54. ラルンダ
ツェルブルクの首府であるイエソド。その中心であるイエソドの丘で最も大きいものが現在の王家とその家臣団が住む館であり王城だ。
その王城を中心にイエソドの街は作られているのだが、もし地質学に詳しい者がその地形を調べると違和感を覚えるはずだ。
実は、本来土台となっているイエソドの丘の中心は現在南丘と呼ばれている個所である。王城とされる巨大な蟻塚は丘の北東の一部に加え、北部と頭部に大規模な土台を足して広範な基礎を造り、その上に巨大な王城と呼ばれる石造りの城を形成している。
その巨大さは現王家の力を示し、南丘を避けて建設された所に現王家の複雑さが見られる。王城は正に王家の象徴なのだ。
また、南丘を遥か下に見下ろす高さは権威を示すだけではなく、魔法技術の精度を高める仕組みでもあった。
山国であるツェルブルクは魔力の交信は山麓に阻まれ難儀する。物理的な高さはそれだけで有利な条件になるのだ。
また、魔法技術の発達はほぼノータイムで大量の情報の交換を可能にしている。インフラが必須ではあるが、使い魔を冥府に走らせる冥界法などとっくに廃れた魔法なのである。
そして、情報は武器であるというのは、どの国どの世界でも共通であり、それを理解していない為政者は少ない。まあ、理解してない王ならお金かけてインフラなんて整備しない。
少なくともツェルブルクの王家と行政を司る側近たちはそれを理解していたので情報の収集には熱心だった。
現在、春の大祭が終わり王家の面々が親しい親族のみで私室で寛いでいるが、どこかその表情は硬い。最大の権力者であるはずのエーベルハルト王でさえ緊張している。
上座にあたる部屋の奥、ベルトルド王の遺品である長柄の斧と鎧が飾ってある前に王の席は無い。そこに座っているのはまだ20歳前のマキナ公レダだったからだ。
「ふむ、なかなか興味深いのう」
悠然と届けられた最新情報を確認するレダ。その威厳は目の前の座る王家の者たちを緊張させている。
「それで、そのゾンビ屋というのは信用できるのですか?」
エーベルハルトの声はどこかへつらう響きがある。彼が緊張する必要などあるはずも無い。だが、人の感情は理屈通りには動かない。エーベルハルトは威厳溢れる顎鬚を蓄えた長身の偉丈夫だ。それが小柄な小娘の前で緊張していた。
「技術的には信頼できるのう。妾が20年前に招聘した男じゃ。もうその男は死んで娘が跡を継いでいるおるがのう」
「地母神様。私もそのナガマサなる異界人を見とうございます。ドラゴンを従えるほどの勇者と語らってみたいのです」
やはり、親しい者の席だ。王の対面に座る若者が突然話しに入ってきた。
まだ、少年の雰囲気を残す青年であるが、その肉体は巌のように荒々しい。
彼の小柄で屈強な肉体がこの国の、イエソドの民の血を体現している。
「フィリップや、御身はいずれこの国を背負う王太子なんじゃ。勇敢なのは知っておるが今はナガマサに会わせることはできん」
「・・・・・・」
「そう不満そうな顔をするな、あのナガマサという異界人は油断ならん男なんじゃ。この婆が首輪つけて飼いならそう。それからお主の前に跪かせるからのう」
「地母神様の仰る通りだよ。この世に顕現するやいなや亡者を従えるような猛者だ。しかも、ミフラ神様の使徒で魔法契約も結べないのだよ」
「そうですよ、ドラゴンを従えるなど並の異界人ではありません。スクロールも渡していないのに、一月足らずで無数の魔法を使いこなしている化け物なのですよ」
勇ましいフィリップに対して、エーベルハルト王と王妃フリーデリカは慎重な発言をする。それは、ナガマサに対する恐れから来るものではない。彼らが遠慮しているのは明らかに上座に座るレダである。
