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魔王の指輪と壊れゆく世界  作者: 鶴見丈太郎
第3章 探索
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63. 国境の町 リュナス


 その日、リュナスの街の港湾地区兼東門の責任者であるトマス・シモンはややこしい来訪者の対応をする事になった。

 何故なら、一つはその青年の身分が思わぬものであった為。そして、彼らがおそらく訳ありの一行であると思われた為だ。

 

 

「ほら、これ見てください。俺達は怪しい者じゃないですよ」

 思わぬ展開に焦ったナガマサは珍しく粘っていた。

 ナガマサ一行は、港湾地区に接する東門の外側。門のすぐ脇にある簡素な小屋に場所を移して対応されていた。もう夕方でありリュナスへ帰る市民や門が閉まる前に町に入る外国人の対応で門はごった返していたからである。

 現代で言えば税関で引っかかって、別室に通されたという事だ。

 ナガマサでなくても、ちょっと焦る。


「それは分かりますよ。ちゃんとツェルブルク政庁が発行した物でしょう。ですが、それは身分証です。あなたの身元が確かでも入国理由にはなりません」

 対応してくれているのも、先ほどの若い官吏から警備隊の隊長へと変わった。これは軍隊の対応ではなく、東門の責任者が複数の権限を有しているからである。

 そして、その責任者はトマス・シモンと名乗り、丁寧な対応をしている。それは彼が、ナガマサの身分がかなり高いと推定しているからだ。

 

「ナガマサ様、係りの方を困らせるのは止めましょう。許可証が無いのに入国を認めれば、この方たちが罰せられますわ」

 イザベラがナガマサの二の腕を掴んで諌める。クリスとヤンスは一歩引いて声を潜めていた。余計なトラブルを避ける為である。


「でも、俺達に怪しい所は何もないだろ? それに困るぞ。乗り合い馬車だってリュナスの城内から出るはずだ」

 ナガマサが粘るのは少し理由がある。実はツェルブルクではラルンダが用意してくれた身分証があれば大抵の無理は利くのだ。

 ラルンダがナガマサに用意した身分は、マキナ神殿の治療僧。つまり、神殿お抱えの医師である。さらに特記事項に書かれたレダ直筆の文字と署名を見ると、ツェルブルクでは誰もが気を使ってくれたのだ。ナガマサはマキノ公の威光で忖度され放題の日々だったのだ。

 ただ、レダの威光が最大の効果を発揮するのはツェルブルクの国内のみ。

 まして、ここリュナスは広大な沃土と高い文化を誇る大国ネルトウスの城砦都市の一つだ。

 このタイタニア文化圏においては、タイタニアの勢威が激減している。その情況下で次のリーダーになる事が最も有力視されている大国、それがネルトウスだ。

 レダの威光は、霞んでしまうのである。


 ただ、シモンはナガマサを軽んじていない。大国の官吏にはトラの威を借る狐のような小物も多いが、彼は外国人に無礼な対応などしない。

 港湾地区の責任者である彼は様々な情報を得られる立場にあるのだ。

 当然、ツェルブルクの事情にも詳しい。

 かの国のマナタイトや銀は交易に携わる者なら誰でも知っている。

 さらに、シモンは身分証にあった特記事項に注目していた。

 その内容はナガマサが『妙手』である事と、それをマキノ公が認定している事が記されているのだ。

 妙手とは高い技術を持つ職人など有能な庶民への栄誉なのだが、ナガマサの顔はどう見ても二十歳前だ。この若さで妙手など考えられない。

 通常、何年も修行し、高い技術を持つようになって何十年も活躍してもらえる称号が妙手である。まして、医師なら修行期間だけで多年を要する。


 つまり、シモンの目から見てこの身分証は訳有りなのだ。

 そして、シモンは知っている。生まれながらに何の苦労も無く栄誉を手に入れる事ができる人種を。

 マキノ公がわざわざ気を使って栄誉を与える若者なら、王族か有力な一級市民の子弟に間違いないだろう。

 普通、ナガマサの黒目黒髪を見ると多くの人は異界人を連想するのだが、ツェルブルクの有力市民に東洋人の特長を持つ一族が居る事をシモンは知っていた。


 さらに、ナガマサの隣に侍る美女イザベラ。

 ナガマサは彼女を従者だと話しているのだが、親しげな態度は普通の従者ではない。また、職業柄幾多の商品の目利きもできるシモンには、イザベラの衣装が従者などが買える物では無いことも一目で判断できていた。

