55. レダ
春の大祭が終わり、しばらくするとナガマサの謹慎は解かれた。
今ナガマサ一行はベルム・ホムの裏側、マキナ山にある巨大なミフラ神殿にいる。レダの命令により執事のユルングが迎えに来たのだ。今回はレダが同行していいない為、昇降機などは使えない。地下水道を降りたらテクテクと歩くしかない。アナンケに乗ればすぐにベルム・ホムのシナイ山からマキナ山まで移動できるのだがドラゴンで乗り付けたら大騒ぎになる為許可されなかった。
クリス共に水の上を歩いたルートを船で移動し、神殿地下の貯水池にある階段を使うと神殿の内部に出る。
取水設備により人工的に作られた泉の辺でイタドリがナガマサを待っていた。
「久しぶりです。ナガマサ様。ご無事で何よりです」
薬師頭にして人間との交渉役のイタドリはレダに従ってイエソドまで出張していた。その為ナガマサとは久しぶりの再会である。
「無事って、一週間くらい会わなかっただけだろ。それより後ろの人たちは? 」
ナガマサはイタドリの後ろに居る異様な人たちが気になる。
少し和服っぽい袖の広い膝まである白い服も個性的なのだが、彼らが異様なのは3名とも顔を布で覆っている所だ。
帽子というより小さい笠のような被り物に垂れ衣をつけているのだ。その為顔は分からないが布の奥の目だけがギラギラと見えて怖い。
「ああ、彼らはここの神官です。彼らの案内無しでは神殿を歩く事は叶いません。決まりです故」
「ああ、そうなんだ」
ナガマサは彼以外神官を異様と思っていない事に気が付いた。顔を隠しこの場にいない事になっている彼らと仮面を着け神の役割を演じる神子たるレダによりミフラ神殿の祭祀は執り行われる。それは多数の参拝者の前で行われる。つまり、彼らの存在と衣装はツェルブルクでは常識なのだ。
「実は申し訳ないのですが、姫様に急用ができまして、少しお時間を頂たいのです」
「ふん、なるほど」
レダは色々と多忙である事はナガマサも知っている。そんな事もあるだろうし、それで怒るほど子供ではない。
だが、延々歩いてきたし、長い階段も登ってきていた。
「それで帰れって?」
約束を破棄するなら帰りはアナンケの一択は譲れない所である。
「いえいえ、とんでもない。よろしかったら神殿を見物なさいませんか? その間にお食事の用意もさせます故」
イタドリはナガマサの機嫌を損ねないように低姿勢である。
レダの急用はイタドリのせいでもないし、この世界に来た時からなにかと世話になっているイタドリの頼みを無下にもできない。
予定に無かった神殿見学ツアーが開催される事になってしまった。
「でかいな。ここがミフラ神殿か」
内部にある泉から宿泊施設を抜けて拝殿に入った。祭りの直後だからかナガマサ一行以外の人はいない。
ナガマサは初めて来たので、ゆっくり歩きながら神殿を見物する。レダが待つ本殿の方はこの先なのだ。どうせ通り道でもある。
「凄いでしょ? この神殿て千年以上前からあるそうですよ。タイタニア帝国ができるずっと前からあるんですよう」
イエソド生まれでこの神殿の門前町ベロウで働いていたイザベラは郷土愛が刺激されるのか、上機嫌である。
「確かに凄いな。イザベラは地元だから何度か来てるの?」
ナガマサの素直な感想が嬉しいのか、イザベラは丸い球体となってクルクルと回る。
「はい。ここは二級市民でも区別なくお参りできますよ。ミフラ神様は寛容な神様ですから」
そこは高さ30メートル、奥行き100メートルくらいのドーム型の空間で幅は奥が狭く入り口が広くなっているが50~60メートルくらいになっている。
千年前からの貴重な神殿は奥にある神像と祭壇あたりだけで、あとはイエソドの民が増築して拝殿としたものだという。
それでも、かなり古い物でマキナ山の山肌に突然大きな穴がえぐられているような感覚に陥る。
山肌に強引に造った奈良の大仏、東大寺大仏殿のようなものなのだろう。ほとんどが石で出来ているので印象は全然違うが。
「とにかくデカイな。ここ確か山の中腹だったろ? お年寄りとかは登ってくるのが大変だよな。担いでくれる人とかいるの?」
