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魔王の指輪と壊れゆく世界  作者: 鶴見丈太郎
第2章 異世界アランソフ
57/110

56. セフィロス


「名前は思い出せないか、、、」

 一人ごちるナガマサ。

 再会した本当のレダが記憶の回復のキーであったのか、ほとんど記憶が復活していた。


「マサイエの野郎根性悪い。もう少し簡単なクエストにしとけよ」

 既に遠くに感じる日本での最後の夢を思い出す。

 ナガマサをこの世界へ誘ったキツイ眼をした関西弁の少女の記憶もはっきり蘇っている。


「ナガマサ!私の事覚えてるよね!!」

 

「ああ、覚えているよ。というか、恥ずかしながら今思い出した。確かに、レダと直接会っているよな」


「うん! 私達目が合ったもんね!!」


 レダに憑依したマサイエがナガマサの勧誘を諦めた一瞬だ。その刹那、レダはキツイ眼をした少女ではなくなり、助けを求める子供の目になったのだ。

 一瞬ではあったが、それは幼児が母親に向ける視線に似ていた。

 ナガマサはその縋りつく眼を払いのける事が出来なかったのだ。


「おかげで疑問が一つ消えたよ」


 ナガマサは自分が何故こんな依頼を受けて異世界にやって来たのかを思い出した。レダの眼は、幼いナガマサの眼である。それはかっての自分だ。


「何がっすか?」

 ヤンスが眼を光らせて聞いてくる。その後ろにイザベラとクリスも聞き耳を立てている。


「何でもないよ」

 そう、今となってはどうでもいい話だ。ナガマサは世界を救うヒーローになりたくてこの異世界に来たのではない。

 それが分かっただけでも、ナガマサは納得できた。

 彼は自分の意思でこの世界に来た。それが分かれば十分なのだ。

 

 それよりも、

「おい!」

 と言いながらナガマサはヤンスの頭を手荒に掴む。ナガマサ一行以外にはヤンスがナガマサに注意をされていると思うだろう。

(念話で話してるから表情に出すな。ヤンスにもレダの上に浮かぶモノが見えているか?)

 現在、レダの上に浮かぶ霊体とレダの口喧嘩が始まっている。


「てへ! 出すぎた事だったすね。すいません」

 ヤンスは恐縮した態度と声を出しながらナガマサに応える。

(なにか靄みたいなの見えてます。霊にしちゃ変すよね? あれ何すか?)

 ナガマサ一行で霊が見えるのはナガマサとヤンスだけ。イザベラとクリスは見えません。なので、イザベラはクリスの姿は見えるけど話せず、クリスはイザベラの存在を少し感知してる程度です。


「ああ」

 ナガマサはヤンスの頭をグリグリしている。

(どうやらレダの母親らしいな。誰かわかるか? お前はこの事知ってたか?)


「痛いっす、痛いっすよ!」

 そう言いながらヤンスは戒めから逃れたようと動きながらナガマサの手を取る。

 その手の中にはとある魔道具がある。

(おいらは何も知らないっす。それと、姫様の母親なら御先代様っす。ラルンダ様っすよ。おいらたちゴブリンの恩人っす)


 ナガマサは笑いながら頭から手を離す。だが、まだヤンスの手がナガマサの腕を握っていた。

(わかった。新しい念話の仕方良好だな。ただ、オッサンゴブリン達はどうやら知ってたようだぞ)  


(ホントっすね、イタドリ様も全然驚いてないっす。それと、クリス教官の訓練が当たったすね) 


(だな。それでな、ちょっとお前に頼みがある。動いてくれ)

