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魔王の指輪と壊れゆく世界  作者: 鶴見丈太郎
第3章 探索
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58. 死者の都


 タイタニア暦959年の晩秋。


 ルキアノス山脈の西端は標高2000メートルほどのセト・マクロとされている。だが、その西にも山地が広がる。オルティウス山地である。ただ、高さは最高でも500メートル以下でほとんどの山は高さ2~300メートルの低山の集まりである。

 これがタイタニア文化圏の南部と北部を結ぶ西のメインストリートだ。街道して開拓されたルートでは多少のアップダウンはあるが、荷馬車も通れる安全な道だ。現代日本人でも山道に馴れた者ならスニーカーとジャージで余裕で渡り切れる。

 北部に出ればネルトウス王国の交易都市テティス。それを東に向かって南北に細長い農業国ルゴスを経由してガイウス川を越えれば、ようやくツェルブルクの西端の街ダブゥに辿り着く。

 ナガマサが招来されたツェルブルクはタイタニア文化圏ではとても田舎なのである。


 そして、オルティウス山地を南部に出れば沃野で知られるラスナンティア平原に到達する。そこから南東に向かえばメリクリウスの首都アールセンである。

 かっては、ラスナンティアの至宝と言われた豊穣の都である。

 豊かな恵みをもたらすアーグリス川の河口部に位置し、アグリ海の海の幸と交易の利を楽しむ街。そして、豊かな魔脈に恵まれた工業地帯は高度な技術を駆使する工房が連なり莫大な富を生み出していた。


 だが、それは今は昔。魔王の影響により現在は人が住めない魔境へと変化しているからだ。オルティウス山地を通る街道は厳重に封鎖されている。南の出口には高い壁に守られた砦が設置されている。間違っても魔境に迷い込む人を無くす為ではなく、魔境から侵入してくる魔物や鬼達を防ぐ為の物だ。

 また、魔境からの影響をオルティウス山地の低山の連なりが防いでいると考えられていた。魔境の影響は平地続きの東の隣国であるタイタニアの都市ナイロニアや、メリクリウスの西端にまで達している。その脅威はゆっくりと確実に広がっている。

 ただ、その魔境の影響は山々を越える事は少なく、またアグリ海に浮かぶアルダート諸島も同様であった。

 その事から魔境の影響は風に左右されるのではないかと考えられている。

 メリクリウスの首都アールセンから、タイタニアの都市ナイロニアへは直線距離で300キロはあるが、アルダート諸島はその半分ほどの距離しかないのだ。

 アルダート諸島はメリクリウスに残された僅かな領土であり、魔王の侵略を免れたメリクリウスの王家生き残りとその領民が隠忍自重の生活を強いられていた。


 そして、今、第三次アールセン掃討戦が開始されようとしていた。

 アールセンに拠る魔王軍の生き残りを排除し、魔境の探索の足懸かりとする為である。また、亡国の王家の思惑は別にしても、アールセンに眠る莫大な財産は確実に存在する。過去2回の失敗を経ても、勇を奮い作戦に参加する戦士達は後を絶たない。

 そこあるのが確実なのに、如何なるスカベンジャーをもアールセンは拒んできていた。どんな冒険者をも寄せ付けない都市アールセン。現在は、死者の都としてタイタニア全土にその名を知られていた。

  



「んで、あの光がそのアールセンなのか? 」

  

「ん~。たぶんな。アールセンのベルクフリートだ。80年経った今でも生きていてるらしい。だから通信とか位置把握に便利らしいぞ」


 彼らはオルティウス山地の南端にある砦を、街道を封鎖する砦を出発して3時間ほど歩いていた。

 今は日が沈み風が山から海に向かって吹く時間になっている。

 魔境の影響を受け異常に生い茂っている草木を薙ぎながらの移動だ。その為、さほど距離は進んでいないが、ようやく山道を抜けた。今、ラスナンティア平原が目の前に広がっているのだ。そして、平原が見渡せる地点にまで来ると、先ほどまで生い茂っていた草木は急に見えなくなる。

 遥か先にあるアールセンまで見えるほど、荒野が広がっているのだ。

 それは、魔境が生み出した沙漠であった。


「肉眼で光が見えるくらいの距離か。 それで、この世界の機械ってそんなに長い事動くものなのか?」


「いや、無理だ。 だから、アールセンのゾンビ共が整備してるんじゃないかって話だな」

 一人は短い槍を持った少年、十代後半だ。もう一人は長身の青年で腰に長剣を吊っている。彼は二十代前半である。二人とも黒目黒髪。同郷で歳も近いので、二人は気安く話せる関係だ。