「はい。わかりました。ですが、もし異界人が無礼を働くようならこのフィリップがこの手で討ち取ってごらんにいれます」
王太子の発言は意気盛んな若者にとって当然のものだ。彼の身の内から湧き出る魔力と強靭な肉体は青年を強気にさせずにはおかない。
若いフィリップの勇ましさにレダは慈しむような笑みで応える。
久しぶりに現われた才能溢れる王子なのだ。若く生意気なのはむしろ長所である。
「うむうむ。フィリップや、異界人というものはこの世にとってドラゴンのようなものじゃ。呼びもせんのに現われて、魔力という炎を撒き散らしおる。じゃがな、ドラゴンも使いようなんじゃ。ゼーフェンから面白い追加報告が入ったからのう」
この世界の支配者にとって、突然湧き出る異界人という強者たちは巨大な利益を生む可能性もあるが、困った存在でもある。彼らを自由させたら国が傾く原因ともなりかねないのだ。
だから、潜在的に敵となる異界人を打ち殺したいと思うものも多い。どの国でも王家より強い魔力の持ち主など邪魔なだけなのだ。正直な話、人々を救う市井の英雄とは常に為政者から見ると微妙な存在である。
「見ておれ。殺してしまうのは簡単じゃがの。人の上に立つ者はドラゴンをも使いこなせねばならん。あのナガマサとて若い男じゃ、泣き所は心得よ」
「どれほど魔力があろうが人間ですからな。あえて、城に呼ばずゴブリンの街に閉じ込めた地母神さまの深謀遠慮の賜物ですな」
王はレダにへつらうが、フィリップはそんな父親が気に入らない。
彼はナガマサなど恐れていないのだ。異界人をゴブリン社会に押し込め孤独感を深めさせてから交渉しようなど王者に相応しくない行いだと思っている。
生まれ付いての勇者である彼は若者らしくナガマサと語らった上で配下にしたい。友人となるには好ましいが支配者になるには疑問符がつく。あまりに裏表の無い性格なのだ。
だが、そんなフィリップの気持ちを知った上でレダは策略を巡らしていた。
彼女の元に届いた情報には、ナガマサに思い人ができた事が記してある。それも熱烈に求愛していたが、素気無く断られたのだと。
彼女はナガマサの孤独感を狙ってベルム・ホムにナガマサを置いたのではない。
人間の男というものを彼女は熟知しているのだ。人間の男がゴブリン娘を好まない事も分かっている。本来なら頃合を見て、彼女が首輪となる美女を差し入れるつもりだった。
タイミングが遅れたのは幾つか理由があった。春の大祭の準備に忙殺されていた点。議会の少数派が不穏な動きを見せていた点。さらに誰にも口外していないが彼女の個人的な問題も発生していた。ナガマサの首輪には難題が幾つも積み重なり、手をつける事ができなかったのだ。
だが、予定と少し変わってしまったが、ゾンビ屋なら幾らでも支配できる。支配できれば間接的にナガマサをコントロールする事も可能になる。
まずはそれを見極めなければならないが、手をこまねいている間に時期を逃してしまっていた。ナガマサはもう限界なのだろう。早く面会して交渉すべき段階に来た。そうレダは判断した。
なにしろ魔法のスクロールを渡さずに武装解除しておいたはずなのに、ナガマサはどうやってかドラゴンを一人で打ち倒したのだ。この危険な異界人を自由にしたまま世に放つなど絶対してはならない。
「あの、お婆様、、、」
「これマリア!地母神様とお呼びしなさい!」
レダを呼びかけたのは末席に座る第三王女のマリア。今年数え10歳の末っ子である。
「ああ、かまわないよ。なんだいマリア?」
レダは少女を怖がらせないように目を細めて笑顔で話す。
「あのね、、、久しぶりにレダちゃんと会いたいの。少しだけレダちゃんと遊んじゃダメ?」