 その上、ローブを目深に羽織った護衛と小男の下男まで連れている。

 なにより、ナガマサの来ている僧服は、その光沢から蜘蛛糸で作られた高級品である事がわかる。しかも意匠がミフラ神を表す単眼。到底庶民が着れる服じゃないのだ。


「ナガマサさん。ここ港湾地区には外国人向けの宿もございます。良ければ賓客向けの高級ホテルを紹介いたします」


「いや、それはありがたいんですが、どうしてもフェーべに行きたいんです。少し用事がありまして」


「もしや、アスラ教の本山に用事ですか?」

 ネルトウスで最も権威ある寺院である。そこで結婚式を挙げ神の祝福を受けたいと願う夫婦は多い。たとえば、裕福で自国の寺院で祝福を受けれらない事情のある恋人同士などもそう願うだろう。


「え? ええ、そこも行こうと思っています」


「残念ですが、入国は許可できません。明日、早朝からダヴゥ行きの船が出ますよ」

 本当は、危険性が無く身元の確かな旅人なら彼の権限で入れる事もできる。だが、シモンはそうしなかった。たとえナガマサが多額の賄賂を提示してもだ。

 彼はツェルブルクの厳格な結婚制度についても知っている。

 有力者の子弟なら旅行許可証など簡単に手に入る。それが無いという事は世間知らずのボンボンが親に逆らって出てきた、という事だろう。

 シモンは、ナガマサとイザベラが、身分違いの恋人である可能性を考慮したのである。

 ここで彼らをリュナス市内へ通せば、後で責任問題になりかねないのだ。


 ナガマサの計画は早くも頓挫してしまった。



「ビックリしたっす。人間って誰でも自由に旅ができるって思ってたっすよ」

 ヤンスが口を開いたのは東門を離れて港湾地区の大通りに戻ってからだ。そこは漁民や港で働く人々の為の飲食店や宿屋が軒を連ねている。大抵は安宿だが、中には先ほどシモンが言ったような高級なホテルもある。


「俺もだよ、ヤンス。旅行許可証なんて全く知らなかったな」

 ゴブリンのヤンスはともかく、日本人だって外国に行くのにパスポートが必要だ。ちょっと迂闊なナガマサである。


「あら、そうでしたの? でもマキナ公ならご存知のはずですわ。何故旅行許可証をもらえなかったかしら?」


「うん、それはレダには旅行の事は言ってないからな。ラルンダに休みをもらえたからダッシュで旅行を決めたんだ」


「そうでしたの?」


「ああ、イザベラに会いにスノッリの病院に行った日に休みの許可を貰ったんだよ。それまでずっと、働き詰めだったからさ」


「ラルンダ様、メッチャ厳しかったっすもんね」


「ああ、ホント王様って我儘だよな。それでさ、休みって言ってもイエソドに居たら絶対なんかで呼ばれるからさ、イエソドから脱出したんだ。もし、ラルンダにそれを言ったら止められてたかもな」


「あと、レダ様の構ってオーラも凄かったっすね。やっぱ、精気を、」


「もう、それはいい! それより腹減った。飯でも食って今夜の宿を探そう」

 