ナガマサの脳裏にあるのは金比羅さんだ。長い長い階段を持つ由緒ある神社。其処には足の弱い人の為にかご屋さんがあるのをナガマサは知っていた。
「かご屋ですか? なにを仰っているのか分かりませんけど、足の弱い人は昇降機あるから歩かないですよ。身分の高い人たちなんて馬車ごと昇降機で坂道を上がってきますよう」
「え、マジでか?」
ナガマサが驚くのも無理はない。一片10メートルの地面ごと動く移動手段が存在する。ゾンビ屋の次女ソニアが使っていたエンジェルソーサーを実用的に大型化かつ効率化にした設備があるのだ。魔力で発生させるエネルギーを効率的に使う工夫をした設備で大きな石の床ごと動くエスカレーターのようなものだ。
それもタダで使用できる。ただし、その使用はマキナ公の厚意によるものだ。
レダの意思なくば、マキナ山の全ての施設は停止する。
この街や神殿の井戸の水同様レダの許可なくしてマキナ山の設備は回らなくなっているのだ。
「なんでそんな仕組みになっているんだ?」
「・・・・・・」
だが、事情を知っているであろうイタドリもユルングも答えない。
ナガマサはレダの執事ユルングを見る。
「私は存じません。姫様に直接お聞きなってください」
ナガマサは知っている。この言い方が出た時はゴブリン達は何も語らない。ユルングとは何度か話しているので、その辺は分かる。
この世界に来たばかり時にも言われた事だ。
そして、ここで見学は終わった。食事を取るまでもなくレダの急用とやらが終わったのだ。
ナガマサは拝殿を後にしてレダの本殿近くの面会場所へと向かった。
本殿はこの神殿の聖域で、王族といえど勝手に足を踏み入れる事はできない。
拝殿の馬鹿デカく無造作な入り口と違って、こちらにはちゃんとした入り口が作られており、しっかりと施錠されている。
当然ナガマサが呼ばれた場所も本殿内ではなく、その外に作られている屋敷だ。本殿が聖域である以上濫りに出入りはできない。その為来客を迎える為の設備が必要になるのだ。
ナガマサとレダ。ナガマサが異世界に出現した日に会って以来の対面である。屋敷の周囲と内部にはゴブリンの精鋭が警備をしている。
「久しぶりじゃな、壮健そうでなによりじゃ」
豪奢な調度品に囲まれた部屋の中でレダがナガマサを迎える。ただ、疲れているのか椅子にもたれ掛かったままだ。その椅子の後ろには戦士長バジャと兵士達の一隊が控えている。
「お前は疲れているようだな。まあ、それは前回もそうだったか」
ナガマサの物言いに少しレダは身体を強張らせる。
だが、その声色には毛ほどもそれを匂わせない。
「まあ、座れ。話があるんじゃ。この世界に来て一月ほどじゃな?」
「・・・・・・」
「――、少し待たせたかのう? 色々と忙しくてのう。お主が欲しがっていた情報が揃ってきたぞ、それにスクロールも用意させておる」
「・・・・・・」
「ど、どうした? さっきから何故目を瞑っておるんじゃ?」
ナガマサが目を閉じる時、それは彼の最も頼りになる知覚に集中している時だ。彼のこの世界で獲得した感覚『周辺探知』は周囲の地形、魔力の存在と流れ、生物の存在とその正確な把握を得意としている。
「お前、被っているな。そして苦しんでいる」
ナガマサの感覚は彼の言動を不審がる仲間達と動揺するレダをハッキリと捉えている。
「思い出したよ。この世界に初めて来た日、レダに最初に会った時も違和感を感じてた。あの時はそれが何か分からなかったけどな」
レダはもたれていた椅子から身体を起こす。その身の内に魔力を纏いナガマサの前に立つ。何時でも半身蜘蛛へと変化できる構えである。
「どうした?貴婦人のくせに喧嘩腰になってるぞ」
ナガマサは明らかにレダが怒りの姿勢を見せているのに全く怯えていない。彼女の権威もそこからくる権力もクルツ城に学んだのにだ。
今、ナガマサの感覚は純粋に魔力に拠っている。単純に魔力だけの物差しで見ているのだ。その感覚の世界ではナガマサの魔力が基本となる。強い魔力と蜘蛛のスペックを誇るレダでもか弱い一匹のモンスターにしか見えないのだ。
