69. 町に入る方法
ようやくフェーべの王城が間近に見えてきた。
近づくと、丘の上に聳える巨大城砦だけでなく丘全体が城となっている事がわかる。だが、接近するにつれて、その丘の部分は見えなくなってくる。その丘を取り巻く城下町がある。その町を守るための高く頑強な壁も迫ってくるので、それに視線を遮られるのだ。
そして、東方からフェーべにやってきたナガマサの目には、さらに壁の外に広がる大きな町が映る。
リュナスで見たようなボロ小屋は無く、街道沿いには沢山の人や馬車が行き交い立派な家屋が立ち並ぶ。
この城外の町は特に城の東部から南部に大きく広がり栄えている。立派な商家や工房が立ち並び、ナガマサ達のような旅人を宿屋が出迎えている。もちろん、ナガマサの目の届かない場所では、貧しい者が住むボロ小屋もちゃんと有る。街道からは見えないだけだ。
「やばかったな。まさか巨人が向かってくるとは思わなかったよ」
「そっすね。おいら、イザベラさんにお仕置きするのかと思ったっす」
「なんでだよ! シイバの枝が握ってみただけだろ?」
ナガマサは間近に迫った巨人を見て悪戯心を起こした。巨人が何を思っているのか知りたくなったのだ。
だが、ナガマサはシイバの枝を上手く扱う事ができない。その結果、影響を受けた巨人がナガマサの乗る牛車を追って来てしまったのだ。それは周囲に居た2体に留まったが、3メートルを越す巨人が街道に乱入する事で大混乱が起きてしまったのだ。
「だから、巨人に命令したのかと思ったっすよ」
「そんな事できないって。シモンで実験済みだよ。それに、イザベラをお仕置きする理由ないだろ?」
「ええ? そっすか? ナガマサ様ってあまり食べ物に拘らない方なんすね」
「そう? 普通だと思うが」
もし、ナガマサが食べ物にうるさい男だったら、まずベルム・ホムの食事で苦労しただろう。ゴブリン達の主食に昆虫食は欠かせないものだからだ。
「旅の食事ならイザベラの料理は有りです。硬いビスケットと水溜りの上澄みの夕食というのも、よくありました」
「食材が乏しいならクリスさんの話も分かるっすけど、、、」
薬師部という10名程度のチームでのせいぜい数日の野外活動を基本に考えているゴブリンのヤンスと、傭兵や冒険者として長距離の行軍や移動を旅だと思っているクリスでは前提条件はずいぶん違うのだが。
もちろん、イザベラの料理の信念はどちらでもない。
「まあ、それはともかく。クリスはやっぱり家族に会いに行く気は無いの?」
「はい、私は既にナガマサ様の僕です」
クリスは生前に仲間とお互いに仲間の命を守るという魔法契約を結んでいる。
実際、それでクリスは仲間を守って死んでいるし、彼の仲間は全滅してる。
ナガマサから見ると、それで十分に務めを果たしたと思うが、クリスはそうは考えない。
クリスにとって、おめおめと自分ひとり復活するなど考えられないのだ。
死亡した事により、魔法契約の強い効果も既に消えている。だが、本人が復活を望まない。彼がゾンビに留まっている理由でもある。
クリスが意思がそうである以上、ナガマサも彼を生者にしようとは思わない。
ただ、それはそれとして、一人娘に会わないのもどうかと思うナガマサだ。
「じゃ、娘さんや遺族の居場所は分かってるんだからさ、直接遺品を渡しに行かないか?」
「・・・・・・」
「分かっている。俺が渡すってのはどうだ? クリスは俺の後ろに居ればいい」
「――、つまり、冒険者のふりをするのですか?」
「そうなるかな? 確か、そういうクエストがあるって言ってたよな」
「はい」
