は魂を弄り回す輩と口を聞きたくないわ」
そして、ナガマサは知っているはずだった。アスラ教徒は特に死霊術を嫌うという事を。
だが、現実に冷たい視線に向けられると心は冷えるものだ。
「わざわざ遺品を届けに来てくれた事は、感謝するわ。でも、、、」
でも、20年は長すぎた。
パメラが産んだエクスの長子は既に28歳、もう孫もいる。エクスとの事を忘れた事は無いが、既に過去だ。
彼女自身、再婚してできた新しい家族との生活の方が長いのだ。
「すまなかった。迷惑をかけたな」
クリスは言葉少なく、パメラの情況を察した。既に遺品の指輪は彼女に渡している。今となっては扱いに困る、永遠の愛を誓った揃いの指輪だ。もちろん、クリスも指輪の意味は知っている。
「皮肉ねクリス」
パメラの言葉に瞬きで応えるクリス。
「ジュリアンと呼んでいた時から考えても、こんなにあなたと話した事はなかったわね。あなたは回復なんて必要としない戦士だったもの」
パメラがクリスに向ける目の色をナガマサは知らない。
それを知るには、ナガマサはまだ若すぎる。
パメラにとって、クリスは20年前、過去からやってきた。
ナガマサの技術は記憶のままの生者であるクリスを再現している。
懐かしさと強い違和感。
人として、5人の子供を育て上げたパメラにとって、クリスは既にかっての仲間ではない。人外である事を抜きにしてもだ。
ナガマサは口を挟めない。
クリスは既に話す言葉がない。
若い時代を共にした古い友人がゾンビとなったパメラ。
誰も口を開かない。開けない。
「ナガマサ先生、そろそろいいですか?」
クランツ少年が、会話が止まった大人たちの様子を見て声をかけてきた。
今日のそれはナガマサにとって福音だった。
「うん」
ちらりとクリスを見たナガマサはパメラに一礼して其の場を去った。
彼は、成長したパメラの子とクリスの再会などを考えていたのだ。それが、どれほど甘い考えか今日はっきり思い知らされた。
クリスの嫌がる様子で理解していなければならなかった。彼がナガマサに不服の姿勢を見せること事態が異常なのだから。
そして、アスラ教徒がいかに死霊術を嫌っているかを目の当たりにする事にもなった。
これから、そのアスラ教徒のボスの治療へ向かうのにだ。
彼の奥の手は、枷が増えたという事だ。
たとえ、癌を駆逐しても死霊術という手段を使った事がばれたら、タダでは済まない。
ナガマサはそれを理解しながら、クランツ少年の後を急ぐ。
イテルツが待っているのだ。
☆
フェーべの東地区に聳え立つフィオニクス大聖堂。
商業地区のど真ん中の街道沿いに立っているが、街道から少し奥に形ばかりの垣根と立派な門がある。その巨大な門をくぐらなくても低い垣根はあちこちに切れ目があるので幾らでも横から入れる。
一見意味が無いようだが、それは俗世との境目を示している。
フィオニクス大聖堂とは狭義では聳え立つ巨大な建造物を指すが、広義では大門が示す大伽藍を意味する。
僧が集い修行する清浄な空間、その場所である。その意味では、アマトリリア聖堂もその伽藍の一部。フィオニクス大聖堂の複数ある建造物の一つに過ぎない。
なお、ルキウスやイテルツのようにある程度出世すると聖堂が与えられるというわけではない。同じ堂舎の中に多数の僧侶が同居する空間であり、僧侶といえども人間なので必然的に派閥が形成されるだけだ。
「よう覚者様。浄人様が何しに来たんだ?」
イテルツに多分に諧謔を含んだ声が向けられた。
狭義のフィオニクス大聖堂の北門に一人立っているイテルツ。背後から声を掛けられたが驚きはしない。彼は接近してくる人を感知しているからだ。
高い身分にもかかわらず供も連れていないイテルツだが、衣服はいつもの粗末なものではなく白地に瑠璃色で縁取られた僧衣と帽子を身につけている。
「お前だって能人様だろ? エシディオ。それにハルパルも一緒とは珍しいな」
「ああ、久しぶりだな」
細い声で返答をしたのがハルパル。線の細い神経質そうな顔をしている。
「お前が来ると噂になっている。三つ目の小僧が医療にまで手を伸ばしてるってな」
よく通る声を少し落として話すのがエシディオ。
身長170センチほどのイテルツが見上げるほどの巨漢だが、彼もハルパルもフィオニクス聖堂に所属している学僧だ。
「ふん、俺の意思じゃない」
「わかってるよ。たまたま腕の良い医師が来ただけだろ? 俺達は分かってるし、多分カルデナル様だって分かってる。批判してるやつも分かってるわな」
エシディオとハルパルは共に、ルキウスに引き取られ育てられた弟子達で、イテルツとは兄弟同然の仲だ。
その弟子達は才能を買われた少年達だったので、跡目がイテルツに決まってもアマトリリアを追い出されたりはしなかった。
ルキウスに筋を通して出て行った者もいるが、行く当ての無い少年がほとんどなので、ルキウスの後ろ盾を得て各地の教会に派遣され、フィオニクス派というかルキウスのコネでそれなりの任地と身分を得た者がほとんどだ。そして彼らは今も連絡を取り合い協力しあっている。
ルキウスが死んだ今はイテルツを中心とした、一大派閥となっているのだ。
