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魔王の指輪と壊れゆく世界  作者: 鶴見丈太郎
第3章 探索
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65. 行人草


「ナガマサ様、これを」

 クリスがナガマサにある植物の種子を渡したのは、リュナスの南門から3キロほどの荒地である。東門からスラッリ山脈の山裾をかなり歩いたので、すっかり日が落ちている。ナガマサはトーチの魔法を自らのイザベラの頭上に打ち上げ足元を照らしている。人間となった彼女は夜目が利かないからだ。


「コレは何だ?」


「行人草の種です。よく野宿する人が使います」

 クリスの言う行人草、またの名を旅人草とは、魔力を受けて瞬時に生育する植物を指す。幾つかの種類があるが魔力を注入する事により簡単に生育するので一夜のテントや雨宿りなどに使う旅人が多い。元々は各地に生える雑草の種だが、いつしかこの世界では行人草と呼ばれ使用されている。目聡い商人により、扱い易い種子を集めて販売もされている。

 野営を日常とする巡礼、行商人、冒険者など、多様な人々が恩恵に与っているのである。


「なるほど、それで育ててから根元を鉈で切るの?」


「いえ、ナガマサ様なら魔力を込めれば任意の方向に曲げれますよ。普通は手持ちの杖などを伝わせて付近の樹木の枝に絡ませます」

 最初に水を与えて発芽させ、その後魔力を注入する事でコントロールする。誰にでも容易に使えるようになっているので、魔力も最初は多量を要するが、後は方向の操作だけなので魔力の負担は軽い。それも、手持ちの棒なりロープなりを使う事でさらに工夫すれば魔力の消費は極少なくて済む。


「へ~簡単なんだな」


「普通は一晩で枯れるっすけど、上手く育てたら長生きするっすよ。だから、古い街道沿いなんかには、誰かが作った旅人の家があちこちにあるっすよ」

 山中の物などは、人間だけでなく獣なども雨宿りしてたりするのだ。

 つまり、人間だけでなくゴブリンなども使用しているし、空気中の魔力に反応して自然に樹と草で出来る空間が発生する事もあるのだ。


「でも、ここ本当に荒地ですわ。樹どころか潅木もありませんわよ?」


「そうだな。昔は、樹がまばらにあって野宿する人が沢山いたんだが、、、」

 どうやらクリスの知らない20年の間に何かあったらしい。

 でも、ナガマサには何の問題もない。


「いいよ、ついでに俺が樹を作るよ。それに旅人の草も多少は人の手が要るんだろ? その間にイザベラは食事を用意してくれ。先にモロクを呼び出す」

 ナガマサは木属性の魔法は得意なのだ。というか、これは召喚物の範疇かもしれないが。

 今は完全に夜になっており、多少ナガマサが大目に魔法を使っても大丈夫そうだ。それに樹が無くなっているせいか、この場所に他の人がいないので人目の心配もなかった。


 

「来い!モロク!」

 魔力を纏ったナガマサが短い詠唱で冥界から雄牛を呼び出す。

 即座に巨大な魔力が行使され、荷車に繋がれた茶褐色の牛「モロク」が出現した。生前は役牛として農家に大事飼われていた仔なので、おっとりとしている。

 モロクは農家の家族として農作業や荷車にも慣れているので現在の環境にも平然としたものである。

 

「ヤンス、触媒にするからその辺の木から枝を取ってきてくれ」 

 ナガマサが高価な僧衣のまま、ヤンスに指示を出して作業を始めようとすると、イザベラが言葉を挟んだ。

「ナガマサ様、先に御着替えになって下さい。幾ら黒衣でも汚れちゃいますよ」

 そう言ってイザベラは荷車に載せているナガマサと自分の普段着を取り出した。いつもなら着替える時は自慢の裸身をナガマサに見せて反応を楽しむイザベラであるが、今日は屋外で寒いのでそんな余裕は無い。

