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魔王の指輪と壊れゆく世界  作者: 鶴見丈太郎
第3章 探索
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72. 覚者


「猫婆、間違いないマーセラが言ってた通りだ」

 亜人の側にいた金髪の少年が彼女に囁き彼女の前に立つ。ナガマサ達を睨みつけ、亜人を守るようにナガマサ達からの盾になる。


「お退き。前に立ったら見えないだろ」

 だが、亜人の女性の声は平静そのものだ。もちろん、ナガマサ達には微塵も敵意が無い。それを見取っているのだ。


「でも、猫婆。あのローブの男、、、」

「うるさいねぇ。話ができやしない。ラルバル、客人を私の小屋に連れてきな」

 亜人の女性は長い髪を翻して事務棟の方に歩み去った。ナガマサ達を睨んでいた金髪の少年も慌ててその後を追う。


「猫なあ? 猫かなあ?」

 その後ろ姿が消えてからナガマサが呟く。なんとなく納得できないのだ。

 

「猫型の亜人なんすかね?」


「おい、ボスの前で亜人とか言うなよ。機嫌が悪くなるからな」

 心なしかラルバルおじさんの声が小さくなっている。

「もうボスの小屋に世話人が来てる。挨拶に行くぞ」


「猫は良くて亜人はダメなのか? 」

 というかアレは猫でいいのか?と、までは口にできないナガマサだ。洋物ゲームのキャラ造形のように、彼にはしっくりこないのだ。


「猫は、、、可愛いから良いんじゃねぇか? な?」

 平静な声で話すラルバルの態度だが、彼の眼が少し泳ぐ。

「詳しくは知らん。それより、さあ、行くぞ」

 ラルバルは顎をしゃくってナガマサ達を促して歩きだす。

 

 その後を追いながらナガマサはクリスに尋ねる。

「この国は亜人でも差別とか無かったよな?」

「生活できなくなるほどの排斥は無かったはずです。ただ、問題はそこではありません」

 多少の差別は何処にでもある。

 ナガマサ達は余所者だし、亜人は人間では相違点がある。


「で、何が問題なんだ?」


「彼女は人間なのです」


「うん?」

 

「彼女は先ほど東ガイア川で見た巨人と同じです。魔風により形態変化を起こした人間。正確には変化を起こした夫婦の娘です」


「あの変化って遺伝するのかよ」

 ナガマサは何故、それを知っているのかとは問わなかった。

 クリスはこの町の冒険者だった。当然、知人と会う事くらい想定内だ。

 そして、知人に会ったからといってテンション高く話すクリスでは無い事もナガマサは理解していた。

 



「久しぶりだね、ジュリアン」


「ああ、エリナもラルバルも元気そうで何よりだ」


 猫婆はエリナという名前らしい。

 クリスというは渾名で、彼の本名はジュリアン・ヴォーゼル。


 ボスの指定した小屋は二階建ての事務棟の裏にあった。

 その中の質素な応接室には椅子が足らないほど人がいる。

 ナガマサ一行の他に猫婆こと冒険者ギルドの長。その補佐役のラルバルおじさん。そして、部屋の奥に白い布を頭に巻いた男が唯一人椅子に座っている。後は、さっきの金髪の少年と彼とよく似た金髪の少女が部屋の隅で震えている。

 この座っている男が世話人なのだろう。


「それで何で分かったんだ? 外見だけならゾンビだとバレない自信があったんだけどな?」


「あんたが死人使いかい? 舐めるんじゃないよ。外見を取り繕っても誤魔化せない。あんたが昼間来た時から、バレバレだよ」


「バレバレ? バカ言うな。生物探知でもクリスは人間と同じ反応だ。そんな簡単にゾンビだって分かったら、もっと大騒ぎになってるんだよ」

 クリスはナガマサ入魂のゾンビである。その正体をこれほど早く見破られたは初めての事なのだ。


「そんな事はどうでもいいだろ?」

 猫婆はナガマサの質問を無視して話を進める。

「こちらがあんたの世話をして下さる『イテルツ』さんだ。浄人とお呼びしな」


 猫婆は頭に白い布を巻いた男を示す。

 挨拶しろ。 という事だ。

 確かに、世話になるのだ。ナガマサは座っている男の正面に近づき頭を下げた。

 近眼のナガマサが近くて見ると、男は存外若く穏やかな目をしている。たぶん、30前だろう。彼は、粗末な服を着ているがナガマサは何か威厳のようなものを感じていた。

 彼の服装は、おそらく元は黒だったろう色落ちした洗いざらしの服だ。さらに、よく見ると、黒い小さな球を連ねた変なネックレスをしている。服と同系色なので見えづらかったのだ。

 ナガマサが知る由も無いが、その地味なネックレス、白い布の巻き方、浄位という階級、どれも目の前の男の若さでは到底望めないほどのものだ。

 