「ゾンビなぁ。まさか、本当にそんな物を見る日が来るとは思わなかったよな?」 

「だよなぁ。しかも、アールセンの周辺に近づくだけで漏れなくゾンビになるらしいぞ? 」


「異世界でゾンビ生活かよ」

 少年の言い方に青年は笑ってしまった。

 映画だと楽しいが実際にゾンビなるのは誰だって嫌だ。



「ランス、ジークそろそろ装備を着けろ。 ロディが用意してくれた魔風を防ぐローブをな」

 彼らの前を歩く大盾をもった大男が振り向いて二人に指示する。

 彼も同じローブを身に着けている。だが、その男の強大な身体は隠しようも無かった。

 彼の前で藪漕ぎをしていた奴隷達が道を空けて控えている。長年放置していた街道の草木を払う仕事はもう終わったのだ。次は彼ら戦士達の出番である。


 大男の言葉を受けて、青年たちだけでなく此処から出陣する戦士たちは全て装備を身につける。魔力を弾くといわれるワイバーンの皮膜でできたローブに魔風除けの首飾り、そして今では貴重品のアールセンの工房で作られた製品。ホワイトドラゴンの革鎧に神鹿の手袋とブーツ。そして、兜と共に魔風除けの仮面、というか顔面を保護するためのバイザー・シールドである。それを全員装備している。

 これが、ロディことローディアス・トルディスが先遣隊の為に用意した軍装である。彼がどれほど彼らに期待を寄せているかが、この装備の豪華さでわかる。

 彼らはアールセン掃討戦を支援する為にラスナンティア平原に出撃してきたメリクリウスの大貴族トルディス家の手勢である。

 精鋭を集めた先遣隊の後方にはロディ率いる本隊が進軍していた。


「おい、マリア! 特大魔法をぶちかませ!」

 先頭に立つ大男が後方にいる小柄な女性に命令する。


「え? いいの?」


「ああ、出来るだけ広範囲でデカイやつで行け。後ろでロディも見てるぞ」

 この魔境は肌に感じるほど魔力が濃い。魔力の回復速度に関しては全く不安が要らない。どデカイ魔法を撃っても魔力不足など考えなくてもいいのだ。


「ううぅ。本気で魔法を結ぶの初めだから、ちょっと怖いな、、、」

 この先遣隊は、強大な魔力を持つ異界人で構成されている。

 トルディス領は異界人の産地なのだが、全てを売り払うわけではない。

 優秀な者は手元に残しているのだ。

 彼らは、この時の為に大貴族であるトルディス家が蓄えていた戦力なのだ。


「でも、ロディ様のために頑張ります! 行きますよ!!」


 それを見つめる大男。この先遣隊の隊長である。名をガイツという戦士であり個性的な異界人のまとめ役をロディから任されていた。


「よ、ようし、、、うーん、、、」


「あのな、とりあえずデカイ花火を上げて敵をコッチに引き付けるのが俺達の仕事だ。そんなに緊張しなくていいぞ」


「は、はあい。」


 このマリアという魔法使いは、この世界に来てまだ一年も経っていない。

 だから、仕方ないと分かっている。分かっているが、この世界と馴染めない所だらけなのだ。

 彼女は信じられないくらいの魔力を持ちながら、その魔力を上手く使う事ができない。というか、自分の魔力と向き合えないのだ。彼女は自分の魔法が何を生み出すのか、それがどういう結果をもたらすのか。彼女はそれを理解している。

 この異世界に来るまでは、皆普通の生活を送っていた。

 誰も、人を殺した経験など持っていない。

 それが、この異世界に来たら突然ミサイル並みの魔法を使えますよ、と告げられる。それで誰もがその魔法という暴力を使えるわけではないのだ。

 魔法の技術は身に付いている。この世界に来てから猛訓練を受けているのだ。だが、納得していても、心が簡単にはついてこない。

 また、これが彼らの最初の実戦。初陣なのだ。

 マリアだけでなく、他の異界人達も同じであり、緊張している。


「訓練通りだ。落ち着いていけ。お前の魔法で死者は一人も出ない! いいか、この先に生きている者はいない。人も馬も羊も鳥もな。お前は誰も殺さない。いるのはゾンビと魔物だけだ」


 ガイツという男がこの隊を任されているのも、大きな身体に見合った我慢強さがあるからだった。

 彼はゆっくりと優しく言葉を続ける。


「お前の魔法で多くの魔物を引き付けるんだ。そうすれば、明日の早朝。港から直接アールセンに乗り込む連中の助けになる」

 港町でもあるアールセンは、船で直接内部に入れるようになっている。その出入り口である港側の門を含めて、全ての門が開け放たれている。過去、幾度もの調査で同じである。常に門が開いているアールセンだが、一度侵入すれば其処から生きて帰って来た者は誰もいない。


「分かってます! ロディ様の為に撃ちます!!」

 ようやくマリアは、魔法を放った。逡巡した分たっぷりと練り上げられた魔法は前方の平野に煉獄へと変えた。

 無数の降り注ぐ炎が炸裂し、ガイツが立つ位置にまで熱風を運んでくる。

 その魔法のあまりの威力はガイツの想定を遥かに超えており、彼は進撃を少し中断せざるを得なかった。

  

「すげぇ」

「凄いのは知ってたけど、ほんと凄いな」

「でもさ、これだと熱くて歩けないだろう? 水魔法で冷やしちゃう?」

「いやいや、それこそ歩けなくなるだろ?」


 楽しげに話す異界人を背中に感じながらガイツは魔境に潜むゾンビ達よりも後ろに居る味方に脅威を感じていた。

 今まで、異界人を集めた軍隊というは無い。

 彼らは一人いるだけで、戦況を変えるほど存在であり、それほどの数は同時にいた事はなかったからだ。 

 だが今、ローディアス・トルディスの元にその破天荒な集団は生まれていた。

 




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