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魔王の指輪と壊れゆく世界  作者: 鶴見丈太郎
第2章 異世界アランソフ
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51. ナガマサの契約


 珍しく騒がしいクルツ城において、居館の大食堂とその厨房でも活気ある喧騒に包まれていた。

 アーシアのナガマサの評価がかなり変わっていたので、客人の彼が明日帰る事になり急遽送別会を開く事になった。ナガマサは手を結んでおきたい人物へと評価が変化したのである。

 アーシアは娘を交換条件にする気はなかったが、ナガマサの魔力は極めて魅力的であり彼の情報をもう少し引き出したいところである。本来ならミリアにその役目を振るのが適任なのだが、彼女の上の娘は真っ直ぐな性格すぎてそんな腹芸はできそうにもない。


「奥様、席次はどうしましょうか?」

 セレンはアーシアの義理の妹に当たるのだが、彼女はアクィナス家の当主であるアーシアを奥様と呼んでいる。


「立食でいいわ。今日は研究員達も頑張ったようですし、たまには労いましょう」


「ええ~。あの人たち臭いから嫌だよ」

 ソニアがお手伝いしながら不満を漏らす。

 通常は、アーシアたちアクィナス家の家族と従業員たちは食事を共にしない。ソニアの言う臭いという表現は誇張ではないのだ。彼らの仕事はかなりの重労働であり汗だくになって仕事をしている。また。仕事内容の性質上生物の体液などは彼らの黒衣に常に付着している。仕事で疲れきった彼らは、いちいち着替えて食事に臨まないのだ。

 

「ナガマサさんと一番親しくしていたのは彼らよ。嫌ならソニアは出なくてもいいわ」

 アーシアとしては、少しでも情報を得る手がかりが欲しいのだ。その為に使えるかも知れない物は手元に置いておきたい。


「いや、出るけどさ。お姉ちゃんはどうするの?」

 ソニアは厨房に居る姉に声を掛ける。


「何が? 別に普通に出るよ。お腹空いてるし」

 ミリアは先ほどから包丁を使って細かい作業をしている。彼女は運動神経が良いだけではなく包丁の業前もかなりの物なのだ。そのあたりの細かく仕事はゾンビの召使が苦手としている所でもある。


「何がって、さっき怒ってなかった?ナガマサ落ち込んでたよ」

 ソニアが言うのは、ミリアがクルツ城に帰った時に、挨拶するナガマサをガン無視して立ち去った件を指している。


「別に怒ってないし」

 そう、別にミリアは怒ってなどいない。ただ、帰宅時にナガマサの左手にしがみ付いているソニアと妹に鼻の下を伸ばしているナガマサを見た時に咄嗟に行動してしまっただけだ。


「そう? ま、いっか」

 ソニアはナガマサに強い興味を持っているが、それは彼の巨大な魔力に対してであり、異性として意識しているわけではない。

 それは、この異世界に生きる人々にとってごく当然の考え方である。その意味ではアーシアもナザリオもごく普通の人々である。

 ナザリオに限らず、異界人に高い利用価値を見出す者は多い。巨大な魔力の持ち主とは=莫大な利益を生む人間なのだ。特にこの異世界に転生してきたばかりの異界人などは、金を生むガチョウそのものだ。強い関心を持つ者は多い。


「それはそうとさ、やっぱりナガマサって凄いよ!」

 ソニアは今日の実験で見た彼の規格外振りを語った。

「いいよね。あんな魔力を持っていれば何でもできるよね」


「へ~ずいぶん詳しいね。そんなに仲良くなったの?」

 

「え、何? お姉ちゃん怒ってる?」

 何故か姉の包丁捌きが冴えまくっている気がするソニアなのだ。


「ん? 何が?」

 ミリアはソニアに笑顔を見せる。ミリアが妹に怒る理由など何も無い。あくまで、彼女はナガマサの事などなんとも思っていない、一方的に言い寄られただけなのだから。

 