現代日本のような安価で安全な郵便制度は無い。道路網が整備されている事もあり配達人(飛脚みたいな人)は居る事は居るが高価で不安定、そして基本的に受け取り人が代金を払うのだ。そういう社会情勢なので冒険者のお使いクエストも当然あるし、一定の都市間を定期的に移動する交易商など副業にしている場合もある。
それ故、クリスは自分で遺品を持ってきている。この町まで持ってくれば、地元の子供にでも配達はできる仕事だ。小遣いを上げれば大喜びでやってくれる。
共に倒れた生前のクリスの仲間は5人。この町に住む遺族は彼自身を入れて4家族、後の2人は依頼人が揃えた人員なのでクリスも詳しく知らない。
後ろ暗いクエストの場合、互いの過去を問わない事はよくある。その分、期間限定の魔法契約は強めのものになるが。
「同じギルドって事は、他の冒険者ギルドもあるんすか?」
「あるよ。冒険者に限らずある」
「え? そうなんだ。でも、窓口は一つの方が便利じゃない?」
ナガマサの指摘通り、本来は一つの方が良い。だが、ギルドとは同業者の組合なのだ。それは人の集まりに他ならず、立場の違いや利権であっさり分裂する。特に冒険者ギルドなんて簡単に軍事力に転用できる集団が巨大になれば、必ず何処かから圧力がかかる。
「この町の大手の冒険者ギルドは2つあります。一つはどの町にもある伝統的な所謂、冒険者ギルド。もう一つはアスラ教が経営しているギルドです」
「本部もこの町のアスラ教徒の寺院内にあるんだよな」
「はい、ナガマサ様がお探しの手記の著者ナガモリ氏もアスラ教徒です」
ナガマサがミフラ神マサイエが教えてくれた数少ない手がかりが、同じ異界人ナガモリの手記だ。彼の協力者の女性で後の奥さんがアスラ教徒だったらしい。
「ネルトウスで人気の神様なんだな。でもさ、宗教がスポンサーの組合なら、他の宗派の人はそのギルドには入り難くないか?」
「いえ、宗派関係なくギルドに加入できます。それに老舗のギルドと違って参加要件が緩いくらいです。必要なのは真名を使った魔法契約だけですから」
「じゃ、ナガマサ様は参加できないっすね」
「できないな。でもさ、他ギルドは魔法契約以外になんか資格がいるのか?」
ゲームとかだと簡単に加入できる冒険者ギルドだが、ゲームの主人公はレベル1の段階で大抵、剣や魔法を使える素養を持っている。
荒事必須の稼業である冒険者にある程度の能力を求められるのは当然で入団試験などがある場合も多い。他の商工業ギルド、つまり組合でもある程度の能力は当然求められるし、ギルドからの助力と引き換えに、その組合への忠誠と奉仕が必要になるのは人の世の常である。
それに技術以上に信頼関係が大事になるので、この魔法がある異世界では、やはり魔法契約は必須となるのだ。
「なるほど、ゲームみたいには簡単に入れないのか」
実は、数あるギルドの中では冒険者ギルドは最も敷居が低い。やる気と能力があれば大抵は入れる。ナガマサの場合、自身の真名が不明な事が問題となるので入れないだけだ。
「それなら、旅行者が荷物を預かったって事にしたらどうっすか? お金はもう頂いてますって」
「その場合、旅行許可証が必要になります」
「最初の問題に戻ったな」
「そっすね。それは自分で作れないんすか?」
「偽造も出来なくは無い。この町には、そういった詐術を生業にしている者がいる。ただ、その者に接触するのは一手間かかります」
「それと、作成費用と時間がかかるんだよな? しかも、ばれたら面倒くさい事になるな。ほかに手は?」
「冒険者ギルドに加入できれば、ギルドが許可証を出してくれます」
「なるほど、そういう便宜を図ってくれる組織なんだ。でも、その許可証って冒険者本人以外も作ってくれるものなのか?」
「はい、冒険者ギルドに入れない見習い冒険者というのが、かなり居るのです。それ以外にもクエストに必要な技術者の分などの許可証も発行してくれます」
