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魔王の指輪と壊れゆく世界  作者: 鶴見丈太郎
第3章 探索
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70. 口入屋


 ネルトウスの南門から南方に街道が延びる。その道はそのままガイア平野を南に進み最終的には南部の交易都市テティスへと至る。

 そのネルトウスの南の街道沿いから少し東にアスラ派の冒険者ギルドはある。正確には街道から通りを二つ挟んだ一等地で、20㎡ほどもあり道路で区切られた街の一区画の大半をこの施設が占めていた。

 その内部には幾つも建物が並ぶ。事務作業を行う木造2階建ての古くて大きな建物。大小様々な宿泊施設。そして大人数が同時食事できる食堂。今は昼間なのでほとんど人影は無い。また、その他にかなり広いスペースがあるのは繁忙期などで利用する人数にかなりの幅がある為だろう。

 そこの食堂でイザベラがしわがれ声の50がらみのおじさんと話していた。


「冒険者? あんたがやるの?」


「ええ」


「どうみても向いてねぇ。やめた方がいいよ」


「こう見えても、医術の心得がありますわ。お役に立ちますわよ」


「いや~此処だと荒事は少ないからねぇ。回復職は需要がないんだ。それに冒険者だと女の子にはキツイ仕事が多いぞ」


「・・・・・・」


 おじさんは、ちらりと少し離れた席に座るナガマサ達に視線を送る。

「なんで女の子が冒険者なんだ? あんたみたいな美人なら他の仕事も紹介できるぞ? な~に心配いらねぇ。夜の仕事じゃねえよ」


「あら、ご親切に。 ほかの仕事ってなんですの?」


「まあ、色々あるけどよ、医術の心得があるなら仕事は多いぜ。今なら条件の良い看護人の募集がある」


「医術に詳しい看護人? 医者の事ですの?」


「医者の仕事は此処には回ってこねぇよ。金持ちの年寄りを世話する仕事だ」

 看護人とは病人の世話をする家政婦のような仕事です。現代日本の看護師のような職業ではありません。看護人の立場は弱く、社会的地位は底辺であり娼婦同然の人々もかなりいました。

「性質の悪い職場もあるが、ウチが紹介する所は大丈夫だぜ。もし、何かされたら俺に言ってくれ。必ず型に嵌めてやるからよ」


「あら、頼もしいですわ」


「おう。それがおじさんの仕事だからよ」

 このネルトウスの地では魔物は無くても人々を脅かす物は多い。おじさんやこの町の冒険者は魔物のいない社会で人々を守る事を誇りとしている。そして、彼のバックには冒険者ギルドという組合があり、その後ろ盾には巨大宗教組織であるアスラ教会が存在している。

 

「それで、冒険者ギルドには入れていただけませんの?」


「うん? 仕事じゃなくてギルドに入りたいって事か?」


「いえ、その頼まれ事がありますの」


「それなら、ギルドに入らないで仕事を依頼しなよ。金が無いなら他の仕事を世話してやる。そこから、依頼料は当然頂くがな」

 冒険者として、イザベラに適当な仕事などないのだから、妥当な提案である。

 クリスが冒険者になったのは彼が18の頃、30年以上前であり、死亡したのは20年前である。その頃と今は情況が違うのだ。とある理由から当時、アスラ教会は冒険者という荒くれ者たちを必要としていた。当然、アスラ派の冒険者ギルドは参加条件が非常に緩くなっていた。それが当時の社会情勢だったのだ。現在のアスラ教会もネルトウスの社会情勢も、さほど冒険者など求めていないのである。


 おじさんは、困っているイザベラから離れた所で座って待っているナガマサ達をちらりと見る。クリスやナガマサが冒険者の申請するなら分かるのだが。

「まさか、今更アスラの冒険者カードが欲しいって訳じゃないだろ? なんでギルドに入りたいんだ?」

 アスラ派の冒険者カードは所属の冒険者に無料で配布されるアイテムだが、地図機能が白眉の優れもので、30年前はそれ目当てに多数の人間が冒険者となっている。魔法技術が上がった現在では、昔の話である。