「一つ聞かせてくれ。何故、ウチで奉仕活動したいんだ? 死人使いならアスラ教徒じゃないよな? 」

 イテルツの声は穏やかで、とてもよく通る。そして、間近に立ったナガマサは彼が強大な魔力を秘めている事を悟った。イテルツはナガマサに自身の能力を察知させなかった。

 今、ナガマサがそれを悟ったのは、彼が意図したからである。それが分からないナガマサではなく、それはそのまま両者の技量差を示していた。



「何故黙っているんだい? ジュリアンの娘に会いに行く為だろ? 」

「隠さなくてもいいぞ。ジョセフの息子に会った話はもう耳に入ってるんだ。全く水臭いぞ、ジュリアン」


「すまない。だがな、おめおめと顔を出せると思うか? 」


「まあな、気持ちはわかる。俺も昼間は全く気が付かなかったしな」 

 20年前に仲間と共に全滅して、ゾンビになって帰ってきました。 とは、言いにくい。昔なじみの彼らはクリスの人となりも知っているのだろう。


「どういう事だ? 説明してくれ。それと、そのローブの男が死体なんだよな? 初めてゾンビを見るんだけど、こんなにハッキリと喋るモノなのか?」


「へい。普通、ゾンビってのはまともに喋りやせん。人間を見ると襲ってきます」

「この男はこのギルドの仲間でね。ルキウス浄人に可愛がられていたんです。そのルキウス様の命令で20年前に調査に出て行って行方不明になってます」

「昔は十字剣のクリスって名で通ってた古強者なんでさ」


 ナガマサはよく分からないのでクリスに直接接触して念話で事情を聞いた。

 クリスが記憶の中でルキウス師と呼んでいる老人の事はナガマサも霊視能力により知っていたが、彼はアスラ教における浄位と呼ばれるかなり高位の僧である事をこの時初めて知ったナガマサである。

 そして、ルキウス師が何故冒険者達に関わっているかといえば、彼はフェーべの城壁の外の町を管轄する管区長だからだ。彼は難民の保護者であり、アスラの冒険者ギルドの後ろ盾であった。

 今、目の前にいるイテルツ浄人がその後任である。 

 ちなみに、フェーべの壁の外の町は、東門から南門の間にある最大の町であるグランダイエ。南門と西門の間にあり人口が多くスラムも存在するグランメイズ。東門と北門の間の商工業施設の多いアマトリリスがあり、それぞれの町で幾つもの教区に分かれている。その教区をまとめた物が管区であり、アスラ教が巨大宗派でも管区長は100名も居ない。



「なるほど、泣かせる話だな。一目、娘に逢いたいか。亡者になっても感心な話だよな」

 イテルツは猫婆たちから話を聞き終えて、ナガマサに向き合う。

「で、そちらの小さい方がゴブリンのヤンス君か?」


「・・・・・・」


「浄人様何をなさってるんで?」

 控えめにラルバルがイテルツを諌めている。


「ほう、ベルム・ホムに居たのか? 確か、詳細不明のゴブリン都市だったか?」


「おい、さっきから無作法じゃないのか?」

 先ほどから、イテルツはナガマサに強力な魔力を浴びせているのだ。

 それは、一指も触れずナガマサから情報を引き出している。表層的なものだけだが、ナガマサはまだ経験が足りないといっても既に強大な魔導師だ。

 それをものともせず衛気を突破し精神に介入している。

 その気になれば、直接ナガマサの精神に干渉できる事を意味している。というよりそれが可能である事を見せ付けているのだ。


「ふん、王城が気にしているトルディス家の犬ではなさそうだな」


『ナガマサ様、奴は覚者です。アスラ寺院の選りすぐりの僧兵に間違いありません。とても危険な相手です』

 クリスが接触念話でナガマサに情報を伝えた。

 アスラ寺院の優秀な僧兵の中で特に選ばれた者に真眼という能力を付与された者を『覚者』と呼ぶ。眉間にその術者と相性の良い魔石を埋め込む身体改造を受けた魔導師である。

 今、イテルツの額では白い布に隠された魔石が煌いているのだ。


「よかろう。俺の権限で壁の中に入れてやる」

 彼は猫婆達の後ろ盾なのだ。彼らの望みはできるだけ聞いてくれる。

「だが、分かったよな? 俺の顔を潰すなよ」

 イテルツは温和な眼ままでナガマサに力を見せ付けた。

 彼の顔を潰すとどうなるか? はっきりと分かる形で。


 かなり怪しいナガマサ一行だがイテルツの権限により、壁の中に入る事が許された。壁の中で悪さをしないように覚者イテルツは、あえてナガマサに釘を刺したのである。


 ようやくフェーべの壁の中に入れるようになったが、ナガマサは少しムカついている。あからさまに魔力で探られたら不愉快な事を実感させられたのだ。

 先ほどラルバルが注意したように、ナガマサはイテルツに怒るだけの理由があった。だが、ナガマサは怒りを堪えた。

 どれほど無作法を受けても、今のナガマサに反発する力は無い。彼は無名の異界人に過ぎないし、ラルンダの威光もイテルツには効果が無いからだ。

 それなら、仲間の為にも無礼に耐える。

 残念な子ナガマサも、少し大人になっていた。


 実際の話、至近距離にいたイテルツにナガマサが勝てる要素は何一つ無かったのではあるが。





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