 それに予定が狂ったので、みんなお腹が空いていたのだ。

 ナガマサもさっさと普段着に着替えて、作業に入る。モロクを呼び出したので、行人草を使った簡易テントは大きな物に変更する事にした。

 モロクもテントの中に入れたいナガマサだからだ。

 ヤンスが取ってきた、木の枝を手に男達はこれから作るべきテントを話し合った。荒地にはナガマサ達しかないのだ。多少大きなテントになっても誰にも迷惑をかけはしない。



 思ったより時間がかかったが、ようやく野営の準備を終えてナガマサ一行は夕食にありついた。


「これはなんだい? イザベラ」


「茹でた芋ですわ。ナガマサ様」


「俺の気のせいかな? 夕飯が茹でた芋だけに見えるんだけど?」


「まあ、ナガマサ様。近眼が進んだんですの? ちゃんと塩とバターが有りますわ。少し、バターは贅沢ですけど、ナガマサ様が頑張ってくださったから」


 確かにナガマサは頑張った。行人草はともかく支柱代わりの樹木を上手く作るのに手間取ったのだ。そもそも、樹木が生えにくいから荒地になっており簡単にはいかなかった。

 仕方なく土壌にまで手を出し、本気を出した結果、幹がやたらと長い巨木になってしまった。行人草を使うなら手頃な高さに枝が必要なのだ。

 魔力総量が桁外れなのだが、その分少し不器用な所があるナガマサである。

 最終的に、巨木の両脇に一本ずつ木を作ってなんとか野営地を造った。

 その為、出来上がりは簡易テント代わりとは思えないほど巨大な仮の宿になってしまった。広すぎて内部が少し寒くなったほどである。なので、さらに行人草にも手を加え外気を遮断する工夫をしている。

 どうみても本気を出しすぎである。


「わかった、食べよう。頂きます!」

 ナガマサは空腹だったので、文句を言わずに芋を齧った。魔法を使うと魔力だけでなく体力も消耗する。莫大な魔力を消費する彼は、多大なカロリーも同時に消化しているのだ。彼は限界だったのだ。

 ナガマサは塩もつけずに芋に齧り付いている。ベルム・ホムでもゴブリンの料理に一度も文句を言わなかったナガマサである。芋くらいではビクともしない精神を既に持っている。

 ナガマサを見てヤンスも芋を食べる。彼もこのジャガイモのような芋が好きなのだ。正直、バターつけて食べるナガマサ流の食べ方も好きなのだ。


「あれ? イザベラさん食べないんすか?」


「もう、頂ましたわ」

 

「え? 食べてないっすよね?」

 ヤンスは味方を求めてナガマサを見るが、何故かナガマサは焦点の合ってない目で芋を食べている。

 クリスは食事をしないので食卓を囲むのは3名だ。

「もしかして、芋嫌いなんすか?」


「詮索好きは嫌われますわよ。料理は苦手ですけど、好き嫌いはありませんわ」


「あれ? でもイザベラさん、料理得意って言って無かったすか?」


「得意じゃなくて、慣れてるって言ってましたのよ。ヤンス君」

 幼い頃には母はなく、家業に忙しい父親から放置され、学生時代は勉学に没頭し家事はおざなりだったイザベラである。手抜き料理には自信と数多のレパートリーを持っている。そして、今贅沢ができるようになっても幼い時の感覚というのはなかなか抜けないものなのだ。


「それなら、明日から、おいらが料理番するっすよ。薬師では下っ端の仕事っすから、料理得意なんすよ」

 ヤンスはナガマサを見る。だが、期待した命令はない。

 ナガマサだって、芋をそのまま煮ただけの料理など望んでいないはずなのだ。

 いつものナガマサなら、この情況ならヤンスに声くらいかける。

 読みが外れたヤンスは、なんとなくモロクを見る。

 モロクは何も食べて無いはずなのに、呑気そうに口をモゴモゴしている。彼が引く荷車には沢山の食材もある。野菜や小麦にパン、豚肉の燻製や干し肉などもあるはずだ。

 薬師部で野外活動で慣れているヤンスにとって、手早く料理するくらい大した手間でもない。


「あ、でもお芋美味しくできてるっすね。」


「そうでしょ。食べすぎたら太りますからね」

 今や人間となったイザベラは、当然食べすぎたら太る仕様になっているのだ。

 といっても、蘇って日が無い今のイザベラは彼女の理想とするプロポーションを誇っている。

 彼女は自分の腰のくびれを維持するのが従者の務めと心得ているのだ。

 別に命じられてるわけでは、無い。

 イザベラが自分の考えで判断している自発的行動である。


 楽しい食事中にナガマサが突然言葉を発した。

「もうすぐ客が来るぞ」


「へ?」

 ヤンスの優れた聴覚はなにも感じていない。

「ナガマサ様の様子見る魔法ですの?」


「いや、周辺探知じゃない。ないんだけど、ちょっと似た感じだ」


「なんか調子悪いんすか? 」

  

「うん、なんかな、、、ふわついてる」


 ナガマサの傍らに立つクリスが外の様子を確認に行く。

 いつも通り周囲を警戒しているクリスの耳には何の異常も感じないが、ナガマサの周辺探知の能力を彼は熟知しているからだ。

 外に立ったクリスは聞きなれた音を遠くに聞いた。

 数頭の馬蹄が聞こえてきたのだ。

 ナガマサ達の野営地は少し街道から外れた位置だ。人目に付かないよう気を使っている。なので、馬に乗った何者かが向かっているのは、この場所である可能性が高い。



 その数分後、馬に乗ったトマス・シモンが数名の部下を連れてやってきた。

 再び、シモンとナガマサは対面する事になる。





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