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魔王の指輪と壊れゆく世界  作者: 鶴見丈太郎
第3章 探索
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66. まつろわぬ民


 また、立っているな。

 何が起こってるんだ?

 

 トマス・シモンは東門から騎馬で異常の報告があった地点に向かっている。

 命令を受けた時点で兵士は夜番に交代しており、余剰の人員などいない。さらに言えば馬に乗れる兵士も少ないので、彼が残業をしていた会所のスタッフにお願いしてようやくシモンを入れて5名の人数を揃える事ができた。

 城壁のすぐ外とはいえ、夜に一人で出歩くのは危険なのである。それに万が一という事もある。巨大な魔力を持つ魔物が跋扈している という可能性はさすがにないだろうが、危険人物の可能性はあるのだ。


 その夜に、人が戸外に出て立っているのである。街道沿いの家屋は比較的にまともなボロ屋が多く、人家から漏れ出す灯りも多い。それに照らされてポツポツと人が立っているのだ。

 最初は偶然だと思ったシモンだが、すぐに異常に気が付く。

 ぼんやり立っている人々は全て同じ方向を向いている。

 それは偶然にもシモンが向かってる方向だ。彼を気持ち悪い違和感が襲う。


 意を決したシモンは馬の歩法を駆歩から常足に変えてスピードを落す。先頭の彼が速度を下げれば自然と一行の速度も下がるからだ。

 彼は進行方向の街道沿いに佇む人影に声をかける事にしたのだ。

 近づいてみると、その人影は中年女性だとわかった。驚かせないように気を使ったのは正解だったシモンは胸を撫で下ろす。

 女性のスカートに子供が二人すがり付いているのもシモンを照らすトーチの魔法によって判別できた。

 ただ、何故小さい子を持つ母親が立ち尽くして暗闇を見ているのか?


「どうされました? 何か困り事ですか?」


「・・・・・・」

 所帯やつれを身に纏う女性はシモンに険のある視線を一瞬向けただけで、何も応えない。


「あ~私は怪しい者ではありませんよ」


「・・・・・・」

 優しく声をかけるシモンに女は見向きもしない。シモンが怪しいかどうかなど先に一瞥した時にわかっている。

 この土地に生きている者なら、シモンの軍装、騎馬の一隊を引き連れている立場を見るだけである程度の身分はわかる。

 だが、この城外に住む賤民は明らかに士分のシモンを恐れていないのだ。


「貴様! 聞こえんのか!!」

 突然、若い兵士のプリストが大声で怒鳴りつけた。

 その怒声にスカートにすがる子供達の目が怯える。


 何のためにシモンが気を使って行動しているのか分からないのか?

 部下のプリストこそ怒鳴りつけたいシモンだが、そんな無駄はしない。

 プリストを制して、女に謝る。

「いや、失礼した。何かお助けできればと声をかけただけだ。他意は無い」


「・・・・・・」

 また、女がシモンを見る。その目から険は消えたがやはり一言も喋らない。


「そうか。では失礼する」

 シモンは大声で立ち去る事を告げた。


 大声にまた子供たちが怯えた目を向けてきたが、それでいい。 

 シモンの大声は暗闇を見続ける女ではなく、周囲の人家からシモン達を窺う視線に向けてのものだ。プリストの大声に反応した人々が人家の内外でシモンたちを見ていた。城外の民がリュナスの兵士を見る目は厳しい。公務員のシモンにとって揉め事はゴメンなのだ。

 城外の人々は追い出されはしないが、守られもしない。ネルトウスは魔物がほぼいない国だが、魔物のような人間は結構いる。難民としてやって来た弱い立場の人々にはネルトウスにおいても苦難がやって来た。当然というべきか、自然発生的に自警団が結成され、それは80年の時を経ると色々な顔を持つようになる。

 事情を知悉しているシモンは、だから女性にというより、複雑な立場の地元民に気を使っているのだ。

 

「監督官は甘いです。ガツン言ってやりましょうよ」

 再び街道を走り出したシモン隊。若い兵士プリストはさっきのシモンの対応が不満なのだ。夜番の彼にとって、シモンは隊長ではない。夜番の隊長の命令によってシモンに付き合っているだけだ。

 監督官は数理にも税制にも交易品にも明るいシモンの役職の一つである。兵士としても士分であり、所謂領地無しの騎士でもある。一兵士のプリストが取る態度ではない。 

 

「何も問題ないよ。女性に熱烈なアプローチを取ると女房に怒られるんだよ」


「――!」


「悪党が出たらガツンとやるよ。君にも活躍してもらうぞ。君の剣も噂は聞いてるしね」


「ははっ!」


 プリストはまだ若いのに、剣も馬も心得がある。幼少から自家で訓練を受けているという事だ、つまり、そこそこいい所の息子なのである。

 その分、少し城外の事情に疎い所もあるお坊ちゃんなのだ。

 それでも、労苦を惜しまず働くとの評価をシモンは聞いているのだ。同時に気が小さく臆病なので、市民への対応に少し難があるらしい。

 ただ彼には地縁もあるし、そこは美点に比べたら小さい欠点だ。シモンは彼を叱らなかった。まだ若い彼の成長に期待するシモンである。


 

 シモン一行がネルトウスを出て、ルゴス領内である目的地に到達した時、彼は言葉を失った。


 その場所はかっては旅行者がよく野宿していた荒地である。10年以上前に西門の外側を拡張して無償で馬車など陸路を使う交易商などの為の設備を整えてからは、あまり利用されなくなっている。