「それなら、冒険者ってのを雇って中に入ればいいすよ。それなら問題ないっす」
「遺品の配達だけなら、すぐに引き受けてくれる人間は見つかるでしょう。ですが、同時に私達を入城させてくれる冒険者は、まずいないでしょうね」
あからさまに異界人の風貌をしているナガマサ、調べればゾンビであると分かるクリス、フード付きローブが無ければ即ゴブリンだと分かるヤンス。
この面子を信用して一緒に城内に入ってくれる冒険者はまずいない。何かあったら、その責任を取るのは、その男だからだ。
「うーん。ほかに手はない? 俺の医療技術じゃダメか?」
「冒険者に関わる技術者ではないかと。医師のギルドもありませんし」
ナガマサの得意分野は医術・死霊術なので、冒険者と縁が無いわけではないがクエストには関わりが無い。
「どうしても、という事でしたら旅行者ではなく、この町の住人となるのが良いでしょう」
「この町? 入れないんだろう?」
「壁の外の町です。ここなら簡単に住民になれますし、私に伝もあります」
「でも、壁の中に入れないじゃないんすか?」
「壁の中で住む事ができないんだよ。ただ、労働力として、城外の人間も頻繁に出入りしているんだ」
クリスはヤンスに説明すると、ナガマサに視線を向ける。
顔をヤンスからナガマサに向けるのではなく眼球が自然に移動している。こういった細かい動作がクリスを一見して人間に見せている。
「この街の人間でしたら、冒険者ギルドも入場許可証を出してくれます。冒険者ギルドの人間は、城の外の出身が圧倒的に多いですから」
「なるほど、それで行こうか。後は適当な冒険者が居ればいいわけだ」
となると、条件の緩いアスラのギルドの方がいいだろう。そのギルドが嫌がるのはアスラ教へ弓を引く行為くらいだからだ。
☆
「あら、連れがいましたわ。ここで降ろしてくださいな、シムズ」
「ああ、楽しい時間が終わってしまった。この時間が続くなら何処までも馬車を走らせていたかったよ」
話し込むナガマサ達の前に、豪華な馬車が止まり扉が開く。
「私もですわ。でも、私の連れが迷子の子犬のように私を探していますの」
「君のような美しい女性を見捨てる男の元に戻るのかい? 君さえよければ、私に貴方のお世話をさせてもらえないかね」
「あら、光栄ですわ。奥さんと別れてくださいますの?」
「――」
扉を開けたまま動かない馬車は、街道沿いの屋敷の前で止まっている。
それは一棟貸しの商人宿。馬車などを使って大人数で移動する交易商などの為の宿。馬車ごと入れる大きな倉庫と馬屋付きの屋敷がある敷地ごと借りる形になる。
ナガマサがクリスの勧めで借りた宿である。
「では、失礼いたします。あなたのご親切は忘れませんわ」
「待ってくれ、気が変わったら私を訪ねて欲しい。これを」
馬車から降りようとする美女を50歳くらいの紳士、おそらくシムズ氏が呼び止める。そして、その手に何かを握らせ名残惜しそうに去っていった。
「あら、何かと思ったら煙草入れですわね。心に響きませんわ」
「それは、書いている紋章の方に意味があるんだ。イザベラ」
その紋章を見ると、持ち主が誰だか分かるように工夫してあるのだ。
「そうでしたの」
イザベラはクリスに目でお礼をする。
「お待たせしました? 皆さんでお出迎えとは嬉しいですわ」
「おかえりイザベラ。予想よりずっと早かったよ」
街道の混乱に乗じて彼女はうまく立ち回ったのだろう。イザベラは汗もかかずに追いついてきた。
「実は、お前に頼みがあるんだ」
「あら、本当に子犬ちゃんのように私を待ってらしたの?」
「ああ、お前に冒険者になってもらおうと思ってな」
ナガマサ一行、唯一の普通人であるイザベラ。
彼女には、冒険者ギルドを入りを拒む障壁は無い。