 一瞬殺気を覚えたソニアだが、姉はいつも通り優しい。

「あのね、一応言っとくけど、私はナガマサの能力には興味あるけど、それだけだよ? あんなに凄い魔力の持ち主が何をするのか知りたかったんだよね」

 本能的にいい訳めいた発言をしてしまうソニア。彼女は本当に異能の魔導師への興味があるだけだ。この異世界にも英雄神話は多いが、ナガマサはその英雄達に比肩しても見劣らない存在なのだ。ソニアから見ればナガマサはこれから有名人になりそうな芸能人かスポーツ選手のような存在なのだ。


「そんなの私もだよ。全然あんな奴の事気にしてないし、歯の浮くような台詞を並べたのアイツだし、私は関係ないもん」


「そ、そうだよね。 あ、私が仲良くなったのは、どっちかと言うとお供のヤンス君の方なんだ。彼にチャルマを教えてあげたの」


「そう。あのゴブリン君、チャルマなんて出来るんだ?」


「うん。かなり強いよ。それにナガマサさんの情報も教えてくれたよ」


「へぇ~。」

 気の無い返事をしたのはミリアだが、そのソニアの台詞にアーシアが食いついている。ずっと娘達の会話を聞いていたのだ。


「あのね。ナガマサさんて後一年くらいは、この国に居るらしいの。それから世界を周るんだって。なんか、世のためになる仕事があるんだって」


「ソニア!」

 アーシアは聞き耳を立てていた事も隠さずに娘に問いかける。

「その話は間違いないの?この国には後一年しか居ないのね?」


「う、うん。間違いないよ。後からナガマサさんにも確かめたから。あ、正確にはあと11ヶ月だって言ってた」

 

 ソニアの言葉を聞いてアーシアの思考に答えが出る。

 ナガマサがこの国に居る期間が11ヶ月?

 異界人との契約が一年など絶対有りえない。

 つまり、異界人ナガマサはツェルブルク王家とは契約していない。いや、一年間の契約でなんらかの仕事を依頼されているのだろうが、いわゆる異界人との奴隷契約ではない。

 それならば、ナガマサとアクィナス家がいかなる繋がりを持とうが、王家からの干渉は無いだろう。ゼーフェンの監督官から伝えられたナガマサの帰還の件が命令ではなく依頼であったのも、彼らにナガマサへの命令権が無い為だろう。

 そうなれば、また違う疑問の浮かんでくる。


「それで、ナガマサさんは誰と契約しているの? その世界を周る仕事の依頼主は誰なの?」

 アーシア真剣な眼差しでソニアに問い詰める。


「ごめんなさい。それは教えてくれなかったの」

 

「謝る必要は無いわ。ナガマサさんと仲良くしてくれて助かったわ」

 アーシアはソニアを労わった。アーシアにとってナガマサの問題がかなりクリアになり彼への警戒心が薄らいだのだ。ソニアのお手柄である。


 アーシアの苦悩が少し解消されたと同時にクルツ城の女達の準備も終わろうしていた。後は、ゾンビの召使達に任せれば食事の用意は仕上がる。

 彼女達は他愛も無い会話を楽しみながら、メイド達の仕事をチェックするだけでよかった。


 その時、ミリアの頭に声が響いてきた。

 ミリアはその感覚を良く知っている。念話の達人であるセレンが家族にいるからだ。念話で話しかけられているのだ。


「ミリア、ミリア、聞こえる?」

 セレンとは違う声。でも、聞き覚えの有る声。今朝、何度も聞いた声である。

「ミリア、聞こえない? ミリア、話したいんだけど」

 少し大きくなったその声は、必死にミリアに呼びかける。


 ミリアは家族に背を向けて少し距離を取る。念話には関係のない所作なのだが、自然と身体は大声で話しかけられているように動いてしまう。

 念話とは不思議な物で感情のイメージも伝わりやすい。少し強くなった念話の声は、ナガマサの必死の感情の伝えてきた。


「何? 聞こえてるよ」 

 ミリアはできるだけ感情を出さないように念話に反応する。彼女はナガマサと違って念話には馴れたものなのだ。


「よかった。通じた。会いたい。会えないかな?」

 念話に使い慣れていないナガマサは会話がかなりぎこちなく、感情も生々しく伝わってくる。彼の豊かな魔力により念話の出力に不足は無いのだ。


「ん~、、、」

 ナガマサの問いを考えながらミリアには違う考えが浮かんできていた。

 やっぱりナガマサは私に気があるんじゃないか!