「レダ、お前の魂は何故、二つあるんだ? 魂が被っているぞ」
レダは瞬時に隠された6つの眼を剥き出しにするが、辛うじて殺意を抑える。ナガマサを始末するなら、それはそれでいい。だが、そのタイミングは今では絶対無い。それが分からないほど彼女は馬鹿ではないし熱くなってもいない。
「やはりのう。この世界に顕現して、すぐに亡者を配下にしておったからのう」
レダは再び椅子へ腰掛けた。いかに異界人が強い魔力を持って招来されるとしても何も知らない赤子同然の状態で亡者を2体も配下にできるのは有り得ない。それが出来るのは、特殊能力持ちである可能性が高い。それも霊能力系である。故に手も触れずナガマサを飼い殺しにしてきたのだ。
「この事他言無用じゃ。これが下手に漏れるとお主への援助も無くなるからのう」
「レダ、お前には世話になっている。お前が困る事はしないよ。ただ、レダの魂の一つが今も、さっきからもさ、ずっと苦しんでいないか?」
「どこがじゃ?! 目を開けて妾を見たらどうじゃ? 」
視覚で確認しなくても、ナガマサにはレダが優雅に椅子に腰掛けているのがわかる。ついでに、ナガマサの後ろで仲間達の動きもよくわかる。既に戦闘準備を終えているクリス。思わぬ展開に固唾を呑んで見守っているイザベラ。大きな眼と耳を小刻みに動かしながら状況を掴もうと必死なヤンスである。
「あのな、俺だってこの一月遊んでた訳じゃない。レダが苦しんでいるなら力に成れればと思っただけだよ」
レダはナガマサの力を恐れ、その戦闘能力を強化する手段であるスクロールを渡さずゴブリン達に監視させながら彼の隙を窺っていた。
だがその為、ナガマサは毎日毎日ゴブリンと亡者達に囲まれて過ごしていた。人外とばかり過ごしていた彼はコミュニケーションを取る為にも、その特殊な感覚に磨きをかけることになった。
それは、さらに偶発的な事態により、クルツ城で死霊学を学ぶ際の土台となっていた。まあ、本人はそれが原因で大騒動をやらかしてしまっているが。
「今はハッキリわかるぞ。レダの魔力がデカイけど、それは二人分だ。これ、どういう事なんだ? 苦しいんだろ?」
ナガマサの知覚の錬度はこの世界に来たばかりの頃とは比較にならないほど磨き上げられているのである。
「な、、、何を言うのかや。苦しんでなどおらん。それより、お主は気に入った娘がおるそうじゃな? どうじゃ、妾が世話してやるぞ!」
レダは急激に体調が悪化していた。彼女にとって、その情報、その娘の話は切り札なのだ。最後に使うカードのはずだった。だが、今レダは混乱していた。
「おい!誰に聞いたんだよ、それ? ヤンスか?」
「違うっす! そんな話、誰にもしてないっすよ」
もちろんヤンスではない。マキナ公レダには幾らでも情報源はある。
レダのカードは思惑とは違った形でナガマサを揺さぶった。
「いや、と言うか結婚とかしないから! まだ、俺は18歳だからな」
「結婚しないじゃと?! 馬鹿な信頼できる情報のはず」
「そういう余計な事はいいよ。いや、アレだけどさ、」
思わず眼を見開いて否定してしまうナガマサである。その為ナガマサはレダが椅子に倒れこんだのを目撃した。
視覚が邪魔をしても、ナガマサの周辺探知は目の前の異変をしっかりと把握した。レダの身体から魂が引き剥がされていく。剥がされている魂の根が必死に身体に取り付いていた。これくらいしっかり魂と肉体がリンクしているは死霊学では理想的な状態である。ただ、これは生体なので幽体離脱が状況に近いものだろう。
ただ、ナガマサもその時はそんな事は思いもせず、目の前の現象を眺めているだけだ。目の前で二つ被っていた魂が分離したのである。
「お母様の嘘つき!」
レダの生命力に溢れた声が室内に響く。だが、それはさっきまでの分別臭い声色とは全く違う。
「ナガマサ! 私がレダだよ! 私が貴方の預言者なの」
ナガマサを見つめる必死な瞳。
それを見た時、ナガマサの封印されていた記憶が蘇った。
日本でみた最後の夢の記憶である。