 命令を受けたヤンスはナガマサの手から小さな魔道具を受け取る。


 ヤンスがナガマサの腕を放した。すぐさま、外に駆け出す。

「おいら、外で反省してるっす!」

 お仕置きから逃げ出したようにナガマサ一行以外には見えただろう。その瞬間に念話は途切れた。

 もっとも、不自然に取り乱しているように見えるレダが周囲の視線を集めている。その為、ナガマサとヤンスが念話でやり取りしていたと気付くものはいない。


 ナガマサの念話の訓練は彼がベルム・ホムに帰還したその日から開始されたが不器用なナガマサはなかなか念話の錬度を上げられなかった。

 ナガマサの場合、豊かな魔力を活かして、ある程度距離をあけて一定の範囲に念話を送るのは得意なのだが、アクィナス家のセレンのようにピンポイントに個人と念話するのが下手すぎたのだ。つまり、状況に合わせて能力を使えないという事で、それは訓練不足であり実力が無いという証である。

 その為クリスが訓練手段として接触しての念話を行わせていたのだ。目的はナガマサの技術向上だが、念話として内緒話にも使える。

 クリスは傭兵経験もある為、本人は使えないが念話という技法に詳しい。この世界の軍隊では念話は必須の魔法技術なのだ。必ずどの国の軍隊でも念話の熟練者を置くか高価な魔道具で装備した念話の通信兵を置いている。



 事情を理解したナガマサが前方を見ると椅子に腰掛けているレダがもだえ足掻いていた。そして、周囲のゴブリン達がそれを心配そうに眺めている。


「ナガマサ様何が起こっているのですか?」

 霊能力を持たないクリスには、先ほどから状況がさっぱり理解できないだろう。そして、それはおそらくヤンス以外のゴブリン達も同じだ。


「今か? あれは母娘喧嘩だな。詳しくは後で説明するよ」

 ナガマサはクリスに答えながら、レダに近づく。この部屋は来客を迎える客間というよりも、謁見の間と言った方がしっくりくる。それほど広く、ナガマサが座る席とレダの椅子は距離がある。

 今、レダの椅子では再び分離した霊がレダの肉体を支配しようと魂の根を絡みつかせている。それにレダは必死に抵抗している。レダは霊が見えているようだが、その他のゴブリンには見えない何かと格闘しているレダしか分からない。


「事情を説明してもらっていいか? レダにまとわりついてる霊体はラルンダでいいのかな?」


「母上が酷いんじゃ! 私の身体を乗っ取ろうとするんじゃ!」

「何を言うか! お前はミフラ神から授かった神子じゃ。 母たる妾が使って何がわるいのかや?」

「そのミフラ神様がナガマサを遣わしたんじゃ! 母上ではない、私が預言者なのじゃ!!」


「まーまー。ちょっと落ち着こう。なんで一つの肉体に魂が二つ存在できるんだ? それと霊体の方がラルンダなら、とっくに死んだはずじゃないのか?」

 ナガマサはクルツ城で生者には霊が憑依できないと聞いている。また、霊体が他人の死体を乗っ取ろうとしても、満足に動かせないとも。


「我が娘は神子じゃ。生まれ付いての霊媒能力を持っておる。御霊を魂寄せしてその身体に英霊を宿す事のできる特殊能力持ちなのじゃ」

「だから、子供の頃からずっとお母様に取り憑かれているのじゃ。さすがにもう自由に生きたいのじゃ」

「何を言うか、妾を探してずっと泣き喚いておったのは、そなたじゃぞ。幼子を一人に出来ずにこうなったんじゃろうが」

「だって、寂しかったんじゃ。お母様はセフィロスじゃし、私には父上もおらん!」

 そのレダの言葉にラルンダの霊体はざわめく。

 ラルンダがレダを一人残して亡くなったのは、レダが3歳の時。

 セフィロスとして強い魔力を持っていたラルンダは、霊体としてしばし現世に留まっていた。長寿を誇ったラルンダは沢山の功績を残したが、その分心残りも気にかかる者たちも数多くいた。

 その為、いずれ混沌に戻ると知っていても未練を断ち切れずにいたのだが、一番の心残りである娘をあやしている時に、レダの特殊能力に気が付いたのだ。

 