 だが、交渉にあたるイザベラからしたら話が違う。このままでは、ナガマサからの命令を果たせなくなる。そうなればナガマサ一行での彼女の立場は人間関係の常として、エライ事になってしまうのだ。

 彼女は自分の判断でおじさんに事情を話す事にした。


「その、お友達に頼まれましたの。この町のアスラ教会に娘が居るから届け物をして欲しいって。それで、、、」


「町に来たら、中に入れなかったのか? 自分で届けたいんだな?」


「ええ、この町に来たら中に入れなくて困ってましたの。私の国では、中壁の中までは誰でも入れるんですもの」

 

「う、、、ん。医学の心得があるって言ってたよな? 連れの人間もか?」


「ええ、一人は医師ですわ」


「ふむ。 それなら、東地区のアスラ寺院に紹介してやろうか? ただし、奉仕の仕事になるから、給料は出ない。飯と寝床はあるけどな」

 

「そんな仕事がありますの?」


「正確には、アスラ様に無償で労働を提供するから仕事じゃない。おじさんとしては給料の稼げる仕事をして欲しいけどな」

 

「あら、おじさまに迷惑をおかけしますの?」


「迷惑ってほどじゃねぇよ。ただ、ウチはアスラ様の世話になってる口入屋だからな。さすがに商売にできねぇだけよ」

 口入屋とは人材派遣業のことです。この施設はアスラ教会の支援により冒険者ギルドの代理店としてスタートしていますが、多数の人が集まる施設となり、次第に冒険者以外の仕事も斡旋するようになった経緯がある。

 ただし、このおじさんの会社の仲介料はピンはねという言葉通り一割ほど。現代日本の派遣業者のように3~4割もぼったくる阿漕な真似はしていない。


「ほかの二人も、医師の助手って事で入城許可証を用意してやるぜ? アスラ様じゃいつも病人の世話をしてるからな、医者なら喜ばれる。もちろん、自由時間もある。だから、預かった荷物を届ける時間はあるし、アスラ様のお参りも東地区だけだが見物もできるぜ」

 言うまでも無く、奉仕である。

 ありがたくアスラ様の為に働かせて頂く。すると許可証が発行されるのだ。取引ではなく、アスラ教の本山が壁の中だからだ。

「で、どうする?」


「お受けいたしますわ」


「あいよ。じゃ、夕方また来てくれ。世話人を用意しておく。それと、あんたらの宿所を用意しとくよ。4人だよな?」


「ええ、4人ですわ。それで、世話人って?」


「アスラ教会に連れてってくれる人だ。その人に許可証を渡すからな。奉仕をサボったり、悪さしたら出られないから気ぃつけてな」


 出られない? 迂闊にも、期限を聞いてない事に気が付いたイザベラである。

「そういえば、奉仕の日数て決まってますの?」


「ああ、最短で3日だ。それでいいだろ?」


「ええ、十分ですわ。おじさま。親切にしてくださってありがとうございます」


「なに、親切にするのはウチの婆様の方針だ」


「お婆様? というのは?」


「うちのボスだよ。今日は仕事で外に出てるんだ」

 このおじさんは古参にして現役の冒険者。ネルトウスの冒険者ギルドでは魔物の出る地域まで野営して戦闘。などという仕事はほとんどなく、人間間の揉め事なんかが仕事の主力なので、酸いも甘いもかみ分けたおじさん達の仕事は多い。

 古参で事情通のこのおじさんは、新入りの入団の可否を一任されているのだ。つまり、ギルド長の代理を務めているのである。



「長かったな。で、どうなった?」

 長く待たされたナガマサ達は、直に冒険者ギルドを出る。ナガマサが出発を急かした為だ。彼らはクリスの伝があると言う西門の方向へと歩いていく。


「どう? もちろん成功ですわ。4人分の入城許可証を手にしましたわよ」


「よっし。じゃ、次はこの町の住民票だよな。クリス、案内してくれ」

 そう言いながら、ナガマサは後ろを振り返る。


「どしたんすか?さっきから変すよ」

 