 ミリアは皆に背を向けながら一人顔を緩ませる。

 

「無理かな? 少しでもいいんだけど」


「そだね、どうしてもって言うなら、まあ、いいかな」


「やった!何処に行けばいい?」


 ナガマサのレスポンスの速さと必死さはミリアのご機嫌をよくする。

 ま、もう一度くらいチャンスをあげても良いかな? と思うくらいに。

「えっとね、、、」

 そういいかけて、ふとミリアは思い出す。

 今のナガマサの態度から考えると、さっきのはやはり誤解だったらしい。

 彼は異界人なので、常識が違う部分があるのは本当なのだろう。

 だったら、誤解を失くす為にゆっくり話せる方がいいだろう。そうミリアは判断した。


「あのね、新館の場所分かるかな? ナガマサが今いる地下工房のある旧館から見える建物なんだけど」

 新館とはミリア達家族が住む居館である。

 今、其処には誰もいないので、ゆっくり話す事ができるはずだ。


「わかる!門をくぐってすぐ左手にあった新しい建物だろ?」


「うん、それ! じゃ、そこに来て。中でコーヒーでも淹れてあげるよ」

 ナガマサからの嬉しそうな感情を受けてミリアのご機嫌は完全に直っていた。

 彼女は居館に行くべく振り返る。

 すると、何故かアーシア、セレン、ソニアの三人が並んでミリアを見つめていた。すっかり、皆の存在が頭から消えていたミリアは面食らった。


「お姉ちゃん、大胆!」


「え、え?」


「お母さんはミリアを信じてるわ。軽はずみな事をする娘じゃないわよね?」


「え? 何?」


 口数の少ないセレンまでミリアに話しかけてくる。

「ナガマサさんによろしく。念話の練習もお勧めします」


「念話?!」

 ようやくミリアは事態に気が付いた。


 ナガマサは念話が下手なのだ。そういえば、朝も何か言っていた事をミリアは思い出す。


 ミリアが知らない事ではあるが、ナガマサが念話という技術を初めて訓練すげきと意識したのは今朝だ。つまり、全く不慣れな技術なのだ。

 その癖、彼の魔力は桁外れに大きい。何度もミリアに呼びかけている時にでも出力を間違えたのだ。

 莫大な魔力を持ちながら不器用な面を併せ持つナガマサ。彼の念話は周囲に漏れ放題に漏れていたのだ。


「お姉ちゃんは、やっぱり大人なんだね。男の子を自分の部屋に誘うなんて凄い!」


「ええ? 違うよナガマサが話をしたいって言うから」


「男の子はね、色んな事を言って女の子を人気の無い所に誘うものよ。でも、お母さんはミリアの意思を尊重するわ」


「私の意志って?!」

 母の言葉に混乱するミリア。

 確かにミリアから二人きりになれる居館に誘っているので、彼女の意思と言えない事もない。


「落ち着いて」

 セレンが、あまりの事に動揺しているミリアに近づく。


「セレン姉さん」


「これ、嗜み」

 セレンはそっとミリアに手に持っていた白い布を手渡す。

 それは清潔な白い布。

「男の子は野獣だから」


「もう!セレン姉さんまで!!」

 

「汚れたら返さなくていい」


「何するのよ! これで!!」

 女の子は何処の世界だって耳年増。

 もちろん、ミリアだって使い方は分かっている。


 生真面目なミリアは自分が からかわれている とまだ気が付いていない。


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