そして、エシディオとハルパルのように明晰な頭脳を認められて本山で学僧をしている者もいる。
「カルデナル様はやはり、いらっしゃるのか?」
カルデナルは医学を専門としている高位学僧で治療僧を掌握している立場の僧侶である。また、治療僧により薫陶を受けて医師となった人たちにも強い影響力を持っているので、イテルツも頭が上がらない。先日、ナガマサの助っ人に来てくれたヴァレリやラエンネックは彼に頼んで来てもらっている。
ナガマサの事でカルデナルの顔を潰したと彼が考えているかもしれない。そうなるとイテルツも頭が痛いのだ。
「もちろん、カレル様の側にいらっしゃるが、カルデナル様はむしろ噂の医師に興味を持っているだけだ。心配いらんよ」
優秀な神学者であるハルパルはカルデナルに可愛がられている。彼の情報はイテルツの不安を拭う。
ただ、彼らが顔を揃えてイテルツに会いに来ているには理由がある。
「それよりも、ディエゴ様とシエイシス様がしつこく活動している」
「ディエゴ様は土地の取引実態がある事を根拠に土地税を狙っているし、シエイシス様は教会の内部での商工業に税をかけたがっている」
「しつこい連中だな。人頭税を却下されたばかりだろうが」
ここで問題になっている税の対象は城壁の外に住む人々への課税、主に都市居住税を狙ったものと、アスラ教内部での商工業だ。
どちらも、餓死寸前な情況の難民達がルキウスの支援もあり自立した事が背景にある。彼らの多くはギリギリの生活をする貧民だったので、ほぼ無税だった。
そして、現在はネルトウス国内で立派に生計を立てているのだから、税金を払えという事だ。ネルトウスの王家は特に支援はしなかったが、困窮した難民達を追い払いもしなかった。国内に保護していた、ともいえるのでデイエゴ氏が画策している都市住民税は王家の主張をある程度は呑まなければならないだろう。
ただ、王家といえどアスラ教を無視してその税は取れない。
また、国教といえるアスラ教の献上品という体裁をとっているが、明らかに過大な商工業の実態がある。最近では質の良い商品を生み出しているので、真面目に税を払って活動している業者、ギルドからの王家への訴えが絶えないのだ。
最初は、弱い立場の人たちの商品を本当に献上という形でアスラ教が買い上げ、彼らの支援をししていたのだ。
だが、現在はネルトウスの市場を席巻するほどの勢いがある。
何故なら難民となっている人たちは元々高い技能を持つ職人も多く、その上本来の特産地が魔王禍で生産不能となっているからだ。
それほどの生産実態があれば、シエイシス氏の主張も一理ある。
ただ、一理あっても簡単に通らないのが人の世だ。
国王の従兄弟であるカレル師が居る。この指導者がフィオニクス派の頂点にいる限り、彼の不利になる裁定は簡単には降りないのだ。
また、フェーべの王城の覇権に多大な貢献をした、ナガモリとルキウスへの気遣いも王家の年寄り達には厳然とあった。それはアスラ教フィオニクス派の王城への紛れも無い献身であった。ナガモリの絶大で特異な魔法は、それほどの貢献をしていた。
つまり、ガイア平原の内乱を治め、それを現在の形でネルトウス王家による統一されたのはナガモリに功があったのだ。
ただ、既に過去の話でもある。
「それで、最近お会いしてないがカレル様の状態はどうだ?」
イテルツは普段はフィオニクス大聖堂には来ない。
「うん、、、お前が連れてきたイエソド流に縋りたい所らしいな」
ハルパルの声が細いは地声だけではない。
「国王陛下も病気がちだし、ルブラン卿も引退されたしな。俺達も先を考えないとまずいな」
エシディオの声は沈んでいる。
この大宗派の中にあって、後ろ盾になる人間のいるいないは大きな違いとなる。彼らは何れも、身寄りのないか、頼りになる身内を持たない青年達だ。彼らの父親代わりのルキウスはもういない。彼らにとって足場となるのは、生まれ育ったアマトリリア聖堂の仲間だけだ。彼らが今も仲良く連絡を取り合っているのは、昔を懐かしんでいる訳ではない。
そして、アマトリリア聖堂の力の源泉は元難民の城外の町に住む市民と東地区での商工業者だ。
彼らの不利益は避けなければならない。
「来た。あれだ。あの背の高い若いのがナガマサだ」
イテルツの感覚は近づいてくるナガマサを察知している。視認できる距離になったので同僚の二人にナガマサの存在を教えた。
「アレか、若いな。本当に大丈夫なのか?」
エシディオが大きな身体に似合わぬ心細い声を出す。
イテルツはそれには答えない。ナガマサが若いのは事実であり、彼が本当にカレル様を治せるか? など、イテルツは知らないからだ。
「とはいえ、カレル様の後任はまだ決まってない。彼に頑張ってもらうしかないな」
ハルパルはか細い声でナガマサに希望をかける。
ちなみに、カレル浄人の後継候補は数人いる。
王太子に尻尾を振るディエゴ卿と、フェーべの有力市民に支援を求めているシエイシス卿も有力候補に数えられてる。
だが彼らは、実力不足故に外部に後ろ盾を求めている高僧たちである。
本命は別に存在している。
それは、ハルパル達があまり認めたく候補だ。
彼らがナガマサにかける期待は必要以上に大きくならざるを得ない。