「ああ、なんかな冒険者ギルドに居た途中からさ、誰かに見られてる気がしてな」

 

「誰か? ナガマサ様なら、得意の探知魔法ですぐ分かるんじゃないすか?」

「やってるんだけど、分からないんだよ。気持ち悪くてな」

 ナガマサ得意の周辺探知に怪しい人は見つからなかった。ただ、その魔法だと建物の中から窓越しで監視されたりすると発見できない。街中だと、遠距離特化のナガマサは死角も危険も増えるのだ。


「それで、なんかキョロキョロしてたんすね。でも、変な人が見えたらおいらが見つけてるっすよ」

 そして、ナガマサは何時もより注意力が散漫になっている。普段なら気が付く所も聞き逃している。


「ナガマサ様少し、イザベラの話を聞きましょう」

「え? なんでだ?」

 クリスはナガマサに注意を促し、イザベラに説明を求める。彼はイザベラの話の不自然さを感じたからである。


「そう、、、ですわね。この町の住民を装う必要は無くなりましたわ。もう、許可証は作成してくれてますから」


「なんでだ? 冒険者になっても、それじゃ意味ないだろ?」


「ですから、大丈夫ですの。それに、冒険者ギルドには入ってませんわ」


「ちょっと、待て。話が見えないぞ」 

 ナガマサは歩みを止めて、イザベラを見た。まだ、南門から伸びる大通りにも達していない。


「ご心配無く。何の問題もありませんわ。私、ナガマサ様の御言いつけ通りに、ネルトウスの中へ入る手段を作ってまいりましたわ」

 少しナガマサの視線が痛いが、そんな事に負けるイザベラではない。

 彼女は反攻に転じる。

「大変でしたのよ。クリスさんの情報が実際には全然違ってましたの。冒険者ギルドに入るのを止められてましたのよ」


「うん、まあクリスも20年ぶりの帰郷だから、多少はな」


「私の話を聞きながら、ナガマサ達をチラチラ見てましたわ。だって、誰が見てもおかしいですもの」


「それは、まあな」

「そっすね」

 確かに誰がどう見ても、クリスやナガマサが後ろに居るのに、イザベラだけ冒険者になりますというは、変な話なのだ。


「でも、有能な私はちゃんと、4人分の許可証を取り付けましたわ」

 

「ええっと、で、どういう条件なんすか」

 

「ヤンスちゃんは、いつも細かい事を気にしますわね」


「いやいや、そこは大事っすよ。はっきり聞きたいっす」

「だな。俺もだ」

 イザベラが頑張ったの分かったが、それはそれ。ナガマサもヤンスに同意する。


「大丈夫ですわ。ほんの3日だけ、アスラ寺院で働くだけですわよ。しかも、食事も宿舎もあるそうですわ」


「食事と寝床があるって事は、働き詰めって意味っすよね?」

 確かに、ナガマサもブラック臭を感じるが働いた事の無い彼には、その辺の判断は難しい。というか判らない。

「それに、働くってナガマサ様のお給料って、ラルンダ様の仕事のお手当てだけで、金貨100枚くらい貰ってるっすよ」


「まあ、待てヤンス。入れなくて困ってたのをイザベラがなんとかしてくれたんだ。金の事はいいだろ」

 

「でも、働くってゴブリンのおいらやゾンビのクリスさんはどうするんすか?」


「大丈夫ですわ。医師であるナガマサ様の助手になってますの。心配いりません」


 だが、イザベラの言葉にヤンスの丸い目は半眼となっている。彼の耳はイザベラから胡散臭い何かを感じ取っているからだ。


「まあまあ、よく考えたらたった3日だ。別にいいだろう。嫌になったら、とっとと逃げ出して、帰ればいいさ」 


「そうですわよ、ヤンスちゃん。私を疑いすぎですわ」


 だが、ヤンスの半眼は変わらず、イザベラは奉仕をサボれば罰則があるという情報を口にする事がなかった。

 出られなくという、おじさんの言葉も伝えてはいない。







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