 その設備が無いと元々、城内に入らない商人達の活動に不便だったのだ。


 だが、その荒地は、荒地だった場所はもう秋も終わるのに緑が生い茂っている。木々も全て盗伐されたはずなのに、巨木が一本、聳え立っているのだ。

 なにより、その巨木は淡い光を放っている。

 その燐光は明らかに魔法光である。


 言葉を失ったのはシモンだけではなかった。

 一行は皆、目の前の光景を信じられなかったからだ。

 

「秋なのに、花だけでなく虫まで飛んでますよ」

 

「そうだな」


「所長、これなんですか?」


「分からないな」


「あの木はシイバですか? 何故、光ってるんでしょうね?」


「何故だろうな」

 もちろん、シモンに分かる訳がない。

 シモンに質問しているのは、交易所のスタッフであるノエミだ。彼女は役人でも軍人でもなく、リュナスの商人の用人である。腕が立つ上、馬も扱えてさらに数ヶ国語堪能なので、シモンがお願いして来てもらっている。


「監督官、よくみたらあの木の下のほう、旅人草じゃないですか?」

 プリストも口を挟んだ。小心な彼は異様な光景に不安感が大きくなっているのだろう。


「あ、よくみたら、この辺の草もそうですよ。行人草です」

 ノエミの指摘しているのは足元に生えているネズミ草だろう。何処にでも生えている雑草で足首を覆い隠すくらいの高さの草だ。とてもタフで岩だらけの地面を絨毯のように変える草である。敷物が無くても、この上にマントやローブに包まって寝れば絨毯の上で眠るような感じになるので、行人草の定番の一つである。

 

 ただ、荒地全体に生やす奴はいない。 

「だとしたら、何故こんなに草を伸ばしたんだ?」

 シモンの問いに誰も答えられない。

 行人草だとしたら、全くの魔力の無駄使いだからだ。

 それは単にナガマサの不器用さと生物へ行使する魔法の相性の良さなのだが、そんな事がシモンに判るはずはない。


 ただ、彼らは此処が目的地である事は分かった。

 明らかに巨大な魔力が使用された痕跡に、間違いないからだ。



「よし、行くぞ」

 シモンの声にプリストとノエミが緊張した面持ちで肯く。

 街道沿いで馬を下りた彼は比較的腕の立つ二人を連れて、行人草で作られたテントに進む。残りの2名はそのまま街道沿いで馬の番である。2名残したのはシモン達に不測の事態が起きた時にすぐさまリュナスへ応援を要請する為だ。

 シモンの予想を超えて、報告にあった魔力は掛け値なしに巨大なそれである事がわかったからである。

 それはテントに近づくとさらに鮮明になる。

 風雨を避ける為の行人草、フタゴカズラとアカヒゲツルクサが有り得ないほど密生して絡み合い、よく見るとシイバの巨木ではなく埋もれている両脇の2本の木々、その枝に巻きついている。

 その為、一夜の宿であるはずの行人草のテントの高さは10メートル近くになっているのだ。


 そして、なんとなく分かる。感じてしまう。

 合理的なシモンにしては不合理な直感。

 あの、暗闇を見据えていた女、いや人々はこれを見ていたのだと思えるのだ。

 さっきの女の位置ではこのシイバの巨木は見えない。ほかの立っていた人たちも同じだ。ほとんどの人間の目では直接は見えないはずだ。距離や遮蔽物だけでなく、もう夜だからだ。


 実は剣を取ってもシモンは優秀なのだ。

 プリストとノエミ、二人同時に相手をしても余裕で勝てる。

 だが、その彼がこのテントに入るのに躊躇していた。

 不合理な本能はシモンに此処から直に立ち去るように警告しているのだった。


  


 その頃、行人草のテントの中では、ナガマサは食事を終え、シイバの巨木にもたれ掛かって座っている。

 普段の彼なら食後は仲間達と会話したりするのだが、今日の彼は様子が違う。体調が悪いわけでも、怒っているわけでも、眠っているわけでもない。ただ、ナガマサの周囲の魔力がゆっくりと流動しているのがヤンス達にも伝わっていた。

 別に何の魔法を使っているわけでもない。いつも傍にいるヤンス達も初めて見るナガマサの様子なのだ。

 ヤンスはナガマサの邪魔にならないように焚き火の側で控えていたが、外を見張るクリスから報告があった。ナガマサの予言通りに人が来たのだ。

 

「来訪者が騎馬で5名参りました。街道脇で下馬して徒歩で3名近づいてきます」


「来たら入れてやってくれ、クリス」


「丁度お茶も入りましたわ。ナガマサ様の予言通りですわね」


「じゃ、おいら荷車の陰に隠れてるっすよ」


「いい、そのままで。さっきの税関のおっさんだよ」


「あら? さっきの隊長さんですか。はい、熱いですわよ」

 

「あ、ありがとうっす」

 イザベラはナガマサに茶を淹れて、ヤンスにもお茶を渡す。

 ナガマサはシイバの根元。ヤンスはさっきまでナガマサもいた焚き火の席から動いていない。ヤンスはローブの脱いで寛いでいたので、ゴブリン感がむき出しになっている。それをヤンスは気にして隠れると提案したのだ。


「いいよ。向こうに敵対する気がない。それに、中が温まっているのにローブなんか着れないだろ?」


 ヤンスはナガマサの言い様に少し違和感を持ったが、こういう魔力がかった時のナガマサの言う事は信頼性が高いのを、彼は知っていたので口にしなかった。

 

 ちなみに、このお茶は日本茶でも紅茶でもない。この異世界でも植物の葉や茎を利用した飲み物が好まれている。それらの嗜好性飲料を総じて茶と呼んでいるのだ。様々な種類の植物のお茶があり、地域差はあるがタイタニア文化圏では広く飲まれ愛されている。人間から文化を学んでいるベルム・ホムのゴブリン達も昔から嗜んでおり、薬師部として屋外に出ていたヤンスもお茶好きである。



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