「え!? なに? なに? 聞きたいです! やっぱりレダ様と?」


「もう、いいって。飯にしよう」

 既に夕日が沈もうとしている。確かにそろそろ宿を決める必要もあった。


「じゃ、ご飯食べながらゆっくり聞かせて下さい!」

 ただ、その程度の誤魔化しでは恋話好きのイザベラを止める事はできない。むしろゆっくり話しをさせられてしまうのだ。 


「お待ちくださいナガマサ様」

 珍しくクリスが会話に口を挟んできた。あまり、会話に入ってこないし、まして滅多に助け舟など出さないクリスである。

 ナガマサはクリスを見て話を促した。

「もし、ナガマサ様がまだフェーべに行きたいとお考えなら、私がご案内できます。私は20年前にこの町にも何度も通った冒険者でしたから」


「うん? でも、どうやって? リュナスの市内には入れないぞ」


「東門は確かに通れません。ですが、リュナスの港湾地区から城外へ出るのは簡単です。今の時間ですと日雇い労働者が大勢門の外に出ています」


「門の外に?」


「はい、城外です。行くなら今がチャンスです。門の外に出る人が多いですし、港湾地区から外に出る人間はほとんど審査されません」


「わかった行ってみよう」

 ナガマサはクリスの言葉だから信用して従ったが、彼の疑問は何故暗くなるのに労働者達が城外に出るのか? という疑問だ。

 イエソドでは貧しい労働者でもちゃんと城内にねぐらがあった。

 それに、城外にも馬鹿でかい3重目の城壁があったので、例え城外に出ても安全に野宿できるのだが、ここリュナスにはそんな物は無かったはずだ。


「それと、イザベラ。私のローブを羽織ってください。その服はやはり少し目立つようです」

 イザベラは大人しくクリスの指示に従った。

 そして、日が落ちる今ならローブが無くてもクリスがゾンビと見破られる可能性は低い。ナガマサの技術により、ぱっと見、人間に見えるのだ。まして黄昏時だ。


 クリスの言葉通り、汗臭い日雇い労働者に紛れて進むと容易くリュナスの壁の外側に出る事ができた。


 そして、外に出たナガマサは驚いた。

 リュナスを出ると目の前に人家が密集しているのである。

 お世辞にも立派とは言えないボロ屋ばかりだが、夕闇の中リュナスから出た人々と南から向かってくる人々が合流して西に、ネルトウスに向かっている。

 つまり、リュナス城外に町があり、沢山に人の往来があるのだ。

  

 リュナスの城門の外側にはガイウス川が流れ、目前の南方にはスラッリ山脈の北端が迫る。その山脈とガイウス川の狭い土地が南北に細長い国ルゴスである。

 タイタニアの入植地であるルゴスは本来は国というよりタイタニアの飛び地である。本国の没落の影響を受けて独立した地域で何かと立場が弱いが、反面水利に恵まれた穀倉地帯でもある。

 

 リュナスは国境の町であり、ルゴスからネルトウスに抜ける街道がスラッリ山脈の北端とリュナスの南の間を通っているのだ。

 その街道の脇にびっしりのボロ小屋が並びナガマサを驚かせたのだ。

 さらに既に夜になろうとしているのに、ボロを着た人々がゾロゾロとルゴスから街道を歩いてネルトウスへ向かっているのだ。


「なんだコレ? 難民か?」


「彼らは難民ではありません。今は秋の終わりですから、ルゴスで収穫の手伝いをしていた季節労働者でしょう。既に彼らは3世代ほど、こうやって生き抜いています。難民というのは少し失礼でしょう」




 魔王禍があった80年前、住む場所を失った多くの民は、豊かな国ネルトウスへと逃れた。だが、あまりに多いその難民の数に多くのいさかいが起きた。

 それでも住む場所の無い人々は、元々魔物の少ない沃土であるネルトウスの地を離れず各都市の城壁の外側に住むことなる。

 城内に入れた小数の人々以外は安い労働力として扱われながらも必死で生きていくしか、道がなかった。

 彼らは豊かなネルトウスの国力を支える安い労働力となったが、未だに彼らの居場所は安全な城内には無い。


 ネルトウスが基本的に個人の旅行者を受け入れないのは、80年前の魔王禍からである。







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