「なるほど、そういう事か。じゃ、もしかしてマキナ山の仕掛けがレダ抜きで回らないようになっているのも、そういう事?」


「うむ、娘に残す財産は山ほどあったが、それ故餓鬼のような奴らがレダの後見役を狙ってきおったんじゃ。人々に施す事で娘の名声を高めた。その上で、娘と便利な施設を結びつけたんじゃ」

「今でもイエソドにいると変な人が寄ってくるんだよ」

 それは当然である。

 マキナ公ラルンダの娘レダ。母の遺産を全て一人で受け継いだ娘である。

 広大な領土に莫大な利権。神子としてミフラ神殿の権威まで背負っている。

 レダと結婚できれば、その全てが手に入るのだ。

 彼女はツェルブルクで1番というレベルではなく、タイタニア文化圏でも指折りのモテ女なのだ。

 むしろ、野心を持った男達が寄ってこない方がおかしいのだ。


「その点はゴブリン共の方が信用できるんじゃ。特にラーテルという男は粗忽ではあるが情に厚い勇敢な男じゃからな」

 ゴブリンは力の信奉者であり、明確な利があるからレダ、またはラルンダの配下に付いている。逆に言えば、それらを保障する限り彼らは裏切らない。それに人間社会のようなしがらみは彼らには無いのだ。


「なるほど。マキナ山に巫女さんとして居れば安心だよな。ここならゴブリン達も守ってくれるしな」


「うむ。しかも、居所を知らせないようにしておったからのう。幼少の頃は安全の為にマキナ山のミフラ神殿より、シナイ山のベルム・ホムに多く居たからのう」

 レダの居場所を探る為か、レダを誘拐する為か幾度も不審な人間達が潜入してきたという。

 元々ベルム・ホムの場所を含めたゴブリン保護区がそのものを立ち入り禁止としていたのだ。それを承知でマキナ山に侵入した者は全て排除してきたという。

 言うまでも無く、クリスはその人たちの一人である。

 ベルム・ホムには莫大な金になる情報が眠っていたのだ。


「だけど、もう20歳だよ。ちょっと、いいなって思った人でもお母様が邪魔しちゃうし」

 この異世界の常識だと、20歳だと大年増です。

 ミリアの15歳くらいが結婚適齢期なので、通常はその前後で結婚します。このあたりは私達の住む世界でも似通っています。現代は違いますが、それ以前の時代は東洋西洋を問わずだいたい同じです。

 おそらく生物の種として、人間の結婚適齢期であると思われます。


「仕方ないじゃろう。アレは外国人じゃぞ。そなたと結婚されたら妾が動き辛いんじゃ」

「お母様はセフィロスとして200年以上生きてたんじゃない。もう私の邪魔しないでよ!」

「何度も説明したじゃろう! 今は政治状況がややこしいんじゃ!」

「もうヤダ! 私、自由に生きたいの!! このままじゃ、マリアちゃんの方が先に結婚しちゃうよ」


「ま、ま、落ち着いて。色々聞きたい事があるんだけどさ。まずはセフィロスって何だ?」

 ナガマサの言葉にレダとラルンダだけでなく、聞き耳を立てていた全ての者から違和感が伝わってきた。

 それによりナガマサは、セフィロスとやらがこの世界の常識である事を知った。 


 ☆

 セフィロス

 生命の木の実を食べたとされる人の事。実際に木の実を食べたわけではない。

 不老不死は無理だが、200歳を越える若々しい長寿と強い魔力を得られる。

 そして、もう一つ得られる力と正比例して、形態変化が起きるのが特長。

 ラルンダは公式に認められた最後のセフィロス。

 公式に認められる為には、100歳を越えての若さが求められる。

 現在、タイタニア文化圏にはセフィロスは確認されていない。

 ☆


 

 説明を受けたナガマサは思った。

 まだ、この異世界に来て一ヶ月。ナガマサが知らない事の方が沢山ある。

 というか、そんなの知っている訳が無いのだった。






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